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昔はケンチョ(県庁)行きと言ったそうな

また福岡へ行って来た。
テレビ九州(TVQ)の座談会参加のためだ。キャナル・シティに近い博多区にあるテレビ東京系列局で、確か18年前開局の後発組である。
RKBやKBCといった局と比べると、規模はかなり小さいが、いろいろ好きな番組がある。
中でも硬いと言われているが、「カンブリア宮殿」「ガイアの夜明け」は、民放他局にはない骨が見える。ローカルの「九州経済ナウ」も動きはぎこちないが、流通に関して特に突っ込みが深い。
正直、スタジオはせこい。あまり舞台を重く見ない傾向がある。また暗く、アナウンスも滑らかとはいえない。だが、少なくともどこにでも顔を出す人気お笑いタレントは居ない。姿勢が真摯だ。内容で勝負という感じだ。
だが、「田舎に泊まろう!」「なんでも鑑定団」「元祖!でぶや」はマンネリもいいところで、現状に甘んじている。お粗末な脚本、お粗末な主演女優、それにお粗末な演出や殺陣の塊だった時代劇「おりん」がやっと終わったと思ったら、原作・藤沢周平の「よろずや平四郎活人剣」が始まった。やはり期待通りの“軽さ”である。あまりにも原作の雰囲気とかけ離れている。剣の達人というにはお粗末な殺陣である。本当に藤沢氏のドラマを創りたいと思っているのか、ここから疑問に思うほどだ。
制作関係者3名とと視聴者9名の討論だったが、この局ほどごまかしをしないところはないと再確認した1、5時間だった。
帰りに天神のIMS(イムズ)に寄った。マアマアと思える数枚の写真を撮った。
福岡に来ていつも思うのだが、新宿などに比べるとやはり田舎っぽい。独りで心地よく過ごせる空間が少ない。ペア以上の団体さん向きで、いまいちピンとこないのだ。
そこでやっと探し当てたのが天神コアの屋上である。いま流行りのジャスミン茶などを安く提供し、芝生の広場と隅に設けられた10あまりの座席がある。愛想のいい女性が1人で切り盛りしているようだ。
各席に小さな花壇があるが、手入れが行き届いていない。その分、わたしの好みになっている。適度な荒れようと放っておきようなのだ。味とはこういうところから派生するという持論だが、あまり賛同者は居ない。
風邪を引いて10日ほど経つが、未だにセキが止まらない。あめ玉でも舐めるか。
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登録日:2007年 04月 22日 14:05:52
メタボ? 雑感
『花鎮めの祭り』も過ぎた。
桜の花の散る頃、桜を稲に見立ててこの花の散るのを抑えようという祭りといわれるが、言葉だけで、現存しているとはいえない。ただ花見の源という伝えはある。
ヒラホラと風情ある散り方なら惜しみもしようが、突風と雨でひっぺがえすように持ち去られると、「あらら?」と、様の変わりようにびっくりし、もう葉桜かと簡単に諦めてしまう。葉の散りようにもなにかを感じようと文句を付けて「風流だねぇ」 は、やはり日本人の感性なのだろうか。竜巻混じりの突風を「春一番」といわれると、なんとなくのんびりしてしまうが、被害者はそうは言っていられない。季節感の表現は世界一である。
なに?99センチ?腹周りが1メートル近いときたか。これほどとは思わなかった。
先日、市の健康診断へ行って来た。毎年恒例で、血液から始まって、レントゲン、眼圧、検尿、心電図など一通りあるが、その中に身体測定があり、結果が体重75キロ、腹囲99センチだったのだ。1年前より15キロ増えている。腹の周りなんぞ計ったことがないので分からないが、仕事を辞め、ついでにタバコもやめて1年余ー体を動かす機会が減り、歩くにも不自由な足の状態とあっては、運動もままならない。その結果、食事で管理するわけだが、量は減らしてもべらぼうなダイエット効果を得られるはずがなく、栄養バランスの難しさは素人には無理である。
更に久しぶりに風邪を引いた。
セキがひどくなってきたので「どっこらしょ」と病院へ行くことにした。カミさんは、あれだけ「行け行け」とせっついたのに、いまさら何故自分から行こうとしているのか不思議らしい。なんのことはない。1週間前からの検査予約日だからで、このことは言わず、殊勝そのものの態度で「おまえを安心させるために仕方ねぇけど行くことにする」なんて、ウルウル眼で訴えたものだ。
セキの音や出方が今までと違う。頻度は増すし、声も出なくなった。初めてのことだ。これが面白い。以前会社の総務に、風邪を引くと口をパクパクする人がいた。どうしてなのか訊いても要領を得ない。遅まきながら経験することになった。
