まだまだ足りない!日本人選手はもっと本場欧州を目指せ!!
今季冬の移籍市場が間もなく締め切られますが、この冬にも何人かの日本人選手が本場欧州への移籍を果たしました。注目のハーフナー選手はオランダのフィテッセに移籍し、早くも初ゴールを決めましたし、若手DFの酒井高徳選手もシュツットガルトに移籍を果たしました。また、李忠成選手もプレミアシップ昇格最有力候補のサウサンプトンに大きな期待を持って迎えられています。また、あいにく実現はしませんでしたが、日本代表の駒野選手と前田選手もこの冬は欧州移籍を目指してトライアルに参加しました。色々な要素があるかと存じますが、それらのニュースを耳にすると、日本人選手の価値が大きく跳ね上がっていることを実感する今日この頃でございます。
これで欧州の舞台で勝負を挑む日本人は25名となり、その中でもレベルの高いリーグで先発出場を果たしている選手達が日本代表の中核を担うという構図がしっかりと出来上がったかと存じます。具体的に申し上げると、インテルの長友選手、ドルトムントの香川選手、ヴォルフスブルグの長谷部選手、リールスの川嶋選手、VVVフェンロの吉田選手、シュツットガルトの岡崎選手、そして監督との折り合いでレギュラーではないもののCSKAモスクワの本田選手とシャルケの内田選手の8人が揃ってピッチに立った時の代表チームはがっしりと芯の入ったチームになる、少なくともそのような印象を受けるということでございます。
2010年の8月に「どんどん出て行け!」というタイトルで、フットボール選手と生まれたからにはやはり本場を目指せなければならないという趣旨の文章をこのブログに掲載させて頂きましたが、その想いはいささかも揺るがないどころか、益々強くなっている次第です。
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登録日:2012年 01月 31日 22:03:57
2012年の日本フットボール界を占う
寒中お見舞い申し上げます。
正月も七日が過ぎ、皆様に於かれましては平時の生活に戻られたかと存じますが、昨年は世界中で実に様々な事柄が起きた年でした。
特に我が国では、太平洋沿岸の東北並びに関東地方が千年に一度と言われる大地震に見舞われ、その後に襲ってきた津波と、その津波によって誘発された原発事故という大災害に四苦八苦した一年でした。そして、それらの影響で日本の経済は低迷し、政府の無策も相俟って日本中に憤りと閉塞感が広がる事態となりました。更に海外でも欧州の金融危機やタイの洪水、また、アラブの春といった事件が相次いで起こり、世界恐慌一歩手前の危機に瀕するなど、何かと暗い話題の多かった一年だったと言わざるを得ません。そしてその余波からくる不安は、今尚くすぶり続けているどころか拡大しそうな勢いです。
しかし、フットボール界に目を向けると、とりわけ我が国にとっては千年に一度とは申しませんが、女子代表チームがW杯優勝という未曾有の快挙を達成し、なでしこブームが日本中を席巻するという嬉しい出来事がありました。私が生きている間に如何なるカテゴリーであれ、日本代表がW杯で優勝するシーンを拝めるとは思っていなかったので、まさに夢のような出来事でした。しかし、宇宙の万物は原因と結果の法則に則って動いていますので、なでしこジャパンは優勝するべくして優勝したと申し上げるべきなのでしょう。澤選手という得難い人材を中心にまとまったチームを佐々木監督という優れた指導者が束ねたこと、震災に沈む日本に元気を与えたいとチーム一丸となって闘ったこと、世界の舞台で幾度となく経験した苦く悔しい敗戦を回避するために用意周到な準備を重ねたこと等々、それら全ての因が結果として結実し、運と勢いを呼び寄せたのだと信じます。選手並びに指導者、そして関係者の皆様の努力に敬意を表しつつ、心より感動をありがとうございましたと御礼申し上げたいと存じます。
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登録日:2012年 01月 11日 09:46:22
スペインより心を込めて、メリー・クリスマス!
