2007年 09月 02日

ひっぱたきたい

<08米大統領選挙>「白人男性以外にも投票」が大多数、世論調査

【7月8日】米国の有権者の大多数は大統領選でアフリカ系アメリカ人や女性の候補者に投票する用意がある。
≫続きを読む…
(c)AFP

AFPBB News


今月発売の『SIGHT』で高橋源一郎が「<丸山真男>をひっぱたきたい:31歳フリーター。希望は、戦争。」(『論座』1月号)の「赤城智弘」について書いていたので、遅ればせながら読んでみた。

5分で読み終わるものの、突っ込みどころが満載で目眩がする。このようなカルイ文章が天下の『論座』に採用され、しかも、それ以降も話題になってしまうことの方に驚かされる。筆者の言いたいことは「戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンス」で「一部の弱者だけが屈辱を味わう平和」を打破するためには「戦争」しかない、らしい。丸山真男云々は、どうでもいい。

「両親とはソリが合わない」と書きつつ「親元に寄生して」いるような筆者から「私を戦争に向かわせないでほしい」とすごまれても苦笑してしまう。現実感がまるで伝わってこない。この文章を読みながら私は、お金がなくて女性を無計画に殺しておいて、死刑になりたくないので自首した名古屋の事件を思い出してしまった。

つまり、悪いのはすべて社会の方で、その状況を改善するために「ちまちま」した努力など面倒くさく、というかシアワセをものごとの過程におくことができず、さらに悪いことに、お金があるかないか(職があるかないか)がシアワセの唯一の基準で、そこから畢竟、人生一発逆転の発想しか生まれ得ず、しかし悲しいことに(頭が悪いので)その方法論は非現実的かつ幼児的、なところが同じだと思ったのである。

すでに亡くなっている丸山真男を引き合いに出して、安全な場所から「ひっぱたきたい」などと小さな声で吠えるのではなく、「調子のいいこと言ってんじゃねえ!」と姜尚中あたりを実際にひっぱたきに行けばいいのに。それと「死」に対する想像力のなさと考察の欠如に愕然としたことも付け加えておく。

それに比べると(比べるのも申し訳ないが)小林敏明「憂鬱な国:三島由紀夫『文化防衛論』を再読する」(『新潮』5月号)は読み応えがあった。三島の「死」について書かれたもっとも精緻な文章の一つである。保存版。

ある文芸誌で、村上春樹の海外のメディアでの発言をもとに評論を書いている人がいたが、三島の場合はどうなのだろう? 「You Tube」で三島がとても流暢な英語で「武士道」について語っているのを聞きながらそう思った。

コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2007年 09月 02日 13:10:41