普通にしゃべる音程以下は出ない。意識したかなり高い音だとなんとか通じるが、オカマさんのようでお勧めできない。最も良いのは、口を耳元に寄せてささやくことだ。
しかしこれは、サラリーマンにとって業務とはいえ勇気のいることで、毛の生え伸びた課長の耳に「今日のプレゼン、予定通りでいいでしょうか」と言ったとしよう。課長もつられて耳たぶを掴みながら「よろしく頼む」と、かすれ声で答える。かなり静かになるだろうなあ。
そんなことを思いながら診察を受け、薬をもらってきた。たかが風邪だが、4種類もある。その医者から電話があって、血液検査でおかしな数値を見つけたと言う。検査前に激しい運動をしたかと訊かれたが「いいえ」と答えると、3日後にまた検査に来て欲しいと言われた。運動ではないが、かなり激しい咳で、その影響か否かを調べるらしい。それよりもやはり内臓脂肪症候群の方が気にかかる。デブの神が居たら、日毎夜毎生け贄を捧げて呪ってやろう。そうすると怒りだして「もう太らせてあげない!」てなことで、痩せるかも知れない。
容疑者は寮の韓国人学生 ノート残す 米大学の銃乱射|米国|国際|Sankei WEB
DATE:2007/04/18 05:03
URL:http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070417/usa070417010.htm
1人で32人を射殺という、コロンバインを上回る事件である。犯人のバッグには銃の領収書があったという。
マイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」は、1999年4月20日に発生したコロンバイン高校銃乱射事件をメインに、銃社会アメリカの現実を他国と比較し、いかに「銃」に毒されているかを描いている。今までの様々な記事や映像でおおよその見当はついていたが、これほどのめり込んでいる人々の姿は初めて見る。
1年ほど前に書いた文章があった。
『「自分の身の安全は自分で守る」という謳い文句は聞き飽きていたが、まるでお題目のように老若男女一様に唱える不気味さはなんともいえない。清教徒に始まった米国大陸侵略(開拓とは言いたくない)は銃によって成され、ネイティブを残酷・未開と決めつけてほぼ抹殺し、黒人奴隷を自分たちの利益のみのために輸入し酷使し、教育も与えず、無知な犯罪者として位置づけて、今では被害を与える対象として身を守るために銃を持つ。法で保障された権利を行使しているだけとも言い、幼い頃からおもちゃ同様に扱い、人を殺傷するモノという意識はほとんど見られない。銃規制に奔走する人もいるが、少なくとも共和党の政権である限りは法の改正はあり得ないだろう。
コロンバイン犠牲者の慰霊集会の時は、同じ時期のすぐ近くで全米ライフル協会の集会が開かれ、6才の子が6才の女の子を拳銃で撃ち殺した事件の集会でも同じ日の近辺でも同じ行動を起こした。そのことに関して、ムーアは会長にまつり上げられている俳優のチャールストン・ヘストンを取材している。上記の集会の件を訊ねられるとヘストンは「アメリカの血塗られた歴史」や「権利」を言うばかりで、犠牲者の心を逆なでした集会については「偶然」と答えて逃げ出した。ヘストンは、演説では銃を振り上げて「銃は手放すな!」と吠え、 自分がモーゼ(映画「十戒」で演じた)か、西部劇の男のなかの男になりきっているのではあるまいか。銃を撒き散らすことで巨富を得ている団体のお先棒。あくまでも銃で化粧しなければならないとは情けない人間だ。』
おそらく、今回もなにも変わりはしないだろう。ただ、議会で有利になった民主党がどう出るかを見てみたい。Mr.Hondaのような暇人は自国のこういうことをこそ、命運を賭けて取り上げるべきである。
学校に金属探知器を設置して校内に持ち込めないようにしているーこれが異常ではないという感覚になりつつある。次から次へ優れた性能の武器をつくりだし、それに対する防御システムを編み出し、更にそれを越える武器を手にして・・・という矛と盾の論理を飽きもせず繰り返している。
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登録日:2007年 04月 18日 05:43:02
テレビとラジオと焼き鳥と

久しぶりに福岡市へ出た。
福岡放送(FBS)テレビの番組モニター説明会とRKBのラジオ祭りに出るためだ。
モニター歴は結構ある。
最初は20数年前になるだろうか。NHK衛星放送が始まって3年ほど経った頃だ。これを2年続け、総合テレビを延べ2年。民放はTNC、TVQときて、今年はFBS(日本放送系列)である。
