メスット・エジルという選手


W杯南ア大会で3位となった新生ドイツ代表の象徴であり、今夏移籍市場の超目玉ともいうべきエジル選手の現所属チームとの契約延長の交渉が不調に終わり、獲得合戦がいよいよ本格化しそうな気配です。獲得に名乗りを上げているクラブが、バルサ、レアル、マンU、アーセナルといいますから、彼が如何に移籍市場で高く評価されているかが分かります。

しかし、ドイツのヴェルダー・ブレーメンに籍を置くこの21歳の若者は、ブンデスリーガ通や欧州フットボールの事情通の間では既に知られた存在でしたが、今回のW杯で彗星の如く突如として現われたように感じた日本のフットボールファンが少なくなかったようです。

それもそのはずで、ドイツ代表は伝統的に20歳前後の若者を中盤の要に据えることなどありませんでしたし、実際バラック選手がFAカップで怪我さえ負わなければ、今回ドイツの中核としてこれ程活躍することはなかったかも知れないのです。また、私も現地で観戦しましたが、去年の2月にデュッセルドルフで行われたドイツ対ノルウェーの親善試合では、後半途中から交代出場を果たしたものの殆ど目立った活躍はしておらず、それから僅か1年半後のW杯であのような勇姿を見ることなど想像すら出来ませんでした。

そういった意味では強運の持ち主であることは間違いなく、そのノルウェー戦に出場した約3ヵ月後のドイツカップ決勝戦では唯一の決勝ゴールを挙げてMVPに。そしてその直後に開催された欧州U-21選手権ではドイツ代表の中盤の要として優勝に貢献と、立て続けに大きなタイトルを獲得します。また、明けて始まった昨シーズンからは、絶対的エースとして君臨したジエゴ選手がユベントスに移籍したため、中盤の要として活躍するようになり、ブレーメンの3位躍進に貢献しました。

そして何よりもレーブ監督と彼を支えるドイツ協会が、若手育成強化プロジェクトで育ってきた彼ら若者を積極的に起用すると言う明確な意図があったことも、彼にとっては幸運でした。具体的には、よりスピーディーに試合を展開する為に選手1人当たりの1回のボールキープ時間をこれまでの3秒から、その半分近くに短縮するという目標を監督が掲げていましたが、エジル選手が難なくそのコンセプトを理解し、適応出来たことも更なる追い風となります。

このように幾つかの伏線が敷かれていた上で今回のW杯での活躍があったわけですが、幸いにも友人であるブレーメンのシャーフ監督との縁で、ここ2年間にわたってエジル選手のプレーを具に見る機会を得たり、実際に会話をしたりする機会があったので、本日はこの未完の大器について私の知り得る範囲で紹介させて頂くことに致しましょう。

先ず、そのプレーの特徴ですが、先程も触れましたが近代フットボールに欠かせないスピードを持ち合わせていることが挙げられます。それは言うもでもなく走力、俊敏性といったフィジカル面でのスピードと、瞬間的に正しい判断や選択をするメンタル面でのスピードを指すわけですが、特に彼の場合はトップスピードを維持しながらも足元にしっかりとボールが収まっている点が秀逸です。また、どんなに状況下にあっても決して肩に力が入ることがなく、一見飄々としているようですが、それでいて実際は物凄く早いのです。

ブレーメンでの紅白戦をタッチライン沿いで見ていると良く分かるのですが、殆どの選手が球際で競り合う際に必死の形相で歯を食い縛るのですが、彼にはそうした仕種が一切見られません。息づかいが荒くないと言ったら良いのか、力みがないと言ったら良いのか、アメンボウがすいすいと水辺を移動するかのようにスムーズかつスピーディーに激しい競り合いを制し、かわして行きます。

かつてのジョージ・ベスト選手も全く力みのなかった選手で、緩急をつけながら相手の裏、裏を自然に取ることの出来る天才でしたが、エジル選手の場合はトップスピードに乗りながらも力みなく相手をかわすことの出来る天才で、まさに近代フットボールの申し子と言えるかも知れません。あのプレーは教えようと思って身につくものではなく、それこそがクオリティー・プレイヤーの証と言えるでしょう。

その他にも常に広い視野でピッチを見渡しており、先程も述べたようにアメンボウの如くスイスイと敵をかわしながらも、そこへ通すかと唸りたくなるような難易度の高いキラーパスを繰り出します。事実彼の目はかのペレ選手のように大きく、やや出目気味なために物理的にもかなり広い視野を確保しているはずで、アメンボウの足とトンボの目を持ったフットボール界のスパイダーマンのような存在と言ったら失礼になってしまうでしょうか。

その他にもテクニックは抜群かつ多肢多彩で、そこはトルコからの移民である両親から受け継いだものと言えるでしょう。彼の血は100%トルコ人ですが、自分が生まれ育ったドイツの国籍を選択し、これまで順調に成功の階段を駆け登ってきました。ドイツフットボール界の若年層には多くのトルコ系選手がしのぎを削っていますが、果たして彼がドイツ初のトルコ系スーパースターになれるのか注目に値します。そこには様々な障壁がありますが、彼にはきっとそれらを乗り越える天賦の才が備わっていると信じたいものです。

一方、その人となりですが、正直そんなに親しくお付き合いをさせて頂いるわけではないので、詳しいことは申し上げられません。しかし、幾つか思い当たる性格を列挙すると、無口、謙虚、飄々、現代風若者気質といった言葉が直ぐに思いつきます。

