コメントに返事を差し上げられなかった浦和レッズサポーターとその他の皆様へ(2)
【12月10日 AFP】(記事更新、写真追加)07クラブW杯(FIFA Club World Cup Japan 2007)準々決勝、セパハン(Sepahan、イラン)vs浦和レッドダイヤモンズ(Urawa Red Diamonds、日本)。
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(c)AFP
まずは、浦和レッズとサポーターの皆様、クラブW杯準々決勝での勝利、誠におめでとうございます。
リーグ戦終盤の疲れがすっかり取れ、個々人の高いポテンシャルが随所に見られました。ポンテがいないせいか、攻撃時に俺がやらなきゃという気迫がイレブンに満ち満ちていたのが良かったです!
この勝利は、浦和レッズがFIFA主催の公式戦の準決勝で、本気のACミランと対戦出来るチャンスを掴んだことを意味し、レッズのみならず、日本のフットボール界にとっても、大変意義深いことであります。
また、この勝利により、準決勝でミランに敗れても、3位決定戦でアフリカ王者(エトワール・サヘル)か南米王者(ボカ・ジュニオルス)と対戦出来ることが決定し、浦和レッズから、一足早いクリスマスプレゼントを頂いたような気分でハッピーです!
浦和レッズには、持てる力を全て出し切って、何としても3位にはなっていただきたいと願っております。
と、浦和レッズにエールを送っておきながら、「浦和レッズを斬る!」的な内容の本文に入らねばならない矛盾をお許しください。
さて、今回ですが、私がかねてから浦和レッズのフットボールが臆病であると批判してきた以上は、その根拠を述べ、こうすれば良くなる等の具体案を述べるべきではないかというsaiさんのごもっともな指摘についてお応えしたいと存じます。
また、オジェック監督が優秀でないと述べる根拠、そして誰が監督であったらレッズを改革できるのかについても、触れさせていただきたいと存じます。
まず始めに、フットボールという競技に於いては一にも二にも、監督の力量が大事であることを述べておかなければなりません。
チームを良くするも、悪くするも監督の腕ひとつといっても過言ではないほど、その存在は大きいのです。勿論、監督をサポートーするGMやクラブの強化管理体制も重要であることは当然のことですが、まずは監督ありきです。
その証拠としては、古今東西、クラブ隆盛の歴史が監督とともにあることが挙げられます。
今やアジア地域だけでも数百万人のファンがいると言われるマンチェスター・ユナイテッドですが、その100年を越える歴史の中で、黄金期といわれるのは僅かに2度。サー・マット・バスビーの率いた1950年代から1960年代に掛けての10数年間と、サー・アレックス・ファーガソン監督が就任して暫く経った1990年からの今日までの10数年間に過ぎません。要するに二人のスコットランド人監督によって、このクラブの栄光は築かれているのです。それ以外の歴代監督はといえば、全く霞んでしまっていると言わざるを得ません。
イングランドに於けるリーグ最多優勝を誇るリヴァプールとて、それまで長い間平凡であった同クラブを、一気に名門へと押し上げたのはビル・シャンクリー監督です。
ノッテリンガム・フォレストとダービー・カウンティーも輝いていたにはブライアン・クラフ監督時代のみです。
アーセナルのサポーターが我が世の春を謳歌できるのもアーセン・べンゲル監督のおかげですし、クラブ史に於いてその存在は絶大です。今をときめくチェルシーとて、50年ぶりのリーグ制覇をもたらしたのはジョゼ・モウリーニョ監督なのです。
イタリアのACミランも、タイトルが集中し始めたのはサッキ監督以降ですし、ユベントスもトラパットーニとリッピが監督時代に殆どのタイトルが集中しています。
歴史の浅いJリーグですら、ガンバ大阪が強くなったのは西野監督を迎えてからであり、川崎フロンターレが脚光を浴びるようになったのは関塚監督が就任してからのことです。
そして、駄目グランパスに唯一の輝き(タイトル)をもたらしたのはあのベンゲル監督であり、低迷期を迎えているサンフレッチェ広島をJ開幕時に一瞬輝かせたのがバクスター監督であったように、クラブの勃興は監督と共にやってきて、栄光は監督と共に去ってゆくものなのです。
要するに、チームの強化に一番大切なのは良い監督を選んで迎え入れることなのであります。
しかし、一方で監督の是非に関わらず、ある程度クラブを強くする方法があります。それは、思いっきりお金をつぎ込んで優秀な選手を大量に補強することです。
