2007年 08月 09日

美とは何ぞ哉:智・徳・体のミスコリア:これはプラトン哲学的である

美とは何ぞ哉。
先に述べたが、見ることは聴くこと、隠れた面を聴くことである。アポロ(現象)はディオニュソス(不可視界)と一体である。

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登録日:2007年 08月 09日 11:45:27

地球異常気象化と「同一性=自我」欲望経済

国連報告、2007年は世界各地で異常気象

【8月9日 AFP】国連(UN)の世界気象機関(World Meteorological OrganisationWMO)は7日、2007年に入り、洪水、暴風雨、熱波、寒波などの異常気象が世界各地で発生しているとの報告書を発表した。
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(c)AFP

AFPBB News


私はHPに当たるブログで以下のように記したので、参照されたい。

金儲けと「同一性=自我」欲望:Kaisetsu氏の銀本位制と有限化

テーマ:差異通貨・貨幣論

私の今の直感では、金儲けに奔走する人間は、「同一性=自我」主義に陥るということである。金は同一性=交換価値であり、すべてをそれに還元する。極端な例が守銭奴である。
 ここで政治について言うと、自民党は金のこの魔力に長い間浸かってきたので、国民の痛みという差異が認識できなくなっていると思える。
 金はこの世でいちばん危険なものである。悪魔である。しかし、この悪魔は天使にもなる。デリダがプラトンのファルマコン(パルマコン)の両義性について述べたが、ファルマコンの典型は金であろう。毒薬であり、良薬でもある。
 金は、だから、麻薬・ドラッグに近い。また、ギャンブルにも近い。この金の魔力を極力減らすことを考えないといけないだろう。アメリカの軍需産業は、戦争経済という悪魔経済を形成しているが、それも、金の魔力である。イエスがカエサルのものはカエサルへと硬貨について述べたのはある意味で正しい。
 結局、「同一性=自我」欲望と金が密接に結びついていて、差異が押さえられてしまうのである。これが、ハイデガー的に言えば、世人の様態である。 Kaisetsu氏は、銀本位制を提唱されているが、それは、明敏である。つまり、「同一性=自我」欲望が、抽象的な金=交換価値と融合して、無限欲望幻想へと駆り立てるからである。銀本位制ならば、本来伝統的な通貨制度であり、「同一性=自我」欲望を銀という金属に有限化できるので、無限欲望幻想を押さえることができるのである。
 また、環境問題も銀本位制によって解決できる可能性が生まれるだろう。何故なら、環境は有限であるからであり、「同一性=自我」欲望を限定することで、環境の有限性へと目覚めることが可能になるのである。
 環境問題は、今日、とりわけ温暖化として問題化しているが、結局、社会全体において、どうやって差異化をもたらすかにかかっているだろう。PS理論がこのための指針をもたらすと考えられるのである。結局、実践的問題として、「同一性=自我」欲望の「世人」をどう矯めるのかである。これが難しい。
 自民党は「同一性=自我」欲望に麻痺しているから、これを矯めるのはほぼ不可能であろう。イエスが言ったように、「死者は死者によって埋葬させよ」であろう。差異をもった新しい力をより進展するようにもって行く方が建設的である。
 Let Identity=Ego Desire bury itself.
 Let Difference create new future!
http://ameblo.jp/renshi/entry-10042725611.html

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登録日:2007年 08月 09日 11:28:55

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