長沼健さん、有難うございました!そして安らかにおやすみください。

日本サッカー界の功労者、長沼健氏が死去

【6月3日 AFP】1968年のメキシコ五輪で日本代表を率いて日本サッカー史上唯一のメダルを獲得し、Jリーグ創設に尽力した長沼健(Ken Naganuma)氏が2日、肺炎のため亡くなった。77歳だった。

 日本サッカー協会(Japan Football AssociationJFA)は、JFAの最高顧問を務めていた長沼氏が東京都内の病院で息を引き取り、長沼氏の家族の意向により葬儀は親族のみで行われることを明らかにしている。(c)AFP

AFPBB News


先のW杯アジア予選のオマーン戦で、何故日本代表の選手達が喪章をしているのか不可解だったのですが、その理由が分かったのは試合後のことでした。

何と「健さん」こと、長沼健元日本サッカー協会会長が亡くなられたのです。私にとっては寝耳に水。突然の訃報でした。

若い世代の皆様にとって、長沼さんは1998年フランスW杯アジア予選の監督人選でもめた際に、「加茂(監督)で(フランスに)行けなければ、私が辞める!」と啖呵を切り、加茂さんが途中解任されても辞めなかった会長として記憶に残っているのでしょうか。それとも、2002年日韓W杯開催決定の瞬間に、韓国サッカー協会会長の鄭夢準氏と苦笑いをしながら、ツーショットで収まっていた人として知られているのでしょうか。

私にとっては、中学1年生の頃から、即ち約40年も前から存じ上げているMr.フットボール・ジャパンという感じの方でした。

初めてお会いしたのは13歳の頃で、場所は国立競技場でした。

実は、私の中学時代の日本代表戦は殆ど千駄ヶ谷の国立競技場で開催されていたのですが、今のような警備や規制も殆どなく、選手の(特にアウェーの外国チームの)ロッカールームに平気で潜り込めた時代だったのです。

それを良いことに、中学時代の私達は、競技場の中に忍び込んでサインを貰ったり、ある意味やりたい放題でした。

現役時代の釜本さん、杉山さん、宮本征勝さん、そして輝樹さん、小城さんのサインを貰ったり、ミドルセックス・ワンダラーズ、ボルシアMG、サザンプトンといった来日チームの選手達にサインをねだっていたわけですが、当時青年監督であられた長沼さんは、実に愛想よくサインをしてくださった記憶がございます。

その後、大学1年生になった私は、東京都学連の1部に所属する母校サッカー部の主務の手伝いとして、当時岸記念体育館内にあった日本サッカー協会を何度か訪れたのですが、
いつもにこやかに迎えてくれたのが、長沼さんでした。

社会人になって、広告代理店に入社し、全日本少年サッカー大会事務局に配属となった私は、当時協会の重鎮であられた平木隆三さんや、後に清水エスパルスの生みの親となられる堀田哲爾さん、そして現国士館大学学長の大沢先生等とお仕事を一緒にさせていただくようになり、サッカー協会に出入りする機会が増えたのですが、協会内で長沼さんはいつも笑顔の人という印象でした。

広告代理店を3年半で退社し、フリーのライターとなった私は、縁あって第3回TOYOTA  
 CUP 事務局に嘱託として半年間勤務したのですが、事務局長であられた電通の宇佐美部長と某ホテルで長沼専務理事と初めて仕事のお話したことは、今でも鮮明に覚えております。

この頃から、長沼さんには私という人間を覚えていただけるようになったと思うのですが、その後も、「THEミイラ」の対戦相手として2回程ピッチで対戦させていただきましたし、解説者となってからは、試合会場でお会いする度にご挨拶をしていただけるようになりました。

要するに、私のフットボール人生は、何故かいつも長沼さんにお会い出来る環境だったわけで、一方的ではありますが私にとって長沼さんは、身近な方でした。その人間性によるところも大きいと思いますが、初めてお会いした青年監督時代から晩年に至るまで、終始一貫、変わらぬ笑顔で接してくださった方でした。

偉ぶるところなど微塵もなく、常に謙虚で明るい存在いらっしゃいました。

間違いなく、日本のフットボール界の大功労者であられた長沼さんですが、ジャーナリストとしてひとつだけ厳しく評価をさせていただくと、1968年にメキシコ五輪で銅メダルを獲得して以来、28年間も日本代表を世界の桧舞台から遠ざけてしまった責任は厳然とあるかと存じます。

