バビチ監督は元気で、相変わらず凄かった!(1)

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モンテネグロの首都、ポドゴリツァにてバビチ監督と久しぶりの再会


2000年のシーズンに、J2へと昇格した総予算1億3千万円という清貧の水戸ホーリーホックを率いて旋風を起こしたバビチ監督に会いに、モンテネグロ共和国に行ってきました。

将来的にJリーグクラブを運営するビジョンを持つ某大企業の担当者に、本当に凄い監督の何たるかを現地で実際に視察していただこうというのが、一番の目的です。

バビチ監督は、私が当時の水戸ホーリーホックの社長から「誰か良い監督はいませんか!?」と懇願された時に、やはり私が清水エスパルスのオーナーに紹介したゼムノヴィッチ監督の推薦を受けてご紹介させていただいた名伯楽です。

今から思えば、年俸720万円という薄給にもかかわらず、しかも総運営費が1億3千万円という貧乏クラブの指揮を委ねられたのですから、バビチ監督にとっては迷惑な話だったに違いありません。しかし、ゼムノヴィッチ監督とは旧知の間柄であったことと、まだ見知らぬ極東の経済大国である日本を知っておきたいという好奇心が、バビチ監督の心を動かしたのだと私は想像しています。

当時の水戸ホーリーホックは、満足な練習場も無く、戦力といえば他のチームをお払い箱になった選手達が流れ流れて辿り着いた掃き溜めのような集団で、しかも実際には無給のアマチュア登録選手が何人もいたのでした。しかし、バビチ監督はそんな連中を、僅か1ケ月余のプレシーズンキャンプを経て、見事に戦う集団へと変身させてしまったのです。

ボランティアで紹介させていただいたとはいえ、水戸ホーリーホックとバビチ監督の縁組をした張本人ですから、多少なりとも責任を感じて出来る限り試合会場や練習場に足を運んでいた私ですが、今でも忘れられないのが同監督と選手達が初対面をした日の光景です。

整列した選手を前にして、自己紹介と挨拶をしたバビチ監督はその締めくくりに「どんな状況下にあっても、やるからには相手に恐れられるチームになろう!」と語気を強めて訴えたのでした。

この発言は、どんなクラブであれチーム全体のポテンシャルを挙げることと、若手の選手育成には絶対の自信を持つ同監督の自信の表れに他ならず、事実その後の舵取りを具に見つめた私は正に目から鱗の落ちる思いを経験することになります。そう、その後の水戸ホーリーホックはというと、弱小チームながらも上位を走るチームから、「簡単には勝てないぞ!」、「下手をすると足元をすくわれるぞ!」と恐れられる存在になっていったのでした。

では、バビチ氏はどのように清貧、弱小の水戸ホーリーホックを、改革していったのでしょうか。

まずは、何と言ってもフィジカル面の強化です。

オシム監督も、選手達は当初、何でこんなに走らされなければならないのかと悪評紛々だったように、水戸の選手達も、いやというほどフィジカル面を鍛え上げられていきました。

具体的にはシャトル走は勿論のこと、フルコートを使った4対4のゲームに代表されるように、ボールを使いながらも走力に重点を置いたメニューを、次々とこなしていったのです。

そして、ポジション争いをさせながらモチベーションも高め、全選手を一人残らずレベルアップさせていきました。

その証拠というわけではありませんが、例えば当時ちょうどJ2に降格してきた浦和レッズとのリーグ対戦成績を見ていただくことに致しましょう。水戸は浦和と20倍近くも運営費に開きがある相手にもかかわらず、0-2、1-2、2-2延長Vゴール負け、そして0-1と、勝利こそ挙げることは出来なかったものの、いずれも善戦をしました。また、戦力に大きな開きがあるにもかかわらず、いずれも試合として、充分形になっていたのであります。

更に、最終成績は15勝4分21敗で11チーム中9位でしたが、6位のサガン鳥栖とのポイント差は僅かに5でした。そして何よりも特筆すべきは、15ある勝利の中、延長Vゴール勝ちが5つもあったことです。

これはJ2で最多の数字であり、ある意味驚くべき記録だと私は考えています。何故なら、延長戦に突入すると大抵は総合力のあるチームが勝つと相場が決まっているからです。水戸のような断トツに資金が少なく、選手層の薄いクラブが、最多の延長Vゴール勝ちを収めることが出来たのは、バビチ監督の手腕以外の何ものでもありませんでした。

実際、当時の水戸ホーリーホックの戦いぶりを知っている少なくない数のクラブ関係者やサポーターは、バビチ采配に好印象を持っているようで、中でも当時水戸に痛めつけられた甲府は、今季J1復帰の切り札として、バビチ氏にオッファーを出していたのでした。
                                    (つづく)

コメント[6], トラックバック[0]
登録日:2008年 05月 13日 18:51:10

コメント

小谷さん

バビチさんと友達だったんですね。
確か、J2サポの選ぶ2000年の最優秀監督に選ばれてましたね。
当時の水戸は2試合程度しか観ておりませんが、やはり運動量が多かった記憶があります。
その後のゼムさんに呼ばれた清水でもコーチとして頑張ってましたね。^^