ブンデスリーガで他を寄せ付けぬ圧倒的なタイトル数を誇るバイエルン・ミュンヘンやスペインの巨人、レアル・マドリーは戦後終始一貫、豊富な資金をつぎ込むことでクラブの栄光を築いてきた典型的クラブであり、フィアット社がバックについているユベントスやベルルスコーニが会長に就任して以降のACミラン、そしてアブラモビッチによる買収成立後のチェルシーなども、その対象と言えるでしょう。
Jリーグで言えば、開幕時のヴェルディ東京と鹿島アントラーズがそれに該当するといえます。ヴェルディなどは一時期、総運営費が今のレッズを超える80億円近い運営費を浪費していたのですから、強くなって当たり前です。アントラーズもレオナルド、ジュニーニョ、ビスマルクと今では想像できないような豪華外国籍選手を獲得して黄金時代を築きました。しかし、結果として両クラブとも莫大な赤字を抱え込み、緊縮財政を迫られた結果、没落してゆきます。
いずれにしましても、当たり前のことながら、クラブを強化するには優秀な監督と軍資金が必要であることはお分かりいただけたと思います。
では、注目の浦和レッズはJ開幕以降どのような方法で、クラブ強化を図ってきたのでしょうか。
まず、資金面ですが、Jリーグのお荷物といわれたJ開幕の草創期に於いては、平均的、或いはそれ以上の収入があったはずです。損失の補填を保障する契約を親会社ともいえる三菱自工と結んでいたのですから、恵まれていたとも言えるでしょう。
因みに、同額かそれ以下の収入であったと思われるサンフレッチェ広島がJリーグ開幕翌年のファーストステージで優勝を飾っていることを思うと、レッズは監督の人選を含めた強化管理体制に問題があったことが容易に判断できます。
しかし、ホルガー・オジェック氏が監督に就任した1995年以降は、ブッフバルト、ボリ両選手の加入等で守備が安定し、ファーストステージ3位と躍進を遂げます。そのシーズンは総合でも4位、天皇杯でもベスト8と、合格点を与えられる成績を残しました。
更なる飛躍が望まれた翌96年ですが、リーグ6位、天皇杯ベスト4、ヤマザキナビスコ杯予選リーグ敗退と前年並みの成績に終わり、オジェック監督は更迭されます。
もう1年ぐらいオジェック監督にチャンスを与えても良いのではと考えていた私は、時の社長であられた清水さんに解雇の理由を直接伺ったことがあるのですが、その答えはまさに一刀両断、「あいつは言い訳が多い!」というものでした。
その後はというと、オジェック氏の後任にケッペル氏を迎えるも、リーグ戦10位とさらに順位を落とし、1年で同監督を解雇。
98年には原監督を迎え、小野選手の活躍などがあってセカンドステージで3位と大健闘。期待を抱かせるも、翌年のファーストステージで13位に落ち込むと原監督を解雇。しかし、後任のアデモス氏は最悪で、レッズは結局J2降格という屈辱を味わってしまいます。
ここで明確にしておきたいのですが、原監督の更迭劇に代表されるレッズ強化管理部の一連の監督選びには疑問が多く、原監督が続投していれば、レッズの降格は避けられたというのが私の持論です。
さて、J2は幸い1年で復帰するも、ダントツの収入を誇りながら3位の大分とは僅かに1ポイント差の2位と、アップアップのJ1昇格劇でありました。
J1復帰初年度の2001年は、初のブラジル人監督チッタ氏を迎えますが、さっぱり振るわず、セカンドステージ途中で更迭。ピッタ氏が就任するも結局は12位。
翌2002年には、オフト監督を迎えますが、10年で11人もの指導者が入れ替わるレッズの監督選びは批判されて然るべきものであります。
ところで、この頃になると、埼玉スタジアムが駒場スタジアムと併用で正式な本拠地として登録され、レッズは莫大な入場料収入を得られるようになります。また、親会社依存体質からの脱却や、ハートフルクラブの発足やレッズランドの建設等に代表される地元密着の経営方針が功を奏し、浦和レッズは磐石な経営基盤を持つ裕福なクラブへの道を歩み始めます。
浦和という立地条件の良い土地を本拠地に選んだという先見性も含め、レッズブランドを確立させた首脳陣を大いに賞賛すべきであり、他クラブが見習わなくてはならない点でもあります。
放映権料が極端に少ない日本に於いて70億円を超える収入を、親会社に頼らず健全に稼ぎ出すということは、本場欧州でいうとリヨンやオリンピアコス、あるいはブレーメンといった第2集団の規模に匹敵するものであり、僅か10数年でここまでの運営体制を確立させたことは、もっと評価されてもよいのではないでしょうか。
