2007年 02月

パーソナリティー障害

「私の尻を蹴れ」とマンハッタンに現れたブッシュ大統領?! - 米国

【ニューヨーク/米国 24日 AFP】英国人パフォーマーのマーク・マッゴーワン(Mark McGowan)さんが22日、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領をネタにしたパフォーマンスをやってのけた。ブッシュ大統領のお面をつけ、「私の尻を蹴れ(KICK MY ASS)」と書かれた紙をお尻に張り、四つんばいの格好をしてマンハッタンの通りに現れたのだ。同大統領に扮したマッゴーワンさんは、お望み通りに、通り過ぎる人々に臀部を蹴ってもらっていた。写真は、マンハッタンのど真ん中でポーズをとるマッゴーワンさん。(c)AFP/DON EMMERT

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『手紙』東野圭吾 著 を読んだ。主人公の母は捨猫を飼うことを許さなかった。翌日猫は箱の中で死んでいた。主人公の兄は『優しい人でもいつも、いつも、誰にでもその優しさを示せるものじゃない、何かを取るということは何かを捨てる事だ。』と主人公をさとす。

妙なところが印象になったものだ。頭では分かっているが、あらためて言われると頭にくるセリフだ。

頻度が多いか少ないのか分からないが、わずか30数年の人生でどうしようもなく困った人々が僕の前に現れては消えていった。きまって、その困った人々は僕の前から消えた後でも困った事を繰り返しているようだった。

パーソナリティー障害・境界例・人格障害・・・etc こんな活字を良く目にする。
個性・性格・気質というくくりでは、済ませられない障害だ。

できれば付き合っていたいけれど、我慢の限界はいとも簡単にいつもやってくる。最初の段階でお人好しがあだになった結果だ。いつもその繰り返しだ。
パーソナリティー障害の場合、友人・知人・先輩後輩・・・の間柄では解決できない、無理だ、共倒れするか、優しさを提供した方がつぶれる。

彼等に必要なのは金でも、優しさでも、友情でもない治療だ。

困った事に同じ様な人が大勢居ればそれが標準になってしまう事だ。

本人達が生きづらいだけでなく、周囲もつらい状況が続いてしまう。




僕にできることはまだあるだろうか、

いや、  少し疲れた。

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登録日:2007年 02月 25日 22:53:33

すてきなお爺さん-トニーベネット

<第49回グラミー賞>ジェイミー・フォックスがパフォーマンスを披露 - 米国

【ロサンゼルス/米国 13日 AFP】第49回グラミー賞(The 49th Annual Grammy Awards)授賞式が11日、ロサンゼルスで開催され、最優秀R&Bパフォーマンス(Best R&B Performance By A Duo Or Group With Vocals)賞と最優秀ラップ・コラボレーション(Best Rap/Sung Collaboration)賞にノミネートされていたジェイミー・フォックス(Jamie Foxx)がパフォーマンスを披露した。(c)AFP/Robyn BECK

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スマイル

どんなに胸が痛もうとも笑顔だけは忘れないで
たとえ胸が張り裂けそうだとしても
空が雲で覆われたとしてもきっと大丈夫
恐れや悲しみの中でも笑い続けさえすれば
笑えば、もしかすると明日には
君のために陽が差し込んでくるかもしれないんだ

喜びに顔は明るくなり
悲しみの影など隠してしまおう
涙があふれてしまいそうな時でも
そんな時にこそ頑張って
笑って、泣いても仕方ないのだから
笑ってさえいれば、人生はまだ有意義だって
きっと思うはず

喜びに顔は明るくなり
悲しみの影など隠してしまおう
涙があふれそうなしまいそうな時でも
そんな時にこそ頑張って
笑って、泣いても仕方ないのだから
笑ってさえいれば、人生はまだ有意義だって
きっと思うはず

笑ってさえいれば


~トニーベネット デュエッツ アメリカンクラシック~ 収録曲

80歳にして今なお感動を与えてくれるすてきなお爺さん。
氏の歌うストレンジャーインパラダイスが好き。

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登録日:2007年 02月 24日 14:45:02

首都高事故処理一部始終

首都高で大型トレーラーが事故、橋脚に宙づり - 東京

【東京 22日 AFP】首都高速4号線で22日、大型トレーラーが側壁に追突、橋脚に引っ掛かって宙づりになる事件が起きた。運転手は、衝突時に車外に投げ出されて死亡した。写真は、宙づりになったトレーラー。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO

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赤坂の首都高でおそらく40フィートのコンテナを運んでいたトレーラーが事故をおこした。
自分が座る席からは約100メートル先に全てが見える。つまり窓際族?

