良い監督の条件 ③

 私の掲げるところの良い監督の条件の中で、6番目の「本場の主流たるライセンスを取得していること」につきましては、ちょっと力を入れて補足させていただかねばなりません。

 何故ならば、この部分がオシムとジーコの大きな違いのひとつであり、私のジーコ監督批判の根底に流れる要因を成しているからです。

 まず、フットボールの世界は他のスポーツと違って、ライセンス制度なるものが充実しています。その国のトップリーグの監督になる為には、FIFA傘下にある各国協会の発行する最上級ライセンスを取得せねばならず、その道は決して平坦ではありません。

 特に本場欧州の主流と言われるライセンスを取得するのは容易ではなく、日本社会で言えばちょうど一流大学に入学、卒業するようなものと言えるでしょう。

 俗に東大、京大、一橋大、早大、慶大等が日本の一流大学と呼ばれていますが、欧州のフットボール界では旧ユーゴ、オランダ、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア等のコーチング・スクールが一流どころと言われています。

 それら各国の協会は、独自の伝統を尊重しつつも常に斬新かつ有益なコーチング・プログラムの構築に余念がありません。日本サッカー協会もJリーグ創設を翌年に控えた1992年にS級(最上級)ライセンス制度を設け、体系的には前述の国々と肩を並べるようになりました。

 しかし、新設大学と一流大学を比較すると、生徒数、卒業生数、施設、環境、講師の陣容等々で大きな開きがあるように、コーチング・スクールに於いても日本と世界の差は歴然としています。

 また、何をもって一流大学と言われるかというと、その大学が輩出した人材が、財界、政界、官界、文学界、或いは医学界等でどれだけ活躍をしているかに尽きるわけで、各国のコーチング・スクールも、それぞれがどれだけ優秀なコーチを輩出したかが、問われるのです。

 そういった意味では近年、フランス人の台頭はすさまじく、アーセン・ベンゲルを筆頭にエメ・ジャケ、ジェラール・ウリエ、ブルーノ・メツ、ジャック・サ ンティニ、ローラン・ブラン、ジャン・ティガナ、フィリップ・トルシエ、ディディエ・デシャン、そしてレイモン・ドメネクと実績を積んだ監督が目白押しです。

 世界に先んじてアカデミー制度を取り入れた国の面目躍如といったところですが、フランス以外にもコーチングの世界でコンスタントに優秀な指導者を輩出している国があります。旧ユーゴスラビアです。

 ご存知の通り、旧ユーゴは東西冷戦の終結後、分離独立を繰り返し、つい最近もセルビアとモンテネグロが袂を分かったばかりです。しかし、分裂してしまった(と言いますか元に戻った)6つの国々で活躍している監督は、殆どがベオグラード体育大学でS級ライセンスを取得しており、オシムもその1人と言うことになります。

 同大学卒のコーチ、監督は世界中で常時300人近くがフットボールの指導に携わっており、Jリーグだけを見ても、代表チームのオシム氏、広島のペトロヴィッチ氏、ジェフ千葉市原のアマル氏と3人の監督が活躍しています。

 ベオグラード体育大学のS級ライセンスを取得するには同大学でなんと2年間、実技や実地訓練は勿論のこと、心理学、基礎医学、栄養学等々24もの教科をみっちりと学ばねばなりません。

 そして卒業する為の論文や試験に半年間を費やし、それに合格して初めてライセンスを手にすることが出来るのです。

 S級ライセンスを取得する為の受講期間はドイツでは約半年間、日本に至っては延べ約3か月間ですから、ベオグラード体育大学の2年半がいかに長いかがお分かりいただけると思います。そして長いだけではなくその密度も濃いことは言うまでもありません。

 また、卒業出来る生徒の割合ですが、毎年百数十人が入学するもののその約2割と言いますから、実に狭く厳しい門であります。

 プロ選手としてのキャリアを終え、2年半をかけてコーチングを学び、厳しい卒業試験を突破した者だけが、ライセンスを獲得出来る。なおかつその後のキャリアで結果を出して、はじめて良い監督の仲間入りが出来るという構図・・・。

 因みにオシム氏は、そんな良い監督の中でも飛び切り良い監督と言われている人物ですから、そのレベルの一端はご理解いただけると思います。

 一方、ジーコ氏ですが、選手としては一流であっても、コーチングのライセンスは持っていませんし、本格的なコーチ学を学んだことすらありません。

 また、ブラジルは選手の宝庫であっても、指導者の宝庫ではないのです。ブラジルにもライセンス取得の制度はありますが、本場欧州では全く評価されておらず、それが証拠に、百人を超えるブラジル人選手が本場欧州の舞台で活躍していますが、ブラジル人監督は探すのに一苦労です。

 ジーコ氏はそんなブラジルのコーチング・ライセンスすら持っておらず、本来なら指導者の土俵に乗ってはならない人なのです。

 確かに一流大学を出ていれば一流かと言われればそうではありません。逆に高卒や中卒でもりっぱな方々は沢山いらっしゃいます。

 しかし、コーチングの世界、それも代表監督や本場の名門クラブの監督ともなれば、ライセンスの取得は義務であり、最低の条件なのです。サッカーを愛し、畏敬の念を抱くのならば、ルールは順守するべきであります。

 日本フットボール協会の会長である川淵氏は、指導者資格の取得を協会自らが奨励しておきながら、相反することを最も大事なプロジェクトでやってしまったのです。しかも独断と偏見で!

 JFAの指導者養成事業ハンドブックでは、世界に肩を並べるための強化システムなどと銘打って、厳格なライセンス制度を打ち出しておきながら、協会自体がそれを平気で踏みにじる愚行を犯しました。張本人はトップの川淵氏ですが、それに文句を言えなかった側近も同罪だと私は考えます。

 話しが少しそれてしまいましたが、本場の良い監督と言われている監督の多くが、前述の一流コーチング・ライセンスの取得者であります。

 日本の社会で言えば、一流大学を卒業後に実証を示した人達であり、その人脈や情報ネットワークも半端ではない人達とでも言ったら良いのでしょうか。

 私は学歴主義者ではありませんし、学閥や派閥などくそっくらえの人間ですが、スポーツのライセンス制度に関して言えば、大の肯定、尊重派であると申し上げておきます。

 そして、オシム氏はそういった観点からも申し分の無い指導者なのです。

 もっとも本人にその辺のことを問い詰めても、きっと次のような応答をすると思います。

 「無免許運転は犯罪!ただそれだけのことです。」
                      
                                    (以下つづく)

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登録日:2006年 09月 29日 15:59:06

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プロフィール
小谷泰介
小谷泰介
(著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)

1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
チーム強化に重点を置いたクラブ運営に関する講演も好評。

著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)などがある。
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