2007年 02月
元中央線至上主義者
<ロデオ・ドライヴ・ウォーク・オブ・スタイル賞>授賞式会場にミーシャ・バートンが登場 - 米国
【カリフォルニア/米国 9日 AFP】ファッションとエンターテイメント業界に貢献したクリエイターに贈られるロデオ・ドライヴ・ウォーク・オブ・スタイル賞(Rodeo Drive Walk of Style)の授賞式が8日に開催された。
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(c)AFP/Getty Images Charley Gallay
批評家の切通理作さんが中心となって活動している「柳田国男完読会」に九ヶ月ぶりに参加した。私の柳田への関心は泉鏡花からきている。泉鏡花への関心はおそらく夏目漱石からきていて、ほぼ同時代に生きた両作家の残した文体の違いに驚いたというのが最初だったと思う。私の琉球方面の作家への関心も同様の問題意識からきている。もちろん、スパングリッシュもその延長上にある。
読書会が開かれる高円寺の駅に、というか中央線の駅に降り立つのも九ヶ月ぶりだった。「元中央線至上主義者」(高尾までのすべての駅に深い思い出が染みついている)の私にとって、この読書会は中央線のイメージと密接に結びついている。京葉線が結婚生活と結びついていて、西武新宿線が実家のイメージと結びついているように。
毎月倦まず弛まず地道に前進し続けていった彼らから見たら、春から参加していない私はもうこの時点で「完読」のペースから大きく後れをとっているわけで、この穴を埋めるのはなかなか大変そうだ。しかも私は、来年度の大学の授業で柳田の言語に関する論点について話そうと考えているので、この点に関してはもっと勉強して読書会に貢献したいものである。
夏秋と長期間参加できなかったのは、今年度がこれだけ公私ともに忙しくなるとは予想できなかったからである。来年度は行動の範囲をさらに広げつつも余計なことには構わないようにしよう。それでもかなりの本を読むことができたのは通勤時間がとてつもなく長いせいで、この読書会に行くときもアメリカの批評家エドマンド・ウィルソンの文章を読んでいた。
たとえばこんな文章。「アメリカ合衆国は、英国やフランスが国家であるという意味では、国家ではない。それは、今なお多少とも実験状態にある社会、ないしは政治組織である。ゆえに、われわれは独自のさまざまなパニックにおびえてきた」。
アメリカの特徴をそのように述べたすぐあとでウィルソンは、アメリカが外部から訪れる移民を受け入れてきただけではなく、テキサス、カリフォルニア、メキシコ、キューバ、プエルトリコを「侵略行為」によって攻撃し獲得したことにも触れている。
そして、そのような侵略行為に対しては「正義の糾弾と人道的動機によって正当化されたが、ただ倫理問題からだけなら、これらの挑発行為のどれ一つとして戦争をするほどのことではなかっただろう」と断じている。つまり、アメリカは世界中の移民を受け入れる「移民大国」としての側面を携えているとともに、帝国主義的な領土拡張に対する「本能的欲望」をも抱えていることにウィルソンは注意を喚起しているのである。
ヒスパニックは、アメリカが侵略行為を行使した国々にアイデンティティの源をもつ人びとであることをあらためて確認させられた。アメリカの大地に初めて足を踏み入れたヨーロッパ人はスペイン語を操る人びとであったし、侵略されたメキシコ、プエルトリコ、キューバの人びとこそがヒスパニックの三大集団であることを思い出す必要があるだろう。また、テキサスとカリフォルニアは、アメリカが帝国主義的な侵略行為を行う前はメキシコに属していたのである。
今度の日曜日は歌舞伎を見にいく予定。
ポリスもガンズも日本に来るのならどちらも見にいく予定。
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登録日:2007年 02月 24日 00:46:40
The New Angelenos are Half-Latino
「iTunes Latino」の発表記念イベント開催 - 米国
【ニューヨーク/米国 1日 AFP】アップル・コンピューター(Apple Computer)が1日、有料音楽サイトのiTunes Storeにラテン音楽の新カテゴリーのiTunes Latinoを発表し、ニューヨークのアップルストア(Apple Store)で記念イベントが開催された。
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(c)AFP/Getty Images Rob Loud
ロサンゼルスのラティーノの「いま」を知るための最適な雑誌『Tu Ciudad: Your Guide to Latino L.A.( Feburary 2007)』の、今月の特集は「The New Angelenos( Are Half-Latino)」。
「ラティーノ」と「ラティーノではない」人たちとが結婚することによって生ずるアイデンティティの問題について、かなり深くつっこんだ記事になっている。ロサンゼルス以外の都市で、ここまで多様な混血について考えることは不可能だろう。これだけ世界中から人が集まってきている都市はそうそうない。
Half-Mexicans, Half-Salvadorans, Half-Argentines. The new mestizos are redefining what it means to be Latino in L.A.
