「しょうがない」で済まないなら、どうしろと?

米高官の原爆発言に日本政府は不快感

【7月5日 AFP】安倍晋三首相は4日、ロバート・ジョセフ(Robert Joseph)米核不拡散問題特使による広島、長崎への原爆投下に関して、「原爆の使用が戦争の終結をもたらした」との発言に対し、「原爆を許すことはできない」との自身の見解を明らかにした。
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(c)AFP

AFPBB News


【そんなアマイ話じゃない】
久間さんの「原爆投下はしょうがない」を聞いて、まっさきに思ったのは、ユネスコの世界遺産審査委員会でヒロシマの原爆ドームが世界遺産に登録されたとき(1996年)のことです。米国は登録に反対し、中国は「日本は戦争に対する反省が足りない」といって棄権しました。
原爆ドームの世界遺産登録には、当時の本島等・長崎市長も反対でした。本島さんは共同通信のインタビュー(1997年)で「日本が終戦までの15年間にわたって、やってきた非人道的な行為を考えると、原爆の投下は日本に対する報復としては、しかたがなかった」といっています。

頑迷な日本軍部を降伏させるには、原爆投下が必要だったというのが、従来からのアメリカの主張ですが、ナガサキの市長はさらにその上を行って「原爆投下は当然の報い」「落とされて当たり前」とまで言い切ったのでした。
原爆投下をめぐる論議は、このように一筋縄ではいかない国際環境の中で行われているのが現実です。「しょうがない」発言をヤリダマに上げさえすれば、平和愛好者の顔ができると思ったらアマイ。これは、そんな単純な話じゃないのです。

【ラダビノード・パルの日本無罪判決】
「もし非戦闘員の生命財産の無差別破壊というものが、いまだに戦争において違法であるならば、太平洋戦争においては、原子爆弾使用の決定が、第一次世界大戦中におけるドイツ皇帝の指令および第二次世界大戦におけるナチス指導者たちの指令に近似した唯一のものである」
これは極東国際軍事裁判(東京裁判)で、ただひとり全員無罪の判決文を書いたインド代表、ラダビノード・パル(もしくはパール)判事の意見です。
「ドイツ皇帝の指令」とは、第一次大戦初期、ドイツ皇帝ウイルヘルム2世がオーストリア皇帝フランツ・ジョゼフにあてた書簡のことですが、その内容はパル判決文につぎのように引用されています。
「予は断腸の思いである。しかし、すべては火と剣のいけにえとされなければならない。老若男女を問わず殺戮し、一本の木でも、一軒の家でも立っていることを許してはならない。フランス人のような堕落した国民に対し、ただ一つ、かような暴虐をもってすれば、戦争は二カ月で終焉するであろう。ところが、もし予が人道を考慮することを容認すれば、戦争は幾年間も長びくだろう。したがって予は、みずからの嫌悪の念をも押し切って、前者の方法を選ぶことを余儀なくされたのである」(田中正明『パール判事の日本無罪論』より)
この書簡でドイツ皇帝は戦争犯罪人に指名された。しかし、東京裁判では、原爆投下を命じたアメリカ大統領の罪は問われていない。この裁判が「人道に対する罪」を裁く法廷であるなら、ウイルヘルムとナチスの罪に「近似した」原子爆弾による非戦闘員の大量殺戮こそ、裁かれなければならない。パル判事はそう主張したのです。

【そのようなショックは必要なかった】
しかし、ウェッブ裁判長は「本法廷は日本の指導者を裁く法廷であって、連合国が犯した非道は、われわれの権限の外である」といって、原爆投下に関する証言と証拠のいっさいを却下しました。このとき、裁判長は「ドロボーが他にもドロボーがいるといって、罪を逃れようとするに等しい」と、かなり俗っぽい表現で弁護側の主張をしりぞけたという話を、何かの本で読んだ記憶があります。
これに対して、パル判決は「国民全体の戦争遂行の意志を粉砕することをもって勝利を得る手段として行った無差別殺戮が、法にかなったものであるかどうか。本裁判ではこれを却下しているが、これは第二次大戦を通じての最大の課題である」と書いています。
米国は一貫して原爆投下を正当化してきました。原爆投下を命令したトルーマン大統領の陸軍長官ヘンリー・スチムソンはこういっています。
「日本の独裁体制に確実なショックを与え、われわれが望んでいたように、和平支持勢力を強化し、軍部の力を弱めるためには、原子爆弾は優れて適切な武器であった」
もし原爆を使用しなかったら、日本を降伏させるのに、さらに100万人の米兵が死傷しただろうというのです。
つい最近も、ロバート・ジョセフ米核不拡散問題特使が「原爆の使用が戦争の終結をもたらし、連合国だけでなく、文字通り日本人も含めた多くの命を救ったということに関しては、歴史家の意見が一致していることだ」といっています。
しかし、終戦直後、アメリカの戦略爆撃調査団は、日本を降伏させるのに「そのようなショックは必要なかった」という公式報告を大統領に提出しているのです。

