フットボールとミュージック(Ⅱ)

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 フットボール好きのミュージシャンは世界中どこにでもいるもので、私がロシアの芸能人チーム「スタルコ」の存在を知ったのは2001年のことでした。

 実はその頃、2002年の日韓共催ワールドカップで首都東京が開催都市とならず、しかも聖地である国立競技場で試合が行われないことに憤りを感じていた私は、せめてエキジビション・マッチを国立競技場でと思い立ち、芸能人たちによるワールドカップの開催を企画していました。

 国立競技場を舞台に2日間にわたって日本、韓国、英国、スペインのアーティストがフットボールの試合とチャリティー・コンサートを繰り広げるという内容で、英国からはロッド・スチュワート、ロビー・ウィリアムス、ジャミロクワイ、アイアンメイデン、オアシス、スペインからはイグレシアス親子、プラシド・ドミンゴ、そして韓国からは人気俳優のイ・ドクファ、チェ・スジョン、パク・サンミョンらが率いるイレブンチームを招く計画でした。

 
 東京都知事に近い筋の協力を仰ぎ、メディアと大手広告代理店の協力を得たところまでは順調でしたが、ワールドカップの関連イベントならば数億円の協賛金を拠出しても良いといっていた某企業が、芸能色よりもFIFA公認のお堅い大会をやりたいと希望したことで、その企画は幻となってしまいました。

 その代わりに提案されたのはワールドカップに出ない国々のスター選手による欧州選抜対世界選抜というもので、素晴らしい発想だとFIFAの関係者から絶賛されたプロジェクトでした。

 当時は、オランダ、ユーゴ、ウェールズ、ウクライナ、コロンビア、ペルーといった国々が予選敗退を喫していたので、ファン・ニステルローイ、セードルフ、ダービッツ、シェフチェンコ、ギッグス、グジョンセン、スタンコビッチ等を擁する欧州選抜と、ピサロ、ドログバ、コルドバ、中村俊輔、カズ率いる世界選抜という夢のようなカードが実現するはずでした。当時のAFC事務総長のピーター・ベラパン氏などは「これはワールドカップの極上のオードブル(前菜)だ!」と絶賛していた程です。

 結果的にはこの夢のような大会は寸でのところで大きな力によって潰されてしまうのですが、今回の話題とは関係の無い話しなので、機会を改めてお話したいと存じます。

 さて、そんな訳で激動の2001年の夏を送っていた私ですが、あるイベント・プロデューサーから、君と同じことを考えているミュージシャンがロシアにいるよと教えられ、彼の元に届いていた関連資料を手渡されたのです。

 書類の表紙には“ARTFOOTBALL 2001”と銘打たれ、10ページにわたって大会の概要、規約等が記載されていました。そして、その基本的発想は、まさに私が考えていたものと全く同じでしたが、規模が全く違っていました。

 その内容ですが、世界から16カ国もの芸能人フットボールチームがモスクワに集い、10日間にわたってチャリティー・コンサートと試合を繰り広げるというもので、2001年の8月上旬には開幕するので日本からもチームを招待したい旨、記載されていました。

 私が20年間にわたって日本の芸能人、文化人チーム「THE ミイラ」の取りまとめをしてきたことを知っている某プロデューサーは、招待されているのだから行っておいでよと薦めてくれましたが、「百聞は一見に如かず」。取り急ぎモスクワに飛んで“ARTFOOTBALL”の発案者であるユーリ・ダビドフ氏に会うことにしました。  (つづく)

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登録日:2007年 06月 20日 20:57:22

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プロフィール
小谷泰介
小谷泰介
(著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)

1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。

著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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