国連は結局、何もできないのです

FRB前議長、回顧録でブッシュ政権を批判

【9月17日 AFP】米連邦準備制度理事会(FRB)のアラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)前議長(81)が、17日に発売される回顧録『The Age of Turbulence: Adventures in a New World(激動の時代)』の中で、「イラク戦争は原油の利権確保のために始められたようなもの」とブッシュ政権を批判した。
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(c)AFP/Antoine Agasse

AFPBB News


【ミャンマー制裁に反対する中露の理由】
民主化要求行動を武力で弾圧したミャンマーの軍事政権に対して、国連安保理は結局、非公式な「警告声明」を出しただけで、なんの行動も起こせませんでした。
ロシアと中国が「内政不干渉」の立場から、欧米主張の経済制裁に強く反対したからですが、こんなことは初めから分かっていたことです。
中国はチベットと新疆ウイグルで、ミャンマー政権と同じようなことをやっているし、ロシアもチェチェンで分離独立運動を弾圧しています。そういう国が、ミャンマーを非難するわけにはいかんでしょう。

内政不干渉は政治的理由です。本当のところをいえば、中国はミャンマー西部ヤンカイ州沖合の天然ガス田開発とか、ベンガル湾に臨むシットウェ港からマンダレー経由で雲南省に至る石油パイプラインの建設計画を進めるとか、経済的理由からミャンマーを支援しなければならないのです。
世界最悪の人道危機といわれるスーダンのダルフール問題で、国連がスーダンに経済制裁などの強制行動を取れないのも、この国の石油を買い占めている中国が拒否権をちらつかせたからでした。
中国のいう「内政不干渉」がお題目にすぎないのは、今さら言うまでもないでしょう。

【アメリカだって本音は同じ】
自由と民主主義を唱えるアメリカだって同じです。
米連邦準備制度理事会(FRB)の議長だったグリーンスパンさんが、最近著した回顧録の中で「イラク戦争は主に石油が目的だった」と言っています。これも、だれもが思っていたことじゃないですか。
「民主主義」や「内政不干渉」は表向きの理由で、内心はみんなエネルギー資源が欲しいんです。
コソボ自治州の地位確立問題で、コソボの独立を提言したアハティサーリ国連特使の報告にロシアが反対するのだって、驚くにあたりません。コソボの独立を認めたら、チェチェンの独立を許さなければフェアじゃない。中国も賛成できるはずはないでしょう。もしコソボの独立を認めたら、チベットや新疆ウイグルの分離独立運動を抑圧してきた中国の立場がなくなります。
要するに、国連というところは、どこの利害も絡まない、まっさらの人道問題なら協調できるけれど、どこかの国が少しでも経済権益や安全保障が侵されると思ったら、絶対にコンセンサスは得られないのです。
相手が資源をもたない小国なら、国連の権威で黙らせることはできますが、安保理常任理事国という大物が絡んでくると、まず絶対にまとまりませんね。

【平和を愛する諸国民の公正と信義とは】
日本国憲法の前文は「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と言います。日本国民が信頼すべき「諸国民の公正と信義」なんて、実在するんですか。
民主党代表の小沢一郎さんは、海上自衛隊のインド洋での給油活動は国連決議に基づいていないから反対だと言います。シーファー米大使が給油活動継続への協力を求めて、小沢さんに会談を申し入れたら、公開の場でなら会おうと言って、いわば満座の前で米国大使に反対の大見得を切ってみせました。
外交を政争の具にする、実にイヤな芝居でしたが、それはともかく、小沢さんは「諸国民の公正と信義」すなわち国連の正義を信じているみたいです。

