「共通の歴史認識」なんて無理な話
【モスクワ/ロシア 3日 AFP】エストニアの首都タリン(Tallinn)から旧ソ連兵の戦争記念碑が撤去されたことに抗議する、親ロシア派の若者団体「ナーシ(Nashi)」のメンバーらが、モスクワの在ロシア大使館周辺の道路を封鎖し、これを受けたエストニア政府が2日、同施設を一時閉鎖した。
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(c)AFP/ALEXANDER TITORENKO
【旧ソ連兵士の記念碑】
エストニア政府が首都タリンの中心部にあった旧ソ連兵士の記念碑を、郊外の軍人墓地に移転したことで、ロシアとエストニアが「歴史認識」をめぐって対立しています。
記念碑は、エストニア国会の移転決議に基づいて4月26日、政府が撤去作業を始めたのですが、これに抗議して記念碑周辺に集まったロシア系住民と警官隊が衝突し、1人が死亡しました。
モスクワでは、プーチン大統領の「親衛隊」といわれるナーシ(我ら)の若者たちがエストニア大使館を取り巻き、一時は交通がストップする騒ぎになりました。ロシアの上院も撤去の翌日、プーチン大統領にエストニアとの国交断絶を求めるなど、かなりナショナリスティックな反応をみせています。
ロシア人にとって記念碑は、ソ連軍がエストニアをナチスの圧制から解放した象徴なのです。しかし、生粋のエストニア人はそうは思っていない。戦後ずっと、この記念碑を旧ソ連による「占領」のシルシと見てきたようです。
【占領と解放】
ロシア人にいわせると、記念碑の移転は「歴史の書き換え」です。
「共通の歴史認識」とか「歴史の鑑に照らして」とかいいますが、ぼくはこの言葉を聞くたびにウンザリします。聞き飽きたという思いもありますが、そういう言葉で他人に自分の歴史観を押し付けてくる傲慢さが、ウンザリなんです。
バルトの小国エストニアの人々は、ソ連に「解放」されたとは思っていない。占領者がヒトラーからスターリンに替わっただけだと思っている。それを「歴史の書き換え」だと非難する大国ロシアの歴史認識とは何なんだ。ロシアは「解放」というけれど、1940年にソ連がエストニアを占領したのは、前年の1939年にスターリンとヒトラーの間で交された密約の結果ではなかったか。とまあ、そう思うわけです。いわゆる「近隣諸国」から、何かにつけて彼らの歴史認識を押し付けられるニッポンの人間として、つい生理的に反発してしまう。手あかのついた「解放」という言葉に、ウンザリしているせいもあります。
ニッポンがアメリカに占領された1945年、日本共産党の幹部たちがGHQの前で「解放軍バンザイ」といって歓迎したという話を、ウソか本当か知らないけれど、聞いたことがあります。それからしばらく、世界のいたるところで、「ナントカ解放戦線」とか「解放軍」とか、「解放」という言葉がさかんに使われました。
【新疆ウイグルの解放】
1933年11月12日、現在の新疆ウイグルの地に「東トルキスタン・イスラム共和国」という国が独立を宣言しました。1911年の辛亥革命に影響されて生まれた国ですが、この国を1949年に中国人民解放軍が「解放」したことになっています。何からの解放か、よくわかりませんが、中国政府は次のように説明しています。
<新疆ウイグル自治区を分裂させ、支配するという目的を達成するために、古い植民地主義者たちは新疆を「東トルキスタン」と呼び、新疆は「東トルキスタン」人の庭であるという誤った説を捏造している。>
<20世紀初頭から1940年代末まで、「東トルキスタン」勢力は外国勢力の支持を受けて、何度も動乱を繰り返した。>
<新疆ウイグル自治区が平和解放されてから、新疆の社会は安定し、経済は発展を続け、人々の生活は急速に改善された。>(中国国務院新聞弁公室が2002年1月21日に発表した文書の抜粋)
このように、新疆ウイグルは古い植民地主義者の手から中国人民解放軍が解放したというのですが、この歴史認識は間違っている、なんていうつもりはありません。中国政府が「解放」というなら「解放」なんでしょう。であるなら、太平洋戦争で侵略の罪に問われた日本の南方侵攻も、アジアの人々を欧米植民地主義者から解放するための「進出」だった、という歴史認識も成り立つんじゃないですか。