他にも暇に任せて、宝くじ協会や国、県の行政など類を選ばずやってきた。文句を言われるのは嫌いだが、ケチを付けるのは好きという手前勝手さが性に合っているようだ。とはいえ、かなり俯瞰的なメンタマは持っているつもりだ。ニューヨークタイムズやワシントンポストのように恐ろしく偏った目ではモニター=監視は出来ない。この点で、なぜか世界的といわれる大新聞にはない「中立性」がわたしには宿っている。少なくともどんな新聞紙であれ、怖れおののくことはない。仰々しい物言いだが、要はバランス感覚があるかないかである。へへへ・・・。
県内から8名のモニターが決まり、11時に本社に集まれという連絡があった。それは中央区にあり、変哲もない通りに面して建っている。まわりには特別洒落た喫茶店もなく、日曜日ということもあって正面玄関は閉まっている。人の出入りがまったく見えず、11階建てとはいえ、ごく普通の会社だ。
右通用門から入って受付で目的を告げると、連絡済みらしく名簿をチェックして待合室に案内された。男女それぞれ4名ずつで私が最年長らしい。
コンプライアンス推進室の3人が次々に説明を進めたが、何故モニター係りが「法令遵守」に関わるのかよく分からない。多分、モニターはその一環なのだろうが、こういう横文字部署が結構増えている。
細かい話が済んだあと雑談になった。ちょうど石川県での地震発生後だったが、それに絡んで訊いてみた。
「災害や事故発生の時、なぜ各局横並びに同じ様に放映するのか?」
NHKは当然として、民放(5社)もそれに追従するように同じ内容を流すことがよくある。テレビはすべてが緊急用ではないはずだ。観る側の欲求が満たされて成り立つ生業である。連続ドラマを楽しみにしている人やスポーツ中継を観るためにテレビの前に座る人もいる。その期待感は思うより強く、「台風情報なんかNHKに任せておけばいいではないか」という類の苦情は結構あると聞く。局側も判断にかなり苦しむらしい。
FBSでも、午前の韓ドラシリーズのとき、関東地方の事故発生時(例の脱線事故)、そのままドラマを続けたが、他局は全部事故関連に切り替えていたということを知って動揺したという。わたしに言わせればこの感覚のほうがおかしい。なんでも横並びでなければ安心できないという、自信のなさの表れである。新聞でも月一回に一斉休刊、記者クラブでの発表を聞いて同じ内容である。この点では週刊誌の方がよほど独自性を打ち出している。ともあれ、局同士の打ち合わせ(談合?)で内容を決めるのではないと言っていたので、それを信じることにしたが、スポンサーやキー局、視聴者も絡めての判断は、ローカル局にとっては難しいに違いない。
そんなこんなで終わり、タクシーで福岡国際センターに向かった。民放ラジオではお気に入りのRKB主催「ラジオ祭り」である。特に午前7-9時の「スタミナ・ラジオ」がいい。以前、通勤時には必ず聴いていた番組だ。メインの中西一清アナは中年感覚丸出しでズバズバ切り込んでいく。その横で、楚々とサポートするのが、声は甘いが気の強い(なにしろ北九州出身)0000アナだ。この人も主婦感覚を織り交ぜ、時折色っぽさも併せ持つというコンビネーションで朝のいっときを楽しませてくれる。
春秋と年2回開かれるらしいが、今回来る気持ちになったのは尊敬する小泉武夫氏の講演があり、その入場券が手に入ったからだ。しかしそれは諦める結果になった。先ず、2時間の待ち時間(午後2時開演)と、待つ場所のものすごい混雑ぶりである。屋内外ともに家族連れでごった返し、落ち着いて待てる環境ではない。屋内は企業のブースで占められ、舞台では局の人による催し物(その時は標準語を博多弁でなんというのかクイズ)、2階のグルリはすべて占領されている。外は焼鳥屋や焼きそばなどに群がる人々々・・・」。こんなところに2時間は無理と判断し、数枚の写真を撮ってさっさと退散した。
日曜日、昼時、良い天気、無料と条件がそろえば、家族連れにとっては行かずばなるまい。予想していたとはいえ、残念な結果になってしまった。
久しぶりの雑踏の余韻を風呂場で流し、唯一の収穫である「博多地鶏」の焼き鳥を喰いながらビールを飲み、春だなーとあくびを繰り返す一日だった。
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登録日:2007年 03月 26日 10:02:28
おとなしくなったギンさん
ギンさんは口うるさい。間違ったことは言わないので、よけいに煙たい。
東京に住むギンさんは今年81才で、心身共にすこぶる元気だ。寝たり起きたりだが身辺にとても気を使う。良い意味の「色気」がある。つやつやした肌の持ち主で、うっすらと紅をさし、特に髪の毛の手入れに余念がない。これで大人しければ可愛いのだが、率直というか口が悪いというか、江戸っ子口調でポンポン言われると、私も単純なのでつい「なんだ、コノヤロー」と思ってしまう。
