MI VIDA LOCA

<ボクシング>殿堂入りをした4階級制覇のロベルト・デュランが故郷に凱旋 - パナマ

【エンチョリーヨ/パナマ 20日 AFP】今月上旬に米国で国際ボクシング殿堂(World Boxing Hall of Fame)への殿堂入りを果たしたパナマのロベルト・デュラン(Roberto Duran)はこの日、故郷パナマのエンチョリーヨで、彼をこれまで応援し続けてきたファンに感謝の意を述べた。51歳となるデュランは現在は現役を退いているが、「石の拳」というリングネームで1972年から1989年までの間に119戦103勝16敗のキャリアを築き、4階級制覇という偉業を果たした。(c)AFP/Teresita CHAVARRIA

AFPBB News


チカーノの聖地であるイースト・ロサンゼルスを最初から目指した勘のいい宮田信さんと違って、私の場合は、LA在住の祖母のことはあるにしても、メキシカンボクサーのファンだったというのが「メキシコ的なるもの」に近づいた最初のきっかけかもしれない(いま考えると、私がタイを何度も訪れたのも、そこがボクシング王国だったからなのだろう)。

90年代を代表するベストバウトと言ってもいいし、オールタイムのライトフライ級屈指の名カードと言ってもいいが、ウンベルト・チキータ・ゴンサレス(メキシコ)とマイケル・カルバハル(アメリカ)のあの壮絶な試合を、私はラスベガスで実際にこの目で見たのだった(と、自慢そうに書いてもほとんどの人は「?」かもしれない)。

ウンベルト・ゴンサレスの国籍はメキシコで、マイケル・カルバハルの国籍はアメリカだが、名前からもわかるようにカルバハルはチカーノである。しかし、メキシコから片道切符で応援に来ている人たちは「アメリカ人」のカルバハルではなく、チキータの方を応援していた。

それにしても、日本人の身体能力からはとても推しはかることのできないメキシコ人による身体芸術を、日本の地上波で見ることはほとんど不可能であるからにして、亀田の試合を見たくらいで「ボクシング」のことなど語ってはいけないのである。あれはけっしてボクシングではない。ボクシングはもっと美しいものだ。亀田のスタイルをを見ていると闘鶏を連想してしまう。

ラスベガスでの倒し倒されの展開は観客を興奮のるつぼに陥れ、最終的にはカルバハルが言葉にはできないようなアーティスティックな動きでチキータをノックダウンする。メキシコ人たちはみな頭を抱え、戦争に負けたかのように肩を落として会場をあとにした。その日のことをいまでもよく覚えている。ボクシング、あるいは拳闘がもたらす原初的な興奮を、私は初めて肌で感じたような気がした。

しかし、この試合のことを考えると私はいつも、その試合の前に登場したジョニー・タピアのことも思い出してしまう。狂気とサービス精神を一つの身体に同居させてしまったこの不運な男は、1967年にアルバカーキに生まれ、薬漬けの生活を送りながらも3階級を制覇した天才である。私が「天才」というのだから間違いなく天才なのである。

「Mi Vida Loca」と自称するこの天才による自叙伝が、同じタイトルで昨年出版された。サブタイトルは「The Crazy And Unbelievable Life of Johnny Tapia」。これを読むと、8歳のときに母親が誘拐されレイプされ、数十回も刺されたうえで惨殺されて道ばたに転がされる、という凄絶な経験が彼に与えた影響の大きさをあらためて知ることができる。

刑務所に入ったりしながらも、生まれてからこれまでずっとアルバカーキから離れなかったタピアは、2月23日にこの地で引退試合 (「The Final Fury」)を行う。 そして、来月はタピアの息子がアマチュアボクシングでデビューする。

是非、アマゾンなどで本のカバーを見てほしいのは、彼が全身にタトゥーを施していることがわかるからである。チカーノ文化と「入れ墨」文化は切り離せない。チカーノを知る手段として文学や音楽もいいが、メキシコと深くつながっているチカーノを研究する際にボクシングは欠かせないと思う。いや、文学よりもはるかに彼らに近づくことができるツールであることはたしかだろう

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登録日:2007年 02月 10日 01:59:13

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