「殉教の風」になって
【7月16日 AFP】国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)指導者、ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者の映像が15日、インターネット上に公開された。
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(c)AFP
1年数ヶ月ぶりにビン・ラディン容疑者が
メディアに登場した。
ビンラディン容疑者は「殉教の風」と題された、
そのビデオテープの中で、殉教をすすめる発言をしている
いわく「アラーによって殉教者に選ばれるものは幸福」らしい。
こうして、一人の神の名を借りた「人間」の言葉によって、
多くの人間が動き、そして、さらに多くの人間が死ぬ。
なぜこうも、妄信的に人のいうことが信じられるのであろうか。
それが宗教家の、はたまた政治家の技術なのだとは思うが、
やはり疑問に思ってしまう。
「死ぬことが幸せ」だという言葉をなぜ信じられるのだろうか。
今生きている人は誰一人、「死」を体験したことはないというのに。
たとえ、いたとしても、そいつは生き返っているというのに。
そいつは生き返りたいと願ったということだ。つまり「死」は優しくはないのではないだろうか、と思ってしまうのは私だけだろうか。
「死」に“色”を付けるのはいつだって生きている人間だ。
「千の風になって」などを聞くとつくづくそう思う。
「死」そのものは人には重過ぎるから「宗教」が生まれたのではないだろうか。
ただ、ビンラディンのいう「殉教の風」はいつも我々のそばにいる、というものではなく
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な風だと、私は思う。
この場合の桶屋はもちろんビンラディンだが。
「死」の恐怖をやわらげるための宗教が、
今度は「死」を軽くしていっている。
神には、死ななければ遭えないわけじゃないと私は思う。
神こそが、近くにあるものなのではないだろうか。
私は「千の風」の中にこそ神様がいて欲しいと思う。
もう一度、目を開けて世界を見てもらいたいと切に思う。
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登録日:2007年 07月 19日 20:36:40
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