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<title>小谷泰介の地球はフットボール</title>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/</link>
<description>フットボールを愛する人達のために、小谷泰介が伝える世界のフットボール事情</description>
<language>ja</language>
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<title>国を背負うという意識が希薄な日本人、そして日本五輪代表チーム</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/248560</link>
<description>[転載記事位置]<br />
日本五輪代表チームがシリアに敗れ、窮地に立たされています。しかし、私は「やはり・・・」という想いを抱く者の一人です。<br />
<br />
戦術に一貫性がなかったとか、前半早々に負傷退場者を出してしまったとか、色々と突っ込みどころはあるのかも知れませんが、私が一番に感じたことは、日本五輪代表選手達の国を背負っている意識がシリア五輪代表選手達とは比べ物にならない程低かったということです。そしてそのことが、最大の敗因であったと分析しています。<br />
<br />
シリアではご存知のようにチュニジアに端を発した反政府運動、いわゆる「アラブの春」の影響を受けて今尚国内が大混乱しており、つい先日も数百人の反政府デモ参加者が政府軍によって殺害されたとの報道がなされたばかりです。シリアは唯でさえイスラエルという自国を脅かす存在の国と隣接しており、徴兵制度のある軍事大国なのですが、まさに同国は今、有事の状況にあり、非常事態の真只中にあるのです。<br />
<br />
そんな影響もあって今回の対戦はシリア国内ではなくオマーンで開催されたわけですが、<br />
通常国内が危機にさらされると国民の意識には緊張が走り、いやが上でも警戒心や生存本能、或いは闘争心が高まるものです。即ちそれは先日戦ったシリアの五輪代表選手達にも全く持って当てはまることであり、加えて自分たちが勝利することで国民に勇気を与えたい、少しでも明るい話題を提供したいと強く意識しても何ら不思議はありません。むしろその方が自然であると考えるべきでしょう。なでしこジャパンの乙女達が、昨年ドイツで開催されたW杯で同じ想いを強くしたように・・・。</description>
<pubDate>Tue, 07 Feb 2012 22:17:01 +0900</pubDate> 
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<title>まだまだ足りない！日本人選手はもっと本場欧州を目指せ！！</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/247275</link>
<description>[転載記事位置]<br />
今季冬の移籍市場が間もなく締め切られますが、この冬にも何人かの日本人選手が本場欧州への移籍を果たしました。注目のハーフナー選手はオランダのフィテッセに移籍し、早くも初ゴールを決めましたし、若手DFの酒井高徳選手もシュツットガルトに移籍を果たしました。また、李忠成選手もプレミアシップ昇格最有力候補のサウサンプトンに大きな期待を持って迎えられています。また、あいにく実現はしませんでしたが、日本代表の駒野選手と前田選手もこの冬は欧州移籍を目指してトライアルに参加しました。色々な要素があるかと存じますが、それらのニュースを耳にすると、日本人選手の価値が大きく跳ね上がっていることを実感する今日この頃でございます。<br />
<br />
これで欧州の舞台で勝負を挑む日本人は25名となり、その中でもレベルの高いリーグで先発出場を果たしている選手達が日本代表の中核を担うという構図がしっかりと出来上がったかと存じます。具体的に申し上げると、インテルの長友選手、ドルトムントの香川選手、ヴォルフスブルグの長谷部選手、リールスの川嶋選手、VVVフェンロの吉田選手、シュツットガルトの岡崎選手、そして監督との折り合いでレギュラーではないもののCSKAモスクワの本田選手とシャルケの内田選手の８人が揃ってピッチに立った時の代表チームはがっしりと芯の入ったチームになる、少なくともそのような印象を受けるということでございます。<br />
<br />
2010年の８月に「どんどん出て行け！」というタイトルで、フットボール選手と生まれたからにはやはり本場を目指せなければならないという趣旨の文章をこのブログに掲載させて頂きましたが、その想いはいささかも揺るがないどころか、益々強くなっている次第です。</description>
<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 22:03:57 +0900</pubDate> 
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<item>
<title>2012年の日本フットボール界を占う</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/243136</link>
<description>[転載記事位置]<br />
寒中お見舞い申し上げます。<br />
<br />
正月も七日が過ぎ、皆様に於かれましては平時の生活に戻られたかと存じますが、昨年は世界中で実に様々な事柄が起きた年でした。<br />
<br />
特に我が国では、太平洋沿岸の東北並びに関東地方が千年に一度と言われる大地震に見舞われ、その後に襲ってきた津波と、その津波によって誘発された原発事故という大災害に四苦八苦した一年でした。そして、それらの影響で日本の経済は低迷し、政府の無策も相俟って日本中に憤りと閉塞感が広がる事態となりました。更に海外でも欧州の金融危機やタイの洪水、また、アラブの春といった事件が相次いで起こり、世界恐慌一歩手前の危機に瀕するなど、何かと暗い話題の多かった一年だったと言わざるを得ません。そしてその余波からくる不安は、今尚くすぶり続けているどころか拡大しそうな勢いです。<br />
<br />
しかし、フットボール界に目を向けると、とりわけ我が国にとっては千年に一度とは申しませんが、女子代表チームがＷ杯優勝という未曾有の快挙を達成し、なでしこブームが日本中を席巻するという嬉しい出来事がありました。私が生きている間に如何なるカテゴリーであれ、日本代表がＷ杯で優勝するシーンを拝めるとは思っていなかったので、まさに夢のような出来事でした。しかし、宇宙の万物は原因と結果の法則に則って動いていますので、なでしこジャパンは優勝するべくして優勝したと申し上げるべきなのでしょう。澤選手という得難い人材を中心にまとまったチームを佐々木監督という優れた指導者が束ねたこと、震災に沈む日本に元気を与えたいとチーム一丸となって闘ったこと、世界の舞台で幾度となく経験した苦く悔しい敗戦を回避するために用意周到な準備を重ねたこと等々、それら全ての因が結果として結実し、運と勢いを呼び寄せたのだと信じます。選手並びに指導者、そして関係者の皆様の努力に敬意を表しつつ、心より感動をありがとうございましたと御礼申し上げたいと存じます。</description>
<pubDate>Wed, 11 Jan 2012 09:46:22 +0900</pubDate> 
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<title>スペインより心を込めて、メリー・クリスマス！</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/238392</link>
<description>[転載記事位置]<br />
訳あってスペインのアストゥーリアス州に滞在しておりますが、この地方は古くはキニ、近年ではルイス・エンリケやダビド・ビジャなどを輩出しているフットボール処で、州都オビエドと隣町のヒホンにそれぞれスペイン国内では有名なクラブが存在します。僅か１００万人強の人口を数えるスペイン北部のカンタブリア海岸に面した小さな州ですが、同国の歴史を語る上で欠かせないレコンキスタ発祥の地として知られ、世界遺産に登録される建築物を有するなど、伝統と格式のある地域です。因みにＦ１界の名パイロットとして名高いフェルナンド・アロンソも、このアストゥーリアス地方の出身です。<br />
<br />
また、スペイン発のノーベル賞とも言うべきアストゥーリアス皇太子賞は、１９８１年から始まったスペインの皇太子が主宰する世界的に有名な賞ですが、過去には前述のアロンソやナダル（スポーツ部門）、ウッディ・アレン（芸術部門）等に授与され、今年の平和部門賞は、福島第一原子力発電所の危機対応に当たった作業員、消防士、自衛官に与えられています。私はこの地方を１９８０年代から十数回訪問しているのですが、日本人には馴染みの薄い地域とは言え、古都の趣を持つ山海の美しい自然に囲まれた素晴らしい地域なので、旅行好きの皆様には是非一度訪れて頂きたい場所であります。<br />
<br />
折しも同じスペインのカタロニア地方からは州都バルセロナの誇るＦＣバルセロナがクラブ世界一決定戦の為に来日中ですが、同大会はこちらでも全試合生中継されていて、私もオンタイムで観戦しております。準決勝戦では前述のダビド・ビジャ選手が大怪我をしましたが、ここではさすがに故郷出身の選手に関する情報は早く、現地の知人であるＡさんが「骨折で６か月の戦線離脱だそうだ」と私も知らないことまで教えてくれました。スポーツ紙も同選手が怪我を負った後いかにして素早くバルセロナに戻ったかを、図解入りで大々的に報じるなど、さすがはスペインと思わずにはいられません。</description>
<pubDate>Sun, 18 Dec 2011 09:45:02 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>GM貧国日本</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/232589</link>
<description>[転載記事位置]<br />
GMと言えば、その昔の日本人であれば殆どの人が米国の自動車メーカーであるGENERAL MOTORS(ゼネラル・モータース)を想像したに違いありません。しかし、時は移ろい、現在では野球やプロスポーツ界に於けるGENERAL MANAGER(ゼネラル・マネージャー)を連想する人が俄然増えてまいりました。それは日本にフットボールのプロリーグが誕生し、歳月が経つに連れて監督やコーチのみならず、GM職も大切なポジションであることを人々が認識するようになった証拠と言えるでしょう。また、プロ野球界でも、これまでに多くの日本人選手がメジャーリーグに移籍する際に、各球団のゼネラル・マネージャーが選手の代理人と丁々発止の交渉を繰り広げてきたことから、その存在が徐々にクローズアップされるようになりました。<br />
<br />
折しも、メジャーリーグのオークランド・アスレティックスに実在するGMを主人公にしたマネーボールというハリウッド映画が日本でも上映されていますが、米国の野球界に於けるGMの役割は極めて重要であります。本場欧州のフットボール界でもその意味では何ら変わりはなく、国によって表現こそ違いますが、GM的な役割を担う人物が各クラブに存在し、強化方針に始まり監督や選手の選考等について日夜頭を捻り、創意工夫を重ねているのです。<br />
<br />
日本では、強化担当部長或いは強化部長と言われる役職がGENERAL MANAGERに該当しますが、最近は欧米にならってゼネラル・マネージャーとか略してGMと表現するクラブも増えてきています。彼らの役目は、予算と照らし合わせながらクラブの強化方針を打ち出し、その方針を実行する上での監督を選び、戦力の調整をすることですが、まさにクラブの命運を握っている非常に重要なポジションなのです。</description>
<pubDate>Sun, 27 Nov 2011 01:40:06 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>宇佐美選手のゴールが意味するもの</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/228188</link>
<description>[転載記事位置]<br />
その昔、今や伝説のテレビ番組となった「三菱ダイヤモンドサッカー」を毎週夢中になって見ていた頃には、アーセナルやインテル、或いはバイエルン・ミュンヘンといった世界的な強豪クラブで日本人選手が活躍する時代が来ることなど想像すら出来ませんでした。思えば40年以上も前のことになるわけですが、当時15，6歳の少年であった私にとって、美しい緑の芝生に華やかな色のユニフォームに身を包んだ選手達が満員の観客の前で躍動する当時のイングランド1部リーグやブンデスリーガは、全く違う次元の御伽の国の出来事のように映ったものです。<br />
<br />
「三菱ダイヤモンドサッカー」開始直後は、BBCのフットボール中継を（何と前半、後半を２週間掛けて放映！）そのまま流していたのですが、当時全盛を誇っていたダービー・カウンティやリヴァプール、そしてトットナム、マンチェスター・ユナイテッドといったクラブは、身近であったJSL(日本リーグ)のヤンマー(セレッソ大阪の前身)や日立（柏レイソルの前身）、或いは三菱重工（浦和レッズの前身）や古河電工（JEF千葉の前身）と比べると、遥か雲の上の存在でした。<br />
<br />
イングランド・リーグの後には、1970年のW 杯メキシコ大会がオンエアされ、その後に放映されたシリーズが、ブンデスリーガであったように記憶しています。当時はボルシア・メンヘングラッドバッハが強く、王者のバイエルン・ミュンヘンや１FCケルン等としのぎを削る時代でしたが、ベッケンバウアー、ゲルト・ミュラー、ブライトナー、ヘーネス、シュバルツェンベック、マイヤー等のバイエルン勢が西ドイツ代表（当時）の６割前後を占めていたことを見ても分かるように、また其の頃にバイエルンがチャンピオンズカップ（チャンピオンズリーグの前身）３連覇を果たしたことを見ても分かるように、バイエルン・ミュンヘンは特別な存在でした。そしてそれは今日に至るまで変わりません。そう、ドイツに於いてバイエルン・ミュンヘンはリーガ創設以来、タイトル数、代表への選手供給数等に於いて常に他を圧倒する特別なクラブであり続けているのです。世界のフットボール史上に於いても、レアル・マドリードやマンチェスター・ユナイテッド等と並んで世界の歴代ベスト５に入る傑出したクラブであることは間違いありません。</description>
<pubDate>Fri, 04 Nov 2011 13:29:38 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ハーフナー選手は世界基準を目指せ！</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/226075</link>
<description>[転載記事位置]<br />
先のW杯アジア予選のタジキスタン戦で、日本代表チームは久々のゴールラッシュを披露。国内の各メディアは選手達のパフォーマンスに軒並み高評価を与え、まるで本大会出場が決定したかのようなお祭り騒ぎでした。この勝利によって3次予選を通過したわけではありませんし、最終予選に至っては未だ始まってもいない段階であることを、マスコミ各社は本当に分かっているのかと疑いたくなるような過熱ぶりでした。<br />
<br />
とは言え、格下相手に違いを見せつけると公言した通り、圧勝出来たことは評価すべきですし、5人もの様々なポジションの選手が得点を決めたことも攻撃の多様性を反映している証拠であり、今後の自信に繋がることでしょう。また、中村憲剛選手のトップ下起用に応える大活躍もさることながら、ハーフナー選手を先発起用したことが代表チームの攻撃に厚みを加えることになったと感じています。そして私自身は、代表チームで久々に高さを武器としたフォワードの選手が頭角を現したことが何よりも喜ばしいことでした。何故ならば、ハーフナー選手こそが、代表戦に於いて久々に空中戦で相手に大きな脅威を与える存在感を示してくれたからです。</description>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2011 10:25:13 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>永遠の守護神となった真田雅則さん</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/222931</link>
<description>[転載記事位置]<br />
真田雅則さんは、故郷である清水市（当時）を本拠地としたJクラブ、清水エスパルスが誕生すると知るや、同クラブがJリーグ開幕時に於いて唯一前身を持たない、またバックに大企業を持たない不安定なクラブであるにもかかわらず、いざ鎌倉とばかりに移籍を表明して駆けつけた侍の一人でした。<br />
<br />
身長１７８センチと、プロのゴールキーパーとしては極めて小柄な体躯ではありましたが、抜群の反射神経と気迫を前面に押し出したプレーで、開幕時のエスパルスの躍進に貢献し、エスパルス・サポーターの心を掴みました。<br />
<br />
しかし、元ブラジル代表のゴールキーパーという肩書を持つレオン監督の真田選手への要求は想像以上に厳しく、遂には監督自らが乗り出してブラジルからシジマールという優れたゴールキーパーを獲得するに至り、真田選手はサブ要員へと追いやられてしまいます。<br />
<br />
並みの選手であれば、腐ってしまいかねない状況下にあった真田選手ですが、シジマール選手の凄さを素直に認め、日頃の練習から彼の長所や基本に忠実なプレーを積極的に学んでいったのです。<br />
<br />
そして、２年後にはレギュラーポジションに返り咲き、そこからは正にエスパルスの守護神と呼ぶにふさわしい八面六臂の活躍を見せたのでした。特に１９６６年のナビスコ杯決勝で延長PK戦にもつれ込んだ際には、それこそ真田選手の気迫がヴェルディの選手達のミスを誘発する格好となり、初載冠に貢献。最初の敵のキッカーであるカズこと三浦知良選手と対戦するためにゴールに歩んでいった真田選手が、国立競技場のゴール裏スタンドに陣取る満員のエスパルス・サポーターを見上げるや、「皆さん、一緒に戦いましょう！そして皆さんの力を僕に下さい！！」とばかりに両手の拳を空に突き上げた姿は、今もって脳裏に焼きついております。<br />
<br />
１９９９年にはJリーグ・ベスト１１にも選出され、１２年にわたる充実した現役生活を過ごした後、指導者としての道を歩まれるわけですが、現役時代の彼の鮮烈な雄姿を決して忘れることはないでしょう。そして、それは真田雅則さんの現役時代を知る方々全てに共通することであるに違いありません。<br />
<br />
何故ならば現役時代の真田さんは、公式戦は勿論のこと、親善試合や練習中でも常に真剣勝負の人であり、その気拍はピッチからスタンドへ、そして時にはテレビ画面を突き抜けてお茶の間にまで届いていたからです。人の強い一念は万里どころか宇宙を駆けるといいますが、真田さんは現役時代、終始一貫してそのことを体現していた選手でした。</description>
<pubDate>Tue, 04 Oct 2011 14:33:41 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>《番外編》小谷周人のコーチ武者修行・ドイツ滞在記③</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/221914</link>
<description>[転載記事位置]<br />
今回は私が所属しているヴェルダー・ブレーメンのU-21についてお話ししたいと思います。<br />
<br />
我がU-21はアマチュアチームではありますが、ヴェルダー・ブレーメンの３軍に相当し、ドイツ５部リーグに所属しています。ご存知とは思いますが、ブンデスリーガ（全国リーグ）は１部から３部まであり、ヴェルダー・ブレーメンは１軍が１部、２軍ともいうべきU-23が３部リーグに所属しています。４部リーグになるとレギオナル・リーガといって全国を北、南、西の地域に分けた３リーグ制となり、我々の所属する５部は、地域から各州単位のリーグとなり、その数も２０近くに上ります。<br />
　<br />
昨季、我がＵ－２１はブレーメン・リーガで連覇を果たし、４部（レギオナル・リーガ）へ昇格する権利を得たのですが、運営費や設備等の問題で５部にとどまり、今季は３連覇を目指します。もう一つ４部に昇格しない理由としては、現在２軍のU-23が３部リーグで厳しい戦いを強いられ、何時４部リーグに降格してもおかしくない状況であることが挙げられます。</description>
<pubDate>Thu, 29 Sep 2011 00:26:56 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>本田選手不在の日本代表に黄信号！？</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/219535</link>
<description>[転載記事位置]<br />
W杯ブラジル大会出場を目指し、アジア３次予選に於けるザック・ジャパンの闘いぶりが注目されていますが、これまでトップ下で不動のレギュラーとして君臨してきた本田圭佑選手の不在が、これまでの日本代表の攻撃力を削ぐ格好となっているように見えます。<br />
<br />
初戦のホームでの対北朝鮮戦では、トップ下に柏木選手を抜擢。そして第２戦のアウェーでのウズベキスタン戦では、長谷部選手をトップ下に配し、その長谷部選手が抜けたボランチの位置に阿部選手を持ってきましたが思うように機能せず、いずれも試合途中で修正を余儀なくされています。如何せん本田選手以外の人材がトップ下に入る布陣では、３次予選レベルの試合に於いてなかなかゴールを決められないのです。別の言い方をすれば、本田選手の不在によって、同選手が如何に香川選手の切れ味を際立たせ、トップの選手が裏へ抜け出しやすい間を創出し、多くの試合で日本の先制点を含む得点に絡んでいたかを改めて思い知らさたということになります。或いは、本田選手のように基本的に対人プレーに強く、ドリブルから切り崩してシュートも打てればキラーパスも出せて、その上に溜めも作れれば速攻も出来る日本人選手は、今のところ彼以外に居ないとも言えるのではないでしょうか。しかも、その肝心の本田選手は半月板損傷により全治３ヶ月の診断が下され、どうやら３次予選は同選手不在で戦い切らねばならないようなのです。</description>
<pubDate>Mon, 19 Sep 2011 11:32:08 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>生老病死のこと</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/218652</link>
<description>[転載記事位置]<br />
フットボールとは大凡縁のないような話しで恐縮ではありますが、今回は始めに人の生き死について少しお話しさせて頂きたいと存じます。その理由は追い追い読んで頂ければお分かり頂けると思うので敢えて書きませんが、どなたでも一度や二度は、死や死後の世界について想いを巡らせたり、悩まれたりした経験をお持ちかと存じます。<br />
<br />
私は友人や知人の勧めで幼稚園児の頃からプロテスタント系の教会やキリスト教系の学校に通っておりましたが、キリスト教の説く死後の世界や死生観に馴染めず、自ら他の宗教や哲学にその答えを求めていった大学生の頃、最も共鳴を受けたのが仏教の説く生死に関する記述でした。そしてその気持ちは、その後３０余年を経た今日でも変わりません。そこで仏教の開祖である釈迦のお話を少し・・・。<br />
<br />
２千数百年前のインドで生を受けたガウタマ・シッダールタこと釈迦(仏陀)は、コーサラ国の属国、カピラヴァストウのシャカ族の王子として何不自由ない生活を送っていたにもかかわらず、生老病死という人間の根源的な四つの苦しみを克服すべく、出家をします。王位も妻子も捨てて、悟りを開く修行の道を選んだのでした。そして生きていることで直面する様々な苦しみ、老いること、病むこと、そして死ぬことの苦しみを難行苦行の末に克服して悟りを開いた後、４０年以上にわたって弟子達にその境地を説いて廻ったのがブッダの生涯と言えます。<br />
<br />
釈迦は、個々の人の生命は宇宙が始まったと言われる久遠願所の遠い昔から、宇宙と共に生死を繰り返しながら存在していると説いているわけですが、いわゆる輪廻転生（リインカーネーション）論でございます。そして奇跡の星と言われる地球という天体にある５００万種以上の生命体の中で人間として生まれてくることの素晴らしさ、人として生まれたからには誰しもが持っている仏種の素晴らしさを説いたのであります。その仏種を磨くことが仏道修行で、その行為が一切の不幸を克服する究極の作業であると宣うておられるのです。詳細について、今回は割愛させていただきますが、永遠の生命観に則れば、死の恐怖をも乗り越えて悠々と人生を送って行けるというわけです。</description>
<pubDate>Wed, 14 Sep 2011 00:26:05 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>《番外編》小谷周人のコーチ武者修行・ドイツ滞在記②</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/213974</link>
<description>[転載記事位置]<br />
「育成年代にもリーグ戦を！」<br />
<br />
近年日本でよく耳にするフレーズですが、ここドイツでは８歳から１９歳までの年代別リーグが全国津々浦々まで当たり前のように存在していて、ホーム＆アウェー方式で年間３０試合近くを戦っています。<br />
<br />
中学３年間でほとんど練習試合しか出場できなかった私にはなんとも羨ましい環境です。では、日本でもヨーロッパを見習ってリーグ戦を導入すれば育成の発展に繋がるのでしょうか？そんな簡単なことではないように思えます。<br />
<br />
日本にいる多くの方がヨーロッパのクラブは年代別チームを持っているのはご存知かと思いますが、実は各年代の中にも１軍や２軍があり、私が所属しているヴェルダー・ブレーメンの下部組織である１０歳のチームは、実に７軍まであります。彼らは年代別リーグの中で自分たちにあったレベルのカテゴリーに属してシーズンを通して戦っているのです。<br />
<br />
つまり、ジュニアから大人のチームの数をすべて合わせると我がクラブには少なくとも２０チーム以上あり、それぞれに専属の監督やコーチがついているというわけす。<br />
<br />
日本では、チーム数に対してコーチの数が少ないことが問題視されており、掛け持ちも当たり前です。この違いは私もドイツにきて初めて知ったことで、クラブの規模の大きさに驚かされました。日本と比べて、やはり指導者を含めたクラブを支えている人数が決定的に違うのです。<br />
<br />
こちらの下部組織の指導者達は、普段は別に仕事を持ち、空いている時間にクラブの仕事をこなすいわばボランティアのようなもので、日当手当は出ますがそれだけで生活できる金額ではありません。しかし、そんな彼らがドイツサッカーの根底を支え、貢献していることはあまり知られていないのではないでしょうか。</description>
<pubDate>Fri, 19 Aug 2011 14:12:47 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ウルグアイの伝統</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/211164</link>
<description>[転載記事位置]<br />
日本代表が参加する予定であったコパ・アメリカ２０１１は、ウルグアイが史上最多の１５回目の優勝という偉業を達成し、閉幕致しました。<br />
<br />
同大会は、南米の二大フットボール大国と呼ばれるブラジルとアルゼンチンが準々決勝で共にPK戦の末に敗退するという意外な出来事がありましたが、だからと言って今回のウルグアイの優勝が順当ではなかったかというと、決してそうではありません。近年、世界のフットボール勢力図に地殻変動が起こりつつある情況に連動して、南米大陸でも各国のレベルの均衡化が指摘されていましたし、ウルグアイは昨年のW杯南アフリカ大会でも南米諸国で最高位（４位）の成績を収めていたのは、皆様のよく知るところでございます。<br />
<br />
しかしながら、このウルグアイのフットボール界に於ける活躍を見るに付け、不思議に思うことは、何故人口３００万余で、佐賀県ほどの経済規模しかない南米の小国が世界のトップレベルのフットボールを維持できるのかと言うことです。かなり昔のこととは言え、W杯優勝とオリンピック優勝が２回ずつ、そして今回手にした南米一の座に至っては最多の１５回も獲得しているという事実は驚異的であり、感服せざるを得ません。</description>
<pubDate>Tue, 02 Aug 2011 02:42:27 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>《番外編》　小谷周人のコーチ武者修行・ドイツ滞在記①</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/209981</link>
<description>[転載記事位置]<br />
AFP BB News「地球はフットボール」をご覧の皆様、初めまして。<br />
<br />
私、姓は小谷、名は「周人」と書いて「しゅうと」と申し、今年で２５歳になります。同ブログの執筆者である父がサッカー関連の仕事をしていることもあって、息子である私にサッカーに因んだ名前をつけたのですが、一方で地球を何周も回って活躍出来るような人間になって欲しいという願いも込めたのだそうです。<br />
<br />
その甲斐あってか、お蔭様でこれまでではありますが、両手に余る数の国を訪れ、大学卒業後は、本場にてドイツのS級コーチング・ライセンス取得を目指すことになりました。選手としては全く無名の自分が日本代表を率いて世界をアッと驚かせるにはどうしたら良いかを考えた時、父の築いた人脈を生かさせてもらいながら、本場欧州に於いて指導者として成功する方法が最も現実的であるとの結論に達した末の選択です。無謀だとおっしゃる方がいらっしゃることも重々承知の上ですが、人生は一度切りですので、悔いなく挑戦する日々を送りたいと覚悟を決めた次第です。最短でも１０年を越す長期計画であり、どこまで出来るかはやってみなければわかりませんが、お蔭様で滑り出しは上々であったと自負しております。<br />
<br />
具体的には、過去２年間はドイツ・ブンデスリーガのヴェルダー・ブレーメンU-21（３軍）に所属しながら、トップチームのシャーフ監督を師と仰ぎつつコーチングとドイツ語の勉強に勤しむ毎日を送っていまいりました。今季からは、レギュラーとして試合に出続けるシーズンを体感する為に、ヴェルダー・ブレーメンの３軍と４軍を掛け持ちしながら、コーチとしてはヴェルダー・ブレーメンU-１３のアシスタント・コーチを務めることになります。<br />
<br />
今回、父よりこちらでの育成年代の組織や私の現地での日々の生活について書いて欲しい旨の依頼を受けましたが、自分の環境を客観的に見つめ直す上でも良いことと判断し、了承することに致しました。<br />
<br />
今回はその第１回となりますが、「小谷周人のコーチ武者修行・ドイツ滞在記」と題した手記をキックオフさせて頂きます。内容は、つい先だって行われたドイツ・スーパーカップの戦評でございますが、以後、お見知りおきの程、宜しくお願い申し上げます。</description>
<pubDate>Sun, 24 Jul 2011 19:42:35 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>鉄人、伊東輝悦選手が偉業達成！</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/kotani/209881</link>
<description>[転載記事位置]<br />
昨季、長年在籍した清水エスパルスよりヴァンフォーレ甲府に移籍した大ベテラン、伊東輝悦選手が、先のガンバ大阪戦に先発出場し、Jリーグ通算５００試合出場を達成しました。このニュースはなでしこジャパンW杯優勝の影に隠れた格好になり、あまりメディアに取り上げられませんでしたが、偉業中の偉業とも言うべきもので、まずは伊東選手には最大級の賛辞を贈りたいと存じます。とりわけJリーグ創設時にはエスパルスとの縁が深かった関係上、入団時から伊東選手のことを知る者としては、過ぎ去った歳月の長さを想い、その間に起こった様々なフットボール関連の出来事を反芻するにつけ、その偉大さを思い知る次第です。<br />
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伊東選手が清水エスパルスの選手として初出場を果たしてから、今尚ヴァンフォーレ甲府のレギュラーとして活躍している約１８年の間に、一体どれだけのJリーガー達がデビューを飾っては、その表舞台から去って行ったことでしょう。ミスター・アントラーズと謳われたあの本田泰人選手でさえ、３年前に引退をされていますし、同僚であったミスター・エスパルスこと澤登選手も同様です。ましてや、怪我や解雇により数年のうちにプロ生活に終止符を打たねばならなかった選手は山のように居るわけで、開幕以来Jリーグの第一線で活躍し続けることがどれほど素晴らしい快挙であるか、推して知るべし。その快挙をいくら称えても称え過ぎということにはならないはずです。</description>
<pubDate>Sat, 23 Jul 2011 22:12:53 +0900</pubDate> 
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<title>なでしこジャパン、世界一！W杯優勝の快挙！！</title>
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<link>http://www.actiblog.com/kotani/209286</link>
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女子日本代表チームが、とんでもない偉業を達成してくれました！何しろ日本サッカー史上初、いやアジア勢としても初めてフットボール界の頂点を極めたのですから！！<br />
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 快挙、壮挙、偉業、金字塔と、いくら賛辞を並べても追いつかないくらいの出来事だと確信致しますし、政府はなでしこジャパンの選手、スタッフに国民栄誉賞を与えるべきでしょう。彼女達とそのスタッフの皆様には、よくぞやってくれました。そして本当に有難うございますと申し上げたいと存じます。<br />
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それにしても、まさか自分が生きている間に、日本の代表チームがFIFA主催の世界大会で優勝するなんて、本当に夢のようです。当の選手たちも、夢のようでまだ実感が湧かないと発言されているくらいですから、観戦していた私達、特に昔から日本フットボール界を見守って来られた年配の方々は、なおのことかと存じます。いずれにしても、日本のフットボールを愛する人々にとって、タイムアップの笛が鳴った時は、至福の瞬間であったに違いありません。</description>
<pubDate>Tue, 19 Jul 2011 17:49:42 +0900</pubDate> 
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<title>コミュニケーション能力の大切さ</title>
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<link>http://www.actiblog.com/kotani/208148</link>
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日本人選手として奥寺康彦氏が初めて本場欧州で、プロ契約を結んだのが、１９７９年のこと。あれから３０数年の歳月が流れ、今や欧州で活躍する日本人選手は優に十指に余る数となり、日本フットボール界の発展を鑑みると本当に喜ばしい時代となりました。特に世界最高峰のひとつであるドイツ・ブンデスリーガには７名、そしてオランダのエール・ディビジには４名もの日本人選手が在籍し、メディアを通じて日本国内に多くの話題を提供しています。<br />
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そんな彼らの活躍は、日本フットボール界の底上げと日本代表チームの強化に不可欠ですが、今回は私が予てより確信している日本人選手が海外で成功する為に最も重要な条件のひとつについて、お話し致したいと存じます。</description>
<pubDate>Mon, 11 Jul 2011 11:28:44 +0900</pubDate> 
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<title>日本代表、新システムで挑んだキリン杯で不発</title>
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<link>http://www.actiblog.com/kotani/203551</link>
<description>[転載記事位置]<br />
ペルーとチェコの代表チームを招いて行われた今年のキリン杯は、すべての試合がスコアレスドローに終わり、三者同時優勝という珍しい結果をもって閉幕。我らが日本代表は、いずれの試合もポゼッションでは相手を上回りながらゴールが遠く、不完全燃焼に終わった感が否めませんでした。<br />
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しかし、日本代表には馴染みのない３－４－３という新システムを試しながらの戦いであったことを考慮すれば、欧州と南米の古豪国を相手に高いポゼッションを保って零封したことを、ある程度は評価すべきでしょう。また、チェコ代表、ペルー代表とも完全なベストメンバーではなかったとはいえ、それぞれの大陸王者となった経験を持つ伝統あるチームですから、ボールを支配した上での零封は、今後に期待を抱かせるものでした。従って、今回の試運転に関しては、まだまだとは言うものの、取り敢えず及第点を与えて良いと考えます。</description>
<pubDate>Thu, 09 Jun 2011 09:15:45 +0900</pubDate> 
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<title>プレミアシップ百景（７）　マンチェスター・シティ今昔</title>
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<link>http://www.actiblog.com/kotani/201814</link>
<description>[転載記事位置]<br />
本場欧州のフットボール界もロシアを除く殆どの国が公式戦を終了し、各国リーグの王者やカップ戦の覇者が続々と名乗りを上げています。世界最古の大会であるFAカップは、マンチェスター・シティが食い下がるストーク・シティを振り切って、実に３５年前に獲得したリーグ・カップ以来のタイトルを手に入れました。<br />
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今更説明の必要もないかも知れませんが、マンチェスター・シティは金満クラブの悪弊の象徴であるかのように、２００８年９月にUAEの投資会社、アブダビ・ユナイテッド・グループ・フォー・デベロップメント（ADUG）に買収されて以来、湯水の如く大枚を叩いて強化をしてきました。しかしながら、これまで一向にタイトルには恵まれず、私は同クラブを軽蔑してきたのですが、今回はやっと一矢を報いたと言ったところでしょうか。</description>
<pubDate>Mon, 30 May 2011 23:24:15 +0900</pubDate> 
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<title>何があっても、南米選手権に参加を！</title>
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<link>http://www.actiblog.com/kotani/199091</link>
<description>[転載記事位置]<br />
今夏アルゼンチンで開催される南米選手権への参加は、日本代表チームにとって２０１４年W杯ブラジル大会で,真に世界を驚かす為の実践経験を積む又と無い機会であることに異論を挟む余地はありません。具体的にはあのアルゼンチン代表を相手にアウェーの真只中で真剣勝負を挑めたり、決勝ラウンドに進めばブラジル代表を相手にガチンコ勝負が挑めたり出来る可能性があるわけで、典型的な経験値の競技とも言うべきフットボールですから、日本代表にとっては非常に価値のある大会として位置付けられ、実際大いに期待されていたわけです。<br />
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ところがあの忌まわしい地震と津波のおかげで、南米選手権への日本代表チームの参加に暗雲が立ち込め、その意向が一転、二転してしまいます。当初日本協会は、１ヶ月にわたるJリーグ中断の穴埋めを南米選手権期間中に振り替えて行う為に、代表チームの派遣を断念。その後、南米連盟会長に翻意を強く促されて、海外組を中心とした選手の編成を条件に再び参加の意志を表明します。そして日本協会の小倉会長が南米連盟会長とFIFA会長の力を借りて、何とか海外組の所属クラブが選手の派遣に協力をしてくれる旨工作をしているのですが、海外組の招集が捗々しくないようで、再び辞退も有り得るというのが現在の状況です。</description>
<pubDate>Wed, 11 May 2011 10:06:23 +0900</pubDate> 
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