ベトナム大統領の訪米とぼくのトラウマ
【6月23日 AFP】ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)米大統領とグエン・ミン・チェット(Nguyen Minh Triet)ベトナム大統領の会談が22日、ホワイトハウスで行われた。
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(c)AFP
【自由と民主主義の旗のもとで】
ベトナム戦争終結から32年も経ったんですね。
あれから初めて、ベトナム社会主義共和国の大統領が米国を公式訪問した(6月22日)というニュースを聞いて、ぼくは若いころに味わった嫌なことを思い出してしまいました。一種トラウマに似た感覚です。
あの戦争では、米兵だけでも5万8000人が戦死しました。そして、敵同士だった米国のブッシュ大統領とベトナムのグエン・ミン・チェット大統領が、32年ぶりでようやく会談した。画期的なことではありますが、いったいどれだけの人がベトナム戦争のことを、同時代人として実感できるのだろうか。実にベトナム戦争は、遠い昔の話です。
32年ぶりに実現した両国首脳の会談で、ブッシュ大統領は「両国関係を深めるためには、ベトナムが人権問題や自由、民主主義の問題と真剣に取り組むことが重要だ」といったそうですが、よくいいますよ。
アメリカはあの戦争で「自由と民主主義」の旗のもとに、どれだけ多くのベトナム人を殺し、ベトナム人の人権を侵し、枯れ葉剤でベトナムの生態系を破壊したことか。
ぼくはアメリカ批判を良識の証しのように思っている言論人ではありません。むしろアメリカが好きなほうです。それでもベトナムでアメリカが行った戦争犯罪は、しんそこ嫌悪しています。
もしベトナム人が、中国人的発想をする民族だったら、アメリカに謝罪を要求し続けるでしょうね。
アメリカはまぎれもなく、それだけのことをやったんです。それなのに、人権、自由、民主主義の問題と真剣に取り組めだなんて、よくまあいえたものです。
【北ベトナムも残虐だった】
ぼくにとって、ベトナム戦争のもっとも残酷な光景は、米兵が解放戦線兵士の頭につきつけた拳銃の引き金を、今まさに引こうとしている写真のショットでした。あのシーンはアメリカの暴虐を端的に物語っていました。しかし、北ベトナムだって相当に残虐なことをやっているのです。
1968年1月のテト攻勢のとき、北ベトナム軍と南ベトナム解放民族戦線は旧王都のユエ(現フエ)で南ベトナム側の市民を何千人も虐殺しています。アメリカにも北ベトナムにも、それぞの大義はあったでしょう。でも、やっていることは、両方とも非道でした。
しかし、ぼくが嫌な記憶といったのは、そのことではありません。
国家のやることは、どのようにも批判できますから、アメリカはけしからん、ベトナムもけしからん、といえば、それなりに憂さは晴れます。ぼくのトラウマになっているのは、ぼく自身の、というか、日本の新聞がベトナム戦争の時にみせた正義のいかがわしさなんです。
【ボー・グエンザップの声がする】
あれは1972年3月末でした。
南北ベトナムを分ける非武装地帯に接する南ベトナム最北のクアンチ省に、共産側(そのころ新聞は「解放勢力」といっていました)が戦車と重火器による大攻勢をかけてきたのです。「復活祭攻勢」と呼ばれたこの大攻勢をさかいに、米軍と南ベトナム軍は崩壊していくのですが、その時ぼくは新聞社の国際報道部門に配属されたばかりの新米記者で、デスク(外信部副部長)から「クアンチ大攻勢」の解説記事を書いてみろ、といわれました。おそらくデスクは、新入りの外信部員の筆力を試そうとしたのだと思います。
ぼくはついに念願の外信部入りを果たした気負いもあって、「フィガロ」「ルモンド」「ヌーベル・オプセルバトゥール」「レクスプレス」といったフランスの新聞雑誌を読みあさって「ボー・グエンザップの声がする」なんていう、キザなタイトルの記事を書きました。
ボー・グエンザップはいうまでもなく、ディエンビエンフーでフランス軍を破った北ベトナムの伝説的将軍ですが、大攻勢のときは国防相だったと思います。
フランスのマスメディアは、この攻勢は明らかに北ベトナム正規軍によるものだとみていました。ぼくも戦車の大群が出現しているのだから、解放戦線のゲリラ攻撃ではあるまいと思い、この大攻勢を指揮しているのはボー・グエンザップだろうと書いたのです。
【南ベトナムには北ベトナム軍はいない】
ところが、若気のいたりの、自信まんまんの原稿は、デスクの手でゴミ箱にポイ捨てされました。
「キミ、こんな記事を書いたら、外信部にいられなくなるよ」
デスクはぼくを諭すような低い声でいったのです