訳あってスペインのアストゥーリアス州に滞在しておりますが、この地方は古くはキニ、近年ではルイス・エンリケやダビド・ビジャなどを輩出しているフットボール処で、州都オビエドと隣町のヒホンにそれぞれスペイン国内では有名なクラブが存在します。僅か100万人強の人口を数えるスペイン北部のカンタブリア海岸に面した小さな州ですが、同国の歴史を語る上で欠かせないレコンキスタ発祥の地として知られ、世界遺産に登録される建築物を有するなど、伝統と格式のある地域です。因みにF1界の名パイロットとして名高いフェルナンド・アロンソも、このアストゥーリアス地方の出身です。
また、スペイン発のノーベル賞とも言うべきアストゥーリアス皇太子賞は、1981年から始まったスペインの皇太子が主宰する世界的に有名な賞ですが、過去には前述のアロンソやナダル(スポーツ部門)、ウッディ・アレン(芸術部門)等に授与され、今年の平和部門賞は、福島第一原子力発電所の危機対応に当たった作業員、消防士、自衛官に与えられています。私はこの地方を1980年代から十数回訪問しているのですが、日本人には馴染みの薄い地域とは言え、古都の趣を持つ山海の美しい自然に囲まれた素晴らしい地域なので、旅行好きの皆様には是非一度訪れて頂きたい場所であります。
折しも同じスペインのカタロニア地方からは州都バルセロナの誇るFCバルセロナがクラブ世界一決定戦の為に来日中ですが、同大会はこちらでも全試合生中継されていて、私もオンタイムで観戦しております。準決勝戦では前述のダビド・ビジャ選手が大怪我をしましたが、ここではさすがに故郷出身の選手に関する情報は早く、現地の知人であるAさんが「骨折で6か月の戦線離脱だそうだ」と私も知らないことまで教えてくれました。スポーツ紙も同選手が怪我を負った後いかにして素早くバルセロナに戻ったかを、図解入りで大々的に報じるなど、さすがはスペインと思わずにはいられません。
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登録日:2011年 12月 18日 09:45:02
GM貧国日本
GMと言えば、その昔の日本人であれば殆どの人が米国の自動車メーカーであるGENERAL MOTORS(ゼネラル・モータース)を想像したに違いありません。しかし、時は移ろい、現在では野球やプロスポーツ界に於けるGENERAL MANAGER(ゼネラル・マネージャー)を連想する人が俄然増えてまいりました。それは日本にフットボールのプロリーグが誕生し、歳月が経つに連れて監督やコーチのみならず、GM職も大切なポジションであることを人々が認識するようになった証拠と言えるでしょう。また、プロ野球界でも、これまでに多くの日本人選手がメジャーリーグに移籍する際に、各球団のゼネラル・マネージャーが選手の代理人と丁々発止の交渉を繰り広げてきたことから、その存在が徐々にクローズアップされるようになりました。
折しも、メジャーリーグのオークランド・アスレティックスに実在するGMを主人公にしたマネーボールというハリウッド映画が日本でも上映されていますが、米国の野球界に於けるGMの役割は極めて重要であります。本場欧州のフットボール界でもその意味では何ら変わりはなく、国によって表現こそ違いますが、GM的な役割を担う人物が各クラブに存在し、強化方針に始まり監督や選手の選考等について日夜頭を捻り、創意工夫を重ねているのです。
日本では、強化担当部長或いは強化部長と言われる役職がGENERAL MANAGERに該当しますが、最近は欧米にならってゼネラル・マネージャーとか略してGMと表現するクラブも増えてきています。彼らの役目は、予算と照らし合わせながらクラブの強化方針を打ち出し、その方針を実行する上での監督を選び、戦力の調整をすることですが、まさにクラブの命運を握っている非常に重要なポジションなのです。
