陳水扁支える虚しき動員-混迷する台湾の「一国二政府」-
【台北/台湾 16日 AFP】台北(Taipei)で16日、退陣を求められている陳水扁(Chen Shui-bian) 総統を支持する集会が開かれ、数万人が参加した。退陣を求める勢力と総統を支持する勢力の間で衝突が起きないよう、厳戒態勢が敷かれた。写真は緑の旗を持って集会に参加した支持者ら。(c)AFP/Sam YEH
9月16日、総統府前では陳水扁総統を支持する15万人(主催者発表)の民進党支持者らが集会を開いた。同じ場所では前夜、施明徳元民進党主席(9月5日AFP配信「24時間座り込みデモ、陳総統への辞任を要求」参照)が呼びかけた「陳水扁を倒せ! 百万人運動」が、陳総統の退陣を求めて100万人(主催者発表、警察は36万人と発表)を集め、集会とキャンドルデモを行ったばかり。会場となった総統府前には、前日の集会以後も陳総統の退陣を求める数百人の市民が徹夜で座り込んでいた。総統府前の使用を許可した馬英九台北市長は双方に自制を求め、警察は厳戒体制をしいていた。
写真のように、陳総統を支える民進党支持者は緑色の小旗を持ち、「容共中国人は出て行け!」、「台湾をレイプするな!」と、中国エスニックの強い野党支持者への憎悪をたぎらせる。いっぽう、前日のキャンドルデモに集まった人々を写したAFP-BBニュースの写真には、シンボルカラーの赤いポロシャツ姿に混じって、青天白日旗(中華民国の国旗)を打ち振るう野党支持者の姿もあった(9月16日AFP配信写真「陳総統の退陣を求め、再び大規模デモ」参照)。
これまで台湾政界では、前者のような、民主進歩党(民進党)、台湾団結連盟(台連)支持、独立派傾向の強い人々を「緑営」(グリーン陣営)と呼び、対する国民党、親民党、新党支持者など、野党支持者を「藍営」(ブルー陣営)と呼んできた。ところが、「陳水扁を倒せ! 百万人運動」の人々は鮮やかな赤をシンボルカラーに使い、与野党との差別化を印象づけている。
16日の陳水扁支持集会(挺扁集会)で特徴的だったことは、呂秀蓮副総統、蘇貞昌民進党主席、謝長廷台北市長候補ら与党幹部が、そろって集会参加を見合わせたことだ。いっぽう、前日15日の「陳水扁を倒せ! 百万人運動」(倒扁集会)では、運動とは距離を置いていたはずの馬英九台北市長(国民党主席)が会場に出向いて挨拶し、違いを際立たせた。運動の成否はともかく、施明徳元民進党主席が呼びかけた「陳水扁を倒せ! 百万人運動」に、格段の勢いがある。
陳水扁総統はこれまで、政権が窮地に追い込まれるたびに、台湾民衆の台湾人意識(台湾エスニック)に呼びかけ、台湾内外の「中国」への敵意を組織することで政権を維持してきた。だが、経済、外交のゆきづまり、あいつぐ与党、身内の汚職疑惑のなかで、ついに、この手法が効かなくなってしまった。疑惑は陳総統自身にも及んでいる。
民進党執政の六年間に、台湾を「一国二政府」に分裂させてしまった陳総統。とうとう、彼を総統の地位に押し上げた原動力である中道層に見放されてしまった。
◆陳総統一族をも汚染した民進党の金権体質
この写真だけを見ると、陳水扁支持の声もたくさんあるように見えるが、そこが写真の怖いところ。この報道の数時間前に届いたAFP-BBニュースの空撮写真(9月16日AFP配信「陳総統の退陣を求め、再び大規模デモ」参照)を見ると、「陳水扁を倒せ! 百万人運動」の人々が持つキャンドルの光は、総統府前から台北駅まで、台北市街地を埋めつくしていた。少なく見積もっても倍以上の数。双方ともに全国動員をかけているのだが、写真に示した民進党の「官製集会」より、施明徳元民進党主席ら在野の中道層が呼びかけた手弁当の「市民集会」のほうが、はるかに勢いがある。
民進党の陳水扁政権は、政権掌握以来与党関係者や側近の金権疑惑に揺れ続けた。