東京オリンピックの時に造られた首都高は今の時代のスピードには対応できなくなっているのではないか?
社会のスピードを落とせればいいのだけれど・・・・
夕方には首都高も一般道も通行できるようになった。

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登録日:2007年 02月 23日 19:56:56

生きている作法

無作法は国の恥、政府が「海外旅行でのマナー向上」に乗り出す - 中国

【北京/中国 4日 AFP】中国の観光関連団体と政府が協力して、「中国人観光客が海外でどう振るまうべきか」を指導した、海外旅行者向けのマナーブックを作成したと、3日、新華社(Xinhua)通信が伝えた。
≫続きを読む…
(c)AFP/TEH ENG KOON

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今日、意外なところで『サホウ』という言葉を聞いたので新鮮な感じがした。
作法とは永い歴史の中で人々が「これが正しい」と決めてきた事柄かと思う。作法は生きているとも思う。例えば江戸時代には車の運転作法は無かったし、20年前には携帯電話の作法もなかった。最近では固定電話の作法が消えつつあるという。生活様式の移り変わりがこれほど速くなると作法も混沌として何が正しいのかそうでないのか分からなくなる事が多い。

10年前くらいに『ユニバーサルデザイン』という言葉が流行った。簡単にいうと全ての人にとって使い勝手がいいデザイン。例えば「握らなくても水が出せる蛇口」や「見やすい案内標識」や「駅のエレベーター」などなど。私が言うまでも無く、とても良い考え方だと思います。この『ユニバーサルデザイン』の考え方を『作法』に応用できないかと思った。作法に迷った場合は考えられるだけなるべくたくさんの人を思い浮かべその人達が困ったり、不愉快にならないようにすればいい。(余りにもあたりまえ過ぎて、こんな事を書く必要があるのか?と思って、馬鹿馬鹿しくなってきた)

道交法で歩行者は右側を歩く事になっているが最近、多くの道路や駅などの通路では左側通行が慣習になっている。そこを「右側通行が正しい」と主張し人並みに逆らって歩いても受け入れがたいかと思う。作法は生きているから、死んでしまった作法の大刀を振り回してもかえって無作法になるだけだ。

矛盾しているようだが、「ご飯のおかわりをする際は茶碗に一口分のご飯を残しておく」そんな旧いけれど粋な作法は大事にしていきたい。

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登録日:2007年 02月 21日 23:23:58

テレビ買ってみた

シャープ、新型AQUOSを発表 - 東京

【東京 20日 AFP】シャープは20日、液晶テレビAQUOS(アクオス)RシリーズとDシリーズを発表した。倍速駆動を実現した「倍速ASV液晶パネル」により、より滑らかで鮮明な映像が楽しめる。発売は3月10日で、市場想定価格は65型で100万円。写真は同日、都内のホテルで披露されたAQUOSのRシリーズとDシリーズ。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO

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景気回復になればと思い、シャープアクオス42型テレビを買った。
自分で設置したので腰痛になった。
(見た目以上に重い)

安い買い物ではないのに、買った嬉しさが湧いてこない。
それほどテレビを必要としていないのかもしれない。
CDをかけて、パソコンに向かっている時間の方が快適で長いと思う。

さて性能は?
最初アナログ放送を見たら、画質の悪さに唖然とした。
ブラウン管テレビの方がキレイだと思った。

デジタル放送を見れば確かにキレイで、目が楽。
ただすべての映像がハイビジョンなわけではなく、
コマーシャルやハンディカメラには従来の映像があり画像がボケている。

音はいい。DVDプレイヤーでCDを再生すれば充分ステレオ代わりになる。

ハイビジョンを録画する機械をまだ購入していないので録画した番組は
よろしくない画質で観る事になっている。

薄型テレビは日本の住宅事情に向いていると思う。
しかし65型テレビとは・・・どんな家庭に設置されるのだろう?