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登録日:2011年 11月 27日 01:40:06
宇佐美選手のゴールが意味するもの
その昔、今や伝説のテレビ番組となった「三菱ダイヤモンドサッカー」を毎週夢中になって見ていた頃には、アーセナルやインテル、或いはバイエルン・ミュンヘンといった世界的な強豪クラブで日本人選手が活躍する時代が来ることなど想像すら出来ませんでした。思えば40年以上も前のことになるわけですが、当時15,6歳の少年であった私にとって、美しい緑の芝生に華やかな色のユニフォームに身を包んだ選手達が満員の観客の前で躍動する当時のイングランド1部リーグやブンデスリーガは、全く違う次元の御伽の国の出来事のように映ったものです。
「三菱ダイヤモンドサッカー」開始直後は、BBCのフットボール中継を(何と前半、後半を2週間掛けて放映!)そのまま流していたのですが、当時全盛を誇っていたダービー・カウンティやリヴァプール、そしてトットナム、マンチェスター・ユナイテッドといったクラブは、身近であったJSL(日本リーグ)のヤンマー(セレッソ大阪の前身)や日立(柏レイソルの前身)、或いは三菱重工(浦和レッズの前身)や古河電工(JEF千葉の前身)と比べると、遥か雲の上の存在でした。
イングランド・リーグの後には、1970年のW 杯メキシコ大会がオンエアされ、その後に放映されたシリーズが、ブンデスリーガであったように記憶しています。当時はボルシア・メンヘングラッドバッハが強く、王者のバイエルン・ミュンヘンや1FCケルン等としのぎを削る時代でしたが、ベッケンバウアー、ゲルト・ミュラー、ブライトナー、ヘーネス、シュバルツェンベック、マイヤー等のバイエルン勢が西ドイツ代表(当時)の6割前後を占めていたことを見ても分かるように、また其の頃にバイエルンがチャンピオンズカップ(チャンピオンズリーグの前身)3連覇を果たしたことを見ても分かるように、バイエルン・ミュンヘンは特別な存在でした。そしてそれは今日に至るまで変わりません。そう、ドイツに於いてバイエルン・ミュンヘンはリーガ創設以来、タイトル数、代表への選手供給数等に於いて常に他を圧倒する特別なクラブであり続けているのです。世界のフットボール史上に於いても、レアル・マドリードやマンチェスター・ユナイテッド等と並んで世界の歴代ベスト5に入る傑出したクラブであることは間違いありません。
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登録日:2011年 11月 04日 13:29:38
ハーフナー選手は世界基準を目指せ!
先のW杯アジア予選のタジキスタン戦で、日本代表チームは久々のゴールラッシュを披露。国内の各メディアは選手達のパフォーマンスに軒並み高評価を与え、まるで本大会出場が決定したかのようなお祭り騒ぎでした。この勝利によって3次予選を通過したわけではありませんし、最終予選に至っては未だ始まってもいない段階であることを、マスコミ各社は本当に分かっているのかと疑いたくなるような過熱ぶりでした。
とは言え、格下相手に違いを見せつけると公言した通り、圧勝出来たことは評価すべきですし、5人もの様々なポジションの選手が得点を決めたことも攻撃の多様性を反映している証拠であり、今後の自信に繋がることでしょう。また、中村憲剛選手のトップ下起用に応える大活躍もさることながら、ハーフナー選手を先発起用したことが代表チームの攻撃に厚みを加えることになったと感じています。そして私自身は、代表チームで久々に高さを武器としたフォワードの選手が頭角を現したことが何よりも喜ばしいことでした。何故ならば、ハーフナー選手こそが、代表戦に於いて久々に空中戦で相手に大きな脅威を与える存在感を示してくれたからです。
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登録日:2011年 10月 24日 10:25:13
永遠の守護神となった真田雅則さん