「ケンジさん、あんた気が弱いからさ、嫁さんに馬鹿にされるのよ。夫婦喧嘩ったっていつーも負けてんじゃない。たまに会うとグジュグジュ愚痴こぼしてさ、パシッとやんなさいよ。まったくじれったいね」
よくもまあ、こんなふうに次から次へセリフが出てくるものだと半分感心しながら、「ハイハイ、分かりました」とごまかしている。一度くらいはギャフンと言わせてやろうと構えているのだが、なかなかタイミングが合わない。とにかく口では到底かなわない。
もうひとつ、かなわないことがあった。
写真が上手なのだ。構図が良いとか露出がピッタリなどだけではなく、心に沁みるのだ。まるでフィルムに絵を描いている感じで、同じ被写体を撮っても私にはそれがない。ただ写っているだけ。特に子供の写真は生き生きしており、自分が一緒に友だちになって遊んでいる。私は、いかにうまく撮ろうかと背景や表情を選んでしまうが、ギンさんはカシャカシャと無造作にどんどん撮っていく。カメラも大したものではない。今でこそデジタルのコンパクトカメラだが、最初はバカチョンカメラで撮りまくっていた。彼女の真似できないテクニックは「待つこと」である。特に風景の場合、天候と時刻を計算する。例えばよく見る里山の風景を曇りの日に撮るとしたら、午後3時まで待てばきつめの稜線がゆるやかで和やかなやさしさに変わると分かるのだ。子供の立ち振る舞いでも笑顔でも、驚くほど的確にシャッターを押す。というより、自然に指が動くのだ。アマチュア写真展に応募を勧めたが、他人様に見せるために撮っているのではないと受け付けなかった。
私もそれに影響されて、デジカメ片手に深大寺公園や新宿御苑、夜の渋谷などを撮ってきた。ギンさんに一応見せるのだが、滅多にお褒めにあずからない。「コントラストがいい加減」だの「なにを撮りたいのか分かっていない」だのと、鋭い指摘ばかりである。
私たち家族が福岡に移って以来、電話で撮影の相談をするが、相手に現物がないので「口で言って分かるわけないでしょ」と怒鳴られ放しである。
そこでカミさんと相談して、ギンさんに通販でファックス付きの電話機を送った。それで写真のやりとりをしながら教えてもらっている。それ以外にも、俳句をつくったのスケッチしたからと、なにかあるとファックスを送ってくるようになった。こちらとしてはありがたいことだ。言いたいことをポンポン言われてきた。だが、紙に書く動作が加わると文面も考える。まさか「このスットコドッコイ」などと文章としては書けない。静かに確実に気持ちのやりとりが出来るようになり、ジーという受信音が待ち遠しくもなった。
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登録日:2007年 03月 22日 17:35:34
ゲイタウン「新宿2丁目」石原発言に反発

最近、昭和への想いがいろいろな形で見られる。それは濃い家族関係や強い連帯感と父権という社会的背景と、食生活に始まるちゃぶ台や生活用品に至るまで、懐古だけでは収まらない見直しである。
ただ昭和15年生まれとして、不潔で不便な生活環境を体験してきた者にとって、「良かった、懐かしい」だけでは済まないことも是非知って欲しい。
畑の肥料として人糞を使った野菜をつくって食べた結果、回虫などの寄生虫が体内に宿り、時には脳にまで入り込んで死んだり、口から出てきたりし、その駆除に児童は海人草を煎じて飲まされた。布団には蚤虱がうごめいて、寝る前に白い粉の殺虫薬をペコンペコン撒いたものだ。腹巻きを開けるとこれらがウジャウジャ蠢いていた。栄養失調で皮膚病に罹ったり、霜焼けあかぎれは当たり前だった。雨の日は、4キロの田舎道をすり減った下駄に破れて重い番傘をかかえて通学し、弁当はサツマイモ一個だった。
こんな風に振り返って大変だったことが多かったのに、何故回帰に向くのだろう。精神構造の魅力なのだろうか。土ほこり舞う中、少ない資材で物造りに邁進してきた一体感だろうか。全員が貧乏という連帯感かも知れない。
そのような匂いを持つ佇まいが少なくなってきた。これはかなり意識しなければ保てない状態でもある。昭和、特に30年代をテーマにした商店街や集合体が結構見られる。
それでなくても、新宿には結構そんな雰囲気が30年ほど前まで味わうことが出来たが、時代が移って最近はどんどん消えつつある。
火事以降の新宿駅西口飲食街は大分小ぎれいになり、花園のゴールデン街も中身が変わり、行政と自治会で浄化された歌舞伎町は親子連れでも楽しめる「安心」の街に変わった。末広亭近辺の新宿2,3丁目も胡散臭さが減ってきた。特に新宿2丁目は、都の次の目標のようである。