2000年総統選挙時の政治資金にかかわる陳由豪東帝士(トンテックス)総裁による献金疑惑、2002年春に発覚した李登輝前総統の国家安全局機密費疑惑(國安密帳)、2003年には、花連県長選挙の公約に登場した「酋長手当」(頭目手当)をめぐる選挙違反疑惑。さらに李登輝前総統の金庫番だった劉泰英中華開発会長も、高雄市郊外の新瑞土ショッピングセンター開発にまつわる資金流用疑惑や、中国広播放送局ビル売却資金などをめぐる背任疑惑など数々の背任疑惑で逮捕。検察は求刑16年を論告している。
与野党勢力が相半ばした2004年総統選挙では、先述の東帝士(トンテックス)疑惑が噴出。陳総統は選挙戦終盤まで劣勢を覆せなかった。それでも「薄氷の差」で再選されたのは、ひとえに投票日前日に台南でおこった陳総統銃撃事件によるもの。野党国民党の連戦陣営が主張した「陳総統の自作自演」説は採らないが、この事件、あまりにも不審な点が多すぎる。
こうした民進党の金権体質は、とうとう陳総統の一族までも汚染したかに見える。まず陳総統の娘婿で医師の趙建銘氏が背任容疑で逮捕された。つづいて呉淑珍総統夫人の百貨店株式をめぐるインサイダー取引疑惑が浮上。そしてとうとう、総統府の機密費流用疑惑が陳総統自身に向けられた。陳総統は外遊先で領収書を示し、機密費の流用を認めたが、あくまでも「違法ではない」と、強弁している。
「またしても機密費か~」。
このニュースに接したとき、龍眼は李登輝前総統の国家安全局機密費流用疑惑(國安密帳)を思い起こした。いわば「外様」の国民党主席だった李登輝前総統は、台湾のCIAと言われる国家安全局の資金を運用、これを流用することで機密費外交を展開してきた。しかし国家安全局を完全には掌握できなかったため、ひとたび政権から離れると、同局の機密外交文書がごっそり流出。機密費外交も露顕し、李登輝を窮地に陥れた。
この事件を目の当たりにした陳総統は、国家安全局の組織改革を断行。事件に関係した職員を一掃するとともに、総統が直接国家安全局を掌握する仕組みに改めたはずだった。ところが、それでもこんどは別な所から機密費流用疑惑が噴出した。「民主化なった台湾」などと自慢するが、かくも頻繁に「機密費」で、いったい何を工作しているのか?
◆倒せ陳水扁! 百万人運動
民進党、陳総統周辺の金権腐敗体質を目の当たりにし、施明徳元民進党主席が「倒せ陳水扁!」の座り込みを呼びかけたのは、今年8月のこと(AFP9月5日配信、「24時間座り込みデモ、陳総統への辞任を要求」参照)。施明徳は主席引退後、民進党を離党していた。その後もいくたびか選挙に打って出たが、話題づくりにはなったものの、当選圏入りは難しかった。このような、「過去の政治家」である施明徳の呼びかけに、台湾民衆がただちに呼応するとは、考えにくかった。
ところが座り込みの人数は日増しに増えていった。最初の総動員をかけた9月9日には8万人の老若男女が総統府前の座り込みに加わった。総統府をキャンドルで包囲すると宣言した9月15日には、冷たい雨が降りしきる最悪のコンディションであったが、それでも運動のイメージカラーである赤シャツを着た人々が百万人(警察発表は36万人)も集まり、赤シャツとキャンドルを手にした人々で、総統府前広場が埋めつくされた。この日の集会は、桃園、台中、台南、高雄、花蓮でも同時開催されている。
総統府前の凱達格蘭大道(ケタガラン大通り)を埋めつくした参加者を前に、登壇した施明徳は、高らかに勝利宣言をした。
台湾人民は世界に宣言する。
台湾人民は勝利した! 天上の神に感謝する。
(ひざまずいて礼拝する施明徳。参加者からは、口々に「加油!」、「頑張れ!」、「頑張ろう!」の声がこだまする。施明徳はこのあと、いくぶん早口に、まくし立てた)。
台湾人民は、自らの手で汚れきった政府を取り除く能力を持っている!
台湾人民は、自らの手で民主をかちとる能力を持っている!
台湾人民は、自らの手で人権をかちとる能力を持っている!
台湾人民は、自らの手で平和をかちとる能力を持っている!
台湾人民は、自ちの手で安全をかちとる能力を持っている!
台湾人民は、自らの手で公義をかちとる能力を持っている!