旧ユーゴのゼムさん、バビチさん、オシムさんというラインを日本に敷いてくれたのは小谷さんですよね。
つまり、去年11月までの代表チームのベオグラードスタイルのフィクサーは小谷さんという事になりますよね。
なんとなく、この場で、ありがとうございました。^^

旧ユーゴの指導者達は、選手時代とは打って変わって人柄が良いのが共通項ですよね。

そう言えば、ナショナルチーム専門の『ボラ・マジック』ことミルティノビッチ氏は、今は監督浪人中ですか?
日を追うごとに、サッカー小国への冒険を続けていた筈ですが。。。^^

プーアール @ 2008年 05月 14日 02:14:25

プーアールさん

いつもコメントを有難うございます。

ゼムノヴィッチさんも、バビチさんも大事な友人ですが、私はオシムさんとは面識がございません。

オシムさんを連れてきたのは、グルノーブルを見事1部に昇格させた祖母井さんであり、彼の功績です。

オシムさんが倒れた後、その流れを引き継げる2人の貴重な人材を知っていたことは事実ですが、私には何の力もなく、オシム・フットボールの継承は協会
の愚行によって途絶えててしまいました。

本当に正しいもの、凄いものを純粋に評価できない、或いはしようとしない日本のフットボール界には失望しましたし、協会に限らず、多くの強化担当者の目は節穴としか申し上げようがありません。残念なことです。

フットボールに限らず、バスケット、ハンドボール、そして水球の指導者を欧州中心に世界中に何百人と送り込んでいる旧ユーゴスラビア諸国。

今シリーズはその中でも、最も新しい国であるモンテネグロについて紹介させていただきます。

小谷泰介 @ 2008年 05月 14日 16:28:15

小谷さん

コメントありがとうございます。

なるほど、オシム氏との面識は無いのですね。
ですが、ゼムさん達のパイプがあれば、近い将来きっとお会いできるでしょうね。^^

モンテネグロと言えば、若くしてかのサビチェビッチがサッカー協会会長でしたよね。
どこかと違って、さぞ風通しが良い組織なのでしょうね。。。^^

プーアール @ 2008年 05月 14日 18:11:36

プーアールさん

早速のコメント、有難うございます。

オシムさんに会えたら、聞きたいことが山ほどあるので、すっかり元気になられた頃が良いかなあと考えています。

モンテネグロ協会はおっしゃるとおり、サビチェビッチが会長を務めているのですが、実はバビチ監督の率いるブドゥチノストのリーグ戦ではロイヤルボックスで一緒に観戦した次第です。

続編で、触れますのでお楽しみに!

しかし、監督に対する評価の鋭さといい、豊富な知識や観戦歴といい、プーアールさん、あなたは一体何者!?そして一体お幾つでいらっしゃるのでしょうか!?

小谷泰介 @ 2008年 05月 14日 19:47:20

小谷さん

過大な評価をありがとうございます。
今後も信頼関係の上でコメントをお送りさせていただきたいので、身の上を少しだけ。

私は30代最後の歳を迎えた日本代表チームの生涯サポーターです。

かつては代表チームの全てを肯定して、小谷さんがよく懸念されている『盲目的な応援』により、『ドーハの悲劇』で一度は燃え尽きた者です。

以降は、代表チームに沢山の厳しい注文を求めながら一緒に歩みたいと願うサポであり、その叱咤・激励・鼓舞・批判の糧を得るために世界のサッカーを学び続けております。

本来の仕事が懲戒免職にならない程度に、身の丈にあった範囲で文章を書いたり、あまりに見かねた事があれば文京区の某ビル近くで反意のビラを配ったりしております。^^;

代表チームの成長のために、私が役に立てる事など微塵も無いでしょうが、そういう気概だけは持ったサポでい続けたいと願っております。

家族を構え、以前に比べて現場に赴く頻度が激減しておりますので、小谷さんのような活きた情報を伝えていただける方との御縁は貴重であり、本当に感謝しております。

今後も宜しくお願いします。^^

プーアール @ 2008年 05月 14日 23:21:18

プーアールさん

早速の返信、有難うございます。

貴殿とのコメントのやり取りをさせて頂いてていて思うことは、自分のポリシーに則って記事を発信し続けていると、似たような思考や発想をお持ちの方々がその情報をキャッチしてくださるのだということです。

貴殿や、ボンさん、レコバさん、クライフターンさん、仙太郎さん、ミックさん、ちょっと斜に構えていらっしゃるように思えますがアニヤンさんといった方々のことなのですが、少しでも多くの方に喜んでいただけるような情報をこれからも発信していきたいと願っています。

なお、愛するチームへの叱咤、激励、鼓舞、批判の糧を得るために、世界のフットボールを学んでいらっしゃるという姿勢は尊敬に値致します。

貴殿の振る舞いは、少なからず日本のフットボール界の底上げの為に寄与していると確信致します。

小谷泰介 @ 2008年 05月 15日 20:05:45

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プロフィール
小谷泰介
小谷泰介
(著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)

1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。

著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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