2006年 03月 02日

恋に仕事に積極的な正統派女優~ペネロペ・クルス

ペネロペ姉妹 サマンサタバサの2006年春夏のモデルとデザイナーに - 東京

【東京 28日 AFP】28日、サマンサタバサ(Samantha Thavasa)の東京本社で、バッグとジュエリーの新作コレクションのプレスプレビューが開催され、サマンサタバサの2006年春夏のプロモーションモデルとデザイナーに選ばれたスペイン生まれのハリウッド女優ペネロペ・クルス(Penelope Cruz)と妹のモニカ・クルス(Monica Cruz)が登場した。写真はプレスプレビューでステージに向かうペネロペ・クルス(右)とモニカ・クルス(左)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA

AFPBB News


昔インタビューで「スペインでは年をとっても女優業を続けられるの。50歳になっても現役バリバリの女優でいる予定よ」と言っていたペネロペ・クルス。

来月32歳になる彼女は、スペインで数々の映画に出ていた頃と比べて、少し顔が変わったようにも思えますが、相変わらずの美しさを放っています。

■美人は辛いよ
「美人であることを全面的に出して芸能界に入ると、本格的に女優活動をするときに大変な目にあうわ。可愛い可愛いと言うだけで、誰も私の演技をまともに評価してくれないんですもの」とも言っていました。

海外ではなく国内になりますが、あの後藤久美子も美人と言われることについてどう思うかと聞かれ「それしか言うことないのかな、と思う」と答えていましたが、美人もその美貌のせいで嫌な思いをすることがあるのですね。

ちなみに、今回一緒にサマンサタバサのプロモに参加している妹のモニカ・クルスは、スペインのテレビドラマ『Paso adelante, Un』  (2002-2005)に出演していた大人気女優です。

■名前の由来は名曲
ペネロペ・クルス(本名ペネロペ・クルス・サンチェス)は、1974年4月28日スペインのマドリッドで、小売業を営んでいた父と美容師の母の間に生まれました。名前は自由のシンボル的存在であるスペイン歌手ジョアン・マヌエル・セラッの歌『ペネロペ』に由来します。

幼い頃からテレビコマーシャルのものまねを家族に披露したりする、サービス精神溢れる子だったのことですが、お稽古事としては演劇ではなくダンスを選んでいます。スペインの国立芸術院で9年間クラシック・バレエを学び、学院を止めてからも、有名なダンサー(Ángela GarridoやRaúl Caballero)についてバレエを学んでいました。

■300倍の倍率
15歳の時、彼女は芸能事務所のオーディションを受け、300人の中から選ばれます。これがきっかけで、スペインのテレビドラマや、スペイン・アーティストのミュージック・ビデオに次々と出演するようになるのです。そして、1991年に『Laberinto griego, El』で銀幕デビューを飾りました。その後、数多くの映画に出演していますが、個人的に好きなのは彼女にとって3つ目の映画『ベルエポック』(1992)で1人の男性を4人の姉妹が愛するという物語。まだ、幼いペネロペが体当たりのラブシーンを演じるのですが、見事でした。映画も美術作品という感じがして素晴らしく、第66回アカデミー外国語映画賞を受賞しています。

1998年映画『美しき虜』でスペインのアカデミー賞と呼ばれるゴヤ賞の主演女優賞を受賞し、一流女優として認められ、翌年出演したハリウッド映画『オール・アバウト・マイ・マザー』で、ハリウッドスターとしての地位を獲得します。この頃、アメリカではラテンブームが起こっており、スペイン出身で、スペイン語訛りの英語を話すペネロペにとって最良の時期だったといえるでしょう。

■『バイラ・スカイ』の出演料は2億円
その後の彼女の活躍は皆さんご存知の通りです。2001年『バニラ・スカイ』でトム・クルーズと共演したのがきっかけで、交際をスタートしましたが2004年に破局。彼女は共演者キラーと言われているので、彼もそのくちだったのでしょうね。ちなみに、この映画で得た彼女のギャラは約2億円でした。

俳優だけでなく、スペイン好きな人なら知らない人はいなであろうエレクリック・ポップ・バンド『MECANO』のミュージックビデオ(曲は「la Fuerza del Destino」)に主演したことがきっかけで、メンバーの1人で長髪の美男子ナチョ・カノと交際を開始し、同棲までしていました。

■映画に出たくてイタリア語を習得
彼女はスペイン語、英語だけでなくフランス語とイタリア語も流暢に話すことができます。イタリア語に関しては、映画『赤いアモーレ』(2004)にどうしても出演したかったから、懸命に学んだのです。この映画で彼女はイタリアのアカデミーという言われる賞で主演女優賞を受賞しています。

■映画のギャラを全て寄付
女優として仕事にも恋にも積極的に生きているイメージが強いですが、実はボランティアにも取り組んでいます。

1998年に出演した映画『ハイロー・カントリー』のギャラを全て、インド・カルカッタにあるマザーテレサが立ち上げた子供の家に寄付し、自身もそこで1週間のボランティア活動をしました。その前の年も、当時の彼であったファイズ・アーメッドと共にウガンダで2週間のボランティア活動を行なっています。


それにしても、芸術品のように美しいですよね。ハリウッド映画にこだわらずによい作品ならば、ヨーロッパやイギリスの作品にも出演しているという、根っからの女優と言っても過言ではないでしょう。これからも、数多くの名作品に出演し、私たちを魅了させてもらいたいものです。

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登録日:2006年 03月 02日 16:50:27

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プロフィール
堀川 樹里
(女)
■フリーライター・トランスレーター
■経歴:海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌で執筆、翻訳。豪州→中東→東南アジア→米国を経て現在台湾在住。海外在住歴19年目
■得意ジャンル:海外エンターテイメント(ドラマ・映画・音楽・TV番組)
■ひとこと: "ちょっと"の知識があれば"もっと"面白くなる海外エンタメ!トリビア情報満載のブログを目指します。
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