【ゲイタウン「新宿2丁目」石原発言に反発 - 社会ニュース : nikkansports.com
DATE:2007/03/18 14:18
URL:http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20070318-171272.html】
私はゲイではないが、少なくとも独特の陰翳が煌々たる照明のもとに無くなることに淋しさを感じる。闇の魅力が消え、人間の澱んだ深みにコンクリートが流され、小ぎれいなデコラカウンターばかりのラーメン屋のように凸凹のない平坦な味になる。安心して遊べる、住めるという「健康」が果たして本当に健康なのか、健康をひっくり返して見えたものを知るべきだ。
どこの国の行政でも、国際的な行事を催すとなると、やたら掃除したがる。普段は無精半分で見て見ぬ振りをしてきた役人も、サミットだオリンピックだワールドカップだとなると、その根性で爪楊枝でほじくるように、特に目に見える「薄汚さ」を見つけだし、人間が居ないかのように法という掃除機の先端を当てて吸いとっていく。ホームレスや違法建築が主な目標物で、彼らのスィートホームは人間性と誇り共々シュレッダーにかけられて夜空へ散っていく。
薄汚さの価値をどのように保つかーこれも都会施政の大きなポイントである。ゲイー同性愛者が居るから”浄化”という発想があまりにもお粗末だ。作家が政治の世界に入ってしまうと、人間の機微より効率や経済の管理に追われ、ふと我に返ることもなくなるのかも知れない。
私の持論は「文字列は小汚いところから自然発生する」などという、まるで蝿の誕生と考えているところがある。そうだろう。やたら掃いたり拭いたり薬まがいの洗剤で清潔を目指したところに、なにが生まれるというのだ。せいぜいカミさんの納得笑いだ。
昭和の陰や汚れは郷愁だけではない。二丁目あたりにも在る気がする。なにも善人ばかりがピュアとは限らない。少しレールから外れた純粋だってある。迷路で遊ぶ情感を捨てさせないで欲しい。手で払った暖簾のカビ臭さを忘れないで欲しい。なにもかも時代の流れと称して整理整頓されてたまるか。
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登録日:2007年 03月 20日 17:24:06
老いか怠けか---わたしの場合
島村抱月の小品に「書卓の上」がある。
かなり大きなテーブルの上には、未読の本や書きかけの原稿、返事を出さなければならない手紙や葉書、要らなくなった資料などが山積みされ、当人は懐手でそれらに想いを致すだけだが、片づけなどの行動には移らず、「あの本は読み終わったかな」「手紙には返事を書いたかな」と思い巡らすのである。
こんな偉い人と同じ感覚で申し訳ないが、私にもそんなところがある。例えばここからも見える本棚だ。決まったスペースで整理するとなると、ジャンル別云々より本の大きさが基準になる。これも完全ではない。正直にいえば、空いたところに詰め込んでいるということだ。まともに並んでいる本の上に真っ直ぐや斜めに突っ込み、それでもはみ出してくると、その分はみかん箱に入れて物置行きだ。もう10箱くらい運び込んだ記憶がある。
今も、座り込んで慣れ親しんだ書名を眺めながらどれを暗い牢屋に押し込めたらいいか考えている。考えているだけで、多分しばらくはこのままだろう。
「江戸時代・流人の生活」の横に渋沢龍彦の「エロティシズム」があり、東山魁夷の「馬車よ、ゆっくり走れ」と小沢昭一の「日本の放浪芸」が並んでいる。脈絡のない自分の性格そのものである。このゴチャゴチャが落ち着くのだ。時には小遣いが乏しくなると古本屋に売り飛ばそうかと思いはするが、この田舎に気の利いた古書屋もなく、抱えて福岡まで出るのも億劫で、結局はいつまでもダラダラと持ち主と同じように生き延びている。
なにも本棚まで行かなくても、乱雑さは目の前にある。HDとモニターに板を渡してプリンターを置き、その上にスルメゲソやおしゃぶり昆布、ニッケあめと柿ピーが入ったカゴに加えて雑誌も2,3冊という現状だ。もの思いに耽りながら硬いゲソを食いちぎり、ファンタジックな写真を見ながらアメをしゃぶる。一部のお母さんが昼ドラを観ながら寝転がって煎餅ポリポリという図に似ている。
乱雑さとモノグサさは当然一致する現象で、炬燵に座り込んでしまうと、目先だけでアレとコレを片づけて、実際に立ち上がるときにはさも一大事のように「ヨッコラショ」のかけ声とともに膝を立てる。ここには島村氏のような哲学的観点など微塵もなく、散らかし
への自己弁護に終始するジジィの怠惰だけだ。
