<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" standalone="yes" ?>
<rss version="2.0">
<channel>
<title>hey vato!</title>
<link>http://www.actiblog.com/imura/</link>
<description>井村俊義の日記（2006-7）（2011-  ）</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>UNDEFEATED</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/50245</link>
<description>昨夜は、大半のスポーツ好きは浦和レッズの「サッカー」にチャンネルを回したのだろうか。忙しい上に風邪気味になってしまった（不覚！）私は、当然のごとく、WOWOWの「ボクシング」にチャンネルを合わせる。ラスベガスのMGMにおける、フロイド・メイウェザー（ミズーリ生まれの黒人）とリッキー・ハットン（マンチェスター生まれの白人）の世紀の一戦。メイウェザーは5月にわれらがデラホーヤを判定で下している5階級王者。しかもすべてがWBC。レフェリーは殿堂入りが噂されているジョー・コルテスさん。会場の観客席を見渡しても、ブラッド・ピット夫妻、デビッド・ベッカム、デンゼル・ワシントン、シルベスタ・スタローンとブルース・ウィリスのツーショット、タイガー・ウッズ・・と、大変賑やかである。10年前までの私だったら、会場には入れなくてもラスベガスを訪れてしまっていたことであろう。ボクサーとファイターがかみ合ったこの試合のすごさを説明してもほとんどの人は興味がないと思うのでやめるが、ただ、試合後に両者が抱き合って健闘をたたえ、インタビューのマイクは壮絶なKOで敗れたハットンにも向けられるラスベガスの流儀を、日本でも少しは真似た方がいいと思う。何度も書くが、カメダの試合はスポーツではないし、たとえスポーツであってもあまりにもつまらなすぎる。メディアの意見など一切参考にせず、その分野の「最高」と言われているものを自分の目で確かめなくてはならない。そして、この試合は間違いなく「最高」であった。解説のジョー小泉さんによると、1万6千人しか入れない会場にはイギリス本国から3万人近い人が訪れたそうである。アメリカ国歌が歌われているときにはブーイングの嵐という異常な雰囲気であった。会場の白人率は元チャンピオンだった人たちを除けば限りなく100パーセントに近かったのではないだろうか。いまや伝説となりつつある黒人チャンピオンに挑む戦闘的な白人挑戦者という構図が彼らを自然と興奮させるのかもしれない。しかも、ハットンの「フル・モンティ」や「リトル・ダンサー」に出てきそうなイギリス炭鉱労働者風の容貌は典型的な「庶民のイギリス人」を連想させる。「興奮」という感情はさまざまな理由によって引き起こされるだろう。国家や人種がからむ興奮もある。私はつねにアングロサクソンを応援しないのでメイウェザーを応援してもいいのであるが、そういう次元をあっさりと越えてしまった「最高」の一戦であった。</description>
<pubDate>Tue, 11 Dec 2007 03:05:16 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>送ってもらう日々</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/49951</link>
<description>相変わらず左目の調子がよくないのであるが、私がここに文章を書き込まないのはそれが理由ではなくて、ただ怠惰なせいなのであった。しかし、大半の人間はノルマがないとあえて動かないのではないだろうか。世の中がクリスマス気分というのも関係しているかもしれない。でも、たまに書かないと忘れられそうなので、少しだけ書き残しておこう。<br />
<br />
<br />
まず、前回から今回のあいだに歌舞伎を2回見た。私が日本の文化や文学に意識的にコミットメントする理由は、異文化を西洋の語り口で語ってしまう（なぞってしまう）ことを怖れているからである。西洋人のタームとパラダイムを適当に並べ替えて一丁上がりの論文を書いてしまうことを怖れているからである。そういう面倒な感性を培うためには、なるべく西洋から離れ、なるべく現代から離れるしかない。<br />
<br />
<br />
札幌の友人から『アフンルパル通信』を送ってもらった。今福龍太や管啓次郎の詩作を載せている贅沢でおしゃれな雑誌である。二人のファンは是非とも取り寄せることをお薦めする。<br />
http://cart03.lolipop.jp/LA09260557/<br />
<br />
<br />
<br />
その今福氏が写真展を開催しており、これまたおしゃれなパンフレットを送ってもらった。表紙のデザインと最後のクロノロジーがとくにすばらしい。詳細については以下を参照。私は最終日に伺う予定。<br />
http://www.gallery-maki.com/2007/11/17/l-s_ryuta-v2/<br />
<br />
<br />
<br />
ラテンアメリカ交流グループで話をしたときに知り合った三須田さんに誘われて、太田昌国さんの講演（ゲバラに関して）を聴きにオープンしたばかりのセルバンテス文化センターへ。終わってからも太田さんと一緒に杯を交わすことができた。三須田さんありがとう！　<br />
<br />
<br />
佐谷眞木人さんから、ご自身が寄稿されている最新刊の『国文学　解釈と鑑賞』を送ってもらう（人から送ってもらってばかり・・）。特集は「折口信夫と柳田国男」。柳田研究の最新の動向がわかる。いま書いている論文には柳田国男にも言及するつもりなので大変ありがたい（クリスマス）プレゼント。佐谷さんありがとう！　彼は慶應義塾大学国文科の2年先輩でもある。<br />
<br />
<br />
大学の学生がマーズ・ヴォルタを貸してくれる。私の趣味がわかってるね。授業では、ヘレン・ミアーズ『アメリカの鏡・日本』などを使う。<br />
<br />
<br />
サルガドの新しい写真集『AFRICA』がすばらしい。いま来日中。お会いできるかも。<br />
<br />
<br />
研究についてはあえて書かないが、チカーノ関係の洋書は片っ端から購入。日系アメリカ人、黒人、ユダヤ人関係の和書は選んで購入、といった具合。</description>
<pubDate>Wed, 05 Dec 2007 02:16:48 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>異種格闘技戦</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/46287</link>
<description>私がメキシコを好きになったのは音楽でも文学でも料理を通してでもない。風土でもない。煙草をくゆらせながら「オアハカのあの独特な雰囲気にやられました・・」などとつぶやいても、それらはすべて「かっこつけ」のあとづけで、ただメキシカンボクサーが好きだったからである。「ボクシングをわからずしてはたしてメキシコを理解できるのだろうか？」。<br />
<br />
10年前まではWBCとWBAのランキングはだいたい暗記していた。これまでタイとメキシコにだけなぜか突出して訪れているのはその両国がボクシング大国だからで、それ以外の理由は見あたらない。この10年のあいだ断続的にネット上に文章を書いてきたなかで（カフェクレオールやTLOや「はてな」やmixi）、「なぜチカーノにたどり着いたのか」はいつもボクシングとからめて説明してきた。私にとってボクシングは特別な存在なのである。<br />
<br />
先日の「ラテンアメリカ交流グループ」でのお話しでの「祖母が日系アメリカ人だったからチカーノに近づけた」はやはり「あとづけ」で、もちろん、彼女がいなければこれだけたびたびロサンゼルスや国境地帯を訪れることはできなかっただろうが、第一の理由ではない。人はこうやって過去をその時の気分で都合のいいように捏造していくのである。<br />
<br />
そもそも「体験した事実」や「人間の感情」は「言葉」に比べたら複雑すぎて、何を言ってもウソのように感じる。さらに、人は言葉に対して直接反応するので言葉を必要以上に過剰に使いがちである。言葉を覚えたての子どもが平気でシモネタを連発して大人を驚かせて喜ぶように。<br />
<br />
だから、発言はその場の「空気」によっていかようにも変化し、逆に言えば、周囲を包む空気はその人の生き方さえ変える。空気がわからない者なら「負けたら切腹」と無責任に言うこともできるだろう。そして、彼は負けても切腹をしなかった代わりに、社会と自分との間に亀裂を作ってしまった。<br />
<br />
高橋ジョージが国歌を斉唱し解説が佐藤修という学会員だらけのショーを私も見ることができた。正直、楽しませてもらった。「ヒールがいるとショーは盛り上がるなあ」と思った。もちろん、そのおもしろさはボクシングのおもしろさとは関係ない。内藤にはその覚悟があったと思うが、あれは通常のボクシングの試合ではない。亀田関係でこれまでボクシングの試合はなかったはずだ（ほとんど見ていない）。<br />