台湾人民万歳!!(9月15日、香港ATVテレビニュース映像、中文字幕より訳出)
雄叫びのような歓呼の声が一斉にあがった。この日のクライマックスだった。
デモ隊は午後6時に総統府前を出発。中華路、愛国西路を経由して玉山官邸に向かい、和平西路、羅斯福路を経て、中正紀念堂を通過し、公園路を台北駅にに向かうコース。
先頭が台北駅に着いたのは午後10時半。台北駅前は夜半まで赤シャツで埋めつくされていたという。
いっぽう、16日の挺扁集会では、陳総統側近の遊●(方+方+土の字)錫元行政院長が
先頭に立ち、壇上には民進党立法委員らが立ったが、陳総統はもとより、呂秀蓮副総統、蘇貞昌民進党主席、謝長廷台北市長候補らの姿はなく、淋しい感は否めなかった。
同じく全国動員をかけたにも関わらず、倒扁集会に比べ半分以下。李登輝が禁足令を出したため、友党の台連からの参加者も、いつもより少ない。
劣勢に苛立つ一部の参加者が、中継の中天テレビのリポーターに襲いかかった。
「あんたらが中国寄りの放送をしているからこうなった!」、「とっとと出て行け!」
揉みくちゃにされる中天テレビのリポーター。
近くにいた東森テレビのリポーターも、巻き添えを喰らった。
「東森も中国に偏向しているな!」、「やっちまえ!」
混乱は1時間ばかり続き、リポーターたちは危うく難を逃れた。
一部の参加者の怒りの矛先は、こともあろうに、民進党の立法委員が経営している民視テレビのカメラマンにも向けられた。カメラマンがたまたま倒扁運動の会場で買った赤シャツを身につけていたためだ。
「お前、何しに来た!」、「俺たちの集会を、スパイしているんだろう!」
カメラマンは揉みくちゃにされた。危うく難を逃れたが、テレビカメラを壊された。
鳴り物、喧嘩は台湾政治につきものだが、従来、政治に不満を持ち、集会などで粗暴なふるまいに出るのは野党系、とくに宋楚瑜率いる親民党の人々によることが多かった。龍眼の友人の熱心な民進党支持者は、「民進党の支持者はあんな粗暴なことはしないわ。あの人たち、きっと親民党よっ」とテレビの画面を見ながら、いつも自慢していたものだ。ところが今は、民進党支持者が暴力を働いている。攻守が逆転してしまったのだ。
◆台湾社会の深刻な分裂
かつて民進党主席だった施明徳が呼びかけ、無党派の市民運動が中心になっているとはいえ、倒扁100万人運動が野党支持層に大きく依存しているのも事実だ。今後、無党派の中道層をどれだけ集められるかは、まだまだ未知数だ。
台湾政界では、施明徳と同じく民進党主席を歴任した許信良も離党しており、2004年の総統選挙の結果を受けて、「緑営」でも「藍営」でもない、第三勢力の結集をめざし、映画監督の候孝賢、テレビキャスターで、元民進党立法委員だった陳文茜らと、「台湾民主学校」を立ち上げたことがある。同年末の立法委員選挙に候補者を立てると、鼻息は荒かったが、鳴かず飛ばずだった。
民進党は歴代の主席OBが党内に居場所のない不思議な政党だ。「倒扁100万人運動」の施明徳、「台湾民主学校」の許信良だけでなく、今年1月24日には、陳水扁政権成立当時の民進党主席、林義雄も突然声明を発表して民進党を離党した。
林義雄は弁護士、政治家として30年以上「党外活動」(国民党独裁時代の在野の政治活動をさす言葉)を続けてきた歴戦の闘士。1979年の美麗島事件に連座し、4年半にわたる獄中生活を経験した。獄中にあった80年2月28日、留守宅を暴漢が襲う白色テロ(林家血案)があり、母親と二人の娘を失った。生き残った長女も重傷を負っている。キリスト教の聖職者でもあり、温厚な性格は誰からも愛されていた。
林義雄は、同志たちにつぎのようによびかけた。
2000年総統選挙後、私は党務、選挙から離れたが、その後の台湾選挙は派手なキャンペーンや広告ばかり目につき、支持者は相手を罵り、誹謗するばかりだ。候補者も理性的な政策論争をしていない。選挙のたびに、台湾の族群(エスニック)はますます分裂し、階級の対立も深まった。お互いに憎しみ合い、国家と社会を混乱と不安に陥れている。私はもはや党務につきたいとも、選挙に出たいとも思わない。そこで、一人の超然たる民主国家の主人(主権者)になろうと決意した。したがって、二度とどのような政党にも属することはない。長年の同志の支持、援助、恩義は忘れがたいが、今後は党員ではなくとも、同胞の情愛をもって、台湾の主権維護と、民主進歩の道に向けて助け合って進んでいきたい」。(林義雄『永為民主国家主人-為退出民主進歩黨告同志書』2006年1月24日)
日本ではどの媒体も無視した林義雄の離党だが、林義雄の絶望は極めて深い。これほど台湾政治の現状を的確にとらえた言葉はないからだ。台湾の民主はまだ発展途上なのに、民進党は政権を維持するため、むやみに台湾人の認同(アイデンティティ)を揺さぶり、台湾社会を分裂させてしまった。そのうえ金権腐敗にまみれたのだから、有権者に見放されるのは、当然だった。
ただし、施明徳らがすすめる「倒扁運動」が陳政権を倒せるかどうかは判らない。かりに陳総統が辞任したとしても、台湾の法律では呂秀蓮副総統が昇格する。かねてから「失言居士」で人望のない呂副総統が昇格したとしても、民進党の腐敗体質は変えようがない。ただ、わかっているのは、2007年末の立法委員選挙で導入される小選挙区制度により、台湾政治は国民党、民進党の二大政党に整合され、その他の極端な勢力が淘汰されるということだ。
言論界では、すでに整合、淘汰が始まっている。国民党機関誌の『中央日報』が廃刊に追い込まれたのをはじめ、濃厚な台湾エスニックで、独立派色を帯びていた『台湾日報』も停刊を決めた。
おそらく2008年春の総統選挙までに、今までに充分に「試された」陳総統、呂副総統コンビはボロボロにされるだろう。悪影響は民進党全体に及び、誰が候補者になったとしても、民進党の政権維持は、極めて困難な情勢だ。
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登録日:2006年 09月 17日 00:02:56
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- プロフィール
- 龍眼
- (男)
- 本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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