一方、オフト氏の監督就任以降のレッズの成績ですが、リーグ戦を各ステージ毎に見ていくと、02年が11位、8位、年間11位、そして03年が6位、6位、年間6位とステップアップ。ナビスコ杯も準優勝の翌年に優勝と申し分ないように思われます。
では、何故ここでオフト氏は解任されたのでしょうか!? この件は、今回の議題の本質から離れてしまうので多くを語りませんが、幸いにも結果だけを見ると後任のブッフバルト氏がさらにチームをステップアップさせて、在任3年間でステージ優勝1回、年間優勝1回、天皇杯連覇、ナビスコカップ準優勝と大いに躍進させております。
以上が、開幕から昨季までのレッズの大まかな歴史と成績でございます。
どん底時代を考えると着実にステップアップしているように思われますが、私の見方は違います。まず、レッズはもっと早くタイトルを取って然るべきチームであり、ましてやJ2に降格などしてはいけなかったチームと申し上げねばなりません。
資金的にはクラブ創設以来、困窮することはなく、獲得してきた選手も決して他チームに劣るとは思えません。ましてや21世紀以降は、毎年優秀な日本人選手と外国関選手(三都洲選手、エメルソン選手、ポンテ選手、闘利王選手、ワシントン選手、相馬選手、小野伸二選手、阿部選手等)を高額な移籍金を払って加入させ、新人にしても山岸選手、鈴木啓太選手、坪井選手、田中達也選手、平川選手、長谷部選手、細貝選手と優秀な人材をブランド力で毎年獲得しているのですから、本来ならば今頃は手の付けられない無敵艦隊になっていなければならないと私は考えます。
つまり、間違った監督選びを含めた強化管理体制の落ち度で低迷したのが、最初の10年。
そして豊富な資金力でタイトルに手が届くようになったものの、依然として優秀な監督に巡り合っていないために取りこぼしが多いのが、ここ数年のレッズだと私は分析しております(もっとも優秀な監督と出会えたJクラブなど、そんなにありませんが・・・)。
そう。たらればの話で恐縮ですが、もしもベンゲル氏がグランパスではなくレッズに来ていたら、そしてオシム氏がJEFユナイテッドではなくレッズに来ていれば、歴史は大きく変わっていたことでしょう。そして、私の云わんとするところを皆様に理解していただけたに違いないのです。否、それ以前に私がレッズ批判をすることもなかったはずです。
次回は、いよいよオジェック監督について詳しく論評させていただきたいと存じます。
(つづく)
コメント[9], トラックバック[0]
登録日:2007年 12月 11日 12:11:25
コメント
もう少し選手の名前や移籍金に関して調べてから記事を書いたほうがいいと思いますが・・・。
ブランド力ってその選手たちが入ってきたときのレッズはビッグクラブでもなんでもなかった気がするんです。
現に彼らが入ってきたときはまだ、タイトルをひとつも取ったことがなかったわけですから。
阿部氏 @ 2007年 12月 12日 04:31:07
つらつらとデータを列挙してそれらしく見せてはいますが、
そのデータがむしろ論旨と破綻してませんか。
アバディーン時代にCWCまで獲ったファーガソンですが、
彼がマンチェスターユナイテッドでタイトル取るまでに何年かかりました?
またカペッロを評価しているようですが、
そのカペッロこそ結果至上主義の「つまらない」(とされる)采配でしょうに。
「クラブ経営にも造詣深い」のであれば、
チームを変革しつつ結果を出すことがどれだけ難しいことかわかっていてもよさそうなものなのに……残念です。
そもそも、発端となった「オシム後任にオジェック」という報道でまず非難されるべきは、
むしろそんな飛ばし記事を書いてしまうような
日本のスポーズジャーナリズムの未熟さのほうではありませんか?
オシムとオジェックのサッカーの違いをまったく理解していないのもさることながら、
Jリーグクラブから簡単にA代表を引き抜くようなことがどれだけ乱暴なことか理解していない。
Jリーグは、A代表強化のために存在しているわけじゃないんですよ?
そこにはしっかりとしたファン・サポーター(浦和レッズ以外でも!)がすでにいて、
日本のサッカー文化を作っているんですから。
オシム監督就任のプロセスこそ、Jリーグにとっては許されざる暴挙でしょうに。
残念ながら、あなたの記事にはその視点がまったくもって抜けているように思えてなりません。
Jリーグから監督を引き抜けるのは当然だと?
A代表のためなら喜んでさしだすとでも思っているんですか?
