Ramona

準決勝進出に沸くメキシコサポーター

【7月9日 AFP】サッカー、コパ・アメリカ2007(Copa America 2007)・準々決勝、メキシコvsパラグアイ。メキシコはパラグアイを6-0で降し準決勝進出を果たし、メキシコ市(Mexico City)ではサポーターが勝利に歓喜した。(c)AFP

AFPBB News


 以前、カリフォルニアのチカーノについての文章を載せ、その中でヘレン・ハント・ジャクソンの『ラモーナ』について触れた(下にその部分を再録)。

 主人公のラモーナはフィクションとはいえ、カリフォルニアにおける最初のインディアンとヨーロッパ人のあいだの混血だった。そう言い切っても構わないほどに、当時の人びとに絶大なる影響を与えたのである。

 その『ラモーナ』がこのたび松柏社から邦訳された。解説の亀井俊介さんは、20世紀間近のアメリカにおいてもっとも読まれた小説ベスト3は『ベン・ハー』『小公子』そしてこの『ラモーナ』であると紹介している。

 いまでも、もっと読まれていい作品であることがわかるだろう。とくに、メキシコ系アメリカ人を研究している人にとっては避けて通ることができない小説である。

 これを機会に、もう一度日本語で読んでみたいと思う。もしかしたら『ラモーナ』だけで論文が書けるかもしれない。



 

共同性に属しているという感覚は、一部の人のみが参加できる「文章」を介してというよりも、おもに日常の暮らしのなかで共有される「何か」を媒介にしている。その一つは日々の生活を包み込んでいる「風景」であろう。風景に対する新たな認識の獲得は、新たな「言葉」を手に入れることによって人びとに共有されるようになる。ゴールドラッシュの影響をあまり受けなかった南部のアルタカリフォルニアで、ヘレン・ハント=ジャクソンがヒスパニック文化が色濃く残る風景のなかで書き上げた『ラモーナ』(1884年)は、そこに住んでいる人びとの風景の見方を劇的に変えるきっかけとなった作品である 。インディアンとスコットランド人のハーフのラモーナが自分に流れているインディアンの血に目覚めながら、さまざまな恋愛や生と死、そして、新しい住人であるアメリカ人との相克に巻き込まれる。その過程のなかで、ヒスパニック文化の風景は言葉に変換され物語となり人びとに共有可能なものとなった。作者はこの作品を出版した10ヶ月後に胃癌で亡くなったが、初版で一万五千部を刷り、いまでも版を変えて何度も出版されている。早くも1887年にはホセ・マルティがスペイン語へと翻訳し、序文も彼自身がつけている。そこでマルティは、アメリカ帝国主義に侵略されたメキシコに思いを致し、この小説をラテンアメリカに住む者すべてにとっての「私たちの小説」とまで言って評価している 。

 グランド・ツアーの時代に入りつつあった当時の人びとは、ラモーナが生まれた場所や結婚した場所を現実の土地のなかに探すことによって、物語のなかの風景と現実の風景を結びつけ、目の前の風景の意味を解釈したのである。それどころか、ラモーナ・ルボという実在の女性まで見つけ出すほどに、フィクションとリアルは激しく交差したのだった。カリフォルニアにおけるヒスパニックおよびチカーノの風景がその後どのように変わろうとも『ラモーナ』が残した影響力に私たちを規定され続けるだろう。物語の力は雑然とした風景を故郷としての共同性を連想させる景観に作り替え、その上に私たちは新たな記憶を乗せていくからである。その始原の物語からもはや人は自由になることは難しい。ただ、始原は遠い昔と変わらない姿で存在しているのではなく「いま」この風景のなかにちりばめられ併存している。

 人は新しく移り住んだ土地に名前を付すことによってその土地を自分のものにしようとするが、そこに物語という網をかぶせることによって愛着さえ感ずることができるようになる。カリフォルニア南部を自らの「故郷」と捉えるきっかけとなったラモーナを、人びとは実在する女性と捉えたうえでゆかりのある各地を訪れ、小説の舞台となった土地に実在の風景を当てはめたのだった。目の前にある複雑で多様な現実をそのまま把握することができなくても、人は物語を通して風景に意味を持たせることができるのである。南カリフォルニアのヒスパニックの文化を描写した『ラモーナ』は、風景の面からカリフォルニアを国境線のくびきから解放しているという意味において、バハルタカリフォルニアの小説の嚆矢と位置づけられるだろう。つまり、チカーノが帰るべき場所としての文化的な風土をこの作品は確立したのである。

コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2007年 07月 13日 23:46:00

コメント

こんにちは!GALAの例会では、とても参考になる発表をありがとうございました。井村さんとお会いできて、本当に嬉しかったです。今後ともよろしくお願いいたします!

ところで、ラモナについては、私も最近、何か論文を書こうかと思っていたところでございます。
原作はまだかじったばかりなので、詳細を調べたわけではないのですが・・・でも、白人のジャクソンがラモナを書いた社会的意義はなんだったのか、考えるととても興味深いです。

もし井村さんがラモナに関する論文をお書きになるのでしたら、是非参考にさせていただきたいので、よろしくおねがいいたします!!

pachuquita @ 2007年 07月 22日 13:15:39

昨日は楽しかったですね。
私もいい出会いがあって嬉しかったです。

ラモーナについては、8月中に書き上げようと思っていますが(まだ一枚も書いていないどころか準備もしていない・・)、今度お会いするときまでに、pachuquitaさんなりの問題点をまとめておいてくれるとありがたいです。私もそれまでにまとめてみます。よろしく!

imurito @ 2007年 07月 22日 14:47:43

コメントを追加

Trackback

この記事に対するトラックバックURL: