わが心のイングリッシュ・フットボール(1) 《プレミアシップよ、何処へ行く!?》
【10月27日 AFP】08-09イングランド・プレミアリーグ、マンチェスター・シティ(Manchester City)対ストーク・シティ(Stoke City)。試合はマンチェスター・シティが3-0でストーク・シティを下した。(c)AFP
私のフットボール人生の原点は、イングランドにあります。何と言ってもイングリッシュ・フットボールなのです。
フットボールという競技そのものを始めた動機は、従兄弟が学校の部活でフットボールをやっていて、同じ中学校に進学した兄が、それに釣られて部活でフットボールを始めたからという単純なものです。
中学入学と同時に、兄達を追うようにフットボールを始めた私ですが、ちょうどその年が、日本代表がメキシコ五輪で銅メダルを獲得した1968年でした。
確かに、メキシコ五輪の予選リーグで釜本選手がナイジェリア相手に決めた超ロングシュートはもの凄かったし、ブラジル戦で渡辺選手が決めた同点ゴールも印象的でしたが、引き込まれるような魅力というか、衝撃を受けることはありませんでした。カルチャーショックを感じなかったといった方が、より的確な表現かも知れません。
それは、日本が地元メキシコを下して、見事に銅メダルを獲得した瞬間も同じでした。自分達がやっているフットボールの遥か延長線上に、彼らがいるのだといった感覚でした。
ところが、同じテレビ中継でも、三菱ダイヤモンドサッカーという番組で放映されるイングリッシュ・フットボールの試合には、衝撃を受けたのです。モノクロ中継にもかかわらずです。
「何だ、この観客の多さは!?」
「しかも、大声で皆が歌を歌っているぞ!?」
「同じ選手でも、どうしてこんなに違うんだ!? 長髪をなびかせ、かっこ良過ぎるじゃないか!しかも金髪だし・・・」
「パス回しは早いし、タックルは深いし、シュートは強烈だし、これが本場母国のフットボールなのか!?」
こんなことを思いながら、画面に釘付けになっていた自分がいたのですが、まさにカルチャーショックを受けたわけです。
又、イングリッシュ・フットボールに関しては、ダイヤモンドサッカーというTV番組以外に、もう一つ衝撃を受けた媒体がありました。
それは、“GOAL”という当時英国で発刊されていたフットボール専門の週刊誌であります。
当時私は私立の学校で寄宿生活を送っていたのですが、その寮に英国帰りのI先輩がいて、そのIさんが“GOAL”を定期購読していたのです。そして、その心優しき先輩が、1年坊主の私に快く“GOAL”を見せてくれたことが、今から思えば幸運の始まりでした。
その50~60ページ程のボリュームの週刊誌に、当時若手のイングランド代表選手として注目されていたコリン・ベル選手のカラー写真が掲載されていたのですが、その1枚のピンナップこそが衝撃だったのです。
恐らく、ウォーミングアップでボールを蹴っている時に撮られた写真なのでしょうが、そのマンチェスター・シティーのユニフォームに釘付けとなってしまったのです。
今でこそ、世界中のレプリカ・ユニフォームが手に入るご時勢ですが、当時の日本のフットボール界はミクニという老舗のメーカーしかフットボール専門のユニフォームを作製しておらず、色のバリエーションも赤、青、白、緑といった原色しかありませんでした。
adidasやPUMAは、高価な輸入品のシューズのみが手に入るか入らないかの時代で、ユニフォーム類は存在しませんでしたし、NIKEなどは影も形もございません。国産ではTACHIKARA、YASUDA,YOUNGERといった、今では消滅してしまったシューズ・メーカーが、唯一の月間専門誌であったサッカーマガジンの広告ページを賑わせていました。また、オニツカ(現アシックス)も、ちょうどフットボール・シューズの製作に乗り出していた時期だったと思います。
従って、フットボール用のユニフォームは、デパートでも手に入らず、小石川にあった小さな門構えのYASUDA本社まで出掛けて購入したものです。
1968年といえば、そんな時代だったのです。
そして、そんな時代のフットボール小僧にとって、マンチェスター・シティーのスカイブルーは、息を呑むほど美しいものでした。
英国は産業革命に端を発したテキスタイルの本場ですから、縫製技術のみならず、染色技術も優れていたのでしょう。マンチェスター・シティーのスカイブルー、そしてウエストハムのクラーレット&スカイブルー(小豆色と水色の組み合わせでイングランドでは他にアストンビラや、バーンリーなどがチームカラーとしている)、ブラッドフォードのクラーレット&アンバー(ハリー・ポッターの寄宿する寮のシンボルカラー。楽天ゴールデンイーグルスのチームカラー e.t.c.)といった色調は、日本人にとっては斬新以外の何ものでもなく、本当に新鮮でした。
金髪に細身の長身選手が、襟首と襟袖に純白をあしらったスカイブルーのユニフォーム、サイドにクラーレットのラインが入った白のショーツ、そして折り返し部分をクラーレットでアクセントをつけたスカイブルーのソックスを身に纏って颯爽とボールを蹴る・・・。
分かっていただけるでしょうか・・・? 今では何の変哲もない光景かも知れませんが、40年前には衝撃的であったことを・・・。
そして、その際に抱いた「このコリン・ベル選手のプレーするイングランドに行ってみたい!」というモチベーションが、今日の自分の原点となったわけです。
「あのダイヤモンドサッカーで繰り広げられているイングリッシュ・フットボールに直に触れてみたい!!」
これが、13歳だったフットボール小僧の一つの大きな目標となったのです。 (つづく)
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登録日:2008年 10月 31日 18:57:47
コメント
ダイヤモンドサッカーと言えば、私の記憶の中では「常に動いているスタンド」というイメージがあります。
試合中に時々映し出されるスタンドの風景。立錐の余地もない立見席で人々が歌う歌は、いったいサッカーの試合にどのような影響を及ぼすのだろうか。彼らはなぜあんな窮屈な思いをしながら、まるまる1試合の時間を過ごそうとするのか。
ルールは同じでも、日本とはまったく違うリズム(雰囲気)で試合が進んでゆく。
それは憧れとかカルチャーショックとかそういうものではなく、純粋に「サッカーってほんとはこうなんだ」と教えてくれるような番組でした。
確かアストン・ヴィラのゲーリー・ショウという選手がタッチライン際で見せたフェイント(今ではなんでもないような単純なフェイント)にビビッとくるものを感じ、さっそく部活で練習したのを覚えています。
The Den @ 2008年 11月 01日 01:44:39
小谷さん。ナビスコカップは大分が優勝しましたね。
試合も退屈な内容ではなかったと思いますし、純粋に面白い試合だったと思います。
九州でのクラブチームの優勝は初の栄冠だという事ですから、大分は偉大な偉業を成し遂げたと思います。
あと前回の記事でアップされていたMLBの話、田口選手が所属するフィリーズが優勝しました。レイズに所属する岩村選手にとっては失点に絡むプレーを連発してしまいましたから、彼にとっては苦いワールドシリーズになってしまったと思います。
僕が思うには、日本おいて野球とサッカーでは歴史の差に大きな開きがありますから日本サッカーが世界と渡り合うには選手、監督育成などの他にも、もしかしたらある程度の長い歴史も必要なのかもしれません。
あと現在発売中のスポーツ雑誌Numberにはオシムさんのロングインタビューやトルシエ監督やロシア代表のヒディンクそして千葉のGMを勤めていた祖母井秀隆さんのインタビューも掲載されています。
ぼくも読みましたが結構盛り沢山な内容ですので、小谷さんもぜひご覧になる事をお薦めします。
ボン @ 2008年 11月 01日 22:21:38
The Denさん
コメントありがとうございました。
アストンビラの、ギャリー・ショウは1980年代前半に活躍した選手で、TOYOTA CUPにも、やってきましたね。
私は貴殿よりも一世代(10年)昔のダイヤモンドサッカーを見ているので、その映像がより衝撃的に映ったのだと思います。
今と違って、世界の窓は1週間に45分しか空いていなかったのですよね。
それはそれで古き良き時代だったと思います。
このシリーズは、しばらく続くと思いますので、また忌憚のないご意見をお寄せください。
BONさん
トリニータ、やりましたね!
完勝解いて良い内容であったと思います。
次回のブログで書くつもりですが、監督の指導や采配もさることながら、社長(トップ)の覚悟の違いが勝敗を分けたと思っています。
Numberは読みましたよ。大変に参考になりました。
オシムさんと、アレックス・ミラー監督、そしてシャムスカ監督には、是非インタビューをして、その内容をこのブログで掲載できたらと考えています。
小谷泰介 @ 2008年 11月 02日 02:09:21
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- プロフィール
- 小谷泰介
- (著者近影:一昨年7月にチェルシーFCのレジェンドで元イングランド代表のケリー・ディクソン氏とともに)
1955年、タイ王国バンコク生まれ。
フットボール・ジャーナリスト。
四半世紀に及ぶ取材経験をベースにしたジャーナリスティック、かつ辛口の解説はラジオ、テレビで人気を博した。
また、欧州のプロクラブの指導者や選手に知己が多く、クラブ経営にも造詣が深い。
チーム強化に重点を置いたクラブ運営に関する講演も好評。
著書に『拝啓 川淵三郎殿』(モダン出版)などがある。
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