「なんで、ですか?」
「キミはなんにも知らないからいっておくが、南には北の軍隊はいない。これが新聞記者の常識なんだよ」
ぼくはまったく納得できなかったので、だってフランスの新聞雑誌は北ベトナム正規軍の攻撃だといってるじゃないですか、とかなんとか食い下がりました。
しかし、デスクは「これはアメリカと解放戦線の戦争なのです」と静かだけど、おごそかに断言しました。
確かに、ぼくは無知でした。日本の新聞にとって、ベトナム戦争はアメリカ帝国主義に対する南ベトナム人民の解放闘争でなければならなかったのです。そういえば「解放戦線の戦士の目は澄んでいた」みたいな記事がありました。
解放戦線の戦士だから目が澄んでいる、なんて明らかにフィクションです。でも、それをいい募ったら、外信部にいられなくなる。それは困る。
ぼくは黙ることにしました。これがぼくのトラウマです。
【もうひとつのフィクション】
ぼくがいた新聞社には、もうひとつ大きなフィクションがありました。
1960年代半ばから毛沢東政権下の中国で始まった文化大革命です。
ベトナム戦争が終わりに近づいた1973年ごろでした。外信部の中に入ってはじめて、毛沢東夫人の江青、張春橋、姚文元、王洪文のたった4人にあおりたてられた紅衛兵たちが、中国革命の功労者たちを「走資派」といって糺弾する姿に、なんともいえない腹立たしさ覚えるようになりました。
「わずか4人ですよ。しかも、元女優で毛沢東の愛人だった女と若い3人の四人組が、大革命と称して、中国革命の元勲や功労者を迫害していいんですか?」
ぼくは中国担当の記者に、しつこくきいたものです。何度きいても納得できなかったからです。結局わかったのは、文革をほめ讃えないと「我が社は北京に特派員を送れない」ということでした。
最近、たまたま読んだ「毛沢東の文革大虐殺」(宋永毅編、原書房)の序文に、こんなことが書いてありました。
「中国の文化大革命が大きな災禍であったことは中国人の大多数が認めている。だが文革で多くの大虐殺が発生したことは多くの人が知らないことであり、また文革が大きな災禍だったとは認めている政府当局の空疎な歴史学が目を背けたいと思っていることでもある」(中国社会科学学院研究員、徐友漁)
北ベトナム正規軍が解放戦線を装ったり、中国共産党が文化大革命の災禍から目を背けるのは、不愉快であっても驚きはしません。しかし、新聞が「南には北の軍隊はいないことにしよう」とか、中国に特派員を送り込みたいから「文革はすばらしいことにしよう」というのは、どう考えてもキタナイですよ。
やっと念願の外信部入りを果たしたばかりの、ピッカピカの小学一年生みたいな記者は、はじめて大人の世界の汚らしさをみせつけられた思いでした。
以来ぼくは、戦争記事を疑ってかかる悪いクセがついてしまったようです。やっぱり、これは一種のトラウマでしょうね。
カテゴリー[ 戦争・紛争 ], コメント[4], トラックバック[0]
登録日:2007年 06月 27日 00:38:30
コメント
>ベトナム戦争のもっとも残酷な光景は、米兵が解放戦線兵士の頭につきつけた拳銃の引き金を、今まさに引こうとしている写真のショットでした。
それってテト攻勢の時の有名な写真ですか?
だとしたらそれは米兵ではなく、南ベトナム人の警察長官ですよ。
間違っていたらすみません。
通りすがり @ 2007年 10月 02日 15:55:33
間違ってないです。グエン・ゴク・ロアン南ベトナム国家警察庁長官です。伊藤さん、間違いが多すぎます。
通りすがりPt2 @ 2007年 10月 11日 02:11:55
結局のところ、ベトナムにはそのような深刻な自由、人権、民主主義の問題があるのでしょうか、ないのでしょうか?
一般人 @ 2007年 10月 24日 12:12:54
そのキタナイ部分がまさに今の日本の報道の姿ですよね
そういう意味でこの国は北朝鮮並みに不自由ですよ
緋色 @ 2012年 02月 12日 22:10:52
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- プロフィール
- 伊藤 延司
- (男)
- 長野県生まれ。京都大学卒。
毎日新聞社ジュネーブ支局長、パリ支局長、学芸部長、出版局次長、英文毎日局長などを歴任。
主な訳書: 『アメリカの鏡・日本』(角川書店)、『壁の向こう側』(毎日新聞社)、『ブッシュ・ベイビーズ』(マーガレット・プライスとの共訳、毎日新聞社)、『犬たちをめぐる小さな物語』(日本放送出版協会)、『ダーティー・ハンズ』(都市出版)など。
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