良い監督の条件 ⑤

 良い監督の条件について私見を述べてまいりましたが、今回がいよいよ最終回です。

 まずは、8番目の条件である「心理学者、哲学者的素養があること」について。
 
 フットボールの試合において、フィジカルとメンタルの両面の充実が大切なのは言うまでもありませんが、メンタル面は目に見えないことだけにお座なりになり勝ちですし、評価の基準も曖昧です。

 しかし、ゴルフ、テニス、マラソンに代表される陸上競技などの個人競技はメンタル面の強さが求められるスポーツですし、団体競技でも、フットボールはメンタルやモチベーションが重要であることは歴史が物語っています。

 例えば、ワールドカップ’98年大会の決勝トーナメント1回戦でデンマークに大敗したナイジェリアと、’02大会でグループリーグ敗退のカメルーンは、協会内部の不透明な金の流れに選手達が反発したことが直接、間接的敗因となったと言われています。
 
 また、今年開催されたドイツ大会でもセルビア・モンテネグロが全く良いところ無く予選敗退したのは、モンテネグロの分離独立騒動が大きく影響しており、メンタル面の充実無くして勝利は掴めないのです。

 なお、上記の例は外的要因によるモチベーションの低下の典型ですが、内的要因が存在することも当然です。

 監督と選手の不和、選手同士の仲たがい等は、珍しいことではなく、チームの足を引っ張ります。一方で、不謹慎な例かもしれませんが、チームメート、あるいはチーム関係者の不慮の事故や訃報は応々にしてチームの結束を高める場合が多いようです。

 ところで、指揮官にとってこれら全ての事例に限らずチーム内外を取り巻く心的要因は、心理学や社会学を学んでいれば、それなりの対応や予防が出来るばかりでなく、自らが仕掛けて個々の選手やチームのモチベーションを高めることができます。

 また、相手の心理状態を読んで対策を打つ場合もあれば、天候や立地条件などによって作戦を大幅に変更せざるを得ない場合もあります。

 ところで私は、フットボールの真剣勝負と戦国時代の合戦との違いは、勝っても負けても死なないということのみであると考えており、大将たる監督の責任は極めて重いということになります。

 自軍の兵を集め、いかに鍛え上げるか。次に武器や食料をいかに調達するか。さらに相手の戦力や心理状況を分析した上で、大まかな作戦を決定。加えてそれぞれの作戦によっての人選を行い、いかに部下達の士気を高めるかといった合戦の手順は、フットボールの試合にもあてはまるものです。

 そして戦国時代の桶狭間や川中島に代表される合戦は兵力の大小もさることながら、心理戦が雌雄を決することが少なくありません。

 要するに大将なるものは、権謀術数に長け、策士的素養即ち、心理学者、社会学者、哲学者的素養がなくては務まらないということはおわかりいただけると思います。

 さてさて、次はいよいよ最後の「調教師的センスを持ち合わせていること」についてでございます。

 競馬の調教師がレースに向かって、馬体や毛並みの艶を見ながら飼葉を調合し、追い込みを掛けて仕上げていくように、良い監督は選手1人1人のフィジカルやコンディショニングにも細心の注意を払います。

 さらに、選手の体形や、足がX脚なのかO脚なのか、あるいは扁平足なのかどうかといった情報まで頭にインプットしてチーム作りに役立てるのです。

 また、良い監督は、大事な選手のコンディショニングをフィジカル・コーチに任せ切りにしたりはしません。基本的なプログラムは自らが立案し、時にはメニューの細部まで決定します。

 当たり前のことのようですが、これらをきちっと実行している監督はそう多くありません。

 フィジカル面のトレーニングやコンディショニングをフィジカル・コーチに大きく依存している監督もいれば、実戦形式やミニゲーム形式の練習ばかりやってフィジカルも上げていこうとする監督もいて、それは千差万別です。しかし、大事な戦力となる選手個々の体調を監督が直に見て、把握していることは基本中の基本であると私は考えるのです。

 以上、6回に渡って「良い監督の条件」について語って参りましたが、プロリーグが誕生してまだ10年ちょっとしか経っていない我が国では、世界に通用する指導者が育っていません。