<br />
内藤はボクシング以上の仕事をしなければならず、敵は亀田次男だけではなかった。金銭至上主義者らとの異種格闘技戦？　ボクシングのおもしろさを微塵も理解しない者たちとの戦い。一方で、大衆は次から次へと関心を移してゆく。そのあとにボクシングは取り残される。もしかしたら、ボクシングが醸し出してきた熱狂も、じつは「昭和」が生んだ幻想だったのかもしれない。<br />
<br />
今夜はアレクシス・アルゲリョのビデオでも見ることにしよう。<br />
ニカラグア人だけど、まあいいか。</description>
<pubDate>Sun, 14 Oct 2007 03:28:15 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>チカーノ詩礼賛</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/45759</link>
<description>越川・ロベルト・芳明さんの新刊『ギターを抱いた渡り鳥：チカーノ詩礼賛』（思潮社）は、またまた愛らしくも美しい装幀でひときわ目を引く（装画は前作と同様、沢田としきさん）。『トウガラシのちいさな旅』の続編という位置づけであることがわかる。しかし、どちらも凝ったタイトルだなあ。<br />
<br />
装幀のあまりの美しさに気がつくとふらふらっとレジへ。そして、帰りの電車のなかでパラパラっと斜め読みをする。私の書いた「ボーダーを溶解するチカーノという生き方」（『現代詩手帖』）が参考文献に入っているのを見てびっくり。名古屋での学会の帰り道、越川さんが「あれはよかったね」とおっしゃってくれたことを思い出した。<br />
<br />
しかしすでにあれから2年。あの文章から私はもうかなり遠くまで来てしまっている。基本的に私は「哲学」が好きなのだなあ、と思うようになった。最近バリバリ書いている論文も越川センセにお送りしようか。<br />
<br />
家に着いてからもパラパラ。チカーノについて興味のある方は必読の文献であると確信した。みなさん是非買いましょう。英語がある程度読める人なら基本的な知識は入手可能であるにしても、こうやって基礎知識をまとめてもらった上に、こなれた日本語でチカーノ詩を訳していただくのはとてもありがたい。さすが著名な「翻訳家」である。<br />
<br />
越川さんのような勤勉さは、チカーノを「研究」している人には欠けている場合が多く、そもそもチカーノの作家や大学教授が驚くほどの快楽主義者なので、こちらもそうなってしまうのであろう。この本の全編を彩るトラベローグやロードノヴェルを拝読しても「越川さんって真面目な人なんだなあ」と感心してしまう。<br />
<br />
彼のようにちゃんと働いてちゃんとまとめてくれるような稀有な人材は、日本のチカーノ研究には必要なのだとあらためて感謝してしまった。この本を読んだ若者から、また新た人材が生まれる予感。『荒野のロマネスク』のパレーデスの章を読んでチカーノ研究を始めた私や、アルゲダスの章を読んでペルー研究へと進んだ後藤さんのように。<br />
<br />
しかしもっとも印象的だったのは、米墨国境地帯を十分に楽しんでいる描写から、越川さんのあの笑顔がページから立ち上がってくることだった。そう「ボーダーランズは楽しい！」のである。私は20代前半の若者にこそこういう旅をしてもらいたいと思う。しかも、もっとハチャメチャに。もっとアウトローに。もっと暴力的でエロティックに。<br />
<br />
その際に、最初から著者のようにオールマイティにやろうとするのではなく＜自分の好きな入り口＞から入るのがいい。「音楽（映画・詩・小説・庶民の生活・政治・経済・・）がわからないとチカーノはわからない」のようなことを私も何度か言われたことがあるが、そんな人の意見は気にしてはいけない。私を含めた大半の人間は、自分の趣味を正当化するために人に「見せかけの正論」を押しつけてしまうものだから。<br />
<br />
さて、最後に。「どうして＜女性＞詩人ばかりにこだわるの？」というテレサの質問はもっともである。私自身は「性」にこだわることの窮屈さを少々感じてしまった。あるのはただ「いい作品」と「悪い作品」だけではないだろうか。性にこだわることによって性は解放されなくなってしまうものである。<br />
<br />
ただ、ラティーナ（女）が好きだからラティーノ研究をしている人を私は何人も上げることができる。それは悪いことではない。悪いことではないどころか「正統派」であると申し上げてもいいくらいである。<br />
<br />
<br />
<br />
今月の玉三郎（男）は粋で色っぽくてすばらしいです！<br />
<br />
今日の大学の授業は「rage against the machine」を取り上げました！　<br />
来年早々来日します！！</description>
<pubDate>Sat, 06 Oct 2007 02:55:30 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ポストモダンを越えて</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/45686</link>
<description>『文学界』（10月号）に掲載されていた田中和生の「ポストモダンを越えて：高橋源一郎氏に答える」を読んだ。私よりも10歳も若い田中氏が、2年前に出版した処女作『あの戦場を越えて』を、とてもおもしろく読んだ記憶があったからである（いま、本棚の奥から引っ張り出してみたら、やはり無数の傍線が引いてある）。<br />
<br />
その本は、チカーノ文学の読解においても、とても参考になった。たとえば、作品の「舞台」と「固有名詞」を変えただけでエキゾチックな気分に浸っている人たちに対して「それは違うだろう！」と思っていた私を元気づけてくれたのである。<br />
<br />
つまり、チカーノ文学とは、ローライダーやニューメキシコやホセが出てくればいいわけではなくて、むしろそのようなチカーノを表現する「記号」がなくても、チカーノ的な状況を浮き上がらせなければならない。エキゾチックに惑溺するだけではダメなのである。とはいえ、エキゾチックに感応する感性がなければ何も始まらないが。<br />
<br />
さて、その著書でも「ポストモダン」と「高橋源一郎」はキーワードだった。高橋源一郎の小説を読んだことのなかった私は「この人は読まなければいけない作家なのか・・」と思い知らされたことをよく覚えている（が、いまだに読んでない）。<br />
<br />
蛇足だがつけ加えておくと「若くして」という発想は私にはない。10代でピークを迎えるボクサーがいれば、30代で全盛期を迎えるボクサーがいるように、年齢を重ねて習熟する面と喪失する面が、ある。「書く」という行為においてもあると思う。<br />
<br />
田中さんという人は「お若いのに」妙に器用な人で、（いやらしいくらいに）幅広く文献に目を通し（いやらしいくらいに）それらを咀嚼していることに驚嘆させられる。きっと読んだテクストは端から、頭のなかのきらびやかなマップに次々とバシッと布置されていくのだろう。<br />
<br />
ただ、過剰に「器用」なところがあって、評論を読むというよりも「評論分野の芸術作品」を読んでいるような気分にさせられる。もちろんこれはほめ言葉で、内容よりも読むこと自体が楽しいなどという評論家はそれほど多くない（いや、ほとんどいない）。小説家なら「原りょう」みたいなものである<br />
<br />
今回読ませてもらった文章も「あこがれの高橋源一郎」と戯れることができた喜びで、「論争」というよりも田中節全開の「器用さ」が前面に出ていて気持ちがよかった。これはもう一種の「芸」である。<br />
<br />
ここまで書いてからちょっと気になったので、田中氏が『三田文学』の新人賞をとったときの選考座談会（荻野アンナ、室井光弘、巽孝之、武藤康史）を覗いてみた（これは押し入れの奥にあった）。いまから7年前の『三田文学』。ちなみに受賞作のタイトルは「欠落を生きる：江藤淳論」。<br />
<br />
そこで荻野アンナがやはり彼の「器用さ」についてすでに述べていた。「この人は、自分のうまさをいかにして抑制していくかというところも今後の課題かなと思います・・スラッときまるはずの一行がまとまらずに苦しんで何十枚も書くというふうな苦しみ方を今後されると、さらに伸びていかれるだろうなと思います」。<br />
<br />
もちろん、これだけ最初から完成度が高いものを読まされたら、このくらいのことしか言うことは残ってないんだろうけど。</description>
<pubDate>Fri, 05 Oct 2007 02:06:34 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ミャンマーと暴力</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/45498</link>
