2007年 05月 26日

<事件>『沖縄ノート』、人権侵害問題 - 【正論】秦郁彦 沖縄戦の集団自決と大江氏裁判

 私は秦郁彦さんの正論に異論はない。ただ、少し、私の見方と考え方を加えたい。

 秦郁彦さんは朝日新聞や毎日新聞の思考図式を『慰安婦問題で官憲の強制連行はなくても、全体としての強制性はあったはずと強弁するに似たすり替え論法と見受けた」と述べている。

 私は、この「強制性があった」と見えるのは「すり替え論法」であると言うより、日本人の特徴的要素であるとしている。その要素とは、判断を規制していって命令同様の強制力を発揮する言い方である。従って、ある対象を「悪」と規定したい場合には、自己の「悪」を相手に感情移入する形で「強制力/強制性」を主張するこになり、また、ある対象を「善」と規定した場合には、情況倫理を用いて過酷な情況にあったものが「強制力/強制性」を用いたとしても、それはそのような情況をもたらしたものの責任であるとするわけである。そしてこの情況倫理に欠けている視点は、全ての人間は同じ情況であったにしても、同じ行動を起こすものではないということであり、彼らはこのことを絶対に認めない。もし認めれば自己の「絶対性」および「不可謬性」を否定してしまうからである。そうなれば「議論」「討論」となり、彼らはこのことを死に物狂いで回避しようとする。


『軍命令説の起源は、戦後まもない時期に沖縄タイムスが刊行した『鉄の暴風』(昭和25年)で、それが子引き、孫引きされて広まったのだが、渡嘉敷(とかしき)島の場合は曽野綾子氏の『ある神話の背景』(昭和48年)によって全面否定され、赤松嘉次守備隊長はむしろ「自決するな」と制止した事情が明らかになった。座間味(ざまみ)島の場合も、自決を指示したのは村の幹部で、そのための手榴(しゅりゅう)弾をくれという要請を梅沢裕守備隊長は拒絶し、谷間で生きのびてくれと指示した事実が明確となり、県史もその線に沿った訂正をすませている。真相の解明がおくれたのは、別の事情もあった。遺族が厚生省(当時)の援護年金を受給するには、軍命令があったという形式を取る必要があり、両守備隊長も「お世話になった村のために」と了承し、沈黙を守りつづけた』

 これが最も真相に近い事実であろう。自決を指示したのは村の幹部だとする事実は、今でも沖縄では十二分に通用している。古き良き日本の古里が残っていて、これを治安維持の礎(いしずえ)とすべきである時代錯誤でしかない県警本部長の訓辞令も行われている。この自治会が大政翼賛会の下部組織であり、この下部組織こそが言論圧殺の元凶であったことを、私たちは忘れてはなるまい。



『だが、くだんの『沖縄ノート』を読んで、その思いは砕かれた。大江氏は両守備隊長を集団自決の命令者だという前提で、「ペテン」「屠殺(とさつ)者」「戦争犯罪人」呼ばわりしたうえ、「ユダヤ人大量殺戮(さつりく)で知られるナチスのアイヒマンと同じく拉致されて沖縄法廷で裁かれて然るべき」と「最大限の侮蔑を含む人格非難」(訴状)をくり返していたからである。しかし、他の孫引き本がほとんど絶版となっているのに、この本は昭和45年の初版から修正なしに50刷を重ね、現在も売られているのは信じがたい事実だった。こうした稀(まれ)にみる人権侵害的記述を有名文学者だからという理由で、許容する余地はないと私は感じている』


 私は『沖縄ノート』を読んだことはないし、読まなければならぬ事情が生じない限り読む意思はない。しかし読まなくても、その内容が
『稀(まれ)にみる人権侵害的記述』に満ちているであろうことは、少なくとも10代前の祖先が沖縄島に住み、両親も沖縄県民であり、沖縄に生まれ、約四十数年沖縄で生活している者にとっては、沖縄人を見ていれば、『沖縄ノート』が『稀(まれ)にみる人権侵害的記述』の本であっても、別に不思議とはしない。

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登録日:2007年 05月 26日 20:57:44

<事件>『沖縄ノート』、人権侵害問題

 岩波側は、元琉球政府職員が「渡嘉敷村の『集団自決』に援護法を適用するため軍命を捏造した」との証言を掲載した産経新聞報道を、原告側が証拠として提出したことに書面で反論。「産経新聞に掲載された証言は信用できない」と主張した。原告側は弁論でこの問題に言及しなかった。 2007年5月26日(土) 朝刊 23面


 見方や考え方によって「あったこと」が「なかった」ことにあんり、「なかったこと」が「あったこと」になるのが沖縄社会である。一方、旧日本軍、広くは日本社会には「命令」という概念は存在しない。存在しないことは何を言っても正しい。つまり「軍命があった」といっても正しいし、「軍命はなかった」と言っても正しい。

 原告側は弁論でこの問題に言及しなかった。のは当然で、被告側の反論が正しければ、事実の検証の過程において、一部資料を破棄する結果が生じただけである。

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登録日:2007年 05月 26日 20:40:53

<映画>冤罪を成り立たせている精神構造 - 徳治主義の弊害と軍人的断言法

周防正行監督の新作「それでもボクはやっていない」 海外メディア向け会見開催 - 東京

【東京 2日 AFP】「Shall We ダンス?(Shall We Dance?)」などの軽いタッチの映画で知られる監督、周防正行(Masayuki Suo)の約10年ぶりとなる新作「それでもボクはやっていない(I Just Didn’t Do It)」の海外メディア向け会見が1日、日本外国特派員協会で行われた。
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(c)AFP/Yoshikazu TSUNO

AFPBB News


 冤罪は司法制度の欠陥ではない。もちろん、広く取ればそういえる。というのも組織や制度はその民族の精神構造に対応してのみ存立しえるからである。

 では、日本で「冤罪」をを成り立たせている精神構造とは何かと言えば、ひとつは徳治主義の弊害による人格的支配における言動における正誤当否の率直さよりも、社会的拒絶である。

 もうひとつは、日本人と言う国民を規定する特徴的要素である。その要素とは「判断を規制していって命令同様の強制力を発揮する言い方」、つまりその論法に拠る軍人的断言法を駆使する精神構造である。

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登録日:2007年 05月 26日 15:03:13

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