2007年 05月 06日

日本の 航空自衛隊の活動は年内にも不要になる! イラク首相、日本へ文民支援望む

 4日、エジプト東部シャルムエルシェイクで共同通信との単独会見に応じるイラクのマリキ首相(共同)
 
【シャルムエルシェイク(エジプト東部)共同 5月5日】


 イラクのマリキ首相は4日、エジプト東部シャルムエルシェイクで共同通信と単独会見し、イラクでの航空自衛隊の輸送支援活動について、需要は長く続かないとした上で「今年中にも日本の部隊は必要なくなる」と言明、日本には経験と技術を生かした文民による復興支援を求める考えを表明した。

 空自撤収が可能となる時期について、具体的な見通しを示したのは初めて。




 日本にとって願ってもない発言である→Buzzurl [バザール] / ソーシャルブックマーク


 今朝、報道2001で久しぶりに元首相中曽根氏を拝顔した。氏のような若い頃、青年将校と綽名された人は別として、多くの日本人は、平和憲法発布の当時、これに少しも違和感を感じなかった。そうさせたひとつの実感があったからである。

 それは「あれだけ努力したのだけど、日本国が生存しつづけようとするなら、発想を変えて、別の方向に生存の道を探らねばならない」といった実感である。もちろん、その若かりし頃の中曽根氏のように「アメリカの鼻息をうかがう気か」などと言う青年将的感情論を持ち、それが中曽根氏のように高齢となってまでも維持なされている方々も存在する。それは否定しない。

 今では、「イザと言う時には役に立たない自衛隊」という言葉があるが、これはまだ自衛隊に好意的な見方である。敗戦の時はこれより強烈な印象を軍隊に持った。

「あの陸海軍が、イザと言う時に役に立たなかった」

 私は当時の日本人を非難する気もなければ、戦争批判をする気もなく、また、戦争に対してある意味真摯に努力してその勝利を疑わずに生きていた当時の人を揶揄する気も、批判する気もない。そういった全力を傾けて勝利に向かって全国民がその全能力を傾けた事業の成果、それが全く役に立たなかった。そのショックがその当時の日本人の実感である。

『無条件降伏をした』

 この事実は否定できない事実であり、その現実を直接目にした当時の日本人には、「大日本帝国陸海軍は無用の長物だった」という判定への、如何なる釈明も受けつけ得ないものだった。もちろん中曽根氏のような特殊な実感を持たれる青年将校の如き感情論者はいる。従って全日本人の「実感」と言い難いかも知れないが、少なくても軍隊にとっては「無条件降伏」とは、釈明できない事態であるとする認識しか持ち得ない言葉なのである。

 しかし人は、残念ながら自分が払った犠牲が全て無駄であったとは考えたくはない。何か価値を持たせたい。従って様々な「言い訳」は出て来る。敗戦当時からあり、現在も、ある映画の出演俳優が舞台挨拶で「その方々がいたから平和の時代がある」としていたが、そういう事実は存在しない。この言い訳、自分が払った犠牲に価値を持たせるというフィクションの創出、これは今後とも続くことだろう。

『無条件降伏』

 この言葉は、その軍隊が「一国の安全保障も、独立の保持もなし得なかった」という決定的な最終的判決であり、最高裁判決であり、これへの控訴の余地などないのである。従って、私たちは現在、この判決をはっきりと再認識する必要があるだろう。




 

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登録日:2007年 05月 06日 16:09:37

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