<description>早大探検部出身の高野秀行さんによる『ミャンマーの柳生一族』を読んだ。同じく探検部出身の船戸与一御大との爆笑紀行。おもしろい上にとんでもなく勉強になるところがすごい。スー・チーさんの国内での立場なども含めて、ミャンマー情報を知りたい人には最適だと思う。高野氏曰く。「私はミャンマーに二年に一回くらいの割合で行っているが、最後に合法入国したのは1994年、それ以降はすべて非合法である」。こういう人の書く本がつまらないわけがない。しかし、それを可能にしているのはミャンマーがいまなお「江戸時代」だからなのであった。だから「柳生一族」が登場するのである。江戸時代でなければ不法入国は難しい。<br />
<br />
この本のなかでとくにおもしろかったのは「政治的には鎖国しているミャンマーの国民は社交的で、外国人とも余裕綽々と会話する能力を持っている」という箇所。しかも、彼らは無償の親切を笑顔で提供してくれるそうである。『逝きし世の面影』の「善意の代価を受けとらぬのは、当時の庶民の倫理だった」と同じである。しかも、外国人に対して臆するところがないというところもよく似ている。やはり、ミャンマーは江戸時代なのであった。さらに「読書大国」で「一人当たりの年間読書量は世界一の可能性すらある」というところも江戸時代である。<br />
<br />
自分も米墨国境を舞台に「こういう遊び心のある文章が書きたい！」と思ってしまった。私にもっと才能と金と時間と勇気と愛と下心があれば・・・（かなりのものが欠如してるなあ）。しかし、アメリカとメキシコは江戸時代を生きてはいないから不法入国は難しい。米墨国境を南から北に強行突破して（北から南はあっけないくらい素通り）「黒人」のボーダーパトロールにすごい顔でつかまった私が言うのだから間違いない（その後、恥ずかしながら菊の御紋のパスポートをそそくさと提示）。近代国家で「不法入国」は至難の業なのである。<br />
<br />
その江戸時代のミャンマー。棒をもった兵隊が民衆を追い立てるテレビの映像を見ながら「国家は暴力装置である（最近の知識人のクリシェ）とはこういうことか」と変に納得してしまった。官憲による痛みをもって「国家の暴力」を知るわけであるなあ。もはや身をもって国家の暴力を知る機会など日本では滅多にない。国内では、相撲部屋や私立高校が暴力装置で、メディアは横綱や首相をいじめることもできる最大の暴力装置。言うまでもなく、これらの陰湿な「暴力」（「かわいがり」や「いじめ」という名の暴力）がミャンマーの「暴力」よりもお上品であるとはけっして言えない。相撲部屋や学校はミニ国家で、そこはある意味、ミャンマーよりも無秩序な暴力が横行している。国家の暴力がいかに横暴であると言っても、親方やいじめっ子の気ままな独裁ぶりにはかなうまい。そして、メディアは「お金」にしか興味がないので、お金が動きそうなところへしか取材に行かず、お金で解決する（儲かる）ならば不祥事もあえて表沙汰にしない。さらには、農閑期のように金になる話題がない季節には、自ら話題を作りだして売り上げを伸ばす。<br />
<br />
問題は私たち国民の関心次第であることがわかる。もっとも重要なのは、権力と国家を監視すること。だが「国家の基盤となっているのは、暴力を背景にして他者を服従させながら富を徴収するという運動」（萱野稔人『国家とは何か』）であるからには、国家とはいわゆる国民国家のことではない。「暴力装置」を駆動させる「運動」それ自体を指す。私たちは執拗に、国家暴力の出先機関も監視しなければならない。話がどんどん大きくなってしまったが、ミャンマーの剥き出しの暴力を目の当たりにして「軍事政権をどうにかしろ」レベルの感想しか持たないのでは、亡くなった長井健司さんも浮かばれないだろう。いつでも言えるのは、絶対的に優れている国家体制など存在しないのだから、私たちはつねに暴力を監視する必要がある、ということだ。<br />
<br />
私の周りにいる若者の外国への関心が薄れていくのを日々感じるなかで、高度な教養と驚異的な行動力をバランスよく兼ね備えていた長井さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。</description>
<pubDate>Tue, 02 Oct 2007 00:34:11 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>bajalta california</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/45071</link>
<description>　カリフォルニアをバハを含めて一つの固有の意味空間と捉えようとする試みが荒唐無稽なものとして受けとられるとしたら、それは私たちの思考を規定している「国家原理」のせいである。境界線によって分断して把握できる近代的な風景があるように、それ以外の方法論を通して見えてくる現実もまた存在すると考えることは楽観的に過ぎるだろうか。国境線のはざまに広がる不可視のボーダーランズの住人であるチカーノの目を通して、近代社会が取りこぼしてしまった現実を見ようとすること、そこにこそ彼らに寄り添う意義があると私は考えている。<br />
<br />
　ここであらためて確認すべきは、ボーダーランズは「境界線」のはざまにあるのであって、必ずしも地理上の「国境地帯」にあるわけではないということである。したがって、ボーダーランズは私たちの傍らにも横たわっている可能性がある。国民国家を成立させてきたメディアの発達やその使い方が時代とともに変化し、それによって国家もまた変容し、ボーダーランズは国境地帯の縛りをふたたび離れるだろう。また、国民国家の成立に際して「文学」の果たしてきた役割について強調されてきたように、国民国家の束縛を解き放つ際にも文学の役割は小さくないはずである。カリフォルニアのチカーノが残してきた文学が私たちを引きつけてやまない魅力もそこにある。共有する風景と文学、共生する風土と文化。文学が私たちの目の前のスクリーンに映し出す光景は、幻想のアストランさえもリアルなものとして手元に引き寄せる潜勢力を秘めているのである。<br />
<br />
　かつてカリフォルニアをシマと幻視した時代が長く続いたことがある。それを科学技術の未発達が生んだ単なる誤解であるとして顧みないのは、近代的な思考方法の過信である。中世から大航海時代にかけて形成された、ユートピアをシマに託す心性は新大陸にも投影され、そうしてコロンブスはシマに到達し、コルテスはカリフォルニアをシマと捉えたのである。当初「カリフォルニア」という名称は十六世紀の中頃にバハの尖端の地名につけられた。カリフォルニアは半島の南端から始まりやがて北上したのである。そして、1701年に、イエズス会の神父であるエウセビオ・キノによって作成された地図で、バハは初めて半島として描かれた。しかし、その後も長いあいだ、カリフォルニアはシマとして人びとに受けとめられ「夢」を与えてきた。200年以上にわたって、カリフォルニアは固有の意味空間としてのシマだったのである  。<br />
<br />
　したがって、風景や認識を共有しつつ、国家を相対化して共同性を構築するという行為は、けっしてチカーノに特有のものではないことがわかる。国民国家の時代を経て、チカーノは、ふたたびカリフォルニアを群島のなかのシマへと解放することができるだろうか。</description>
<pubDate>Tue, 25 Sep 2007 22:43:21 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ひっぱたきたい</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/43036</link>
<description>今月発売の『SIGHT』で高橋源一郎が「＜丸山真男＞をひっぱたきたい：31歳フリーター。希望は、戦争。」（『論座』1月号）の「赤城智弘」について書いていたので、遅ればせながら読んでみた。<br />
<br />
5分で読み終わるものの、突っ込みどころが満載で目眩がする。このようなカルイ文章が天下の『論座』に採用され、しかも、それ以降も話題になってしまうことの方に驚かされる。筆者の言いたいことは「戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンス」で「一部の弱者だけが屈辱を味わう平和」を打破するためには「戦争」しかない、らしい。丸山真男云々は、どうでもいい。<br />
<br />
「両親とはソリが合わない」と書きつつ「親元に寄生して」いるような筆者から「私を戦争に向かわせないでほしい」とすごまれても苦笑してしまう。現実感がまるで伝わってこない。この文章を読みながら私は、お金がなくて女性を無計画に殺しておいて、死刑になりたくないので自首した名古屋の事件を思い出してしまった。<br />
<br />
つまり、悪いのはすべて社会の方で、その状況を改善するために「ちまちま」した努力など面倒くさく、というかシアワセをものごとの過程におくことができず、さらに悪いことに、お金があるかないか（職があるかないか）がシアワセの唯一の基準で、そこから畢竟、人生一発逆転の発想しか生まれ得ず、しかし悲しいことに（頭が悪いので）その方法論は非現実的かつ幼児的、なところが同じだと思ったのである。<br />
<br />
すでに亡くなっている丸山真男を引き合いに出して、安全な場所から「ひっぱたきたい」などと小さな声で吠えるのではなく、「調子のいいこと言ってんじゃねえ！」と姜尚中あたりを実際にひっぱたきに行けばいいのに。それと「死」に対する想像力のなさと考察の欠如に愕然としたことも付け加えておく。<br />
<br />
