2010年 01月
フットボール界にマイケル・ジャクソンはいらない!(Ⅰ)
最近、インターネット上で配信されている「マイケル・ジャクソン・スペシャル企画」なる番組を見る機会がありました。
マイケルのヒットソングのプロモーションビデオを年代順に14曲続けて観賞ることが出来るのですが、彼が如何に偉大なエンターテイナーであったかを改めて思い知らされた次第です。
9歳の時、ジャクソンファイブで衝撃的なメジャーデビューを果たして以来、40年以上も世界のミュージックシーンをリードし続けてきたのですから当然と言えば当然なのですが、彼の半世紀に及ぶ人生は、まさにKING OF POPの称号に相応しいものでした。
私如きが語ると陳腐に聞こえてしまうかも知れませんが、マイケルは有史以来恐らくは歌って踊れるエンターテイナーの最高峰に位置する人物であったし、死してなお、また未来永劫そうあり続けるのだろうと確信致します。
一方で、特に晩年はその奇行や性癖が取り沙汰され、スキャンダルにまみれた人生でもありましたが、世紀のスターなるものはスキャンダルの三つや四つあって当たり前。むしろあればあるほどスーパースターの証であったりもするので、その点は別にどうということはないのですが、深刻な心の病を患っていたという点では、残念ながら悲劇のヒーローであったと私は思うのです
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登録日:2010年 01月 28日 20:46:14
良い監督選びは至難の業!?
就任から僅か4ヶ月間でジーコ監督がオリンピアコスを解任になりました。昨年の9月にはCSKAモスクワを解任になっているので、半年間で2回も解任されたことになりますが、私にとっては何ら驚きに値しない出来事であります。
ジーコ氏のサッカー選手としての実績と、その人間性は尊敬して余りある人物ですし、彼が鹿島アントラーズの礎として偉業を成したことは賞賛に値するものですが、日本代表の指揮官としての働き振りを見れば、残念ながら監督としては平凡だと言わざるを得ません。
私は2006年当時、あれだけの侍達を抱えていた日本代表を無駄死にさせた様を見せつけられた直後に、何故その当事者であるジーコ氏がフェネルバフチェ(トルコ)のようなビッグクラブの監督に就任出来たのか不思議でなりませんでした。
その後も、FCブニョドコル(ウズベキスタン)、CSKAモスクワ(ロシア)、オリンピアコス(ギリシア)とフットボール中堅国乃至発展途上国のトップクラブを渡り歩くわけですが、結果として4年間で4つものクラブを指揮せざるを得なかったのは、妥当なところではないでしょうか。一流の監督であれば、イングランド、イタリア、スペイン、ドイツのトップリーグからお声が掛かるはずですし、そこで成功すれば3年、4年と続けて指揮を執るか、より大きいクラブへ請われて移籍するのが常だからです。
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登録日:2010年 01月 26日 23:28:19
小野、稲本両選手がJリーグに復帰!吉と出るか、凶と出るか?
1999年のワールドユースで日本チームが準優勝を果たした時の主力である小野選手と稲本選手が、相次いでJリーグ復帰を果たしました。
彼らがシーズン半ばで移籍を決意した最も大きな要因は、日本代表選手として南アW杯に出場する為に、より多く岡田監督の目に留まる機会をを求めたことにあるようです。
稲本選手の場合は、今季フランスのレンヌに移籍したものの思うような活躍を見せられず、ベンチを暖める機会も多かった為、今回の移籍を決断したようですが、川崎フロンターレへの移籍会見後に日本代表の合宿に追加召集されるなど、早速その効果が現われているようです。
彼の8年余に亘る欧州での経験と、攻守の切り替えどころを熟知した戦術眼は、岡田ジャパンでも生きるでしょうし、同選手が、川崎フロンターレの悲願である初タイトル奪取、無冠返上の切り札的存在として活躍されることを祈って止みません。
一方の小野選手の場合は、所属していたボーフムでは、9月のコラー監督解任後は出場機会に恵まれ、中盤の要として存在感を発揮していただけに、ちょっともったいない移籍ではないかと思う次第です。
もし、小野選手が南ア大会を自身最後のW杯出場の機会と捉えて移籍を決断したとしたら、色々な意味で残念といわざるを得ません。
何故ならば、彼の移籍が「本場の欧州でプレーをしていると、日本代表選手選考の際に不利である」という発想に繋がるわけで、それが事実であるとするならば、日本はまだまだフットボール発展途上国であるといわざるを得ないからです。
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登録日:2010年 01月 14日 20:15:39
トーゴ代表チームがバスで移動中に襲撃され、死傷者!
