《W杯ドイツ大会仮想報告会②》

<サッカー アジアカップ予選>日本代表 インド選に向けてトレーニングを行う - インド

【バンガロール/インド 9日 AFP】サッカー、第14回アジアカップ(Asian Cup)予選・グループA。4試合を終えて3勝1敗で勝ち点9を獲得し、すでに2位以内を確保して予選突破を決めている日本代表が、11日に行われるインド戦に向けてトレーニングを行い、主将の川口能活(Yoshikatsu Kawaguchi)らが調整した。(c)AFP/Dibyangshu SARKAR

AFPBB News


 さて、当時の技術委員長であった大仁氏が川淵キャプテンに提出したトルシエ後の日本代表監督候補のリストには、当然ながらジーコ氏の名前など入っているはずがありません。

 確かにジーコ氏は、鹿島アントラーズの草創期に於いて、チームの強化に多大な貢献をした人物です。なかでもアマチュア選手にプロフェッショナリズムを叩き込んだことと、チームにリオ出身の優秀な外国籍選手を紹介したことは特筆に値し、それらの功績は鹿島が黄金時代を築くための礎となりました。

 しかし、ジーコ氏はあくまでも監督としてではなく、選手兼アドバイザーという立場で貢献したのであり、その時期も日本のフットボール界が未熟だった頃のことです。彼に監督の資格がないことは周知の事実ですし、だからこそ1998年のフランス大会でもブラジル代表チームのコーチではなく、テクニカル・アドバイザーという肩書きでベンチ入りしていたのです。

 
 従って、キャプテンがジーコの名前を出した時、我々はびっくり致しました。でも、本当に問題だったのは、的外れな人物に大事な代表監督を任せようとしているキャプテンに対して、それはまずいと思いつつも誰も反対の意見を述べなかったことです。キャプテンはキャプテンなりに自分の考えがあってジーコ氏の名前を挙げているわけですから、そこは意見を戦わせれば良いのです。繰り返しになりますが、問題は私を含めた技術委員会のメンバーが勇気を出してキャプテンの判断に異を唱えなかったことでした。そして、ジーコ氏が協会の監督要請を快諾した段階で、今回のW杯ドイツ大会での惨敗は必然となってしまったのです。

 もっとも4年間の準備期間中にジーコ監督を退任させる機会が無かったわけではありません。しかし、過去2回のアジアの予選を振り返ると、1994年が「ドーハの悲劇」、1998年が「ジョホールバルの奇跡」と、どちらもその結末があまりにドラマチックであったため、日本代表のアジアでの実力とジーコ氏の監督としての実力を見誤ってしまったのです。また、2002年大会が自国開催であったため、予選が免除されたことも日本のアジアでの実力を見誤った要因のひとつと言えるでしょう。

 つまり、本来ならばダントツの成績でアジアの予選を突破せねばならないのに、1次予選のオマーン戦やシンガポール戦、或いは2次予選の北朝鮮戦やバーレーン戦のように最後の最後で勝利をもぎ取ったことを、ジーコはすごい、強運の持ち主だと過大評価してしまったのです。あのメンバーをもってすれば、イランや韓国ならばいざ知らず、シンガポール、オマーン、バーレーン、そして北朝鮮を相手にもたついていてはいけなかったのです。そしてジーコ監督が彼等相手に劇的勝利を収めたのは強運ではなく、悪運が強かっただけなのです。アジア大会の優勝も然りです。そこのところの判断を誤ったため、我々はジーコ監督を更迭するタイミングを逸してしまいました。

 結果的に日本は世界で一番早くドイツ大会へ名乗りを上げ、後はもう行け行けドンドンです。大会直前のジャパンカップで予選落ちのブルガリアに良いところなく敗れ、同じく予選落ちのスコットランドに勝てず最下位に沈んでも、また、弱小マルタを相手にもたもたした試合をしても、大丈夫、行ける、行けるとマスコミも含め根拠の無い希望的観測が日本を覆いつくしていました。

 そして本大会での成績はご存知の通りでございます。良い監督を選んでさえいれば、快挙を達成できた可能性の高かった大会を、1分け2敗の最下位という結果で終わらせてしました。幕末に例えるならば協会は、中田、中村、小野、稲本、高原、中沢、宮本、川口といった無類の剣豪を抱えながらも、粗末な武器しか持たせず無駄死にさせてしまった愚かな藩のようなものです。

 コンディショニングの失敗や、従来の日本人選手の弱点である空中戦の弱さ、1対1の弱さ等々を惨敗の理由に挙げるのは簡単です。しかし、それは愚の骨頂というもの。今、お話ししましたように、今回の惨敗の直接的原因はジーコ氏を監督に選んでしまったことにあります。そして、間接的にはその人選を技術委員会主導ではなく、会長の鶴の一言で決めてしまったことです。さらに、その決定に対して、間違っていると分かっていても会長に進言する人間が私を含めて一人もいなかったことにあります。

 こうした過ちを二度と起こさないためにも、協会は健全な代表監督選出のシステムを構築し、それをサポートかつ、チェックと評価を行う体制を整えねばなりません。

 幸い現代表監督のオシム氏は、ジーコ氏とは月とスッポンほどかけ離れた実力の持ち主なので、2010年は期待がもてます。しかし、なぜジーコからオシムなのか。オシムが結果を出してくれたら、次は誰なのか。今のままでは何の脈絡も無く、行き当たりばったりの人選でしかありません。

 日本人の目指すべきフットボールを構築するには、まず確かな設計図が必要です。この作業は、建築の場合は一流の建築士に依頼すれば良いのですが、フットボールの場合は我々協会の責任で行わなければなりません。