それに比べると（比べるのも申し訳ないが）小林敏明「憂鬱な国：三島由紀夫『文化防衛論』を再読する」（『新潮』5月号）は読み応えがあった。三島の「死」について書かれたもっとも精緻な文章の一つである。保存版。<br />
<br />
ある文芸誌で、村上春樹の海外のメディアでの発言をもとに評論を書いている人がいたが、三島の場合はどうなのだろう？　「You Tube」で三島がとても流暢な英語で「武士道」について語っているのを聞きながらそう思った。</description>
<pubDate>Sun, 02 Sep 2007 13:10:41 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>文学テーマパーク</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/42950</link>
<description>何回か前に「下北沢のあのごちゃごちゃとした街並みが好きではない」と勢いに任せて書いたことが気になっていて（「なぜ自分はそう思うのだろう」という疑問）、下北沢についても語られている東浩紀と仲俣暁生の対談「工学化する都市・生・文化」（『新潮』6月号）を引っ張り出して読んでみた。<br />
<br />
東による下北沢の解釈に対してはほとんど異論がなく、ごちゃごちゃしていた頭の中がかなりすっきりした。「頭のいい人は違うなあ」と感謝したくらいである（詳細が気になる方は本文にあたってください）。私が20年以上親しんできた中央線から自然と離れ、なぜか生理的に下北沢を怖れ、シネコンもTSUTAYAもスタバもそろっているいまの街に落ち着いている理由も納得できた。東があるとき西荻窪に降り立って「身体が「何だ、これは！」と拒否した」と述べているが、私の下北沢と同じことだと思う。<br />
<br />
彼は中央線文化や下北沢を「文学テーマパーク」「文化的蛸壺」と表現する。とてもわかりやすい。こうして東による明晰な解釈に感謝すると同時に、私が仲俣という人の書く文章を生理的に受けつけない理由もわかったような気がした。葛飾で生まれて船橋で育った「東京の東側」の人間がいま下北沢に住んでいるという事実が象徴的であるが、きっと彼は理が勝ちすぎているのだと思う。<br />
<br />
下北沢を「ノスタルジー」で語るのはいいとしても、ノスタルジーのなかに住めるというのは並大抵のことではない。一般的な印象からすると意外なことだが、東の方がより「身体」や「現実」に寄り添って考えているように見える。もちろん、身体や現実に寄り添わない思想など、単なる知の戯れに過ぎないのだが。<br />
<br />
東が対談の最後の方で「仲俣さんと僕の考えはずれていると思います」とはっきりと言わざるを得なかったのも、どこかで聞いたような仲俣の表層的な意見に苛立ってのことだろう。「社会全体にとって見れば、下北沢や中央線沿線がどんなに変わろうと、別にどうでもいいわけでしょう」と言い放つ理由が私にはよくわかる。「下北沢を守るために召喚されるであろう「ノスタルジーの権利」なるものは、資本主義の荒波のなかで出てきた泡みたいなもの」もそうである。<br />
<br />
最後の方で語られている「文学」についての意見も大変参考になる。私は日常的に高校生や大学生と言葉を交わすことが多いが、彼らはとにかくよく小説を読んでいて感心させられる。ただ、彼らに「先生からすると小説じゃないかもしれないけど・・」と留保をつけさせてしまうような世の中の風潮に私は疑問を感じる。その点について、東は次のように述べる。全面的に同意。<br />
<br />
「文芸誌はある限定された趣味を反映した雑誌でしかない。いいとか悪いとか以前に、それはもう疑い得ない事実なわけです。その中にライトノベルが入ったり入らなかったりっていうのは、ある特定の雑誌や、その雑誌を中心としたコミュニティにとっては大事かもしれないけど、そのほかの小説を読んでいる人たちにとっては、まったく関係がない。そして、もしいま「文学」について語ろうとしたら、その広大な空間について語るしかないんです」。</description>
<pubDate>Sat, 01 Sep 2007 03:15:42 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>kokomo</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/42529</link>
<description>いままでの海外への行き先を考えてみると、アメリカ西海岸が3割、東海岸が3割、メキシコから南が2割、東南アジアが2割といったところだろうか。東海岸から入ってエルパソまでたどり着いたり、あるいは逆に西海岸からはほとんどの場合エルパソまで車で行くので、これは「訪れた地域」というよりも最初に飛行機でどこに入るかの割合である。いずれにしても、アメリカ国内ではほとんどの場合、車に乗ることになる。誰かと一緒の場合もあるし、一人の場合も多い。そういうときに、日本では聞かないラジオの声に耳を傾ける。FM雑誌を買い「エアチェック」をしていた時代ももはや昔語りになってしまった時代に、アメリカとラジオは私のなかではとても近い。「アメリカにいる」という感覚と「車内からの風景」や「ラジオの響き」は密接に結びつき、訪れた場所とその時に流行っていた音楽は私の記憶のなかで一緒くたになる。マイアミから車で訪れたキーウエストと、ビーチボーイズの「ココモ」（1988年！）は私の記憶の貯蔵庫ではいまでも同じ場所に居座っている。しかし、ラジオで流されるのはもちろん音楽だけではない。さまざまな出自を抱えたさまざまな考えをもった人間の言葉も、電波を通して不特定多数の人びとに届けられる。その言葉は誰によって語られているのか。そんなことはほとんど誰も意識しない。いまの日本にいるとなかなか気づかないが、ラジオはかつてプロパガンダの最大のツールとして利用されてきた。視覚からの情報がない分、視聴者は洗脳を受けやすい。しかも、テレビに比べてもはるかに雑多で大量の言説が、軽い気持ちで（つまり本音で）日夜放たれている。しかし、大半のマスメディアは支配層によって牛耳られているから、ラジオが自然と（意図的に？）まといがちな負の影響力を、メキシコ系アメリカ人は監視の対象とせざるを得ない。耳を疑うような人種差別的な言説が横行していることを彼らは弾劾し、それらがヘイトクライムの温床となっていることに警鐘を鳴らす。現実に、黒人たちが大量にリンチされた時代と同じように、メキシコ系アメリカ人はいまでもいわれなき殺害の対象となっている。残虐にそして大量に殺され、さらにはその数は急速に増している。それらの実態をラジオが報じることはほとんどない（ヘイトクライムを助長しているのだから当たり前だが）。一方で、洗脳を受けやすい若者たちは相対化の作業をすることもなく、大した理由もないのにメキシコ系の人びとを嫌悪し続ける。インディアンへの嫌悪感を醸成した「いにしえの精神構造」とじつは何も変わってはいない。要職についたメキシコ系の人びとが殺人の予告を受けた例はいとまがなく、いまではアントニオ・ビリャライゴーサもその対象となっている。たとえば「KABC 790-AM」はこのメキシコ系の市長を口さがなく罵倒し、少しの敬意を表することもなくネガティブキャンペーンを展開している。いうまでもなく、市長だけではなく、その他のメキシコ系の有名人から一般市民までもが「嫌悪するべき対象」として日々人びとにすり込まれている。これらの放送局によるネガティブイメージのたれ流しは、今年、市民権を持つメキシコ系女性への病院の診察拒否という形となって事件となった。彼女はメキシコ系であることから不法移民であると病院側から勝手に捉えられ、何の処置も施されることなく出血多量で亡くなった。メディアが誰の手の中にあり、どのような思惑で使用されて人びとの無意識を形成しているのかを、今まで以上に注視しなければならない。そう考えさせる事件であった。私たちは得てして、何のチェックもされずに垂れ流されている（じつは巧妙に操作されている）情報をもとに意見や感情を形成している。どのような情報であろうともつねに相対化し、できるだけ現実そのものの近くにいようと努力しなければ、自然と「強いもの」に巻き込まれてしまう。そのことに対してさらに意識的になる必要があるだろう。</description>
<pubDate>Fri, 24 Aug 2007 13:00:48 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>MUSIC CAMP</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/41225</link>
<description>今週の後半から月末まで、ネットに文章を書く余裕はなくなってくるはずなので、ノルマの「4本」に向けてせっせと書いておくことにしよう。<br />
<br />
ヘレン・ハント・ジャクソンとともに、19世紀のカリフォルニアの小説家を研究するならばマリア・アンパロ・ルイス・デ・バートン（MARB）もはずせない。女性だから女性の作家を研究する必要性はゼロだと思うが、ちなみにバートンは女性です。『カリフォルニア研究』は秋に向けて刊行を目指しているようなので、MARBもちゃっかり足しちゃうことにしよう。<br />
<br />
<br />