【口汚い悪態のぶつけ合い】
アメリカのブッシュ大統領はイランと北朝鮮を「悪の枢軸」と決めつけました。イランのアフマディネジャド大統領は、アメリカがイラクやアフガニスタンでやっていることこそ悪魔の所業であり、イスラエルこそ諸悪の根源だと言います。ベネズエラのチャベス大統領は国連総会の壇上で「悪魔の臭いがする」と喚きました。
こんなやりとりを聞いていると、国連は悪態をつき合う場所なのか、と思ってしまうわけです。
悪態は登場人物たちのガラの悪さの表れでもありますが、国連も一皮むけば加盟国の欲望と憎悪がマフィア的にぶつかり合う場所だということでしょう。
だって、そうじゃないですか。国連が発足してこのかた、紛争や戦争といった国際的な重大事に、安保理が結束してあたったことって、ありましたか。アフガニスタンでもイラクでも、あるいはバルカン半島でも、国連は中露と欧米の対立を克服できなかったじゃないですか。だから、欧米が有志連合を組んだわけでしょう。つまりは、国連決議に基づかない行動しかできないのです。
国連がこんなふうに分裂している状態の中で、国連のお墨付きがないから動かないというのは、結果として、反欧米グループに与することになりませんか。

【欧米民主主義連合と中露連合の対立】
ミャンマー問題でも、国連は欧米の民主主義諸国とロシア・中国の反民主主義諸国に割れています。
ロシアも中国と同じように「内政不干渉」の態度をとっています。ミャンマーの事件はあくまで「内政問題」であって「国際的な安全保障上の脅威になっていない」「外国の干渉は非生産的である」(ロシア外務省声明)という立場です。
そこなんですね。ロシアと中国にとって重要なのは、民主主義より安全保障なんです。
とくに中国には、ミャンマー軍事政権はエネルギー安全保障の上でも、インド洋への出口という地政学的条件からも重要なパートナーなんです。民主主義を重視する欧米諸国と、自国の安全保障を重視する中国の決定的な違いでしょう。
こういう場合、日本はどちらの側に立つんですか。国連安保理が非公式声明しか出せなかったからといって、軍事政権を支持するロシア・中国連合につくわけにはいかんでしょう。だって、日本は価値観において、欧米民主主義国と同じであるはずですから、国連が欧米と中露の2つに割れるなら、欧米の側に立って当たり前です。

【インド洋は石油輸入国の生命線】
中国にしてみれば、ミャンマーが独裁国家であろうが、民主主義国家であろうが、そんなことはどうでもいい。ミャンマーがインド洋への出口とエネルギーを保証してくれさえすればいいのです。
中国がミャンマーのシットウェ港から雲南省に通じる石油パイプラインを建設するのは、アフリカ・中東からの石油タンカーが危険なマラッカ海峡を通らなくてすむルートがほしいからです。同時に、ミャンマーをインド洋防衛の重要な拠点と考えています。
中国の考え方は決して間違っていません。
アメリカにとっても、インド洋のシーレーンは生命線なのです。アメリカがインド洋上のケシ粒のような島、ディエゴガルシアを後生大事に守っているのをみても、よくわかります。本当は日本にだって、インド洋のシーレーン防衛は重要のはずです。日本が中東の石油に依存して生きていることは、小学生だって知っています。
ところが、小沢さんにはインド洋の給油活動とシーレーン防衛の2つの重要性を結びつける戦略的思考がないのです。それよりも、国連の「公正と信義」が大事なのです。しかし、日本の安全保障が脅かされることがあっても、国連は絶対に助けてはくれませんよ。ましてや、ロシアや中国が助けてくれるなんて、ほとんどの日本人は思っていないでしょう。そんなことは、これまでの国連やロシア・中国のやり方を見れば明らかです。日本にエネルギー資源があれば別ですよ。何ももたない日本が「平和を愛する諸国民の公正と信義」だなんて、ロマンチックなことを言っても、誰も感動してくれないですよ。

