日本協会の会長人事を巡るドタバタ劇を読み解く①


私が初めて、日本サッカー協会を訪れたのは、今から36年も昔(1974年)のこと。大学の体育会系サッカー部に所属していた1年生の時に、東京都大学サッカー連盟の幹事を務めていた先輩であるN氏が協会に所用があり、そのお手伝いとして同行した時でした。

まだ同協会が渋谷と原宿の間にある岸記念体育館内に事務所を構えていた頃で、確か3階であったと記憶していますが、35畳位の広さの一室に入るなり、所狭しと事務机が並べられていて、一番奥に置かれた重役机の手前にちょっとした応接セットがあるような殺風景な事務所でした。専属スタッフも数名で、いつお邪魔しても「コンチハ~!」と気さくな対応で出入りする我々を歓迎してくださり、今では考えられないような人情味溢れる雰囲気を醸し出していたのであります。

その後は大学を卒業し、大手広告代理店の全日本少年サッカー大会事務局の所属として再び協会に出入りさせて頂くことになりましたが、事務所もスタッフの皆さんも変わりはなく、当時の中野事務局長や、後に事務局長となられた新藤さん、小松原さんといった当時の協会を支えておられた方々とは、懇意にさせて頂きました。とりわけ当時の理事で少年担当であられた故平木隆三さんには可愛がって頂き、協会での会議の後に何度か飲みに連れて行って頂いたことも、今は懐かしき思い出となっています。

また、当時協会を実質切り盛りされていたのは、後に会長となられる長沼専務理事で、協会にいらっしゃる時は、一番奥の大きな机を使っていらっしゃいました。だからと言ってふんぞり返っているわけではなく、何しろドアを開けると直ぐ目に飛び込んでくる位置にいらっしゃるので、あの独特の優しい笑顔でどなたとも気さくに話しをなさっていました。

同じく後の会長となられる岡野俊一郎さん(当時理事)も時折協会には顔を出されていて、ある時思い切って英国へのサッカー短期留学の相談を持ち掛けたところ、当時大学生であった私のような若造相手に嫌な顔一つせず、親身にお話しくださったことを忘れることが出来ません。

当時の組織形態も当時の協会に於ける会長職はいわゆる名誉職で、悪く言えばお飾り的な存在として協会の重要な行事にだけ顔を出されていました。そして代表監督や代表チームの対外試合の決定といった重要な決定事項は、建前上は理事会でも実質長沼専務理事が最終的な決定権を握っておられたと把握しております。

その構図は、私が第3回トヨタカップ事務局で電通の嘱託として1982年に働かせて頂いた時も変わることはなく、重要な交渉はいつも長沼さんと電通の幹部がなさっていました。もっとも当時の協会の予算は恐らく現在の十分の一にも満たないものであり、代表の興行もお粗末なものでしたから、そのような指揮系統でも別段問題にならなかったのでしょう。長沼専務理事の報酬もその昔は出向という形態で所属の古河電工から出ていたと聞いていますし、1980年代まではアマチュアのボランティア精神と企業の理解とによって成り立っていたと言えるでしょう。意地悪な言い方をすれば、会長職を始めとした幹部職が金銭的な旨味がなかったが為に今回のようなドロドロとした会長人事を巡る事件も起きなかったのです。

要は専務理事を中心に仲間内の理事達で協会を切り盛りし、会長人事は名誉職として、専務理事率いる理事会が依頼するものであり、今のように副会長職は存在せず、ましてや名誉会長や名誉副会長といった役職などあるはずがありません。それは、まだ協会が利益を上げるような組織ではなかったからに他ならず、そのような形態でも別段問題がなかったのでしょう。

ところが、ご存知のようにJリーグ発足以降、日本代表のブランド力が飛躍的に向上し、協会はそれまで隆盛を誇っていた日本ラグビー協会をあっという間に抜き去って、財政面を含めたあらゆる分野で突出した巨大な財団法人へと一気に変貌していきます。その事務所形体だけを見ても、僅か20年間で僅か35畳一間のオフィスから、地下3階、地上11階の自社ビルとも言うべきJFAハウスへとステップアップしたのですから、後は押して知るべしです。

やがて協会に何十億円(現在は百数十億円)という金額が入ってくるようになると、専務理事が実質切り盛りして会長は名誉職といった体制では通用しなくなってきました。会長を始め、専務理事といった要職を腰掛ではなく常勤とし、約40億円の予算を管理するようになった1993年には、長沼氏が遂に会長へと昇格されることになりました。        (つづく)

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登録日:2010年 08月 19日 20:08:40

コメント

小谷さん、こんにちは。

監督問題、難航しているようですね。
「協会お粗末」の路線でマスコミはあおっています。

「あせる必要はない2014年に向けて熟慮しているんだから」
と今日、小倉会長のコメントが出ていましたが、
個人的には全く同意です。

有力候補であるフェルナンデス氏の事は良く知りませんが、
原委員長の動き、コメントを見る限り、選考のプロセスは
以前よりも随分良い方向な気がしています。

マスコミの圧力に負けて、「この人でいいか!」的な
安易な選考だけは避けて欲しいものです。

クライフターン @ 2010年 08月 21日 09:42:08

いつもコメントを有難うございます。
また、毎度ながら返信が遅くなりましたことをお許し下さい。

代表監督はザッケローニ氏に決まりましたが、ご指摘の通り今までよりは随分と良い形できていると思います。

同監督就任については、近くブログにて述べたいと存じますが、少なくともマスコミの圧力に屈することなく、良くぞ交渉を纏め上げたと原さんを褒めて差し上げたいと存じます。

しかし、本当の勝負はこれからなので、監督スタッフはじめ協会の強化に携わる人達には本当に頑張って頂きたいですね!

小谷泰介 @ 2010年 09月 01日 21:22:14

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プロフィール
小谷泰介
1955年、タイ王国バンコク市生まれのフットボールジャーナリスト。

四半世紀に及ぶ取材経験を生かしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説は、ラジオやテレビで人気を博した。
また、本場欧州にプロクラブの監督や選手の友人が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
チーム強化に重点を置いたクラブ運営に関する講演も好評。

著書に「拝啓 川淵三郎殿」(モダン出版)や「Jリーグ入門」[講談社)などがある。
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