Hard Shape Box はカート・コバーン生涯の宝物だった【コートニー・ラブ Part.2】

映画「Borat: Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan」上映会開催 - 米国

【ハリウッド/米国 24日 AFP】英国人コメディアン、サシャ・バロン・コーエン(Sacha Baron Cohen)演じるカザフスタン人の中年レポーター、ボラット(Borat)が主役を務める映画「Borat: Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan」のプレミア上映会が23日、グローマンズ・チャイニーズ・シアター(Grauman’s Chinese Theatre)で開催され、多くの著名人が出席した。
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(c)AFP/Robyn BECK

AFPBB News


コートニーの歌は女性の心の叫びだとよく表現されます。

彼女の妹は「姉は幼少期に受けたトラウマに蝕まれ今もなお苦しんでいる」いると言っていますが、アメリカにはコートニーのように親に捨てられ養育をろくにされなかった人々が沢山います。

アフリカン・アメリカンやヒスパニック系移民だけでなく、トレーラーハウスに住み生活保護で暮らしていくコケージャン(白人)も少なくありません。

ラッパーのエミネムもトレーラーハウス出身のコケージャンですが、彼の歌もアメリカの貧困を味わっているからこそ言えるような皮肉が多く含まれていますよね。

90年代、音楽界を一新させたバンド、ニルヴァーナのカート・コバーンもまた、コートニーと共通点の多い底辺出身のアーティストだったのです。

***この記事はhttp://www.actiblog.com/juri/19296の続きです***

■台湾でストリッパー■
コートニーはストリッパーとして稼ぐほか、母親からの遺産の生前譲与として毎月800ドル受け取っており、一人で生活するのには十分な金額を得ていたものの、あれば友達と皆で使ってしまうタイプだったので貯金はゼロだったとのこと。

とにかく気前が良く、友達と計画して行った旅行代も全て彼女が支払っていたそうです。

1983年、19歳になったコートニーはコートニー・ラブという芸名をインスピレートさせてくれた彼と共に家を買いたいと思うようになり、アジアでストリップをするといいお金になると聞き台湾に飛びます。

台湾の外国人ばかり集めたストリップクラブで働いたコートニーは危ない目にもあったとのことですが、1984年半ばでポートランドに帰るまで白人ストリッパーとして過ごしたのでした。

アメリカのポートランドに戻ったコートニーは人気ライブハウスで出会い意気投合した女性と共にバンドを結成してギグも行ったものの、コートニーの不真面目な態度が原因ですぐに解散してしまいます。

これと前後した1985年の夏頃から、コートニーは薬だけでなく麻薬を始めるようになってしまうのです。

■女優デビューが先だった■
バンドもうまくいかず失望していたコートニーですが、元セックス・ピストルズのベーシストで麻薬のOD(過剰摂取)により死亡したシド・ビシャスと、彼女でシドが絞殺した上にNYチェルシーホテルの風呂場で滅多刺しにしたと言われているナンシー・スパンゲンの短く濃い一生を描いた映画『シド&ナンシー』が制作されること、ナンシー役のオーディションがあることを知り直感的に「これだ!」と思いLAに飛び半ば強引にオーディションを受けます。

彼女が現れたとき、皆が唖然としたそうです。ナンシーそのものである女性が現れたからです。結局「ナンシーを演じる女優」を探していたためコートニーは落ち、クロエ・ウェブが採用されてしまいました。

しかし、オーディションのリーディングに満足した監督らは彼女を映画のちょい役に採用します。

1985年末、ニューヨークで撮影がスタートしコートニーは初めてのニューヨークに夢中になり毎晩のように出かけていたとのこと。お金がなくなり映画出演の前払いまで要求したそうです。

問題多きコートニーですが、映画監督は彼女の演技力に注目し、翌年製作した映画『Straight to Hell』のメインキャラクターに彼女を抜擢。コートニーは喜びこれで女優としてブレイクすると信じていたとのことですが、この映画はインディペンデント映画の枠を出ることはなかったのでした。

■オーロラの下で決意■
失意のどん底に落ちたコートニーは再びバンドをしようと試みるものの、すぐに仲間割れしてしまいます。口がうまかったためプロモーターとしてバンドを集めてギグを開こうとも試みたものの大失敗に終わり、彼女は逃げるようにアメリカ国外を出て、アラスカに向ったのです。

アラスカでは、トップレスバーで踊ったりとストリップで生計を立てていました。「オーロラ以外何もなくて楽しくなかった」というアラスカで、コートニーは自分の将来をじっくりと考えたそうです。

そして1989年、バンドを結成し成功させるという夢を実現させるためにロサンゼルスに向ったのです。

■なんとJumbos clownで踊っていた!■
バンドを結成すると言っても相手もいなかったため、とりあえずライブハウスに「バンドしたいので仲間募集!」の張り紙をして、ハリウッドで有名なストリーパークラブJumbos clown roomでストリップするようになります。