今日は下北沢で「MUSIC CAMP」のイベントがあった。本題に入る前に勝手な愚痴を少々。私は「下北沢」という街がどうも肌に合わないようで、あの駅に降り立った途端に心身ともに絶不調になる。これまで「3回」宮田さんのところのイベントで下北沢に来ているが（レイ・サンドバルのときとケッツァルおよびルイス・ロドリゲスのとき、そして今日）いつも気分が悪くなってしまって困る。あのちまちました街の作りが合わないのだと思う。<br />
<br />
息苦しくなるような店の並びと、のびのびと歩けない人混み。そこに入ってくる車。すぐにでも逃げ出したくなってしまう。消防車も入れないようなあんな路地だらけの街に郷愁を抱いている者がいるのだとしたら、それははっきり言うが、勝手な幻想である。<br />
<br />
じつは私は「奄美自由大学」に参加したことがない (よく驚かれる。今日も杉浦勉さんに驚かれた)。それも同じような理由で、私は「島」が苦手なのである。島内にいると考えただけで心拍数が上がるような気がする。教室でつまらない話を聞きながら座らされるのがダメなのも同じ理由だろう。困ったものだ。だから、アメリカの荒野へとたまに行きたくなるのかもしれない。<br />
<br />
イベントで一番見たかったのは最後のメキシコ系アメリカ人のラルフ・ラゾの物語で、この映像がちょうど完成したころにマンザーナ強制収容所でその存在を教えられた。それから西海岸を中心にさまざまな場所で上映会が開かれていたことも知っていた。そのときは、アメリカまで見に行こうかと真剣に考えたくらいである。が、いつのまにか忘れてしまい、今回、ミュージック・キャンプによる情報で久しぶりに思い出したという次第である。日系人の当時の状況が端的にまとめられた映像を見て、また真面目に日系人について勉強したくなった。祖母も数年前に亡くなり、少し距離をおいて勉強することができるようになったと思う。宮田さんにはあらためて感謝したい(「下北沢病」でうまく話ができなかったのが残念）。<br />
<br />
http://www.m-camp.net/smokinmirrors.html</description>
<pubDate>Mon, 06 Aug 2007 01:57:29 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>グアダルーペの聖母</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/41197</link>
<description>「思考のフロンティア」シリーズの『難民』を読む。ベンハビブの『他者の権利』について小森陽一が触れていたからである。ベンハビブのこの本は、ヒスパニックをモデルケースとして読み直すことによって、さらに理解が深まると思われる。私が『他者の権利』で気になった文章は以下のようなところ。<br />
<br />
「今日の世界では、民主的な愛着と行為に開かれた下位国家および超国家的な空間が現れている。そして、それらの空間は現存する政体に代わってというよりも、むしろ、それらの政体とともに促進されなければならない」（p.3）<br />
「近代国民国家の主権と同じ時期に生まれた領土的な境界線の管理は、国民どうしの接触や相互行為空間において取り締まることで、その純粋性を時間において保証しようと試みるものであった」（p.16）<br />
「人間の移住運動は人類の歴史全体を通じて偏在的なもので、相互依存的な世界における主権国家の行為が、移住の「牽引」と「推進」の要因を構成しているという見解に立つならば、カント的な伝統におけるコスモポリタン的権利の輪郭はどのようになるのか」（p.69）<br />
「主権的な国民のアイデンティティを定義することは、それ自体流動的で、開放的で、係争的な公論のプロセスでもある。われわれとあなたがた、われわれと彼らを分かつ境界線は、たいてい、検証されない偏見、大昔の戦闘、歴史的な不正義、そして、全くの行政的な専断によって左右される。その点で、カール・シュミットは正しい。それにもかかわらず〜（デリダの反復概念を援用した「民主的反復」の話）」（p.164）<br />
「反復とは「起源」の再占有である」（p.166）<br />
「世界最大の移民国家であるにもかかわらず、アメリカの市民資格の概念は「帰化」を政治的発言の前提条件としている」（p.198）<br />
<br />
<br />
<br />
NHKの世界遺産関係の番組で「グアダルーペの聖母」を取り上げていた。<br />
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cardr086.html<br />
<br />
私が訪れたときも「動く歩道」だったかな？　<br />
番組としては「どうせ、日本人に宗教はわからない」という姿勢ではなく、なぜメキシコ人があそこまであの「褐色のマリア」に惹きつけられるのかの考察も若干ほしかった。そうでもしないと「いまだに非科学的な世界に生きるメキシコ人」という印象しか持ちようがない。関係ないが、メキシコ人の少女とレポーターの廣瀬智美アナウンサーがかわいらしかった。<br />
<br />
<br />
去年、ある従姉妹に10数年ぶりに会って、まるで最近まで会っていたかのようにすんなり再会できた話を書いたが、先日は、私が大学時代に塾で教えていた生徒に20数年ぶりに会った。これまたすんなり会えた。暗黙知。「村上春樹の『中国行きスロウ・ボート』の話をされてました」などと聞くと、あまりの進歩のなさに愕然とする。数年前から、村上春樹は罵倒することにしているのでいいとしても、「mixi」で最近亡くなった阿久悠について書いたら、二十歳前後の私を知っている人から「その話、聞いた」のようなコメントをもらい、この二十年間の進歩のなさに感動すら覚える。アベキンが「二十歳までに問題意識をもたなきゃダメだ」のようなことを書いていて、「オレは前進し続けるからあてはまらない」とうそぶいていたのに、結局、同じ場所をぐるぐる回っていたようである。</description>
<pubDate>Sun, 05 Aug 2007 14:40:46 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>大阪外国語大学</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/41068</link>
<description>大阪外語大学の集中講義で話をしてきた。大阪へ行くのは10年ぶりくらいかもしれない。前日に「千里中央駅」の真ん前にある「千里阪急ホテル」に宿泊。駅を背に、左手には噂の「エキスポランド」。例のジェットコースターが見える。背後には「太陽の塔」。実物を見るのは初めてかもしれない。講義の冒頭は「岡本敏子さんとメキシコ」の話にしようと決める。夜中はあまり寝ずに講義のネタ帳作り。キーワードだけ書いておく。あとはその場のノリでどこへでも行くことができる（そして予想通り暴走し放題であった）。夜も朝もこのホテル内で食事をする。<br />
<br />
次の日に大学へ。私を呼んでくれた杉田先生にご挨拶。こてこての関西人の杉田さんと私が会話をしているのを傍で見ていたTAの女性が「ノリが同じですね」とひとこと。やはり、私は関西の方が「水が合う」のかと再確認。どうも関東の人間はしゃべるのが遅くてイライラさせられると思った。みなさん、どんどん話すスピードが遅くなってないだろうか？　ただ、彼女自身も大変な早口で、一緒にしゃべっているとこちらも止まらなくなり、何とも言えず心地よかった。つまり、私も大阪人特有の「いらち」ということなのだろう。<br />
<br />
講義は、つい一週間前くらいに早稲田大学で話したネタのいくつかを使う。もちろん、大学の先生や大学院生の前で話したことをそのまま話してもぜんぜんおもしろくないので、わかりやすく変奏し、ムダに小ネタを交え、脱線を怖れず、飽きないようにしたつもり。例によって「森羅万象」「古今東西」が一堂に会するカオス的講義。それを真面目に聞いてくれた学生さんたちはかなり優秀で、あんなに興味津々な目で話を聞いてもらったのは初めてである。私はしゃべりながら「オレ、関西の方がうまくやっていけそう」とここでもまた思ってしまった。<br />
<br />
たとえば、コリードは都市伝説とともに話され、グアダルーペの聖母はサモアンファイターとともに語られ、アストランは廃墟マニアの視線から分析される。私自身はといえば、ときに怒り、ときに笑い、ときに憂う。チャックモールと鬱病の話しが隣り合わせになり、UFOは河童と同列のものとして扱われる。そういう支離滅裂なストーリーを、朝から晩まで授業を受けている学生さんたちが、最後まで真面目に聞いてくれるなんて感動的ではないか。ありがとう！　楽しかったです。</description>
<pubDate>Fri, 03 Aug 2007 03:03:25 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>奄美自由大学2007</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/40406</link>
<description>今福龍太の世界に関心のある方、是非ともお問い合わせください！　<br />
<br />
<br />
<br />
奄美自由大学2007 への誘い <br />
<br />