【過ちを犯したのは誰か】
にもかかわらず、私たち日本人は原爆の加害者を名指ししてこなかった。広島の原爆記念碑に刻まれた「安らかに眠ってください。過ちは二度と繰り返しませぬから」という言葉に、アメリカの戦争犯罪を真っ向から問えない日本人の気持ちがよく表れています。
私たち日本人にこういう意識を植えつけたのは、他ならぬ東京裁判でしょう。
日本はサンフランシスコ平和条約で東京裁判の「ジャッジメント」を受け入れた。だから、首相はA級戦犯が合祀されている靖国神社に参拝すべきではない、という議論をよく聞きます。
いつだったか、民主党の岡田克也代表が小泉首相の靖国参拝を非難して「あなたは日本がサンフランシスコ条約で東京裁判のジャッジメントを受け入れたことをどう考えているのか」と迫っているのを、テレビの国会中継で見たことがあります。
ところが、7月1日の安倍晋三・自民党総裁と小沢一郎・民主党代表の党首討論で、小沢代表は「原爆を投下した米国に謝罪を求めるべきではないか」といったのです。これは大胆な提言です。東京裁判のジャッジメントを尊重している民主党の代表が、アメリカに謝罪を要求すべきだというのですから。
安倍さんは「小沢さんは自民党幹事長時代に、そんなことはいっていなかったじゃないですか」と切り返していました。

【米国非難決議案の勧め】
そこで思うのですが、民主党主導で国会に「アメリカ合衆国の原爆投下」非難決議案を提出したらどうでしょう。アメリカ下院外交委員会だって「従軍慰安婦」非難決議案を可決したし、フランス国民議会は90年も前のアルメニア人虐殺問題に関する法案を採択したのですから、日本の国会がアメリカの原爆投下を非難する決議案を審議してもいいのです。
安倍さんがいうように、政府が謝罪を要求するとなると「エネルギーを費やす」ことになるでしょう。しかし、国会で決議案を審議する分には、大きな外交問題にはならないでしょう。
ただ、東京裁判を見直す大きな転機にはなるでしょうね。
その意味で、小沢さんの「米国に謝罪を要求すべきだ」という発言には、久間さんの「しょうがない」より重い意味があります。参院選をひかえての党首討論でいったのですから、謝罪要求は民主党の公約でしょう。もし、今度の参院選で政権交代が実現したら、小沢さんが党首討論でいったように、民主党内閣は米国に原爆投下の謝罪を求めるべきです。そうでなければ、ただの選挙キャンペーンに終わってしまいます。

【「しょうがない」は日本社会のコンプレックス】
久間さんの発言について、民主党の菅直人代表代行は「原爆投下そのものを容認するような姿勢は、日本の主張と矛盾する」といい、社民党の福島瑞穂党首は「安倍内閣が戦争被害者に対して冷酷であることを示している」と非難しました。新聞の社説は「なんと軽卒で不見識な発言か」(毎日新聞)とか「思慮のなさにあきれる」(朝日新聞)といっています。相変わらず、核心を遠巻きにした道義論です。
そんな情緒的批判ではなく、私たち一人ひとりの心にひそむ「原爆投下は当然の報い」という「一億総ざんげ」的観念の正体を見つめるべきでしょう。
「しょうがない」は、ひとり久間さんの「不見識」から出てきた言葉じゃない。戦後の日本社会に厚く沈殿している「戦犯」コンプレックスから、メタンガスのようにわき出る言葉だと思うのです。

【シュプレヒコールは聞き飽きた】
新聞は「核兵器は住民に対して無差別攻撃をするもので、後遺症も深刻な絶対悪である。96年に国際司法裁判所は『核兵器による脅しや使用は人道の原則に反している』と勧告している。『しょうがない』では済まされない兵器なのだ」(毎日新聞社説)といいますが、そんなことは分かっていますよ。
「しょうがない」ですまされないなら、どうしろというのか。ききたいのは、そこのところです。
国際司法裁判所の一般論的勧告に耳を傾けるより、米国の原爆投下を裁けなかった東京裁判の不公正さを考えてみるべきです。東京裁判批判をハレモノのように避け、ひたすら「核廃絶」を繰り返し叫ぶ。そんな労働組合的シュプレヒコールは聞き飽きました。
小沢さんも福島さんも、本腰入れて「戦争被害者に冷酷な政権」を非難するつもりなら、「アメリカ合衆国による広島・長崎原爆投下を非難し謝罪を要求する」決議案を国会に提案したらどうでしょう。そして、東京裁判のジャッジメントに、正面から立ち向かう。ま、そんなことには、絶対ならないでしょうが。

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登録日:2007年 07月 07日 11:56:03

コメント

いくつかの主張に同意します。

よくぞかいた @ 2007年 07月 07日 17:57:26

お説には納得の行く点もありますが、ちょっと違う気がします。
久間氏がアノ発言をしたというのは、別に「しょうがない」んじゃなくて、以前に機嫌を損ねさせてしまったアメリカをなだめたいから、という奴隷根性でしょう。しかも、わが国軍の司令部に当たる人間が、自国の民間人の万単位の犠牲を織り込み済み(=しょうがない)と言うこと自体、自衛隊の存在意義を揺るがしてしまう。これは辞めるしかないでしょうな。
被害者の立場で加害者の視点をも獲得した本島さんとは全然別のベクトルですよ。

電気羊 @ 2007年 07月 07日 23:21:08

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プロフィール
伊藤 延司
(男)
長野県生まれ。京都大学卒。
毎日新聞社ジュネーブ支局長、パリ支局長、学芸部長、出版局次長、英文毎日局長などを歴任。
主な訳書: 『アメリカの鏡・日本』(角川書店)、『壁の向こう側』(毎日新聞社)、『ブッシュ・ベイビーズ』(マーガレット・プライスとの共訳、毎日新聞社)、『犬たちをめぐる小さな物語』(日本放送出版協会)、『ダーティー・ハンズ』(都市出版)など。
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