定義上、人種や国籍の縛りがもともとゆるい「ラティーノ」との混血は、ラティーノが包含する範囲をさらに拡大させるだろう、というのが私の結論である。つまり、世界中の人びとは徐々にラティーノになってゆくということだ。
Mexican marries white. Salvadoran marries black. Guatemalan marries Thai. And their children are more likely to identify as Latino.
そして、国家と距離をおいた個人史はさらに多様になり、父親と母親の出自を同定することに人びとは少しずつ意味を感じなくなっていくだろう。
・外はブラウンで中は白であることから「ココナッツ」と呼ばれた女性は「母はイタリア、アイルランド、イギリスの血が入っており、父はメキシコ人」と述べている。大半のメキシコ人がもともとメスティソであることを考え合わせると、彼女のアイデンティティの複雑さはもうアイデンティファイという言葉の意味からかけ離れている。
そんな重層的なアイデンティティをもちながら「自分は誰であるのか?」を意識させられるのは「名字」と「肌の色」だと語っているところが興味深い。国境線を越えても名前がついてくるという感覚。
・メキシコ系アメリカ人の父とユダヤ人の母をもつ男性は「どちらのグループからも完全なメキシコ人(ユダヤ人)ではないと批判される」と語る。そして、周囲の人びとは彼のことを「メキシコ人」と呼ぶと怒ると勝手に思い「スペイン人」と呼んでいた、というのもおもしろい。「スペイン人」・・・。
・母親がアイルランド系で父親がメキシコ系の女性は「アイルランドとメキシコの文化を同時に考えることができる」と述べる。私たちが、比較文化や比較文学を考えるときに第三者的なアプローチしかとれないのに対して、彼女たちは居ながらにして旅をしているわけである。
これからいったい「アメリカ人」とは誰のことを指すようになるのだろう?
chink(中国人)やbeaner(スペイン系アメリカ人)などの言葉は知っていたが、Blatina(黒人とラティーノの混血)や、Mexi-RicanあるいはPuerto-Mexican(メキシコ人とプエルトリコ人の混血)など、初めて目にする言葉もたくさんあった。
無数のハイフンによって結ばれた複数のアイデンティティのなかで、人はどうやって一人の人物として自分を統合してゆくのか。しかし、それは彼らだけの問題ではない。国家という枠組みをはずしてみれば、混血ではない人物などこの世界にいないのだから。
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登録日:2007年 02月 13日 01:01:02
MI VIDA LOCA
<ボクシング>殿堂入りをした4階級制覇のロベルト・デュランが故郷に凱旋 - パナマ
【エンチョリーヨ/パナマ 20日 AFP】今月上旬に米国で国際ボクシング殿堂(World Boxing Hall of Fame)への殿堂入りを果たしたパナマのロベルト・デュラン(Roberto Duran)はこの日、故郷パナマのエンチョリーヨで、彼をこれまで応援し続けてきたファンに感謝の意を述べた。51歳となるデュランは現在は現役を退いているが、「石の拳」というリングネームで1972年から1989年までの間に119戦103勝16敗のキャリアを築き、4階級制覇という偉業を果たした。(c)AFP/Teresita CHAVARRIA
チカーノの聖地であるイースト・ロサンゼルスを最初から目指した勘のいい宮田信さんと違って、私の場合は、LA在住の祖母のことはあるにしても、メキシカンボクサーのファンだったというのが「メキシコ的なるもの」に近づいた最初のきっかけかもしれない(いま考えると、私がタイを何度も訪れたのも、そこがボクシング王国だったからなのだろう)。
90年代を代表するベストバウトと言ってもいいし、オールタイムのライトフライ級屈指の名カードと言ってもいいが、ウンベルト・チキータ・ゴンサレス(メキシコ)とマイケル・カルバハル(アメリカ)のあの壮絶な試合を、私はラスベガスで実際にこの目で見たのだった(と、自慢そうに書いてもほとんどの人は「?」かもしれない)。
ウンベルト・ゴンサレスの国籍はメキシコで、マイケル・カルバハルの国籍はアメリカだが、名前からもわかるようにカルバハルはチカーノである。しかし、メキシコから片道切符で応援に来ている人たちは「アメリカ人」のカルバハルではなく、チキータの方を応援していた。
それにしても、日本人の身体能力からはとても推しはかることのできないメキシコ人による身体芸術を、日本の地上波で見ることはほとんど不可能であるからにして、亀田の試合を見たくらいで「ボクシング」のことなど語ってはいけないのである。あれはけっしてボクシングではない。ボクシングはもっと美しいものだ。亀田のスタイルをを見ていると闘鶏を連想してしまう。
ラスベガスでの倒し倒されの展開は観客を興奮のるつぼに陥れ、最終的にはカルバハルが言葉にはできないようなアーティスティックな動きでチキータをノックダウンする。メキシコ人たちはみな頭を抱え、戦争に負けたかのように肩を落として会場をあとにした。その日のことをいまでもよく覚えている。ボクシング、あるいは拳闘がもたらす原初的な興奮を、私は初めて肌で感じたような気がした。