デイゴ樹を揺らす大きな颱風(テーホ)の咆哮が私のまどろみを解き、ふと耳を澄ませば、揺ら めく不思議な音楽の谺が汀のあちこちに漂っています。道弾き三線の唄者が通りすぎてゆくとき のシマウタの気配とはちがう、もっとずっと遠い島からの呼びかけのようなくぐもった調べ・・・。 いかなる既成の「音楽」にも収束しえない、世界の響きそのものゆらぎを抱えたその音の群島は、 自らの名を私の耳元でそっとこう囁きました。「Ba、Bach・・・」 <br />
<br />
アフリカ系のダンスのようなシンコペーションのリズムがひそむこの「バッハ」の躍動的な響き に私は驚き、たちまち魅了されました。南島の風の舞踏と、驟雨のざわめきの音と、島人の八月 踊りの回転する律動と、なんとこのバッハの音はスリリングに共振していることでしょう・・・。 <br />
<br />
一八世紀ドイツ、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽が、正統の西欧音楽史によって神話化 された技法と美学の大伽藍ではなく、植民地主義ヨーロッパが谺のようにして受けとめてきた周 縁世界、アジアやアフリカの舞踏リズムや旋律や代数学を無尽蔵に宿した響きの多様体であるこ とを示唆し、ピアノを媒介に実践してきたのが高橋悠治さんです。そもそも「Bach」とは、数 世代にわたって音楽家を輩出した特別の一家系の名ではなく、ロートヴェルシュRotwelsch と 呼ばれるドイツやスイスの旅職人や放浪者のあいだの隠語で「小銭」「あごひげ」「流し」といっ た意味をもつ言葉Bach(Bachen) に起源を持ち、おそらくは流れながら世界中の響きを拾い集 めて歩いた遍歴楽師を意味する集合的な名辞であったと考えられます。<br />
<br />
 人々の流れ歩きとともに唄の内実を豊かにしていった奄美シマウタの世界と、バッハはどこかで 深く通底しているのではないか・・・。この直観を支えに、完成や安定に至らない音の揺らめき の記憶を、奄美大島の素朴な木造教会の胎内に響かせ、中世からのバッハたちのように島の聖地 を彷徨するように巡礼してゆく・・・。この即興的なアイディアが、途方もない創造性と膂力を 持ったピアニストの体内の弦をたしかに弾(はじ)き、今年の奄美自由大学の通奏低音が鳴りは じめました。 <br />
<br />
6 年目を迎えたこの遊動型の学舎に、今年はとりわけ深く長い時間に帯電した音楽が響き渡りま す。特異な歴史を抱えた奄美のカトリック教会が生きてきた時間が、その音楽に倍音をつけ加え るでしょう。さらにその重層的な音が、島の旧盆の、死者が帰還するときの静謐な空気を震わせ て伝わるさまを、ぜひともに体験しようではありませんか。高橋悠治さんとともに辿る道行きの 途上で、例年の如く、ゴーゾーガナシの詩、さまざまな映像、歌や踊りが、場所と時を無意識に 選びながら即興的に生まれることでしょう。<br />
<br />
 たった一回きりの、バッハたちの島への、バッハたちの島からの挨拶。 多くの方々の参加を願っています。                              <br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　奄美自由大学主宰 今福龍太<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
奄美自由大学2007 テーマ:放擲する愛「バッハたちの島へ」 <br />
<br />
巡礼行程 <br />
8月24日(金) 午後1時:奄美大島、学丸の浜にて集合* (*学丸は龍郷町手広海岸の西側にある奇岩の浜でかつての自然聖地・遺跡。参加者は車に分乗 して午後12時50分「ばしゃ山村」から出発) 午後3時30分:宇検村、平田(へだ)着。漁船で対岸にある奄美群島最大の無人島、枝手久 (えだてく)島へ。手漕ぎの小舟に乗り換えて上陸。請島・与路島島民の聖地であった海蝕洞窟 ムィジナーを探訪。 午後6時:平田漁港帰着。 午後8時:「ばしゃ山村」帰着。懇親会。夜は野外にて映像の饗宴。「ばしゃ山村」(一部「さ との家」)泊) <br />
<br />
8月25日(土) 午前9時:笠利町、平(てーら)教会、手花部(てけぶ)教会、瀬留(せどめ)教会等を巡る。 午前10時:芦花部(あしけぶ)着。 芦花部カトリック教会内および裏の御嶽にて高橋悠治氏演奏のバッハとその谺を聴く。 午後12時:知名瀬教会着。昼食。 午後3時:大和村大棚着。大棚カトリック教会でふたたび高橋悠治氏によるバッハ「パルティー タ」および自作新曲「アフロアジア的バッハ」の演奏、その谺が幾重にも即興的に変奏される。 午後6時:大和村国直(くになお)着。国直の民宿「さんごビーチ」にて夕食、宿泊。 <br />
<br />
8月26日(日) 午前中、大和村の水脈をたどる小巡礼。国直、津名久の水神を巡る。 午前11時 龍郷町、秋名川で水浴。 午後1時:「ばしゃ山村」にて解散。 <br />
<br />
<br />
参加費用:基本的に、現地交通費・宿泊費・食費の実費および機材費などの諸経費・雑費。一人 30,000~35,000円程度。奄美大島までの往復は参加者各自で手配下さい。<br />
<br />
** 参加申し込み:奄美自由大学事務局 濱田康作 kou@magma.jp Tel 0997-53-0151 (申込者多数の場合は40名にて参加登録を締め切りますので早めにご連絡ください)</description>
<pubDate>Fri, 27 Jul 2007 02:06:32 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>Chica@?</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/40128</link>
<description>木曜日、鎌倉の鶴岡八幡宮で開運厄除けのお祓いをしてもらった。季節はずれのせいか、客（？）は私たち二人きりだった。いままで何度も歩いている小町通りはがらがらで、すべての店をゆっくり見ることができた。帰りは江ノ電で七里ヶ浜まで。そこから海沿いに江ノ島まで歩く。いつもは右斜め前に見える江ノ島を左斜め前から見る。空と海がもっとも美しい時間。ふたたび江ノ電に乗り込む前に、駅前の「備屋珈琲店」でビーフシチュー。2000円以上もするシチューは「何か」が違う。もしかしたら、こちらの「気分」が違うだけかもしれない。鎌倉も江ノ島もすべてが不思議に落ちついていた。世間さまが夏休みに入る前の静かで充実した午後を送れてよかった。<br />
<br />
金曜日、大学で試験。試験の日は話ができないのでつまらない。辻堂のタリーズが閉店したのもショック。前期の内容は、抽象的な思考に終始した。高校まで、知識を仕入れることが勉強だと教えられてきた学生たちにとっては、とまどうことも多かったのではないだろうか。この時代、欲しい本をそれほど待たずに手もとに置くことができ、ちょっとした知識ならネットで居ながらにして手に入れられる。そういう時代にこそ、思考訓練は重要だ。かつて、本や知識がこちらに訪れるのを「待つ」あいだに人は自然と「考える時間」を持つことができた。映画が上映される前のあの何とも言えない濃密な時間のように。こちらの脳みそを柔軟にしておいた上で、知識を摂取しても遅くはない。お堅い頭に入ってくる知識は限られているから。後半は一転して、素材と知識のオンパレードです！<br />
<br />
土曜日。ラテンアメリカ交流グループでお話をさせていただいた。ラティーノやチカーノに関するさわりの部分と、個人史を少々。若い方々もたくさん来てくれてよかった。というのも、チカーノ研究のもっともおもしろくて複雑な部分（反近代的で理解しがたい部分）に触れることなしに、既存のパラダイムのなかに情報を当てはめていくような「お勉強」に時間を費やすのはムダだからだ。勉強すればするだけ対象から遠のいていき、勉強のための勉強になってしまう。そして、初々しい感覚はなくなり、無意味な競争意識だけが残る。とはいえ、同じような関心を共有する者同士の居心地の良さをこれほど感じたことはなく、私を呼んでくれた後藤さんと寺本さんにはあらためて感謝したい。直接、話ができなかった人たちとは次の機会に。どれだけネットが発達しても、人と人が会うことの意味は減殺しない。私の話に触れて「なんだか、おもしろそうだ」と感じてくれた人が一人でもいてくれたらいいのだが。</description>
<pubDate>Sun, 22 Jul 2007 14:17:49 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ボーダー文化論</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/39617</link>
<description>去年あるところで越川芳明さんの講義を拝聴することができ、そのすぐあとにメールで「年末に新刊が出るから送ります」というありがたいお言葉をいただいたのだが、お忙しいなか忘れてしまわれたようで（こちらも忘れてしまい）、いまごろになって『トウガラシのちいさな旅：ボーダー文化論』（白水社）を手に入れて読んだ。<br />
<br />
装丁と色彩が美しいのもあり、まずモノとして大変気持ちのいい本である。重要な参考文献や多彩な写真資料、読みやすい文体に乗せられた高度な内容。これから何度もページめくるような気がする。第三章の「タンジール：ポール・ボウルズと異世界への旅」以外は、米墨国境、ラテンアメリカ、オキナワ、と私のツボであった。<br />
