香港民主派リーダー襲撃の「黒幕」-マカオ「カジノ王」の危険な賭け-
【香港 22日 AFP】民主化推進派の何俊仁(Albert Ho)議員は20日、新税制案への反対デモに参加し、その後に立ち寄った混雑するファーストフード店で数名の男達に押さえつけられ、頭を木の棒やバットで殴られた。これにより鼻の骨を骨折し、頭部を負傷した。写真は入院先の病院で22日、車椅子での記者会見に臨む何俊仁議員。(c)AFP/Antony DICKSON
8月20日夕方、香港民主党の何俊仁(アルバート・ホー・チュンヤン)副主席がセントラル(中環)のファーストフード店で暴漢に襲われ、顔面に重傷を負った事件は、本ブログでも速報した。
何俊仁副主席は、鼻を骨折し、右目の網膜手術を受けるほどの重傷だったが、すでに公務に復帰。香港の立法会議員(国会議員に相当)、弁護士として、忙しい毎日を送っている。以前と変わったことは、警察が24時間体制で複数のSPをつけていること。
文明の最先端を走る国際都市香港での政治テロに、政府は「地の果てまでも追いかけ、犯人を捕まえる」(曽蔭権行政長官)と意気込んで見せたが、香港メディアが報じ、警察が注目している事件の「黒幕」は、あまりにも、「偉大」な存在だった。
場合によっては、半永久的にSPを付けざるおえない深刻な事態のなか、香港政界のなかからは、「議員保険を検討すべき」(李卓人立法会議員)という提案まで飛び出した。
また、重傷を負ったのに、「暴力の威圧にも、私は言論をまげない」と会見して男をあげた何俊仁副主席の姿は、有権者の同情を集め、民主党の支持率が14カ月ぶりに3パーセントあまり、上昇する思いがけない効果も。
本人は公務多忙を理由に否定するが、党内には今年12月に予定されている民主党主席選挙に何副主席を担ぎだそうとする動きも出て来た。
このほど、龍眼は重傷を負った何俊仁民主党副主席とお会いし、親しく歓談する機会を得た。襲撃事件後も忙しい毎日を送る何副主席の現況と、現地で報道されはじめた事件の背景を報告する。
◆まだ危険は取り除かれていない
9月24日夜、中国取材の帰途立ち寄った香港で、何俊仁副主席に晩御飯をご馳走になった。一カ月前の襲撃事件で顔面に激しいダメージを受けた何副主席だったが、見た目にはたいへん元気。龍眼が事件の第一報を書いた時に、「マクドナルドとは、普段は意外と質素だった」などと書いたためか、ハッピーバレィのジョッキィ・クラブ内にある、カフェテリア方式のレストランに案内された。
ここは、番号札を持ったトレィを持ち、好きなものを選んで食べる方式。中華麺、パスタなどの麺類から、寿司、刺身、ローストビーフ、サラダ、ケーキまである。番号札とトレィを持って、レジを通すだけ。SPたちの食事代も何副主席持ち。事件後も、安全を確保するためには、いろいろと気づかいもしなければならないし、お金もかかる。
実際、事件後も何副主席に対する危険は取り除かれていない。退院直後には、何副主席が執務する徳成大廈の弁護士事務所に刃入りの脅迫状が届いた。この事務所。香港を訪れたことのある日本人なら、中国レトロショップ「上海灘」がテナントとして入っているビルといえば、すぐにわかるだろう。
現在、何副主席についているSPは4人。これは、香港の「大統領」にあたる曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官よりも手厚い警護だ。
◆安倍政権誕生に強い懸念
何副主席はのっけから、日本で安倍政権が誕生した背景について、矢継ぎ早に次々と質問を浴びせて来た。中華世界では、日本国憲法の改憲に手をかけようとしている安倍首相について、「極右政治家」の評価が定着している。