しかし、この試合のことを考えると私はいつも、その試合の前に登場したジョニー・タピアのことも思い出してしまう。狂気とサービス精神を一つの身体に同居させてしまったこの不運な男は、1967年にアルバカーキに生まれ、薬漬けの生活を送りながらも3階級を制覇した天才である。私が「天才」というのだから間違いなく天才なのである。
「Mi Vida Loca」と自称するこの天才による自叙伝が、同じタイトルで昨年出版された。サブタイトルは「The Crazy And Unbelievable Life of Johnny Tapia」。これを読むと、8歳のときに母親が誘拐されレイプされ、数十回も刺されたうえで惨殺されて道ばたに転がされる、という凄絶な経験が彼に与えた影響の大きさをあらためて知ることができる。
刑務所に入ったりしながらも、生まれてからこれまでずっとアルバカーキから離れなかったタピアは、2月23日にこの地で引退試合 (「The Final Fury」)を行う。 そして、来月はタピアの息子がアマチュアボクシングでデビューする。
是非、アマゾンなどで本のカバーを見てほしいのは、彼が全身にタトゥーを施していることがわかるからである。チカーノ文化と「入れ墨」文化は切り離せない。チカーノを知る手段として文学や音楽もいいが、メキシコと深くつながっているチカーノを研究する際にボクシングは欠かせないと思う。いや、文学よりもはるかに彼らに近づくことができるツールであることはたしかだろう
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登録日:2007年 02月 10日 01:59:13
ヒスパニック系大統領の誕生か!
<08米大統領選挙>ニューメキシコ州知事が民主党からの出馬を表明 - 米国
【ワシントンD.C./米国 22日 AFP】元国連大使でエネルギー長官も歴任したビル・リチャードソン(Bill Richardson)ニューメキシコ州知事(民主党)は21日、2008年の大統領選の出馬準備に向けた検討委員会の設置を発表し、出馬への意向を表明した。当選すれば初のヒスパニック系大統領の誕生となる。写真は同日、大統領選に向けたリチャードソン氏のホームページ。(c)AFP/Karen BLEIER
@ アメリカの大統領選挙はヒラリー・クリントンが圧倒的な知名度を誇っているが、ヒスパニックの人びとにとっては、ニューメキシコ州知事のビル・リチャードソンがダントツの人気である。
ブッシュのような片言のスペイン語ではなく彼が完全なスペイン語を話すことができるのは、母親がメキシコ生まれだからで、奥さんのバーバラはなんとニカラグア生まれだ。
ビルはもちろん、米墨間のフェンス敷設には反対しており、不法労働者の支援も惜しまない。日本では報じられることはないけれども、ボーダーをめぐる暴力はますます過激さを増し、それに対する州レベルの法案の提出は最重要課題になっている(国境地帯での暴力に対して重罪を課す法案を提出したアリゾナ州の代議士が、殺害予告のメールをもらったりしている)。
そのような状況のなかでヒスパニックの人びとが「初のヒスパニック大統領の誕生か!」と期待するのもよくわかる。
ビルはメキシコの新大統領に選出されたフェリペ・カルデロンとも早々と会談しており、彼が大統領になればヒスパニックとメキシコ、さらにはラテンアメリカとのつながりは一気に加速することになるだろう。
@ いとこがDEENというグループのリーダー(キーボード)をやっていることは前に書いたと思う。その彼らが去年の暮れにリリースしたニューアルバムをひっさげて全国ツアーを行い、そのラストとして東京厚生年金会館に戻ってくるというので、妹と新宿御苑で待ち合わせた。3人の子供のお母さんである妹と会うのは一年ぶりである。
会場に近づくとDEENのポスターをデジカメで撮影している変な外人がいるので近づいてみると、なんとボビー・バレンタイン(元ニューヨーク・メッツ、現ロッテ・マリーンズ監督)で、向こうから「コンニチハ!」と声をかけてきた。陽気な人である。陽気だけれども怒りっぽいところは昔の私のようだ。
館内の喫茶店で妹と近況報告をし合ってから、満を持して入場。追加公演だというのに満員御礼。みなさん、全盛期からの固定客のようだ。最初にボビー登場。キャンプがあるというのでその足で羽田へ。
それにしても、曲に合わせた振り付けをみなさん完璧に覚えているのがすごい。あたふたしていたのは私たちだけかもしれない。いとこはステージから我々のことがよく見えたそうである。この日の公演の様子はDVDで発売されるとのこと。それを見ながら、振り付けの練習しなきゃ。
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登録日:2007年 02月 02日 00:33:45
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