無口というのは読んで字の如くで、練習中でもロッカールームでもいつも大人しいのです。それはチームでもっとも若い部類の選手である為というよりは、元来持っている性格によるものではないかと存じます。しかし、暗いということは決してなく、ブレーメンではほぼ同年代のアーロン・ハント選手とは、いつも何やらヒソヒソ話しをしています。彼とは余程気が合うらしく、練習前のウォーミングアップではいつも一緒に走っていますし、ニヤニヤと二人で談笑する姿をよく目に致します。それだけに試合中の二人の息はピッタリで、アイコンタクトすら必要のないのかと唸らせる程のコンビプレーをブレーメンでは披露してくれます。

また、エジル選手並びにハント選手の日常生活態度に関しては、現代若者気質と申しますか、実に飄々としていると申しますか、あまり感心するものはなく、特筆するものもありません。むしろ昔気質のゲルマン魂を前面に出すような元ドイツ代表選手であるブレーメンOBからすれば、チャラチャラしていて顰蹙を買いかねない部分が見受けられるようです。そして彼の言うところは私にも理解出来る部分があります。

例えば今風に言えばイケテル服装なのかも知れませんが、私のようなオヤジが見ると「一流選手なのだからもう少しきちんとした格好をしたら」と思わせるような服を着て練習にやってきます。忘れもしない昨年2月の終わりでしたか、かなり冷え込む朝なのに襟首がかなりよれた薄っぺらい黄色いTシャツ1枚で寒そうに練習にやってくるエジル選手を見掛けたのですが、自己管理のためにも何故もっと暖かい格好をしてこないのかと首を傾げざるを得ませんでした。

しかし、だからといって夜遊びをしたり遅刻をしたりするわけでもなく、話しをしていても決して驕った態度を取ることはありませんし、むしろ謙虚な好青年と言って良いでしょう。結局は良くも悪くも現代っ子気質であり、私とは親子以上に年が離れていて、彼等の品行に繭を潜める元ドイツ代表の質実剛健オヤジも私と同年代であり、その年代が彼等の服装や生活習慣についてとやかく言うのはナンセンスなのだと思います。

但し、選手として何か物足りなさを感じることだけは確かです。例えば服装とは全く関係ありませんが、練習中のランニングで先頭を切ってチームの士気を高めるとか、試合中にピンチが訪れると他の選手を鼓舞するようなことも全くといって良い程致しません。また、ピッチ上でいつもコンスタントに力を出してくれれば何も言うことはないのですが、1シーズンでかなり調子の波があり、ジエゴ選手のように一人で局面を打開するシーンも多くはありません。昨シーズンも前半は快調でしたが、後半に差し掛かるあたりから失速し始め、ついぞ終盤まで開幕当初の切れが戻ることはありませんでした。ポジションが違うと言えばそれまでですが、同じチームメイトでDFの要であるドイツ代表のメルテザッカー選手のように1年を通した安定感がないのです。

ワールドカップでのエジル選手の活躍を見て、あのモチベーションの高さを何故リーグで維持ないのかと嘆いた地元ブレーメンのサポーターを何人も知っていますが、そのあたりの精神的な逞しさを身につけることが、今後の課題かと存じます。
また、チームメイトを気遣うといった周りに対する気配りが出来るようになれば、更にスターの風格が備わってくることでしょう。

しかし、何と言ってもまだ21歳の若者であり、その才能は疑いようのないものなので、これからの精進によっては、ドイツを代表するスーパースターまで登り詰めることが必ずや出来るはずです。そういった意味で、今夏にどのクラブに移籍するかはかなり大事な選択であり、個人的にはそのプレースタイルからして、アーセナルかバルサへ移籍することが最良の選択ではないかと考える次第です。

いずれにしましても、この才能豊かな若者から当分目が話せそうにないことだけは確かです。頑張れ!エジル選手!!

コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2010年 07月 20日 02:30:09

コメント

ワールドカップの「イングランド×ドイツ」を見て、ものすごく足が早く、うまい選手がいるのに目をひかれました。それがメスト・エジル選手でした。

エジル選手を間近で見て知っている方の言葉には説得力がありますね~。思わず唸ってしまいました。

4年後でもまだ25歳。4年後も楽しみですが、とりあえずは彼がどこに移籍するのか?とっても気になってます。

pure @ 2010年 07月 31日 22:56:50

pureさん

コメントを有難うございます。また、返信が遅くなりましたことをお許し下さい。

エジル選手はレアル・マドリーに決定しましたね!レアルにとっては安い買い物だったと思いますし、エジル選手にとっても世界一のクラブですから、さぞやりがいがあることでしょう。また、シャーフ監督とモウリーニョ監督は仲が良いので情報交換もしっかりとされている点も、エジル選手にはアドヴァンテージかと存じます。稀有の天才が世界最高峰のクラブで花開くのかどうか、本当に見ものです!

小谷泰介 @ 2010年 08月 19日 20:27:56

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プロフィール
小谷泰介
1955年、タイ王国バンコク市生まれのフットボールジャーナリスト。

四半世紀に及ぶ取材経験を生かしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説は、ラジオやテレビで人気を博した。
また、本場欧州にプロクラブの監督や選手の友人が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
チーム強化に重点を置いたクラブ運営に関する講演も好評。

著書に「拝啓 川淵三郎殿」(モダン出版)や「Jリーグ入門」[講談社)などがある。
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