bajalta california
<米移民規制法案>米大統領、警備強化案への支持要求 - メキシコ
【ティフアナ/メキシコ 21日 AFP】ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)米大統領は5月15日に公表した移民改革法案への支持を求めているが、保守派議員からは懸念の声が上がっている。同大統領は自身の支持基盤である保守派内の不平分子に対し、国境警備を強化する意志を示そうとしている。写真はバハカリフォルニア(Baja California)州ティフアナ(Tijuana)で1月24日、米国との分離壁の近くで翻るメキシコ国旗。(c)AFP/Omar TORRES
カリフォルニアをバハを含めて一つの固有の意味空間と捉えようとする試みが荒唐無稽なものとして受けとられるとしたら、それは私たちの思考を規定している「国家原理」のせいである。境界線によって分断して把握できる近代的な風景があるように、それ以外の方法論を通して見えてくる現実もまた存在すると考えることは楽観的に過ぎるだろうか。国境線のはざまに広がる不可視のボーダーランズの住人であるチカーノの目を通して、近代社会が取りこぼしてしまった現実を見ようとすること、そこにこそ彼らに寄り添う意義があると私は考えている。
ここであらためて確認すべきは、ボーダーランズは「境界線」のはざまにあるのであって、必ずしも地理上の「国境地帯」にあるわけではないということである。したがって、ボーダーランズは私たちの傍らにも横たわっている可能性がある。国民国家を成立させてきたメディアの発達やその使い方が時代とともに変化し、それによって国家もまた変容し、ボーダーランズは国境地帯の縛りをふたたび離れるだろう。また、国民国家の成立に際して「文学」の果たしてきた役割について強調されてきたように、国民国家の束縛を解き放つ際にも文学の役割は小さくないはずである。カリフォルニアのチカーノが残してきた文学が私たちを引きつけてやまない魅力もそこにある。共有する風景と文学、共生する風土と文化。文学が私たちの目の前のスクリーンに映し出す光景は、幻想のアストランさえもリアルなものとして手元に引き寄せる潜勢力を秘めているのである。
かつてカリフォルニアをシマと幻視した時代が長く続いたことがある。それを科学技術の未発達が生んだ単なる誤解であるとして顧みないのは、近代的な思考方法の過信である。中世から大航海時代にかけて形成された、ユートピアをシマに託す心性は新大陸にも投影され、そうしてコロンブスはシマに到達し、コルテスはカリフォルニアをシマと捉えたのである。当初「カリフォルニア」という名称は十六世紀の中頃にバハの尖端の地名につけられた。カリフォルニアは半島の南端から始まりやがて北上したのである。そして、1701年に、イエズス会の神父であるエウセビオ・キノによって作成された地図で、バハは初めて半島として描かれた。しかし、その後も長いあいだ、カリフォルニアはシマとして人びとに受けとめられ「夢」を与えてきた。200年以上にわたって、カリフォルニアは固有の意味空間としてのシマだったのである 。
したがって、風景や認識を共有しつつ、国家を相対化して共同性を構築するという行為は、けっしてチカーノに特有のものではないことがわかる。国民国家の時代を経て、チカーノは、ふたたびカリフォルニアを群島のなかのシマへと解放することができるだろうか。
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登録日:2007年 09月 25日 22:43:21
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