真田雅則さんは、故郷である清水市(当時)を本拠地としたJクラブ、清水エスパルスが誕生すると知るや、同クラブがJリーグ開幕時に於いて唯一前身を持たない、またバックに大企業を持たない不安定なクラブであるにもかかわらず、いざ鎌倉とばかりに移籍を表明して駆けつけた侍の一人でした。
身長178センチと、プロのゴールキーパーとしては極めて小柄な体躯ではありましたが、抜群の反射神経と気迫を前面に押し出したプレーで、開幕時のエスパルスの躍進に貢献し、エスパルス・サポーターの心を掴みました。
しかし、元ブラジル代表のゴールキーパーという肩書を持つレオン監督の真田選手への要求は想像以上に厳しく、遂には監督自らが乗り出してブラジルからシジマールという優れたゴールキーパーを獲得するに至り、真田選手はサブ要員へと追いやられてしまいます。
並みの選手であれば、腐ってしまいかねない状況下にあった真田選手ですが、シジマール選手の凄さを素直に認め、日頃の練習から彼の長所や基本に忠実なプレーを積極的に学んでいったのです。
そして、2年後にはレギュラーポジションに返り咲き、そこからは正にエスパルスの守護神と呼ぶにふさわしい八面六臂の活躍を見せたのでした。特に1966年のナビスコ杯決勝で延長PK戦にもつれ込んだ際には、それこそ真田選手の気迫がヴェルディの選手達のミスを誘発する格好となり、初載冠に貢献。最初の敵のキッカーであるカズこと三浦知良選手と対戦するためにゴールに歩んでいった真田選手が、国立競技場のゴール裏スタンドに陣取る満員のエスパルス・サポーターを見上げるや、「皆さん、一緒に戦いましょう!そして皆さんの力を僕に下さい!!」とばかりに両手の拳を空に突き上げた姿は、今もって脳裏に焼きついております。
1999年にはJリーグ・ベスト11にも選出され、12年にわたる充実した現役生活を過ごした後、指導者としての道を歩まれるわけですが、現役時代の彼の鮮烈な雄姿を決して忘れることはないでしょう。そして、それは真田雅則さんの現役時代を知る方々全てに共通することであるに違いありません。
何故ならば現役時代の真田さんは、公式戦は勿論のこと、親善試合や練習中でも常に真剣勝負の人であり、その気拍はピッチからスタンドへ、そして時にはテレビ画面を突き抜けてお茶の間にまで届いていたからです。人の強い一念は万里どころか宇宙を駆けるといいますが、真田さんは現役時代、終始一貫してそのことを体現していた選手でした。
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登録日:2011年 10月 04日 14:33:41
《番外編》小谷周人のコーチ武者修行・ドイツ滞在記③
今回は私が所属しているヴェルダー・ブレーメンのU-21についてお話ししたいと思います。
我がU-21はアマチュアチームではありますが、ヴェルダー・ブレーメンの3軍に相当し、ドイツ5部リーグに所属しています。ご存知とは思いますが、ブンデスリーガ(全国リーグ)は1部から3部まであり、ヴェルダー・ブレーメンは1軍が1部、2軍ともいうべきU-23が3部リーグに所属しています。4部リーグになるとレギオナル・リーガといって全国を北、南、西の地域に分けた3リーグ制となり、我々の所属する5部は、地域から各州単位のリーグとなり、その数も20近くに上ります。
昨季、我がU-21はブレーメン・リーガで連覇を果たし、4部(レギオナル・リーガ)へ昇格する権利を得たのですが、運営費や設備等の問題で5部にとどまり、今季は3連覇を目指します。もう一つ4部に昇格しない理由としては、現在2軍のU-23が3部リーグで厳しい戦いを強いられ、何時4部リーグに降格してもおかしくない状況であることが挙げられます。
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登録日:2011年 09月 29日 00:26:56
本田選手不在の日本代表に黄信号!?
