だから、オシムで大丈夫!!- 私の監督論(3)

私が元清水エスパルス監督のゼムノヴィッチ氏と初めて会ったのは今から約10年前のこと。場所は千葉県市川市内のとある小学校のグラウンドでした。

当時、私の息子は小学校の4年生で、船橋市に住んでいたことから隣町のカネヅカSCに所属していました。

カネヅカSCは、ヴェルディ東京の廣山選手、現在メキシコでプレーしている元グランパスの福田選手、そして今期FC東京からヴィッセル神戸に移籍した近藤選手らを輩出した、当時は知る人ぞ知るサッカースクールでした。

代表の長谷川氏の指導には定評があり、息子が出場する近隣の小学校との練習試合ではほとんど負けたことがなかったと記憶しています。

息子は、小学校2年生から同クラブに2年間お世話になっていたのですが、そんなある日、市川フットボールSCというやはり同じ市内のクラブチームとの練習試合を観戦した時のことでした。

個々の技術や発想を尊重し、のびのびとプレーをさせるカネヅカSCのスタイルが全く通用しないのです。一方、相手はあどけない顔をした10歳前後の少年達なのに大人のチーム顔負けの戦術でがんがん攻めていきます。

守備的ミッドフィールダーがパスカットするや、サイドバックが猛然と前方へダッシュしてボールを受ける。ツートップの中の一人がニアに走りこむと、もう一人は中央にポジションを取り、ファーには攻撃的ミッドフィルダーといった具合に見事にオートマチズムが浸透していました。

薄気味悪い程、統率のとれたチームで、私にとって衝撃的とも言える出来事でした。試合結果はカネヅカSCの惨敗で、私はすぐさま相手チームの引率をなさっていた関根氏にこのチームの指導はあなたがなさっているのですか、と尋ねると「いえ実はユーゴスラビア人のコーチです」という信じられない答えが返ってきました。

ユーゴスラビア人のコーチといっても、プロなのかアマチュアなのか?!たまたま日本に住んでいるサッカー好きのユーゴのおじさんなのか、それともきちっとライセンスを持ち、一応プロとしての実績のある人なのか、関根氏に突っ込んで聞いてみると、後者であると言うではありませんか。

それでも、私の思考回路では、そのユーゴ人コーチの全体像が浮かばず、実際に会ってみることにしたのです。なぜ、プロのユーゴ人コーチが日本でしかも無名のクラブで小学生達を教えているのか、そして、その経緯を知るために、市内の小学校を借りて練習していた市川フットボールSCにお邪魔し、練習後にその人に会ったのだった。初めてお会いしたゼムノヴィッチ氏(以下ゼムさん)は、ロベルト・ベッテガのような銀髪をした長身の大男でしたが、人懐っこい笑顔でしかも日本語で「こんにちは。どうも初めまして!」と語りかけてきました。

話を聞くと、彼は現役時代は主として2部リーグでディフェンダーとして活躍しましたが、膝の故障のため、32歳で現役引退を決意。

すぐさま指導者を志し、ベオグラード体育大学で3年間学んだ後に晴れてプロクラブを指導する為のスペシャル・ライセンスを取得しました。

そしてゼムさんはその監督としてのキャリアを3部リーグのBSKバタニツァでスタートさせることになります。そして彼が率いるバタニツァは一年で3部から2部に昇格し、その手腕を買われ、あのパルチザン・ベオグラードのサテライトチームである4部リーグ所属のテレオピクの監督に就任します。ちなみに、この時にトップチームのパルチザンを指揮していたのがオシム氏であり、ゼムさんはトップとサテライトの監督同士として、オシム氏とは指導方法や戦術論について密に連携をとっていくことになります。

さて、ゼムさんはそのテレオピクを一年で4部から3部へと昇格させ、その翌シーズンに3部のクラブながらセルビア杯のタイトルを獲得!そしてユーゴ杯では3部リーグのチームながら、ベスト16へと進出させる快挙を成し遂げます。ちなみにベスト8を賭けた戦いでは、あのトヨタ杯を制したレッドスターに1対4で敗れています。

さらにその翌シーズンにはテレオピクを2部に昇格させ、今度は乞われて3部リーグのボゾヴァツというクラブの監督に就任。そして何とここでも同クラブを1年で2部に昇格させてしまいます。


ところが、この頃、つまり1994年のユーゴ国内は木村元彦氏の著書「オシムの言葉」でも紹介されているように内戦の影響を受けて治安が悪化し、ゼムさんは日本行きを決意します。

なぜ日本なのか?!ここがオシム氏ではありませんが、不思議な縁でして、ゼムさんの場合は愛妻のブランカさんがベオグラード大学日本語学科を首席で卒業した才媛であり、彼女が日本語に磨きをかけるために日本行きを希望したのです。

いわば、妻の意向を尊重するところが西洋人らしいのですが、ゼムさんにはJリーグ開幕の情報も入っていて、いずれJリーグで指揮を執る機会が訪れるだろうという目算があったことも事実でした。

そんなゼムさんが、何故、千葉県の無名の小学生チームの指揮を執っていたのか?! 

次回をお楽しみに!

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登録日:2006年 07月 12日 16:42:25

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プロフィール
小谷泰介
小谷泰介
(著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)

1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。

著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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