【マスコミは「正義」がお好き】
それでも日本では、シーファー大使に「ノー」と大見得を切った小沢さんに、国連の正義を信じる人たち、とくに「正義」が好きなマスコミは拍手を送りました。
しかし、バンキムン国連事務総長は日本政府特使の森元首相に、給油活動の謝意を述べ、継続を要請したのです。
国連安保理も給油活動継続のため、謝意を決議しましたが、ロシアのチュルキン国連大使は「安保理の一員でもない特定の国の国内事情を安保理に持ち込んだ」のは不愉快だと言って、棄権に回りました。
ロシア大使もイヤミを言ったものですが、ある大新聞は国連安保理がアフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)の任務延長を全会一致で決議できなかったのは、国連の「お墨付き」を貰うために日本がつまらぬ外交工作をしたせいだ、とこれまたイヤミなコメントでロシア大使に調子を合わせていました。
テロ特措法延長のための「お墨付き」をもらって「国際的な借りを作った」と言う新聞もあります。
インド洋での給油活動は、国連決議の裏付けがないから「不正義」だという前提からの批判でしょう。「お墨付き」というと、いかにも日本の外交工作がコソクだったような印象を受けますが、欧米民主主義連合に協力するために、給油活動を継続するのが目的なら、れっきとした外交成果ですよ。

【どんな戦争も「正義」で始まる】
国連の謝意表明に関する新聞報道には、日本のマスコミ特有の「正義」愛好スタイルが臭います。
比較文学者の小堀桂一郎さんが「さらば東京裁判史観」の中でこんなことを書いています。
「ジャーナリズムは実に醜聞が好きである。それは口で道義を唱えることが好きだからである。義憤を発する口実を欲しいが故に政界・経済界の涜職事件や不正事件には蜜に集まる蟻の如くに蝟集して、倫理を確立せよ、公正を貫け、道義を守れと喚き立てる」
まったくジャーナリストを自任する人たちは「正義」が好きです。それは占領軍によって作られた教育基本法が「真理と正義を愛せ」と教えてきたからだ、と小堀さんは言います。
ぼくもそう思います。大学でジャーナリスト志望の学生にその目的をきくと、ほとんどが「社会正義のためです」と答えます。そういう学生たちには、慌てて「そんな考えは今のうちに捨てなさい」と注意することにしています。
どんな戦争だって、宣戦布告には必ず「正義」がつきます。大日本帝国の南方進出は石油の確保のためだったのに、「アジア民族の解放」が旗印でした。アメリカのベトナム戦争は「民主主義」が大義です。
しかし「民主主義と自由」のためのイラク戦争は、グリーンスパン前FRB議長に言わせれば「主に石油が目的だった」のです。

【教育基本法から消えた「正義」】
国際関係は「正義」という絶対軸を中心にして、動いているわけではないでしょう。主権国家の国益のぶつかり合いで動いているんじゃないですか。
どこと連合するのが国益に適うのか。国連か、ロシアか、中国か、欧米民主主義国家群か。インド洋の給油活動を継続するにせよ、停止するにせよ、正義の尺度を捨てて、そういう観点から考えてほしいものです。
「正義」について改正前の教育基本法第1条(教育の目的)には、こう書いてあります。
<教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家および社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康的な国民の育成を期して行われなければならない。>
今度改正された基本法は「教育の目的」の部分がぐっと簡単になり、「真理と正義」という言葉がなくなりました。
すなわち、こうです。
<教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。>
恐らく、改正案の審議者たちは「正義を愛す」ことの危なさに気づいたのではないでしょうか。教育基本法改正を断行した安倍晋三さんは、評価されていいと思いますね。

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登録日:2007年 10月 04日 04:32:32

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プロフィール
伊藤 延司
(男)
長野県生まれ。京都大学卒。
毎日新聞社ジュネーブ支局長、パリ支局長、学芸部長、出版局次長、英文毎日局長などを歴任。
主な訳書: 『アメリカの鏡・日本』(角川書店)、『壁の向こう側』(毎日新聞社)、『ブッシュ・ベイビーズ』(マーガレット・プライスとの共訳、毎日新聞社)、『犬たちをめぐる小さな物語』(日本放送出版協会)、『ダーティー・ハンズ』(都市出版)など。
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