 次にその設計図をどの建設会社に依頼するのか。つまりどの監督に依頼するかであります。建設会社もそれぞれ得意分野がありますから、常にそういった情報をしっかりと収集しておく必要があります。

 そしていよいよ建造が始まったら、基礎工事の段階からその工程をチェックせねばなりません。手抜きや、耐震偽装はないのか。また、シャブコンを使用していないか等々、すべきことは少なくないのです。

 そして、無事に建て終えたならば、次はどのようなビルをどのように建てるのか。そして最終的にどのような街づくりを行うのかが、日本がどのようなフットボールを目指すのかを決める作業と同じことになると思うのです。

 各国の協会がワールドカップごとにビルを建てる機会を与えられるとしたら、差し詰めブラジルは超高層ビルを20棟近くも建てたマンハッタンのような街と言えるかも知れません。そして我が日本は、まだ原っぱに三棟の建造物しかない街という事になります。

 その原っぱをマンハッタンのような街にするのか、パリのような街にするのか、はたまたプラハのような街にするのか。まずはそこからのスタートです。

 幸い、オシム監督は京都のような街づくりをするのだと言って、精力的に取り組んでくれています。これを絶好の機会と捕らえて、今一度本当に京都で良いのか、オシム氏に宮大工が務まるのか、そして務まるのなら、何を建ててもらうのか等々、徹底的に議論せねばなりません。

 それらの作業を遂行することが私の今後の使命だと思いますし、ドイツ大会惨敗の大きな責任を負うものとしての最低の務めだと思います。

 以上の分析、報告、そして決意を持ちまして、W杯ドイツ大会の報告会とさせていただきます。長時間ご静聴頂き誠にありがとうございました。

コメント[3], トラックバック[0]
登録日:2006年 11月 24日 21:15:24

コメント

ブラジル戦後に発売されたNumberという雑誌のなかで、原博美さんが「大切なのはこの負けた悔しさを忘れない事」というようなことを書いていたことが今でも僕の中に強く残っています。実はこの投稿をしている今でも今回のワールドカップの日本代表に思うことが多々あるのです。
僕は、「日本代表の監督が辞任するからといって、協会の会長が辞める必要は無い」という考え方を否定するつもりはありません。しかし、至るところで日本代表に関するコメントがメディアに取り上げられている時点で、世間の人間は(田嶋さんや強化委員ではなく)川淵会長が日本代表監督を決める一番の権限を持っているという意識を持っているのではないでしょうか?(例え本人が強化委員のレポートを基に判断を下していると発言したところで。)
A代表に関してメディアに対し一番多くのコメントを発っしている人間が、僕に責任はありませんという考え方はどうなんでしょうか?彼はこういう役目をもっと田嶋さんに任す必要があるのではないでしょうか?
僕は川淵さんのやってきた功績というのは非常に大きいと思うし、まだまだ日本サッカー協会に必要な人材だと思っていますが、本人がいくら「A代表のほかにもやるべきことはある!!」といったところで、4年前に本人が直接ジーコを推薦したことと、その結果今大会で得た結果、加えて世紀の大失言を考慮すると、会長職は辞すべきであると思うのです。
最後に、他人を煽って申し訳ないのですが、メディアはもっとこの一連の流れを問題提起(あるいは批判)する必要があるのでは無いでしょうか?僕自身かなりの違和感を覚えています。この4年はオシムに任せておけば大丈夫という考え方が慢性していることが一番の危険だと感じているのですが…

k @ 2006年 12月 13日 22:57:42

kさん
長文のコメントありがとうございます。
kさんのご意見には大筋で賛成です。戦後処理ではございませんが、敗戦の分析、責任の所在、今後のヴィジョン等が明確にされないままに日本協会は次の4年間を踏み出してしまっています。

同じ敗戦国でもドイツは過ちを繰り返さないために、どうしてかくも愚かな戦争を始めてしまったのか、誰がいけないのかを徹底検証し、その結果を教育に反映させ、今日に至っています。そのことを他国(戦勝国)任せにせず、自らが積極的に行ったのです。

日本はそれを怠ったから、いまだに戦後補償問題をはじめ合祀問題、慰安婦問題、領土問題等を解決出来ずに他国の非難を浴び続けているのです。

JFAは今回の惨敗を受けて、戦後の日本政府と同じ過ちを犯していると言わざるを得ません。
私は、最低でも川淵キャプテンが公式に自らの非を認める謝罪会見を行うべきだと考えています。このまま年を越してはいけないぞといったところでしょうか。

私もフットボールを愛し、また自国のフットボールの発展を願うものとして、このブログで述べてきたことを中心に加筆して、「拝啓 川淵三郎殿」の続編を出版したいと計画しております。

小谷泰介 @ 2006年 12月 14日 10:46:14

あーしまった。
原さん漢字間違えてました。ゴメンナサイ。正しくは原博実さんです。

そして小谷さんいつもお返事ありがとうございます。
ミーハーな意見で申し訳ありませんが、正直に言ってテレビの向こう側の人と会話できてるなんてちょっとうれしいです。

メディアがこのことを深く取り上げないのは、おそらく協会の圧力があるからなんでしょうね。この4年間で日本代表を健全に批判する記事が減ったように思えるのは僕だけでしょうか…。

では小谷さんのコラム、これからも楽しみに待ってます。

k @ 2006年 12月 15日 00:22:20

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プロフィール
小谷泰介
小谷泰介
(著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)

1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。

著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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