新春早々誠に残念なニュースが飛び込んで来ました。
アフリカ・ネーションズ・カップに出場する為、合宿から試合会場にバスで移動していたトーゴ代表が武装勢力に襲撃され、チームの広報官、そしてアシスタント・コーチが死亡し、複数名が負傷したというものです。
このショッキングな事件を伝える第一報が飛び込んで以来、次々と新たな情報が寄せられていますが、現場は混乱している模様で、現段階では残念ながら正確な状況を把握出来ません。しかし、幾ら戦後アメリカの庇護の下、太平の世の中を享受してきた平和ボケの我々であっても、今回の事件はあまりにも不可解なことが多く、大きな疑問符の残ります。
開催国や主催者のアフリカフットボール連盟はもとより、FIFAと他の諸大陸の連盟はこの悲劇を重く受け止め、慎重に吟味、分析し、今後の防止策を練る必要があるでしょう。
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登録日:2010年 01月 10日 17:17:13
負けるな、中村俊輔選手!!(2)
前回、南アW杯の1次リーグ敗退を予想し、その大まかな分析をさせていただきましたが、日の丸を背負ってピッチを駆ける選手達に責任はないというのが私の見解です。
それは、「フットボールのチームは、監督如何でどうにでもなる」という持論が軸になっているからです。
世界のフットボール界を見渡しても、マンUを強くしたのはファーガソン監督以外の何者でもありません。70年代、80年代のマンUなどは大したチームではなく、ファーガソン監督なくしてこのクラブは語れないのです。因みにファーソン監督は、それ以前にもアバディーンというスコットランドの何の変哲もないクラブを強くし、国内ばかりでなく欧州タイトルまでも獲得しました。それは欧州カップ・ウィナーズ・カップで、確か決勝の相手はレアル・マドリーだったと記憶しています。
アーセナルもまた然り。このクラブはベンゲル監督が就任してから、やっと真の常勝軍団になりました。そして、同監督はその前に指揮を執った名古屋グランパスでも見事にクラブを変貌させています。現在、名古屋グランパスはストイコビッチ監督を擁して一見かつての輝きを取り戻しつつあるように見えますが、それは見立て違いであって、もしベンゲル氏が現在の名古屋を率いていたら、あの豪華な陣容で2シーズンを無冠で過ごすということは決してないと考えています。余談ではありますが、名古屋は来季に向けて大補強を慣行していますが、果たしてどのような結果が待ち受けているのでしょうか。見ものです。
また、ブンデス・リーガのヴェルダー・ブレーメンの歴史の中で黄金期を築いたのはレーハーゲル監督とシャーフ監督の2人であり、それ以外の監督が就任した時期はろくな成績を残していません。
我が国でも同じことです。タイトルとは無縁だったガンバ大阪をあそこまでのクラブにしたのは誰でしょう? 言うまでもなく西野監督であり、西野監督を解任したレイソルが、その後長い低迷期に入っているという間抜けな事実も逆説的にそのことを証明しています。
JEFユナイテッドが輝いていた時期も、オシム監督が在籍していた時期のみです。巻、羽生、水野、坂本、水本といった選手達は、オシム監督と出逢っていなければ、決して日本代表入りをすることはなかったはずです。良い監督は、並みの選手を大きく育てるのです。
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登録日:2010年 01月 06日 02:36:12
A HAPPY NEW YEAR!!
新年明けましておめでとうございます。
2010年が皆様にとりまして、良き1年となりますよう心よりお祈り申し上げます。
世の中は相変わらず厳しい経済状況が続いており、特に日本は完全なデフレ・スパイラルに陥っていて先行きが不透明です。否、不透明というよりも当分の間、経済は停滞したままであると腹を括り、その中でいかに知恵を絞って活路を見出すかに専念すべきであるというのが私の考えです。
プロスポーツは、よくも悪くも企業の支援や協賛によって支えられていますから、国内のフットボール界に目を向ければ、大分トリニータやヴェルディ東京のような運営危機を招くクラブが、この不況下で増える可能性も少なくありません。
しかし、日本人の最大の特徴である勤勉さと和を重んじる精神を持ってすれば、この陰鬱とした不況を脱する策は必ずあると確信する次第です。
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登録日:2010年 01月 01日 19:21:56
- プロフィール
- 小谷泰介
- 1955年、タイ王国バンコク市生まれのフットボールジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験を生かしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説は、ラジオやテレビで人気を博した。
また、本場欧州にプロクラブの監督や選手の友人が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
チーム強化に重点を置いたクラブ運営に関する講演も好評。
著書に「拝啓 川淵三郎殿」(モダン出版)や「Jリーグ入門」[講談社)などがある。
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