<br />
私が20年以上前に何の知識も目的もなくうろうろしていた地域（米墨国境地帯やメキシコなど）を、越川さんは十分な知識を吸収してから精力的に歩き回っている。なんだかうらやましい。私の場合は、あとになって「あのときのアレが＜グアダルーペの聖母＞かあ〜」と頭の中で反芻しながら、文字を通して意義を確かめるのに対して、越川さんは重武装した知識人として現地調査に出かけ「意味」を素早く見いだしている。効率的である。<br />
<br />
おそらく、この本を読んで、日本で一番勉強になっているのは私ではないだろうか。<br />
<br />
いまから10年近く前、まだほとんど誰も「崎山多美」について書いていないころ、私は沖縄旅行中に見つけた彼女の小説にいたく感激して、戻ってから早速論文に仕上げて、名古屋大学の研究論文集に載せてもらったことがある。それを、越川さんは、彼女自身に聞きたいことを自由にインタビューしているのである。うらやましい。<br />
<br />
まあ、それでも、まるで新旧の道が交錯する「ルート66」のように、行き当たりばったりのでこぼこ砂利道オールド・ロードと、越川さんの進まれたぴかぴかでまっすぐのフリーウェイがときに併走しながら同じ方向を向いていることを確認できるのは嬉しいことである。<br />
<br />
巻末の「私家版：ボーダー文化論入門書50」は「越川芳明を知るための50冊」と捉えることもできる。これまた、大変勉強になった。いつになったらこの境地に到達できるのか・・。</description>
<pubDate>Mon, 16 Jul 2007 01:17:12 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>Ramona</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/39492</link>
<description>　以前、カリフォルニアのチカーノについての文章を載せ、その中でヘレン・ハント・ジャクソンの『ラモーナ』について触れた（下にその部分を再録）。<br />
<br />
　主人公のラモーナはフィクションとはいえ、カリフォルニアにおける最初のインディアンとヨーロッパ人のあいだの混血だった。そう言い切っても構わないほどに、当時の人びとに絶大なる影響を与えたのである。<br />
<br />
　その『ラモーナ』がこのたび松柏社から邦訳された。解説の亀井俊介さんは、20世紀間近のアメリカにおいてもっとも読まれた小説ベスト3は『ベン・ハー』『小公子』そしてこの『ラモーナ』であると紹介している。<br />
<br />
　いまでも、もっと読まれていい作品であることがわかるだろう。とくに、メキシコ系アメリカ人を研究している人にとっては避けて通ることができない小説である。<br />
<br />
　これを機会に、もう一度日本語で読んでみたいと思う。もしかしたら『ラモーナ』だけで論文が書けるかもしれない。<br />
<br />
<br />
<br />
　[blockquote]共同性に属しているという感覚は、一部の人のみが参加できる「文章」を介してというよりも、おもに日常の暮らしのなかで共有される「何か」を媒介にしている。その一つは日々の生活を包み込んでいる「風景」であろう。風景に対する新たな認識の獲得は、新たな「言葉」を手に入れることによって人びとに共有されるようになる。ゴールドラッシュの影響をあまり受けなかった南部のアルタカリフォルニアで、ヘレン・ハント＝ジャクソンがヒスパニック文化が色濃く残る風景のなかで書き上げた『ラモーナ』（1884年）は、そこに住んでいる人びとの風景の見方を劇的に変えるきっかけとなった作品である 。インディアンとスコットランド人のハーフのラモーナが自分に流れているインディアンの血に目覚めながら、さまざまな恋愛や生と死、そして、新しい住人であるアメリカ人との相克に巻き込まれる。その過程のなかで、ヒスパニック文化の風景は言葉に変換され物語となり人びとに共有可能なものとなった。作者はこの作品を出版した10ヶ月後に胃癌で亡くなったが、初版で一万五千部を刷り、いまでも版を変えて何度も出版されている。早くも1887年にはホセ・マルティがスペイン語へと翻訳し、序文も彼自身がつけている。そこでマルティは、アメリカ帝国主義に侵略されたメキシコに思いを致し、この小説をラテンアメリカに住む者すべてにとっての「私たちの小説」とまで言って評価している 。<br />
<br />
　グランド・ツアーの時代に入りつつあった当時の人びとは、ラモーナが生まれた場所や結婚した場所を現実の土地のなかに探すことによって、物語のなかの風景と現実の風景を結びつけ、目の前の風景の意味を解釈したのである。それどころか、ラモーナ・ルボという実在の女性まで見つけ出すほどに、フィクションとリアルは激しく交差したのだった。カリフォルニアにおけるヒスパニックおよびチカーノの風景がその後どのように変わろうとも『ラモーナ』が残した影響力に私たちを規定され続けるだろう。物語の力は雑然とした風景を故郷としての共同性を連想させる景観に作り替え、その上に私たちは新たな記憶を乗せていくからである。その始原の物語からもはや人は自由になることは難しい。ただ、始原は遠い昔と変わらない姿で存在しているのではなく「いま」この風景のなかにちりばめられ併存している。<br />
<br />
 　人は新しく移り住んだ土地に名前を付すことによってその土地を自分のものにしようとするが、そこに物語という網をかぶせることによって愛着さえ感ずることができるようになる。カリフォルニア南部を自らの「故郷」と捉えるきっかけとなったラモーナを、人びとは実在する女性と捉えたうえでゆかりのある各地を訪れ、小説の舞台となった土地に実在の風景を当てはめたのだった。目の前にある複雑で多様な現実をそのまま把握することができなくても、人は物語を通して風景に意味を持たせることができるのである。南カリフォルニアのヒスパニックの文化を描写した『ラモーナ』は、風景の面からカリフォルニアを国境線のくびきから解放しているという意味において、バハルタカリフォルニアの小説の嚆矢と位置づけられるだろう。つまり、チカーノが帰るべき場所としての文化的な風土をこの作品は確立したのである。[/blockquote]</description>
<pubDate>Fri, 13 Jul 2007 23:46:00 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>最近読んだ本</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/39218</link>
<description>日本語で出版されているヒスパニック/ラティーノ本はごくごく限られているので、村田勝幸さんが今回出された新刊『＜アメリカ人＞の境界とラティーノ・エスニシティ』は非常に意義がある。これから「この道」を目指す研究者にとっては必読本となるだろう。参考文献もとても充実している。読みながら何度も、著者の情報収集能力に驚かされた。しかし、もとは研究論文集（博士論文）であるからラティーノ初心者には向かないのもたしか。この本へ行くまでの橋渡しとなる書物がほしいが、そんな本を日本で出す余裕はないだろう。この国ではラティーノは流行らないのである。その理由はここでは述べない。また、村田さんと私の問題意識はかなり重なっているのに、ここまでキレイに「向いている方向が違う」のもおもしろいと思った。村田さんのこの本は整然とした「教科書」で、私の書くものは妄想爆発の「読み物」なのだろう。いずれにしても、社会学的な側面からの日本におけるラティーノ研究の成果としてお薦めしたい。この本の出版によって、ラティーノをテーマにした、さまざまな著者による論文集を作るくらいの気運が高まることを希望する。<br />
<br />
内田樹『街場の中国論』を電車のなかで読了。内田さんのエッセイ本は電車読書に向いている。内田さんの「思いつき」が満載なので、いつでもどこでも止められるからである。しかし、一定のレベルは維持されつつも読み物としておもしろいのはいつものこと。ほぼすべてのページに傍線を引いてしまった。あとがきにある「素人の気楽さ」というのはかなりの謙遜で、中国の専門家は見習った方がよろしいのではなかろうか。一般的に、研究者は、中国バカ、アメリカバカ、メキシコバカ、チカーノバカのような専門バカに陥り、そうでもなければ「学術論文」など書けないのだろうが、それらの成果を専門ではない人びとにわかりやすく解説する義務もあるだろう。彼らが「〜バカ」になってしまう原因は大学機関のもつ蛸壺的な構造上の問題にあるとともに、研究者自身がそこから一歩出て、自らの立ち位置を相対化する努力を怠っているからではないか。というよりも、そもそも、テーマや地域に対する関心や興味がその内部で完結することなどあり得ないのであって、いまだ可視化されていない補助線や、星座を浮上させる線分はいたるところに隠れていることに気づくべきだ。<br />
<br />