そういえば、座り込んだ老人が通りすがりの人たちをじっと見つめているシーンをよく見る。動けない又は動かないおのれの体の代弁者として、歩き回る人に気持ちを預けているかのようだ。映画を観る観客のように、ゲームに没頭する子供のように、自分の願望を架空の登場人物に託すると同じ感覚である。「あんな風に歩けたら、桜の下を散歩できように」とか「あのように動けたら、どんなバスツァーにも参加したい」と、ひたすら思いと行動が一致できた頃の心持ちが芽生えるのだ。羨望と諦めを込めて、闊歩する人を見るのだ。なにも他人事ではない。私自身が省エネ人間にならざるを得ない体に日々変わりつつある実感がある。
それなら考え深い老人になったかといえばまったくの逆である。枯れたの悟ったのと昔の高齢者は偉かった。67才ならそれなりの規範があって、「隠居」という単語が生きていた。「子供らしく」と同じように「年寄りらしく」があった。しかしおかげさまでと言うか医療というか、食い物が良くなったなどのせいで、まだまだイケルと錯覚して老害を振りまく人たちがそちこちに居る。政治や企業、宗教でも長老と言われて、自分の存在感を見当違いに誇大視してしまう。かくしゃくは良いが、それは周りの人に判断を任せるべきで、引くべき時に引かないとみっともない姿になっていることを知るべきだ。それが年寄りの責任でもある。結構、現代ではそのポジションが難しい。「七人の侍」の村の長老のように、普段は村はずれの水車小屋に住み、一大事となったら知恵を出し決断する。これが望ましい位置ではなかろうか。
それなら我が身はと振り返ると、村人どころか自分一人を持て余している。書いてきたように炬燵にはまり込んで所在なく菓子を食い散らかし、うろんな目つきで周囲を見渡しては屁をこき、時折出っ張った腹を両手で揺さぶっては「メタボかな・・・」と思いつつも、昼間からビールを飲む。1人でもこれだけ度し難いジジィだ。自覚しているだけでもいいのかな。
「屍鬼二十五話」は「昭和恋々」と同じ大きさだから、立ち上がって並べ直そうか。おい、やれよ。おまえだよ、ジジィーと言い聞かせながらも立ち上がらないんだから・・・。
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登録日:2007年 03月 18日 08:25:48
Eメールで円満
カミさんは最近、やけに口うるさくなった。
一日中私の行動を見張っているのではないかと思うほど細かい事柄を取り上げ、文句の言い通しである。
タンスからあたり前にシャツを取りだすと、「上から順番に取っていけばいいものを、まったくデングリ返して!」。
床にコップの水を一滴こぼすと、「こぼしたらこぼしたと言えばいいのに、ホントに!」。
灰皿の外に少しでもタバコの灰が散らかると、「もう!ちゃんと灰皿があるのに、なんでこうなるのよ」
一事が万事この調子で、ひとり言とはいいながら、聞こえよがしに大げさに言うので、私はなにをするにもオドオド行動している。
人が見ても恐妻家でも亭主関白でもないはずだが、このイライラはなんだろう。特に分析などしたくはないが、ここ半年でこの傾向が強まった。
メシが喰えるだけの年金額なので、始終旅行出来るほどではないし、加齢に連れて病院通いが増え、いざというときのために少ないが貯金には手を付けられない。どちらにせよ、金の管理はカミさんが握っており、私はいろいろなバイトで小遣いを稼がなければならない。私の方がストレスが溜まっているのだ。
あまりのしつこさに時には「うるさい!」と大声を出してしまうが、このパターンは結構精神的にきついものがある。カミさんにその自覚や悪気がないので余計始末が悪い。
互いに言い争うのは好きではないので、その後には気まずい沈黙の時間がおとずれる。会話のない日がときには3,4日になることもある。しかし不思議なもので、日常の受け持ち作業は淡々とこなしている。炊事洗濯はカミさん、風呂掃除や布団の上げ下ろしは私という具合だ。「阿吽(あうん)の呼吸」といえば理解してもらえるだろうか。だが会話がまったくない状態は不自然だし息が詰まる。
そこで私は互いに持っているノートパソコンに目をつけた。「家庭内メール交換」だ。口をきかなければ面子は立つわけで、メールだったら口から音を出すわけではないから話をしたことにならない。
[夫ー晩飯は天ぷらが喰いたい]と出すと、しばらくして[妻ー材料をリクエストせよ]と返事が来る。なにを偉そうに、命令形なんか使いやがってと思うが、[夫ーエビとゴンボウとアナゴ]と打つと[妻ーアナゴはないからアジにする]と来た。もう少し色気のある文に出来ないのかなと[夫ーアジ天いいねぇ。歯触りが好き。ついでに君も・・・]などと返信していると、だんだん落語の長屋の夫婦になってくる。
[妻ーあたしはアジか?!]
