バルサ初来日の日々②
<06サッカーW杯>インタビューに応じるクライフ ‐ ドイツ
【シュツットガルト/ドイツ 15日 AFP】06サッカーW杯・グループリーグC組、第2戦・コートジボワール戦を翌日に控え、試合が行われるゴットリープ・ダイムラー・シュタディオン(Gottlieb-Daimler Stadion)で最終調整を行ったオランダ代表のトレーニングをスタンドで見守った元同国代表のスター、ヨハン・クライフ(Johann Cruyff)は、インタビューに応じ「ディフェンスラインは日を追う毎に完成度を高めている」と語った。
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(c)AFP/ISSOUF SANOGO
バルサ対日本リーグ選抜のエキジビションマッチとして組まれた広島県選抜OB対THEミイラの対戦は、午後4時30分のキックオフでしたが、THEミイラの一行は2時前に空港に到着して直接広島スタジアム入りをしました。
THEミイラはそれまでにも様々な大会の前座やエキジビションマッチに出場してきましたが、この時のメンバーは豪華そのもので助っ人に奥寺康彦氏、鬼塚忠久氏の元古川電工&日本代表コンビを迎え、寺田農、椎名桔平、宮下直紀、山本コウタロー、デビッド石井、松尾判内、ラッシャー板前、望月三起也といった芸能人、文化人が勢揃い致しました。THEミイラの活動にはいつもボランティアで参加していただいているので、著名人が一堂に会することがなかなかないだけに、運営側としてはありがたいことでした。やはり、あのクライフと一緒に試合が出来るかもしれないという期待がタレントの皆様にもあったのではないでしょうか。
一方の広島県選抜OBも、GK船本、DF小城、古田、今西、森孝滋、長沼健といった広島県出身の往年の日本代表が勢揃いし、大会に花を添えました。
さて、肝心のクライフ監督ですが、当日の朝に確認をしたところ前回と変わりなくハーフならば出場OKということで一安心しましたが、まだまだ油断は出来ません。前後半どちらにするか尋ねると即答で後半だといってきたため、私は前半の間中ロッカールームでクライフに付きっきりで過ごすことにしました。勿論、何処かへ行ってしまわないように見張るためです。今から思えば仕事というよりも、自分もTHEミイラの一員としてクライフとプレーがしたいという私的な欲求の方が勝っていたような気が致します。
背番号14の付いたTHEミイラのユニフォームを持ってバルサのロッカールームをノックすると、クライフ本人がドアを開けて中に招き入れてくれました。室内には、用具係と、トレーナーとクライフの3人しかおらず、ユニフォームをクライフに手渡すと早速着替え始めたので一安心。プレーする気があるからこそ着替えるわけで、この時点でクライフの出場を確信した次第です。
クライフが着替えをしている間、それを見ているわけにもいかないのでトレーナーと拙いスペイン語で会話を試みていると、おまえも試合に出るのかという話から幸運にもバルサ専属トレーナーのマッサージを受けられることになりました。
足のみではありますが、メンソールの効いたクリームをたっぷり使った本格的なマッサージは、しばし仕事のプレッシャーを忘れさせてくれる極上のものでした。
さて、着替えの終わったクライフですが、今度はジュラルミンの大きな衣装ケースを取り出して床に置き、徐にその蓋を開けるではありませんか。何とそのケースはクライフ専用の道具入れで、一番上にはシンガードとシューズが4足置かれていました。その中から固定ポイントの1足を取り出して履き終えると床を蹴ったり、軽くダッシュをしたりしてその履き具合を確かめ始めました。そればかりか、今度はソックスを下ろしてシンガードを付けるや念入りに其の感触を確かめるのでした。たかがエキジビションマッチなのに、まるで公式戦に臨むかのような試合前の時間の過ごし方を目の当たりにして、大感激です。
また、そういった準備の様子を見ていて、クライフがいかに繊細な神経の持ち主であるかが良く分かったのですが、超一流のプレーヤーは決して身嗜みを疎かにしないことを改めて認識させられました。そう、かつて京都招待の前座で京都選抜OBとTHEミイラが対戦した時に、THEミイラの助っ人で参加してくださった釜本さんがLサイズのショーツ(パンツ)が小さいとやたらXLのサイズにこだわっていましたし、エメルソン・レオン氏が静岡招待で助っ人として参加してくださった時も、実にダンディーなユニフォームの着こなしをしていました。そして長嶋茂雄氏もまた然り、真のプロフェッショナルは常に自分が人にどう見られているかを意識し、自分のパフォーマンスがいかに観衆にアピール出来ているかをチェックしているのですね。
さあ、そうこうしているうちにエキジビションマッチの前半戦が終了し、いよいよクライフの登場です。ロッカールームからTHEミイラのベンチに姿を見せると、タレントの皆さんの顔が一様にほころび、憧れの眼差しでクライフを見つめているではありませんか。
どんなに人気のある芸能人や文化人であってもフットボールのスーパースターの前では、一介のファンに過ぎないのだということが良く分かった瞬間ですが、まずは全員の要望で記念写真の撮影です。クライフを真ん中に20名を超えるタレントが回りを囲んでの貴重なワンショットを取り終えると、ミーティングもないまま後半戦に突入しました。後半開始直前に主力メンバーで立てた作戦もクライフを真ん中にして、奥寺氏と鬼塚氏がその脇を固めるという大雑把なもので、あとは出たとこ勝負です。
前半は広島県選抜OBが2点をリードしていて、後半はTHEミイラが追いかけねばならない展開ですが、クライフが入ったからには百人力。私も中盤の右を担当しましたが、中央にいるクライフがそれはそれは大きく見えたものです。
クライフにボールを集めるまでもなく、ここぞという時にはパスをよこせとアピールをするし、ボールを受け取るやドリブルで切り崩して絶妙のタイミングでパスを繰り出すなど快刀乱麻の活躍で試合を盛り上げてくれました。しかし、よく考えれば現役を引退したとはいえ、なにせあのクライフなのですから凄いのは当たり前。また、試合後にスタンドにいた運営スタッフから聞いた話ですが、試合を観戦していたあるおばさんが「あの外人さん上手やねえ~。」と頻りに感心していたそうです。素人にアピールできることが本物の証ですから、さすがはクライフ!!