W杯ブラジル大会出場を目指し、アジア3次予選に於けるザック・ジャパンの闘いぶりが注目されていますが、これまでトップ下で不動のレギュラーとして君臨してきた本田圭佑選手の不在が、これまでの日本代表の攻撃力を削ぐ格好となっているように見えます。
初戦のホームでの対北朝鮮戦では、トップ下に柏木選手を抜擢。そして第2戦のアウェーでのウズベキスタン戦では、長谷部選手をトップ下に配し、その長谷部選手が抜けたボランチの位置に阿部選手を持ってきましたが思うように機能せず、いずれも試合途中で修正を余儀なくされています。如何せん本田選手以外の人材がトップ下に入る布陣では、3次予選レベルの試合に於いてなかなかゴールを決められないのです。別の言い方をすれば、本田選手の不在によって、同選手が如何に香川選手の切れ味を際立たせ、トップの選手が裏へ抜け出しやすい間を創出し、多くの試合で日本の先制点を含む得点に絡んでいたかを改めて思い知らさたということになります。或いは、本田選手のように基本的に対人プレーに強く、ドリブルから切り崩してシュートも打てればキラーパスも出せて、その上に溜めも作れれば速攻も出来る日本人選手は、今のところ彼以外に居ないとも言えるのではないでしょうか。しかも、その肝心の本田選手は半月板損傷により全治3ヶ月の診断が下され、どうやら3次予選は同選手不在で戦い切らねばならないようなのです。
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登録日:2011年 09月 19日 11:32:08
生老病死のこと
フットボールとは大凡縁のないような話しで恐縮ではありますが、今回は始めに人の生き死について少しお話しさせて頂きたいと存じます。その理由は追い追い読んで頂ければお分かり頂けると思うので敢えて書きませんが、どなたでも一度や二度は、死や死後の世界について想いを巡らせたり、悩まれたりした経験をお持ちかと存じます。
私は友人や知人の勧めで幼稚園児の頃からプロテスタント系の教会やキリスト教系の学校に通っておりましたが、キリスト教の説く死後の世界や死生観に馴染めず、自ら他の宗教や哲学にその答えを求めていった大学生の頃、最も共鳴を受けたのが仏教の説く生死に関する記述でした。そしてその気持ちは、その後30余年を経た今日でも変わりません。そこで仏教の開祖である釈迦のお話を少し・・・。
2千数百年前のインドで生を受けたガウタマ・シッダールタこと釈迦(仏陀)は、コーサラ国の属国、カピラヴァストウのシャカ族の王子として何不自由ない生活を送っていたにもかかわらず、生老病死という人間の根源的な四つの苦しみを克服すべく、出家をします。王位も妻子も捨てて、悟りを開く修行の道を選んだのでした。そして生きていることで直面する様々な苦しみ、老いること、病むこと、そして死ぬことの苦しみを難行苦行の末に克服して悟りを開いた後、40年以上にわたって弟子達にその境地を説いて廻ったのがブッダの生涯と言えます。
釈迦は、個々の人の生命は宇宙が始まったと言われる久遠願所の遠い昔から、宇宙と共に生死を繰り返しながら存在していると説いているわけですが、いわゆる輪廻転生(リインカーネーション)論でございます。そして奇跡の星と言われる地球という天体にある500万種以上の生命体の中で人間として生まれてくることの素晴らしさ、人として生まれたからには誰しもが持っている仏種の素晴らしさを説いたのであります。その仏種を磨くことが仏道修行で、その行為が一切の不幸を克服する究極の作業であると宣うておられるのです。詳細について、今回は割愛させていただきますが、永遠の生命観に則れば、死の恐怖をも乗り越えて悠々と人生を送って行けるというわけです。
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登録日:2011年 09月 14日 00:26:05
- プロフィール
- 小谷泰介
- 1955年、タイ王国バンコク市生まれのフットボールジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験を生かしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説は、ラジオやテレビで人気を博した。
また、本場欧州にプロクラブの監督や選手の友人が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
チーム強化に重点を置いたクラブ運営に関する講演も好評。
著書に「拝啓 川淵三郎殿」(モダン出版)や「Jリーグ入門」[講談社)などがある。
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