 いくら西野さんが、日本で実績のある素晴らしい監督だからといって、本場欧州からオファーを受けることは、まずあり得ない話です。

 その要因のひとつは、協会や各クラブが私が述べたような良い監督とはどんな監督かという基準(物差し)を持っていないからだと思っています。

 何しろ協会のトップ自らが、監督選びで世紀の失態をやらかしてしまう位ですから、他は推して知るべしではないでしょうか。

 私の述べた9つの条件が絶対だとは言いませんが、四半世紀に渡って多くの監督やコーチと交流をしてきた経験から、また、ボランティアでJリーグクラブに自分の信頼できる監督を推薦し、彼等が結果を出してくれたという経験からも、間違ってはいないと思う次第です。

 ちなみに、自分がJリーグクラブや協会の強化責任者であったとして、代表チームやクラブの次期監督をピックアップしなさいと言われたなら、次の4人の監督を自信を持って推薦致します。

 いずれも面識があり、私が強化委員長、あるいはGM、強化管理部長であれば、心中できる人材ばかりです。今、下位に低迷しているクラブのみならず、大金を掛けても強くなりきれないでいるクラブ等は、是非オファーを出してみて下さい。

 まず、最低200万ユーロ(約3億2000万円)の年俸が必要ですが、ドイツの強豪、ヴェルダー・ブレーメンのトーマス・シャーフ監督。このブログにもよく登場する、今や世界の名将の仲間入りをしたナイスガイです。

 次に現在、セルビア・リーグ2部のトゥカリチキで指揮を執り、2000年に水戸旋風を巻き起こしたバビチ・ブランコ監督。彼は若手を育てることでも有名な監督ですが、年俸に関しては、20万ユーロ(約3200万円)で引き受けてくれるはずです。
 
 最後に、2001年、2002年と清水エスパルスの指揮を執り、ゼロックス・スーパーカップ連覇、そして天皇杯のタイトルをもたらしたゼムノヴィッチ・ ズドラヴゴ監督。年俸に関してはこちらも20万ユーロで大丈夫でしょう。

そして最後にサンフレッチェ広島とヴィッセル神戸という予算規模の小さいクラブに活気を与えたスチュワート・バクスターを挙げたいと存じます。家族の問題で日本に滞在することに難あり、年俸も安くはありませんが、信頼の置ける勝であることは間違いありません。

以上の4名ですが、彼等が私の掲げた良い監督の条件をクリアしており、その実力は証明済みです。但し、優秀かつ善良なGMの存在とその補佐があってこそではありますが…。

 私はいつも思うのですが、チームの成績が悪くなると、組織が下す決断は決まって監督の首を切ることです。

 しかし、チームのヴィジョンを定め、そのヴィジョンを遂行する為に適任と思われる監督を選んでいるのはGMであり、強化管理部長と呼ばれている人達です。

 このセクションの人材が極端に少ない、あるいは質が悪い為に、日本のフットボール界は停滞していると言っても過言ではありません。

 彼らの責任は、ある意味監督以上に重いのです。

 このことは、いずれじっくりと書かせていただきたいと思います。

コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2006年 10月 09日 15:29:59

コメント

一連の『良い監督の条件』
大変勉強になりました。自分の頭の中で
ぼんやりと浮かんでいた理想像が科学的に文章化されていて
かなりすっきりしました。
協会の強化委員会等やマスコミで、こういった点での論議が
活発になされるのを願うばかりです。

クライフターン @ 2006年 10月 16日 10:55:54

クライフ・ターンさんへ
とにもかくにも頭の中にあることを整理することが先決と、時間が無い中つたない文章で何とか書き上げた次第です。
近い将来、機会があればベオグラード体育大学に取材に行ったり、バビッチ監督やシャーフ監督への密着取材を敢行して、もっと内容のあるものかつ、ロジックなものにしたいと思っています。
いつもご意見、ご感想ありがとうございます。

小谷泰介 @ 2006年 10月 16日 19:18:39

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プロフィール
小谷泰介
小谷泰介
(著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)

1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。

著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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