そんな時代はね、もうとっくに過ぎてるんですよ。
いかに、Jリーグの歴史が未熟だとはいってもね。
(指摘するまでもないこととはおもいますが、
鹿島黄金期にベベットが貢献したかのようなファンタジーな記述が見られたので一応)
ま、一番の問題は、確固たる情報ソースもないのに記事を書いてしまうような、
センセーショナリズムに毒されまくったジャーナリストだと思いますがね。
もっとも、スポーツ新聞なんて、あんなもんでしょうけどw
ぇ…… @ 2007年 12月 12日 06:05:47
阿部氏さん
コメントを有難うございます。
21世紀に入ってからのレッズは、ブランド力は既にあったと私は分析しています。
潤沢な資金、スタジアムを埋め尽くす赤いサポーター、首都圏近郊という立地条件、人気選手の存在等々、他の多くのクラブにはない魅力的な要素があり、かなり有利なリクルーティングのための土壌を有していたのではないでしょうか。タイトルを取れていなかったのは事実ですが、時間の問題であったと思います。
申し上げたいことの本質は、他の多くのクラブと比較して、抜群の選手層を誇っているという点であり、そこはお分かりいただけると信じております。
ぇ・・・さん
コメントを有難うございます。
だらだらと列記してしまいましたが、申し上げたかったのはクラブを強くする方法は、優秀な監督を迎えることと、お金を使う方法のふたつだということ。そしてレッズに当てはめて言えば、前者に恵まれなかったため、不遇な草創期を過ごさざるを得ず、10年目以降は後者の条件である潤沢な資金でタイトルは手にし始めたものの、前者の条件をクリアしていないために、取りこぼしが多いということです。
アレックス・ファーガソン監督は確かにユナイテッドでタイトルを手にするのに5年を要しましたが、田舎クラブのセントミレンを昇格させ、弱小クラブだったアバディーンに欧州のタイトルをもたらし、ユナイテッドでは20年間で25ものタイトルをもたらしたマネージメント力は否定のしようがありません。フットボールの内容も甘いかもしれませんが、総じてスペクタクルと言って良いと思います。
カペッロ監督に関してのご指摘はごもっともであり、私は彼が優秀な監督とは思っておりません。タイトルが限られた監督の下に集中するという例を引き合いに出した際に、登場させてしまいました。お許しください。
ベベットに関してもご指摘の通りで、大枚をはたいて獲得しましたが、結果は散々でした。いずれも訂正させていただきます。
協会の横暴、問題点についてもご指摘の通りでありますし、ジャーナリズムに関しては全く持って同感です。しかし、今回のテーマはマスコミが指摘しないレッズの問題点なので、触れておりません。
正直に申し上げて、強化を含めた運営面でレッズよりもひどい状況にあるJクラブは沢山あります。しかし、レッズは既にアジアを代表するビッグクラブへと成長し、大きな影響力を与え始めているから、その問題点を指摘しているのでございます。また、殆どのマスコミが指摘をしていない点も、このテーマに触れる動機となっています。
内容に関しては、今回はまだ序盤に過ぎず、今しばらくお付き合いいただければと存じます。その上で改めて、ご指摘をいただければ幸いです。
小谷泰介 @ 2007年 12月 12日 11:24:36
今の浦和レッズに1番必要な監督は誰だと思いますか?
またフロントは今後どのような対応をしていくべきなんでしょうか?
kko @ 2007年 12月 13日 02:01:15
kkoさん
コメント(ご質問)をお寄せいただき、ありがとうございました。
近々のうちにブログ上でご返答できるように致しますので、今暫くお待ちくださいませ。
なお、昨日アップした「良い監督の条件」をお読みいただければ、ヒントは隠されていますのでご一読ください。
小谷泰介 @ 2007年 12月 13日 10:21:50
小谷さん、ご無沙汰です。フラワーキャッスルです。
実はラッキーなことにレッズVミラン戦に見てきました。
ワシントンのあのファインシュートをキーパーが完璧にキャッチしたシーンに正直驚きました。
Jならこぼれ球の誰かが詰めてごっつあんゴールの1点のシーン。格の違いだと思いました。
さて、本題ですがオジェックの采配について質問です。
なぜ、あそこまで押し上げができない、中盤でボールを簡単に支配され奪われる、くさびは打てない中、小野の投入が遅すぎたのではないかと思うのです。
ミラン側は中盤でのボール支配が完璧でした。特に、ガットゥーゾがボールを奪ったシーンは力強さと芸術を感じました。
いかがでしょうか?
他にも何か対策があったのでしょうか?
あいにく名刺を切らしております @ 2007年 12月 15日 02:47:39
フラワーキャッスルさん
本当におひさしぶりです。お元気ですか!?
ご質問に関しましては、本日アップしましたブログを参照いただけると幸いです。
では、また!
小谷泰介 @ 2007年 12月 17日 16:24:27
だからあなた
選手の名前をまちがってますって。
しかも複数ですよ
ちゃんと調べてていせいしなさいね。
ただの赤いおじさん @ 2007年 12月 21日 23:45:12
ただの赤いおじさん様
ご指摘、有難うございます。
ノッティンガム・フォレストとジョルジーニョの2箇所は調べて訂正させて頂きましたが、まだあるようでしたら大変に恐縮ながら具体的にご指摘いただければ幸いに存じます。
何卒宜しくお願い申し上げます。
小谷泰介 @ 2007年 12月 25日 11:10:59
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- プロフィール
- 小谷泰介
- (著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)
1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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