なお、その他の試合中のエピソードとしては、こんなこともありました。私が中盤の右タッチライン沿いでボールをキープしていた時の事です。右サイドバックのラッシャー板前さんがオーバーラップしてきたので、一旦中に切り込んでからノールックで右奥のスペースへパスを出しました。残念ながら私のパスが強すぎて、ラッシャーさんにボールが渡らずにタッチを割ってしまったのですが、クライフがそのラッシャーさんに向かって指先で戻れ、戻れと合図をしたのです。するとラッシャーさんは駆け足で自分のポジションに戻りながら「ウォ~、クライフが俺に指示したよー!!」と喜色満面で我々にアピールするではありませんか。でも、実際にクライフのチームメートとして試合が出来て、クライフ本人から指示を受けた人間など世の中にそう沢山いないのですから、喜ぶ気持ちは大いに理解できます。その時のラッシャーさんの笑顔は今も私の脳裏に焼き付いている次第です。
後は私事で恐縮ですが、中盤のクライフから左サイドの井上さん(スタントマン)にパスが渡ってその折り返しをたまたま走りこんでいた私が押し込んで得点を挙げた時、クライフがにっこりと笑顔で親指を立ててくれたことは、ラッシャーさんではありませんが一生の思い出でです。
試合は4対3で広島県選抜OBが勝利しましたが、フットボールのエキジビションとしてはかなり良質の試合であったと思います。地元出身の往年のスター達と芸能人と対戦し、おまけにクライフのプレーも見ることが出来るのですからお客様は大満足であったに違いありません。
さあ、エキジビションが前菜であるならば、メインコースはバルサ対日本リーグ選抜です。
当時の日本リーグ選抜には木村和司、柱谷幸一、モネールといった選手が名を連ねたなかなかの好チームで、広島での第一戦の結果はスコアレスドローでした。バルサが時差ボケであったことを考慮に入れても、良くやったと思います。やはり、ライセンスプロの導入が功を奏していたのでしょうし、3年後のJリーグ開幕に向けて日本のフットボール界自体が上げ潮の時期だったのだと思います。
東京の駒沢競技場で行われた第2戦こそバルサが貫録勝ちしましたが、その試合で柱谷幸一選手がゴール前で絶妙のタイミングでパスを受け、慌てずに1度キックフェイントを入れてスピサレータを倒してから逆方向にシュートを決めたプレイなどは、今もって忘れられないゴールのひとつです。
また、サイドバックのモネール選手が果敢に攻撃参加を試みて、バルサの守備陣を混乱に陥れたのですが、その活躍が認められてバルサに同行していたエージェントに声をかけられたという秘話ももう時効なのでご紹介することに致しましょう。
一方のバルサですが、当時来日していたラウドルップ、サリナス、ベギリスタイン、ストイチコフの主力4選手が、後にJリーガーとして日本でプレイすることになるのですが、
彼らのプレイをニッポン放送などで解説した時に、何か運命的なものを感じた次第です。
さて、最後に取って置きの秘話としまして、バルサのユニフォーム広告についてお話をさせていただきましょう。ご存知のように今季からバルサは100年余の歴史の中で初めてそのユニフォームにUNICEFの文字をプリントして公式戦に臨んでいるのでいます。
それまでのバルサはクラブがソシオの会員によって運営されていることをアピールする為に、胸のスポンサー広告を一切受け付けていなかったのですが、実はこのJAL CUP‘90では胸にJALのロゴを入れて試合に臨んでいるのです。さすがに紫と青のホーム用ではなくアウェーのユニフォームという条件付でしたが、JAL CUPはバルサがその栄光に輝く歴史の中で初めてそのユニフォームに企業名を躍らせた大会なのです。
先に送られてきた何十枚のユニフォームを東京原宿の加茂ショップに運び込んでJALロゴをプリントしてもらったのですが、その作業に直に携われたことも、懐かしき良き思い出となっております。
とにかく1990年の初夏にバルサとともに過ごした一週間は、離陸直前にも最後のトラブルが勃発するなど、生涯忘れることの出来ない日々となりました。しかし、その後15年以上を経た今になってつくづく思うのは、第2次世界大戦以降、世界中の殆どの有名クラブが親善試合やトヨタカップで来日を果たし、数百万人の日本のフットボールファンがそれらの興行に感動、興奮してきたのだという事実です。
来日したクラブの数だけでも100チーム近くに上るでしょうし、それらの名門、強豪クラブとスター選手達が日本のフットボール界に与えた影響が多大であることは言うまでもありません。クライフが率いたバルサに代表されるように、彼らは間違いなくフットボールという素晴らしい文化を伝えるための伝道師、親善大使だったのです。
翻って我々日本でフットボールビジネスに携わる者全ては、少なくともJリーグクラブが本場の欧州や南米に請われて興行に出掛ける日が来るまで、フットボール文化発展のために追撃の手を緩めてはならないと痛感するのであります。
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登録日:2006年 12月 21日 21:27:38
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- プロフィール
- 小谷泰介
- (著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)
1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
チーム強化に重点を置いたクラブ運営に関する講演も好評。
著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)などがある。
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