テレビも車もステイタスシンボルではなくなった。
物ではなく心の時代ダヨ。

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登録日:2007年 02月 20日 23:07:06

日本人は富士山が好き

画像

壊れてしまった食器は二度と元には戻りません。人の心も同じです。
壊れた食器の大きめのカケラに料理を載せて食べることはできそうです。でも元のようにスープと具を一緒に盛り付ける事はできません。接着剤やテープで貼り合わせ元のカタチになったように見えても補修の痕はずっと消えません。
壊れた事を知っていながら、その事実が無かったかのように演じるのはリアルではありません。美味しかろうと、そうではなかろうとも食事をするには補修痕を見つめ続け、破片で口を切らないように気を付けねばなりません。
これまでのように、きっとこれからも理不尽にもダメージを受ける事があるのだろう。
けれども大丈夫だろう。食いしばる歯と、この景色がきれいだと思える心があれば。

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登録日:2007年 02月 19日 23:49:18

自己満足的珈琲

スターバックスに、エチオピア産コーヒー豆の「商標出願」妨害疑惑 - 米国

【ニューヨーク/米国 27日 AFP】開発途上国とのフェアトレード(公正な貿易)を標榜する米コーヒーチェーン大手スターバックス(Starbucks Coffee International)に、エチオピア産コーヒー豆3種に対するエチオピア政府の商標出願を妨害したという疑惑が持ち上がっている。
≫続きを読む…
(c)AFP/Peter PARKS

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あー チキショー!
ストレスで歯が痛い。
こんな夜にはテレビを消し、音楽を聴いてコーヒーでも飲むか・・・

子供の頃はコーヒーが全く飲めず、匂いをかいだだけで吐き気がしていた。コーヒー牛乳も駄目だった。
しかし今は大好き!ときているから不思議。
中学3年生にブラックで飲む事を知ってから好きになりました。

いつもBUNCAの深炒り焙煎豆を自宅で挽いて飲みます。先日とうとう電動ミルを購入しました。喫茶店にあるミシンみたいな機械です。手動のミルをずっと使ってきたのですが時間が無いのと少ししか飲めないのでポリシー変更で、不本意ながら導入しました。

今日は夜なので、ラフマニノフのピアノコンチェルトを聴きながら、アイリッシュクリームを垂らして頂いています。

ちなみにニュース写真のショップには半年以上買いに行っていません。
多分これからも・・・

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登録日:2007年 02月 09日 22:55:05

若い君へ ~高リスク or 低リスクの選択~

<06-07アルペンスキーW杯>男子回転・第6戦、佐々木 1本目33位で2本目に進めず - オーストリア

【キッツビューエル/オーストリア 28日 AFP】アルペンスキーW杯・男子回転・第6戦、1本目。日本の佐々木明(Akira Sasaki)は、トップと2秒20差の54秒74で33位に終わり、2本目に進むことはできなかった。(c)AFP/JOE KLAMAR

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個人としてのはなし、生きていれば、時にはリスクの高い選択を迫られる。
高リスクor低リスクどちらを選択するか?自分の人生だ、本人に選択する権利があるだろう。

・高リスク選択→成功→喜び?→短期間
・低リスク選択→成功→後悔?→長期間

高リスクの選択をして、成功した場合は嬉しい結果だろう。その嬉しさは意外にも永くは継続しないと思う。なぜなら高リスクを選択したその人は、更なる挑戦をしているからだ。

低リスクの選択をして成功した場合、短期的に安心を得るだろう。しかし喜びとは違うと思う。その後、後悔と記した。何に後悔するのか? それは高リスクに挑戦しなかった事だ。挑戦していれば成功したかもしれない、或いは成功しなかったかもしれない。その答えが永遠に判らない事が後悔に繋がると考える。