[夫ーいやいや、君は今やクロマグロだよ]
[妻ーあたしはあんなにゴロンとしていない]
[夫ー世にもまれな高級魚という意味です]
[妻ー諒解]
喧嘩してはメール、のパターンを繰り返すうちに面倒くさくなり、振り返って「たまにはカラオケに行くか」「そうね」としゃべってしまう。いい年のジジババが背中合わせでメールする風景って、世間ではどんな風に見られるんだろう。まさに究極の至近距離メール交換だ。だがそのデータは時空を駆け抜けて来る。それが面白い。メモを渡せば同じと思うが、字を書く動作は気持ちが入りすぎる。
娘に言ったら「バッカじゃないの」と軽蔑されるのだろうが、なんといわれようと、今のれるに違いない。今のところ方法が我が家の平和には欠かせないようだ。
パソコンは日常生活に定着したアイテムの一つ。なんにでもこれを使ってしまう。少しお粗末だが、工夫次第で面白いという例になるだろうか。
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登録日:2007年 03月 17日 06:07:30
ブラり散歩*乗車前いろいろ談義

午前10時に着いてから9時間経ち、出発まで残り2時間になった。
普段はなにか旨いものを喰いたいと思っているが、ひとりになるとそれが無くなる。今までもそうだった。ドンブリものや麺類になってしまう。多分みんなそうなんだろう。
若いときは、腹が減って鳥の骨をしゃぶっても詩が舞った。街の埃さへ愛おしく、眼は夜を貫き通した。今は歩いても疲れるだけで、哲学が生まれるわけではない。現実しか見なくなった。この視野の狭さ浅さに呆れ果てることだけは解るーなどと達観するようなジジィでもないし、不惑などとんでもねぇ。
と思いながら、目は蕎麦屋を探していた。外に出たら醤油ラーメンかビーフカレー、それか大盛り蕎麦のどれかと決めていたのだ。年を重ねると不思議な心持ちになる。量が少なく種類の多い懐石料理が向いている一方、ラーメンライスやてんこ盛りのかつ丼をガッガッと掻き込みたい心理もある。やっぱりこういうのは負け惜しみとか冷や水っていうのかな。
みつけた。蕎麦処「信濃」。こんな歌舞伎町のど真ん中に昔からの店があるんだ。
多分、と思いながら暖簾を分けて入ると、予想通り眼鏡をかけた50才台のおばちゃんが「らっしゃい」ときた。テーブルが6,7のこじんまりした店内に、これも白衣に白髪のおじさんと思った通りの登場人物だ。それにしっかり脇役まで居た。配達途中の顔なじみなのだろう。小柄なおっちゃんが立ったまま新聞を読んでいた。大盛りを注文したあと、ビールを頼むとその人が中ビンを持ってきてくれた。何気ない言わずもがなの雰囲気がいい。
厨房をのぞくと、白い髪を綺麗なカールした
いかつい顔がくわえタバコでメンを茹でていた。ここも老人たちが頑張っている。
しかしメンの腰が恐ろしく強い。喉ごしで喰うなんて気取ったことを言っていられないほどしっかり噛み砕いて食べた。おまけに大盛りなので食べこたえ満点、腹も満点になった。gePP!!
歌舞伎町から西口へタクシー移動。東京無線のやけに気取った若い運チャンで、「かしこまりました」「とんでもございません」などという口調だ。そういえば床屋のオネエサンが言っていた。東と西を結ぶ懐かしのガード下もいずれはなくなって、駅周辺で新しく通路が出来るそうだ。それに、これからは南口の再開発が盛んになってどんどん進行中だとか。昔は埃っぽくて田舎っぽかった。
高速バスセンターでポケットウィスキーを眠り薬として仕入れた。これがなんとなくエレジー、しょぼくれを感じさせる。夜行そのものがもの悲しい。家出して乗り物に乗るときの感覚ー目的があって決めたわけでもない行き先に漠然とした不安を持ち、腹の奥に冷たい石を抱え込み、ヒュッと吹く枯れ葉風に身をすくめるとき、その人間の目は本当に悲しい詩を唄う。今回は「帰る」理由があるが、それが無くなったときの気持ちを想像してしまい、早速ウィスキーを一口含んだ。
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登録日:2007年 03月 01日 06:00:42
ブラり散歩*映画談義

コマに向かって左側の映画館に、ケビン・コスナーの看板が見えたので迷わず入場した。20年は越えている、久しぶりの映画館だ。タイトルは《守護神》。
沿岸警備隊の海難救命士物語。ベテランと新人の葛藤とヒューマニズムを描いている。米映画に珍しく最後は主人公が死んでしまうが、志は受け継がれるというもの。嵐の中の救助シーンはなかなかで、音響効果のすさまじさに驚いた。
西武新宿線へ向かう道の左角の映画館。ここは何故か昔の佇まいで味がある。
《武士の一分》
毒味役が貝にあたって盲目になり、お役ご免の憂き目にあうところを、妻に横恋慕する上役がそれを種に妻を犯す。自分の邪推で妻を追いだすが、事実を知った夫は上役と対決し、勝ったのち自害に追い込み、面目を保つ。
ここで言われる「一分」は、30石取りの下級武士が盲目という不利にもかかわらず、一刀流免許皆伝の切れ者で番頭の上級武士に1対1の決闘を望む心意気のことだ。
