フットボールが繋ぐ国
私の友人が率いるポーランドのNo.1バンド“Why not?”が来日してから目の回るような10日間が過ぎ、咋日離日致しました。
ショウケース・コンサートはおかげさまで大成功に終わり、エイベックス・レコード本社を訪れての第一回目の商談を果たすことも出来たようです。彼らが同社と契約をし、日本でメジャーデビューを果たしてくれたなら、こんなに嬉しい事はありません。
ところで、皆様はポーランドと聞いて何を連想なさるでしょうか? 偉大な作曲家にして名ピアニストであったショパンを思い浮かべる人は多いと思いますし、連帯の議長として有名だったワレサ第2代大統領の名前を思い浮かべる人も少なくないでしょう。
しかし、40代後半以上のフットボールフリークの方であれば、1974年ワールドカップで3位に輝いたポーランド代表チームの面々を思い浮かべるに違いありません。
当時のポーランド代表ですが、72年のミュンヘン五輪で金メダルを獲得して世界をアッと言わせ、74年ワールドカップ西ドイツ大会の予選では強豪イングランドを破り、これまた世間を驚かせました。旧ウェンブリースタジアムで繰り広げられたその予選の最終戦(イングランド対ポーランド戦)は、史上稀に見る名勝負となり、イングランドの猛攻を奇跡的なセーブを連発して防ぎきったGKトマシェフスキーの美技は、今でも語り草となっています。
彼等は、本大会でも破竹の快進撃を続け、準決勝で西ドイツに0対1で敗れたのが唯一の負けで、3位決定戦ではブラジルを破って堂々の成績を収めました。
同大会でポーランドはラトー、ガドハという俊足フォワードと司令塔ディエナが鋭利なナイフのような攻撃を担い、守護神トマシェフスキーを中心に岩のように堅固な守備を見せ、クライフ率いるオランダ代表に匹敵する衝撃を我々に与えたのです。
続く78年アルゼンチン大会では2次リーグへ進出し、82年のスペイン大会ではボニエクが大活躍をして再び3位、そして86年のメキシコ大会ではベスト16と、70年代から80年代に掛けてポーランドはワールドカップという桧舞台でその名を轟かせました。
ところが、90年代に入るとお家芸であった鋭い攻撃が鳴りを潜め、12年間もワールドカップから遠ざかることになります。
21世紀に入ると、再びワールドカップ連続出場を果たすようになりますが、いずれもグループリーグ敗退と今ひとつ振るいません。また、欧州選手権では半世紀近くに亘って予選で敗れ続け、未だに本大会出場を果たしていないという不名誉な記録も保持しています。
ワールドカップで2度も3位になった国が、欧州選手権に1度も出場していないのは、フットボールの奥深さを象徴する事例のひとつと言えるでしょう。ブラジルが何故かノルウェーに勝てない、イングランドがどうしてもスウェーデンに勝てない、フランスはドイツが苦手等々、フットボール界には不思議なことが一杯あるのです。
しかし、そんなポーランドですが、今回の欧州選手権予選ではグループAで首位を快走しており、不名誉な記録に終止符を打つ可能性が高まっています。中村俊輔選手の同僚ボルツや、ドルトムントのスモラレクなど才能豊かな選手も出てきましたから、今後のポーランド代表は要注目です。
とまあ、ざっとポーランドのフットボール史を紹介してまいりましたが、フットボールが存在しなければ私にとってポーランドは、未だに縁の薄い国であったに違いありません。冒頭の“WHY NOT?”というバンドでさえ、フットボールが繋げてくれた人脈なのです。
また、そのバンドの連中が異口同音に、日本人は音楽的才能があると言うのですが、それはポーランドの首都ワルシャワの音楽院に大勢の日本人ピアニストが留学して、優秀な成績を収めているという事実があるからに他なりません。
そう、フットボールや音楽という文化が無ければ、多くの国々は疎遠のままであり続けるに違いないのです。少なくとも私にとっては・・・!
一般の日本人にとってクロアチアやモンテネグロといった欧州の小国や、カザフスタン、ウズベキスタンといった中央アジアの国々、そしてカメルーンやナイジェリアといったアフリカの諸国などはフットボールが存在しなければ、まず縁することは無いはずです。
フットボールは世界を結ぶとは良く言ったもので、本当にその通り! 特に、音楽とフットボールという人類が育んだ二大文化の及ぼす影響は、絶大です!フットボール万歳!音楽も万歳!!
次回は、現在進行中の音楽とフットボールが織り成す壮大なるプロジェクトのご紹介を致したいと思います。お楽しみに!
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登録日:2007年 06月 11日 18:12:40
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- プロフィール
- 小谷泰介
- (著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)
1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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