萱野稔人『国家とはなにか』を読み終わったが、すぐに2回目に突入。文体といい、参考文献のあげ方といい、専門書ではなく一般書。もちろん、こうやってわかりやすく書く方が難しいのは言うまでもない。チカーノ研究者は「チカーノバカ」にならずに、こういった理論書も併読した方がいいと思う。私が読了した本の余白には、たとえば「チカーノの成立はアメリカ国家の成立と裏返しである」とか「暴力のあり方をフロンティアの前線の状況で説明すること」とか「チカーノの歴史をアメリカ史のなかの暴力の歴史として捉え直す」とか「（シュミットの）ラウムをアストランとからめて！」などと書かれている。いまとなってはよくわからん。再読します。<br />
<br />
吉本隆明『自著を語る』をさらっと読了。これを読んで彼の思想がわかるわけではないが、すでに慣れ親しんでいる人が読むととてもおもしろいと思われる。聞き手の渋谷陽一さんが専門家ではないところがいい（しかし、とても読み込んでいる）。だいたい、吉本さん自身が専門家ではなく「文芸評論家」だから、彼の文章には人を引きつける魅力がある。学術論文と文芸評論の違いは「人生に生きる意味を与えてくれるか否か」だ。本当の知識人は永遠の素人でなければならない。この本には続編があって、それは『SIGHT』に連載中である。阪神ファンでネコマニアで軍国少年だった吉本さん、長生きしてもらいたいものである。</description>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2007 02:42:29 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>幻影の翼</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/38818</link>
<description>こうしてネット上で本名と連絡先を無防備に公開していると、たまに「知らない人」や「忘れかけていた人（すいません）」からメールをいただくことがある。勝手に推測するに「有名人」はこのようなメールが毎日のように各方面から届くのだろう。そして、急に守銭奴のような親戚が増えたりするのだろう。私は有名人ではないのでたまにしかもらわないこともあり、いかなるメールも大歓迎である。大歓迎しつつも、人と人との出会いがこのような「便利なツール」によってどのように変化し、人びとの意識をどのように変化させているのだろうか、とよく思う。<br />
<br />
律儀な郵便屋さんが運んでくれた紙媒体のラブレターから、メールでの即物的なラブレターへの怒濤の変遷のなかに身を置いてきた世代として。そして、屋内でのDVDによる無機質な鑑賞を味気ないと痛感するだけの体験を、名画座（私にとっては三鷹オスカーや下高井戸シネマ）での「匂い」と「待つという行為」のなかに見いだしてきた世代としても。さらに、たとえば、キングクリムゾンの「CD」を眺めつつ「ジャケ買いの意味は明らかに変わった」と嘆息する世代としても、そうである。<br />
<br />
少し前に『小林秀雄とウィトゲンシュタイン』についてちらっと触れたときに、出版元の春風社の編集者の方からメールをいただいた。大変ありがたいことである。春風社の本はどれもデザイン（内容は言うまでもなく）がすばらしいのでみなさん是非、本屋さんで手に取ってみてください。大いに宣伝しておく。いつか日か私の本も出していただきたい。編集者さんにメールをいただいたのと同時期に、『小林秀雄〜』の著者の「中村昇」氏の名前を見た私の友人が「彼は大学院のときの先輩です」とメールをくれた。世界は狭い。<br />
<br />
講談社の『本』にその中村さんが文章を寄せているのを、たまたまうちのトイレで発見した。南方熊楠やベルクソンへの関心については「なるほど」と思っただけだったけれども「中学のときに禅僧の語録を読み込んだ」とあったときは少し立ち上がってしまった。私は小さいころからお坊さんになることを夢見ていて、うちが臨済宗だったこともあり「禅」に関してはかなり勉強したからである。中村さんはそのエッセイの後半で「西洋と東洋」や「分析と直感」のような「二重性」をどちらも受け止めてくれる哲学者として「ホワイトヘッド」をあげている。いま私は、彼の新刊『ホワイトヘッド』を読んでいるところで、編集者の方や友人がメールをくれなかったら、もしかしたらホワイトヘッドまではたどり着けなかったかもしれない。感謝。<br />
<br />
中村氏と同じような関心をもってきた私なのに「二重性」という意識はまるでない。まったく、自己省察することなく、本能の赴くままに生きてきた40数年間。はたして、世界中の血を引き受けているラティーノに東洋や西洋の意識はあるのだろうか。直感と分析？　今福氏の師である山口昌男が築いてきた学問は道なき道を行く「直感」の連続だったかもしれないが、その直感は膨大な「知識」と「分析」に裏打ちされた直感であった。予定調和を乱す直感の破天荒さがなければ新しい学問など生まれない。それを体現できるのは「人間」という媒体だけだろう。世界は狭いが、知るべきことは山ほどある。<br />
<br />
追伸：今日は、20数年前に塾で教えていた生徒からメールをもらった。この「便利なツール」がなければ、死ぬまですれ違うこともなかったはずだ。いずれ彼女とはお会いするだろうけれども、過去を片っ端から忘却の彼方へと追いやり、記憶を自分の都合のいいように改竄してしまう私の「歴史」は、いったいどのように再構築されてしまうのだろう。なんだかコワイ。「20数年前の＜私＞は他人だ」と言い切れるほど、頭でっかちの私ではない。<br />
<br />
追伸パート2：『本の雑誌』の7月号で、ラテンアメリカ全域が舞台となっている話題のブライアン・グロジョーニ『幻影の翼』の「訳者あとがき」が掲載されている。表題の「幻影の翼」はケツァルコアトル（翼ある蛇）の翼を指しているらしい。本屋で立ち読みする価値あり、である。</description>
<pubDate>Wed, 04 Jul 2007 01:54:21 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>コリード</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/imura/38394</link>
<description>気がつけば月末。もう一本がノルマなので、気ままに書き始めてみることにする。ノルマや締め切りがないと動かない私。だから、ノルマと締め切りは欠かせない。人生は習慣がすべて。<br />
<br />
<br />
まずは、コリードに関する「ある本」を読み始めたので、それについて書く。コリードとは、14世紀のスペインで生まれたロマンセという音楽様式が、コンキスタドールによって新大陸にもたらされ、米墨国境地帯で独自に発展したものである。<br />
<br />
アングロに抵抗した民衆のヒーローである「グレゴリオ・コルテス」のバラッドに代表されるような共同性の創造や、あるいは情報の共有のためにコリードは利用された。<br />
<br />
数年前に、スタンフォード大学のラモン・サルディバルが来日して、チカーノを紹介する講演を行った際に、その説明を「コリード」に全面的に依拠し、実際に何曲かを会場に流したことをいまでもよく覚えている。<br />
<br />
「境界線」の存在や、「住民」の特質や、統治する「政府」によって演繹的にある共同体を代弁するのではなく、民衆が自然発生的に創り上げる「歌」を通して「チカーノとは何か」を示そうとしたその方法論に私は驚かされた。<br />
<br />
方法論の選択そのものに結論が隠されていたわけである。<br />
<br />
共同体の説明を安易に時間（歴史）や空間（地理）のなかへ流し込んでしまうクセを幼いころから学ばされている私たちにとって、歌のなかに共同体を透視する視力はきわめて弱い。<br />
<br />
逆に言えば、歌謡曲の変遷を通して「日本人とは何か」というような方法論を採用するほど、私たちにとって口承芸術としての「歌」は大きな比重を占めているわけではない。いつか、領土や国民の境界線は自明のものとして受けとられるようになったからである。<br />
<br />
だから、チカーノが何者であるかの定義を国家原理の内部で通用している用語で説明してもあまり意味がない。<br />
<br />
去年、ラモンは、コリード研究の先駆者であるアメリコ・パレーデスの評伝を出版した。パレーデスは今福龍太のかつての指導教授であり、私がコリードという言葉にはじめて接したのは今福氏の『荒野のロマネスク』のなかの「アメリコ・パレーデスへの手紙」というエッセイであった。<br />
<br />
真面目なサラリーマンだった私をこのような×××な世界に引きずり込んだ罪深い『荒野のロマネスク』・・。<br />
<br />
さて、このような、米墨国境地帯のゆかしき伝統芸である「コリード」と、これまた地場産業のような「麻薬密売業者」が結びつき、1990年代に新しいコリード文化が誕生している、という本を読み始めたところである。<br />
<br />
コリードに乗せて歌われる人物はどうしてみな、社会的なアウトローなのか。新しい世代の「センスのいい」チカーノ研究者は、怠け者の私の代わりにチカーノ文化のさまざまな側面についてさらに幅広く研究してもらいたい。<br />
<br />
<br />
ここで、取り上げた本は「はてな」の方で紹介しておきます。</description>
<pubDate>Thu, 28 Jun 2007 23:37:44 +0900</pubDate> 
</item>
</channel>
</rss>
