2007年 05月 13日
Aztlan Literary Award
3人に1人がマイノリティー、非白人大統領誕生も間近か - 米国
【ワシントンD.C./米国 2日 AFP】米国の人口は10月中に3億人を超えるとみられている。
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(c)AFP/JIM WATSON
ペーパーバック版が発売されたので、去年の「アストラン文学賞」(賞金は千ドル)について書いておこう。受賞者はメキシコのゲレーロ州で生まれたレイナ・グランデ(1975生)で、いまは息子とともにロサンゼルスに住んでいる。
今回の受賞作であり処女作でもある作品のタイトルは『Across a Hundred Mountains』。メキシコとアメリカの国境線を越える際の苦難を象徴的に表している表題を持つこの小説は、メキシコ生まれの女性とアメリカ生まれの女性の二人を中心に展開し、政治的、経済的な要素などを含めた多角的な視点が盛り込まれている。
しかし、その根幹にあるのは、メキシコ系アメリカ人の書く小説の伝統としての「移民小説」である。国境線を渡ることの意味について描かれたチカーノの小説群の蓄積に、また新たな小説が加わったわけである。作者のグランデ自身も9歳のときに両親とともに国境を越え、カリフォルニア州立大学サンタクルース校を卒業している。
アストラン文学賞は、1993年にルドルフォ・アナーヤ、パトリシア・アナーヤ夫妻によって設立され、ラティーノの新人の作家の二作目までの小説に与えられる。これまでの受賞者に、デニス・チャベス、パット・モーラ、アリシア・ガスパール・デ・アルバなどがおり、彼らはこの賞をきっかけに著名な作家へと成長していった。
「アストラン」という言葉について、前回紹介した本から冒頭部分だけを訳出してみる。
「アストラン」(ナワトル語で<白い場所>または<白鷺の場所>の意味)は、チカーノのアイデンティティと移動に関するもっともパワフルなシンボルで、たびたび援用される。チカーノがこの概念を使用するのは、神話的な故郷であるアステカの名前を文化的に取り込む意図が込められている。12世紀にアステカ族はこの場所から約束された土地を求めて南下した。そこは、サボテンの上で蛇を口にくわえた鷲の表象で象徴されている場所である。現存しているアステカの法典(象形文字のテクスト)によれば、アステカ人たちは約束された土地に定住し、1325年頃にいまのメキシコ・シティのあるテノチティトランに新しい首都を構えた。もともとアストランがあったとされる場所について歴史家たちの論争は続いているが、この言葉自体がチカーノたちの意識に上るようになったのは1960年代のことである。そのとき、アメリカ南西部のもう一つの名前としてアストランは使われるようになった。したがって、アストランはアメリカとメキシコの両国から距離をおいた固有の文化をもった地理学的空間であり、また、チカーノの新しい国家であるとも言えよう。(以下、省略)
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登録日:2007年 05月 13日 15:02:54
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