『ともに死するをもって、心となす。勝ちはそのなかにあり。必死、すなわち生くるなり』という師匠の教えは、相打ちの心(肉を切らせて骨を切る)とみた。これは「貞節」という刀を使った妻の心情も同じである。身を挺してでも夫(との生活も含む)を守る自己犠牲の心情からすると、タイトルを「妻の一分」としてもおかしくない。更に、敗れた相手が恥を知って腹を切ったことも「卑怯者の一分」といえる。
見終わったあと、ちょいと小腹が減ったので立ち食いでワカメ蕎麦(何故ワカメなのか記憶がない)をズルズルと喰いながら、自分になにか意地を押し通す「人間の一分」があるのか、考えてみた。よく「1寸の虫にも5分の魂」は使うが、これは人間全般に、特に社会的に体力的に弱い立場に置かれている場合で、武士の一分とは微妙な違いがある。庶民とサムライという違いだからなのかも知れない。
わたしが最も武士を感じる言葉はやはり「武士は喰わねど高楊枝」である。「葉隠れー死ぬことと見つけたり」ではない。先ずは必死に生き抜くことだ。潔さも含まれる。目の前の利益や法律に触れない虐めに組みすることなく、貧乏なりに満ち足りた生活を過ごす。一見マイホーム主義ではあるが、これがなかなか難しい。貧乏という条件はクリアーしていても、雑炊よりステーキになってしまう。向上心がなくなると言われるかも知れない。
グローバル化とやらで、現代では主に殉じるより自分を信じて従う人が増えている感じがする。経営者や上司に魅力や尊敬を抱けないシステムになりつつある。エゴではない「自分の一分」を持つことが出来れば藤沢周平氏の世界とサイクルが合うのかも知れない。
後で知った映画チケット代ーなになに、高校生3人で1000円?60歳以上だと1000円でいい?アー、損した。1800円×2回=3600円。1600円損したー。どうだい。こんなことを今更言うってことは、わたしが貧乏だという証拠だ。あとは、いちいち文句タラタラ言わないことだ。一分どころか0.2分くらいか。
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登録日:2007年 02月 28日 09:28:14
右足ブラり散歩ー夜行バスelegy

まさにエレジー。
悲歌は解釈次第ではコメディになり得る事を会得した出来事だった。
本人が真剣に悩み苦しんでも、脇から見ると
笑ってしまう。今回は自分を嘲笑うという情けなさである。
事の発端は、兄からの電話だった。「横浜の姉が亡くなった。明日夕方から葬儀があるがどうするか。遠いから無理しなくていいよ」という主旨である。他家に嫁いだとはいえ3人兄弟のひとりで、今では兄と二人きりになった。ならば行かずばなるまい。しかし、新幹線にしろ飛行機にしろ往復費用やホテル代などを考えると、年金暮らしには苦しいものがある。それならと、試みに長距離バスを申し込んでみた。
博多ー東京間1100キロを14時間25分で夜間に走り抜ける、その名も「博多号」。値段は15000円で、ビデオ2本上映かつパンとお茶の朝食付き。座席が3列でフラットに近いリクライニングシートときた。すべての条件からすれば、そう悪くはない。夜7時に出て、翌日朝9時半着の予定だ。電話で予約を済ませ、天神のバスセンターに向かった。
時間通りに出発した。シートは思ったより幅が狭く、居心地は決していいとは言えないが、それより前の爺さんが座った途端にシートを思い切り倒したことだ。いい年をして「ちょっと倒しますよ」との挨拶もない。前の背もたれに雑誌や小物を入れたのだが、まったく取り出せる状態ではない。目の前にその先端が来る。年令に関係のない気遣いのなさの典型だ。嘆かわしい。そんな中、昼飯に買った「バス弁」を食べた。駅弁空弁船弁に続くネーミングだが、幕の内系の一種類しかない。旅に出ると食欲が出る傾向にあり、今までの最多で新幹線6時間内に駅弁4つという記録がある。多分みんなそうだと思うが、胃の腑が大きくなるわけではなく不思議な現象だ。
夜10時半頃、横にカーテンが引かれて就寝状態になる。ここでみんながそろって背を倒すわけだ。短い足でも伸ばしきれず、タイヤの回転音や振動が思ったより感じる。朝6時半のカーテンオープン時間までに2時間は目を閉じただろうか。右に左に身をよじり、ビールを飲んでも眠気は来ない。本の用意もできなかった。今のデパートでは本のコーナーがないらしい。百貨店の名が泣く利益優先文化退化の風潮はこんなところまで来ている。
翌日、1時間遅れで10時半頃西新宿に着いた。小雨混じりの中、降り立ったはいいが、長時間座っていたせいか右足の調子が悪い。突っ張りが効かないのだ。つまり、ブラブラの右足ブラり散歩の始まりである。
大した内容ではないのがエレジーとも知らずに・・・。
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登録日:2007年 02月 25日 20:02:06
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