【アジア太平洋の解放】
「なんとかの一つ覚え」みたいで気がひけますが、毎度このブログで引用しているアメリカの東洋史学者ヘレン・ミアーズは、GHQ労働政策委員会の一員として東京に赴任する途中、マニラで山下奉文が処刑されたニュースを聞いた感想を、著書の「アメリカの鏡:日本」の中でこう書いています。
<抑圧されたアジアの同胞と「有色植民地住民」を「白い」圧制者から「解放」するという山下たちの旗は、政治的には偽りであっても、心情的には真実である。>
当時も今もそうですが、アジア太平洋地域の住民は大多数がムスリムです。資源獲得のために南方に「進出」した日本人の多くが、現地でムスリムと接触し、彼らの悲惨な状態を目の当たりしたことから、日本ではイスラム教に対する関心が高まったといわれます。
<このようなイスラム世界に対して、日本人はさまざまな関心を示した。…現地人の生活の悲惨さ、その原因としての悪政と欧米の植民地支配の過酷さ、そしてそれを反面教師とするナショナリスト的自戒をこめた東洋人としての共感である。>(岩波新書:中村廣治郎『イスラム教入門』)
その共感が、アジアを解放しなければならないという「山下たち」の心情を醸成していったというわけです。そうなると、中国のいう「解放」も日本軍の南方侵攻も、大して変りはないんじゃないですか。こんなことをいったら、中国から怒られるでしょうが。
【共通の歴史認識】
新疆ウイグルの人々が、中国人の進出を「解放」として歓迎したかどうか知りません。
しかし、ロシア人がどんなに「我々は君たちを解放してやったんだ」と叫んだところで、トリエステの人たちが「ありがとう」なんていうはずはないと思います。トリエステ国民はソ連邦解体後の1991年、独立回復にバンザイを叫んだのですから。
この対立の落としどころは何処か、探そうじゃないかといってみても、そんなものはキレイごとにすぎません。国民感情とか民族感情を乗り越えられる理性が働くものなら、日中間や日韓間の歴史問題だって、冷静に話合えるでしょうが、そうはいかないのです。歴史を権力の正当化と維持のために使う政治権力が、かならず歴史認識に介入してきますからね。
たとえば、韓国の盧武鉉さんです。この人がなぜいまごろになって「親日派」財産の没収に躍起になっているのか、よくわかりませんが、おそらく、国民の中の反日感情を満足させたいのでしょう。
韓国済州島出身の国際政治学者で、日本で執筆活動を続けている呉善花(オソンファ)さんは著書『韓国併合への道』(文春新書)の「はじめに」で、こういっています。
<韓国併合へといたる道は朝鮮近代の敗北の歴史を意味する。なぜ敗北したのか、その自らの側の要因と責任の所在を真摯に抉りだす作業が、韓国ではいまでになされていない。戦後の韓国で徹底的になされてきたことは、「日帝三六年」の支配をもたらした「加害者」としての日本糺弾以外にはなかったのである。>
盧武鉉さんの「親日派」糺弾は、いまだにその作業が営々と、さらに激しく、続けられている証しです。
「解放」された韓国は「加害者」日本を糺弾し続けている。「解放」されたトリエステは「解放」を認めない。2つの現実を重ねあわせてみると、共通の歴史認識などありえないと思ってしまうのです。
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登録日:2007年 05月 18日 12:46:21
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- プロフィール
- 伊藤 延司
- (男)
- 長野県生まれ。京都大学卒。
毎日新聞社ジュネーブ支局長、パリ支局長、学芸部長、出版局次長、英文毎日局長などを歴任。
主な訳書: 『アメリカの鏡・日本』(角川書店)、『壁の向こう側』(毎日新聞社)、『ブッシュ・ベイビーズ』(マーガレット・プライスとの共訳、毎日新聞社)、『犬たちをめぐる小さな物語』(日本放送出版協会)、『ダーティー・ハンズ』(都市出版)など。
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