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<映画>冤罪を成り立たせている精神構造 - 徳治主義の弊害と軍人的断言法
周防正行監督の新作「それでもボクはやっていない」 海外メディア向け会見開催 - 東京
【東京 2日 AFP】「Shall We ダンス?(Shall We Dance?)」などの軽いタッチの映画で知られる監督、周防正行(Masayuki Suo)の約10年ぶりとなる新作「それでもボクはやっていない(I Just Didn’t Do It)」の海外メディア向け会見が1日、日本外国特派員協会で行われた。
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(c)AFP/Yoshikazu TSUNO
冤罪は司法制度の欠陥ではない。もちろん、広く取ればそういえる。というのも組織や制度はその民族の精神構造に対応してのみ存立しえるからである。
では、日本で「冤罪」をを成り立たせている精神構造とは何かと言えば、ひとつは徳治主義の弊害による人格的支配における言動における正誤当否の率直さよりも、社会的拒絶である。
もうひとつは、日本人と言う国民を規定する特徴的要素である。その要素とは「判断を規制していって命令同様の強制力を発揮する言い方」、つまりその論法に拠る軍人的断言法を駆使する精神構造である。
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登録日:2007年 05月 26日 15:03:13
フェミニンとノースリーブ - マケドニア人デザイナーNikola Buleski
マケドニア人デザイナーNikola Buleski、新作を発表 - マケドニア
【スコピエ/マケドニア 24日 AFP】マケドニアの首都スコピエで23日、地元デザイナーのNikola Buleskiが新作を発表した。写真は、新作を披露するモデル。(c)AFP/ROBERT ATANASOVSKI
古代ギリシアの服を思わせるデザインである。しかし現代的な感覚も併せ持っている。布を体に垂れかけ留めることでできる襞の生み出す自然の美しさと、現代の立体を強調する服飾の考え方が融合する。
ところでマケドニアといえば、古代ギリシア・ローマ世界を最初に形成した都市である。アレキサンドロス伝説は知っての通りで、アレサンだー大王によって征服された西アジアからインドという広い地域に、大王の神話が土着の説話と複雑に絡みながら伝わり、行き続けている。
服飾においても、この神話と何らかの関係があるのだろうか。というのはインドのサリーのことである。インドらしさであるとかインドの魅力であるとか、インドの女性であるとか、そのことに思いを馳せる時、私の眼前にサリーを纏った娘(ひと)が現れる。さらにそのサリーの向うに、あの揺ったりとした布を体に垂れかけ留めているミロのヴィーナスが見えるからである。
写真の服はノースリーブである。古代ギリシア時代には一枚布で身体を覆っていた。「袖」によって意識的に腕を被うことで活動的な衣服を用い始めたのは、寒冷地にいた古代騎馬民族とされている。騎馬民族は、騎上での運動性を高めるために、機能性の高い衣服の原型を多く生み出している。
古代ギリシア人(もちろんマケドニア人も)アッシリアなどの騎馬民族との交流を経て、ヨーロッパ社会に「袖のある服」を流入させた。13世紀ごろからは装飾性や他の機能を持たせた様々な袖デザインが現れ、色々な工夫が加えられる。20世紀に入ると、用途に応え、簡易化が図られた。その最たる例がノ-スリーブである。
ノースリーブは、正確にはスリーブレスと呼ばれている。袖を付け根の部分からまるまるはずしたデザインのことで、動きやすいのが特徴である。
デザイナー、Nikola Buleskiは今のマケドニアの女性にそれを求めているのだろうか。しかし活動的な要素ばかりではない。大きな花柄プリントを用いることによってフェミニンをも意識しているようである。
フェミニンとは、女性らしさや優しさを強調したファッションのことを言うが、女性らしいシルエットやフリル、レース、ギャザー、ドレープ、花柄プリントなどのテクニックを駆使したドレスやブラウス、キャミソール、スカートなどがそれである。去年、日本でも多くの女性がフェミニンなスタイルを好んで着た。それが、2006年の春夏の流行でもあり特徴だった。
ファッションにおいては、「女性らしさ」が問われた年だったが、マケドニア人は、と言うよりNikola Buleskiは「今年、マケドニアの女性に女性らしさと同時に活動的」と相矛盾するテーゼの融合を求めているのだろうか。
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登録日:2007年 04月 25日 04:31:39
中国現代美術の理想と現実.....美術、完全に人間的にはなれないもの。
【北京/中国 24日 AFP】今、世界中で最も熱い注目を浴びている中国の現代美術。この4年間で推定百万ドルの売り上げを記録している。だが、「芸術」と「産業」の境界があいまいになりつつある傾向を危惧する声も上がっている。(c)AFP/Jack Barton
私たちは芸術作品に大地の恵みを感じることがある。対象が物質であるということ、言葉の響きがあるということ、大理石の滑らかさに触れる時、油絵の具の厚みや滑らかさ、それらに向き合う時、同時に、私たちは「大地」に向き合っているのである。
しかし一方で、それらの芸術作品は、記号的特徴をもち、意味と詩をもち、建築物では機能性をもち、絵画作品では模範の可能性を示唆する。その結果、芸術作品は美術館に展示されるのである。
売却や投資、解釈や評価、教育、伝統、神聖視といった社会的・世俗的諸関係の世俗的空間に、それらがいかに絡め取られていても、それらは決して社会的なものにはなれないのである。そこには「色」という完全に人間的なものになれないものが存在しているからである。
作家(人)は社会的なものであり、色そのもにはなれないが、しかし、その人(作家)が生み出すものは「色」であり、それは人間的なものになれないものであり、作家(人)が如何に哀しもうが、やはり色は色しての働きをしてしまうのである。
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登録日:2007年 04月 24日 17:31:34
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