いずれの選択にも不成功もあるだろうが、その事は考えない事にしているから、記す事も無い。消極的な事を考えるエネルギーは成功に使う為のエネルギーの一部を使っている。その分成功する確率を自ら下げていると思う。

保守的な大人を見ると「羽をなくしたアブ」のようだと思う。自分は子供の頃アブを捕まえては羽を取るという残酷な事をしていた。それをガラスの灰皿に溜めていた。そうなるとアブはもう飛んでいって牛や豚や人の血を吸う事はできない。
きっと保守的な人は生涯そのスタイルを守り抜くのだろうと思う。

さて自分が『常に』高リスクに挑戦してきたかは、自信がない。でも成功したと感じた時は積極的に挑戦していた自分を思い出す。例えばその為に仕事で身体を壊したが後悔は全く無かった。むしろそこまで自分を追及した喜びを感じた。経験上だが、どんな事でも失敗しても諦めずに挑戦を続けていると何らかの『チカラ』が作用する。それによって望む結果になる事がある。それをラッキーと言ってもいい、神がかりと言ってもいい、人情だと言ってもいい、正直なところその正体は分からない。

何が良くて、悪いという話しではない。こういう一種の考え方があるという事だけだ。
ただ自分の蕎麦にいる人達は、高リスクの選択を強く勧められるのであしからず。

余談だが、今日病床の母に口から水を病院に無断で飲ませた。きっと喉が乾いているだろうと思ったからだ。いちど思うとやらずにはいられない性分だ。
通常は鼻から胃まで伸びたチューブで液体の栄養を取っている。誤嚥のリスクは充分承知だ。ストローをスポイトのように使って、表面張力で口の内部に軽く湿る程度を飲ませた。すると自ら口を開けてむせずに飲んでくれた。何度かそれを繰り返したら、もういいとばかりに口を閉じた。それでも全部でおおさじ1杯程度の量か?
人にとって口から飲食する事は非常に重要な事だ。それで生きる実感を得てくれたらと思った。

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登録日:2007年 02月 09日 00:09:45

too much confidence   ~過信の日々~

柳沢厚生労働相の発言に、辞任を求める抗議集会 - 東京

【東京 3日 AFP】東京千代田区の首相官邸前で3日、柳沢伯夫厚生労働相の女性を軽視した発言に対する抗議集会が開かれた。柳沢厚生労働相は1月27日、少子化対策についての講演の中で、「女性は子供を産む機械」と例えた発言が批判が集まっている。写真は同日、官邸前で柳沢厚生労働相の面をかぶり、辞任を求める人々。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO

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かつて自分も過信していた時期があったと思う。過信があったからこそ、困難をクリアできた事もあったと思う。
若かった。 若いから許されたし、許してくれた。
しかし今は『過信』という言葉を知っているつもりだ。

『過信』とは、  自分の実力を実際よりも高く見ている事。
これはいけない事なのか? 決してそうではない。
しかし、自己の中に制限しておくべきだと思う。

自信と過信のボーダーラインは何処にあるのか?
分からない。
しかし、過信している人物には特徴がある。
彼らは時に奇行や凶行を起こす。どういう状況にそう成り易いか?潜在的に焦燥感や不安感を抱えて、そのレベルが高まると何か自己存在を示す行動に移らざるをえない。
そもそも、その行動の動機は自己保存にあるので周囲の人達には理解できない。理解されるとすれば同じ境遇の人だろう。
周囲の人に理解されない~   理解されない場合、彼らは無視される・非難される・嫌われる・攻撃される・孤立する可能性がある。しかし彼らはそれを予測できない。なぜなら彼らは自分が過信している事を知らないのだから。

言うまでもないが私がここで過信者としているのはデモの人々ではない。

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登録日:2007年 02月 04日 00:07:52

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プロフィール
サトウカツキ
(男)
1970年08月24日
自転車好きから、某輸入時計代理店勤務。
3年前父がクモ膜下出血で倒れ入院中、母に脳腫瘍が見つかり余命1年余りと言われる。以来常に死を真摯に見つめ、リアルを求め、自分自身生きる事に奮闘している。
今のところ好きな言葉は 【ハート】
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