しかし、突然に風のように天国に行かれてしまった今、私の脳裏には、笑顔の長沼健さんしか浮かびません。

色々な意味で、お世話になった方であり、「君は本当にサッカーが好きなんだね!」と微笑みかけてくださったことは一生忘れないでしょう。

長沼健さん、有難うございました!そして安らかにおやすみください。合掌。

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登録日:2008年 06月 09日 13:22:06

コメント

実を言うと小谷さんが記事をアップされた際には、日本代表の試合やオシムさんのアドバイザー就任の事をコメント欄に書こうと思っていたのですが、今回長沼さんに関しての記事をアップされていたので、上記の二つの事は次の機会にしたいと思います。

お恥ずかしながら僕は長沼さん対しての記憶は小谷さんが述べられたように、98年フランスW杯アジア最終予選で加茂監督を更迭し、当時コーチを務めていた岡田さんを監督に昇格させた人物であるということ、そしてW杯日本開催に誰よりも力をいれ(結果的には韓国との共催になってしまいましたが)日本サッカーの発展に貢献した人物であるということしか知識がありませんでした。

そのため今回小谷さんの記事を読み、僕なりに長沼さんの事について色々調べてみました。

長沼さんはオフィシャルサプライヤー制度などを初め、海外の有名スポンサーと契約し日本サッカー協会の赤字体質から脱却させ、さらにJリーグ創設への舵取りなど今ある日本サッカーをここまで発展させた凄い人物であるということ、しかし僕が一番驚いたのは、W杯日本単独開催を目指し世界30ヶ国、延べ75万キロ、地球19周を飛び回って尽力するなど、日本サッカーの歴史を変える局面に立ち会って来た人物であるということです。

しかし日本単独開催を目指していたW杯が、なぜ韓国との共催になったのか僕はよく存じませんが、政治的駆け引きの結果韓国との共催となったとの事なので、長沼さんはそのことに今も歯がゆい思いをしていると思います。

しかしその反面で批判も堪えなかったようで、フランスW杯予選前に、川淵さんに任命された加藤久強化委員長が加茂監督の更迭・後任ネルシーニョを決定したにも関わらず、W杯誘致運動から帰国すると"鶴の一声"で加茂監督続投を決めてしまった事。

また。「加茂でフランスに行けなかったら辞任する」としたものの、加茂監督更迭時に自らは会長職にとどまり。更にネルシーニョが"日本サッカー協会には腐ったミカンがいる"と長沼さんを非難したことも大きな物議を醸したと言う事です。

これは僕の推測ですが、なんかここら辺に今の川淵会長の独裁者ぶりの悪い流れが受け継がれたのかな~と考えてしまいます。(まぁ川淵さん自身も悪い部分が多いことも事実ですけどね,自ら会長職を退いた後は、自ら用意した名誉会長職の椅子に座るみたいですし)

しかし長沼さんの突然の訃報は日本サッカー界にとっても衝撃的な出来事だったと思いますし、これからの日本サッカーがいい方向へ進んでくれることを切に願うばかりです。

長沼さんのご冥福を心からお祈りします。

ボン @ 2008年 06月 10日 22:23:29

ボンさん

何時もコメントを有難うございます。また、今回は返事が遅くなりましたことを深くお詫び申し上げます。

実は、9日より訳あってタイのバンコクにいるのですが、明日か明後日にはブログを更新し、その辺の事情についてお話をさせていただきたいと存じます。

日本代表は無事にタイを破って最終予選進出を決めましたが、試合を観戦していても代表の行く末が見えてしまって全くワクワク致しません。後半に矢野、今野、中村憲剛が投入され、オシムのサッカーが少し垣間見えた時間があました。そして得点が生まれたのですが、嬉しいどころか逆に物悲しくなってしまいました。

オシム氏はアドバイザー就任会見で、「日本人はもっと走らねばいけません」と述べていましたが、あれは正に今の代表チームへのメッセージなのだと私は思った次第です。各選手の特性を生かし、相手の長所を封じながら、勝負どころは個の力で崩すことはアジアでは通じても、世界では通用しないのです。現在進行中のユーロ2008を見ていて、それは確信に変った次第です。

もう2006年の二の舞は真っ平ごめんなのに、日本フットボールは間違いなくそちらの方向へ向いつつあると私は感じます。

小谷泰介 @ 2008年 06月 18日 03:06:13

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プロフィール
小谷泰介
小谷泰介
(著者近影:昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)

1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。

著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)、『来日サポーターPERFECT図鑑』(東邦出版)などがある。
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