しばらくして、コートニーの電話が鳴ります。張り紙を見てバンドを一緒にやってもいいという男性エリック・アーランドソンからでした。とりあえず会って話しを、ということになったのですがエリックがコートニーと最初に会った印象は「まじかよ!こんな女とバンドなんか組めるかよ!」と否定的なものだったそうです。しかし、口のうまいコートニーに言いくるめられ、エリックの推薦で入ったジルとエミリーと共にバンドを結成したのです。

こうして後にヒット曲を生み出したバンド、ホールが誕生したのでした。

■出会って3秒後に取っ組み合いの喧嘩■
この頃、コートニーはニルヴァーナのカート・コバーンに出会います。ローカル・ライブハウスでニルヴァーナがギグを行っている様子を偶然に来ていたコートニーが見たのです。コートニーはニルヴァーナの音楽には興味がなかったものの、カート・コバーンが「キュート」だと思い、カートに「他のバンドのボーカルに似ているけどマネしてんの?」と意地悪く話しかけます。怒ったカートはコートニーの腕をつかみ、二人は床を転がりながら取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまったのです。

実は、カートには自分よりも強い女性に強い憧れを抱くといフェチであり、コートニーも最終的には自分よりも小柄なカートに完全に押さえつけられたために驚き惚れたとのこと。お互いに強く惹かれたものの、このときは何も起こりませんでした。

■ビリー・コーガンとはパンク・フリングだった■
1989年の秋にコートニーのバンド、ホールはインディーズレコードを制作します。リターテッド・ガールという曲でローカルのラジオ局で流れるなどなかなか評判がよかったとのこと。バンドは全国のライブハウスを回るツアーに出かけ、コートニーは1990年夏にスマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンと意気投合して付き合い出します。

しかし、コートニーはカートのことが忘れられず、自分のつけている香水を吹き付けた小さな木箱を送ったりしています。この箱はカートにとって大切宝物となり、Hard Shape Boxという、この箱を歌った曲を作ったほどだったのです。


■電話でコネクションを感じた■
1991年5月。バンドのアルバム作成に煮詰まっていたコートニーは、ハリウッドで行われていたバンドのギグを見に行きます。顔の広いコートニーはそこで友人を見つけ、バックステージパスをもらいバックステージに入り込みました。

そこには偶然カートも来ており、二人は再会します。コートニーは無理やり自分の電話番号を彼に渡し、その夜カートはコートニーに電話をかけ、二人は何時間もお互いのことについて話し合ったそうです。

■ハイスクールで麻薬漬けだったカート・コバーン■
1967年2月20日ワシントン州の田舎街に生まれたカートの幼少期は悲惨なもので、若すぎた両親は人の庭の片隅に住まわせてもらうなど子供を満足には育てられなかったとのこと。それでも、カートは両親のもとすくすくと育ち、スポーツ万能で話し上手、女の子たちにとても人気のある小学生だったそうです。

しかし、1976年に両親が離婚すると同時に暗くなり引きこもりがちになります。ハイスクールになると辛さや寂しさを麻薬で紛らわせるようになりました。

コートニーを救ったように、カートもまたパンク・ミュージックに救われます。そして、ワシントン州オリンピアに向いバンド「ニルヴァーナ」を結成したのです。

コートニーとカートは、共通点が多いことに驚き、この電話で強い絆のようなものを感じたものの、お互い交際している相手がいたためにこの時も何事も起りませんでした。

■Days Inで結ばれた二人■
二人が結ばれたのは、1991年10月12日。

ビリー・コーガンに会いにシカゴに飛んだコートニーはビリーが他の女性と一緒にいるところを見てしまい激怒、別れを告げシカゴの夜の街をさまよいます。その時、シカゴにはニルヴァーナも来ており、それを聞きつけたコートニーはカートにアプローチ。二人はシカゴのDays Inで結ばれたのでした。


*****記事が長くなってしまったので、ここで再び切ります。壮絶なコートニーとカートの結婚生活などは、次回ご紹介致します*****

コメント[1], トラックバック[1]
登録日:2006年 11月 07日 12:05:24

コメント

Heart Shaped Box だと思いますが・・・

今更ですが @ 2010年 11月 24日 15:49:08

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[やっぱり映画館]デスノートの前編を見終わってからニルヴァーナの『Lithium』まで

23時から録画ビデオの上映会をツマとするつもりが10分ぐらいで隣から寝息が聞こえ始め結局ぼく一人で見ることになって見終わってパソコンに向かっている。3日に放映された続編の完結編がどのビデオのどこに収められているのか分からないからといってツマを起こすのもなんだ

date:2006年 11月 11日 05:34:03

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プロフィール
堀川 樹里
(女)
■フリーライター・トランスレーター
■経歴:海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌で執筆、翻訳。豪州→中東→東南アジア→米国を経て現在台湾在住。海外在住歴19年目
■得意ジャンル:海外エンターテイメント(ドラマ・映画・音楽・TV番組)
■ひとこと: "ちょっと"の知識があれば"もっと"面白くなる海外エンタメ!トリビア情報満載のブログを目指します。
■連絡先:juri1210@hotmail.com
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