言葉は自身に合致する精神的本質を伝達する

<第64回ゴールデングローブ賞>受賞者のコメント - 米国

【ロサンゼルス/米国 16日 AFP】ハリウッド外国人映画記者協会(HollywoodForeign Press Association、HFPA)会員の投票により選出される「第64回ゴールデングローブ賞(The 64th Annual Golden Globe Awards)」の授賞式が15日、ビバリー・ヒルトン・ホテル(Beverly Hilton Hotel)で開催され、映画「バベル(Babel)」が作品賞(ドラマ部門)を受賞し、監督賞には映画「ディパーテッド(The Departed)」のマーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)が輝いた。
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(c)AFP/Getty Images/Vince Bucci

AFPBB News


私がギターを弾き始めた中学生のころは、いまでは信じられないことだが「はたして日本語はロックのリズムに乗るのか?!」というテーマが、素人のロッケンローラーにとっても最重要課題であった。当時、歌謡曲とツェッペリンを並行して聞いていたような私も「どうなんだ!」と真剣に考え、音楽雑誌もはっぴいえんどやサザンオールスターズや佐野元春らを引き合いに出しては盛んに「分析」したりしていた。

いつの時代も、過去はほのぼのと映るものである。

しかし、よく考えてみると、ロックに日本語を乗せようとしていた努力はいつの間にか変質し、ロックは日本語に吸収されてしまったのではないか、というのが私の考えである。日本語が元来もっている特性はいわゆるロックとはあいいれず、ロックの方を変えてしまったのではないだろうか。したがって、日本語でいかに優秀な楽曲が作られようともそれはもはやロックではなく、アメリカのようなロックが親しまれている地域に逆輸入されることもなかった。それが日本語で歌われているから受けいれられないのではなく、日本語で歌ったことによってそれはロックではなくなってしまったのである。

もちろん、日本語にロックを乗せることによって生まれた音楽はそれ自体で大きなジャンルを確立し、ミスチルやGLAYらはその流れのなかでいまでも重要な地位を占めている。彼らのメロディーを英語にして歌えるかどうかはもはや問題ではない。ベンヤミンが「言葉は何を伝達するのか?」という問いを立てて「言葉は自身に合致する精神的本質を伝達する。この精神的本質は自己を言語において(in) 伝達するのであって、言語によって(durch)ではない」と書いたことは、言葉に乗せられる内容だけではなく、メロディーにも当てはまるということである。

「王様」の歌詞を見てみれば、前者こそが当てはまるのは言うまでもないことだ。

言語と言語のはざまに生まれる音楽こそがおもしろい。新しい音楽はそこからしか生まれないのではないか、とさえ思う。いまでは、日本人が英語で歌うバンドも珍しくなくなり、外国人がメンバーに参加することも奇異なことではなくなってきたが、そういうことを現象面だけでおもしろがっても意味はないと私は思う。おそらく、これまでまともに英語のロックを聴いてこなかった者は、ELLEGARDENなどを聴いて新鮮に感じるのだろうが。

先日、恵比寿LIQUIDROOMで聴いた「OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND」のウリは、スコットランド系アメリカ人MARTINのおとぼけのMCと超絶技巧のバイオリンだが、TOSHI-LOWとともに作る彼のメロディーと言語的な側面のおもしろさも私にとっては興味深い。歌詞カードには、英語で歌っているところは日本語の訳詞があり、日本語で歌っているところには英語の訳詞がついている。楽器編成からくる音楽ジャンル自体の解体とともに、言語構成の解体こそがそれに併走しなければならない。

それにしても、その次に登場した「SLY MONGOOSE」は、私にはまったく良さが感じられず(雑音としか感じられず)、それどころか聴いているうちに無性に腹が立ってきたので思わず外に出てしまった。ということで、私がもっとも楽しみにしていた米墨国境バンド「CALEXICO」は聴かずに帰ってしまったのであった。評価が極めて高い「SLY MONGOOSE」だが、私にとっておもしろくなければ、それはただのゴミと同じなのである。


OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND
http://www.tc-tc.com/index2.html

CALEXICO
http://www.casadecalexico.com/

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登録日:2007年 01月 25日 14:24:01

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