「日本国民は、なぜそのような人物を首相にしたのか?」
「中国人としては、とうてい理解できない」。
何副主席は日本の歴史修正主義に反対する「維護二戦史実連席会議」(略称:香港史維会、日本語名:第二次世界大戦の史実を糺す連合会議)の主席。釣魚台(日本名:尖閣諸島)の中国領有を主張する「保釣行動委員会」の副主席。民主派の指導者のなかでも、とくに濃厚な中国エスニックを保持している人物だ。
内閣官房長官時代から、「つくる会」教科書をあからさまに支持し、教育基本法改正による教育の国家主義化と、日本国憲法改正による、『美しい国』(?)づくりをめざす安倍首相とは、まったく相いれない。
「このまま日本は極右国家になるのか?」、「対抗勢力はないのか?」、「民主党はどうしているのか?」。病み上がりなのに、中国人としての懸念と苛立ちを、何副主席はつぎつぎとぶつけてきた。なにしろ龍眼の見方では、対抗勢力にこれといった決め手がないから、答えに窮する。
安倍首相のこれまでの政治経歴から、経済、外交手腕に疑問符がつけられていること。アジア外交で、イレギュラーな事態が発生した場合、「右翼政治家」としての馬脚を現わす可能性が強いことを指摘するのが精一杯だった。
◆捜査線上に浮かんだ「黒幕」
さて、何副主席(以下、事件の性格から「何俊仁弁護士」とする)襲撃事件の捜査状況に話題を戻そう。
香港警察は、襲撃事件の背景について、⑴家族、⑵地域社会、⑶弁護士業務、⑷政治活動の4方面から、その手掛かりを探った。まもなく、家族、地域社会、政治活動には襲撃事件につながる背景はないと判明。捜査は何俊仁弁護士の業務に関わる問題に絞られつつある。
香港マスコミが直接、間接に繰り返し示唆しているのが、マカオで「カジノ王」(賭王)と言われる何鴻栄(スタンレー・ホー)一族の賭博場経営権を巡る裁判との関係。何俊仁弁護士は、何鴻栄と係争中の10番目の妹(十姑娘)、何婉琪さんの主任弁護士を引き受けたばかり。 政治家としても名高い辣腕弁護士の出現に、澳門博彩娯楽公司を率いる「カジノ王」側は、たいへん動揺しているという。
この裁判。最初の主任弁護士は引き受けた直後に脅迫、襲撃を受けて辞任。二番目の主任弁護人となった外国籍の弁護士も就任直後に脅迫されて辞任。そんなわけで、何俊仁弁護士が主任弁護人を引き受けることとなった。なにしろ相手は香港、マカオの政財界から、中国政府、黒社会(暴力団)まで操る大物。日本に例えるなれば、さしずめ「天皇」。このような実力者に睨まれては、命がいくつあっても足りない。香港では、何俊仁弁護士以外に、ひき受け手を見つけること自体、困難だった。
◆窮地にたつ「カジノ王」
龍眼がお会いした翌25日、何俊仁弁護士は何鴻栄の10番目の妹、何婉琪女史を代理して、リスボアホテルで開催された澳門博彩娯楽公司の経営会議に出席するためマカオに向かった。香港域内では香港警察のSPが、マカオではマカオ警察の護衛が付くものの、移動の船は双方の主権外。友人たちは、「危ないから止めた方がいい」と盛んに忠告したが、何俊仁弁護士の決意は固かった。
「私も本当は怖い。だが、引き下がるわけにはいかない」。
幸いにして、マカオでの一日は何事もおこらなかった。ただし、リスボアホテルで開かれた澳門博彩娯楽公司の会議への代理人弁護士としての出席は丁重に断られた。代わりに別の弁護士が出席を許されたという。マカオでの法廷闘争はまだまだこれから。何俊仁弁護士が主任弁護人の地位にある限り、彼の身の危険は依然として続く。
そもそも「カジノ王」が一族の経営紛争に神経質になるのには理由がある。1999年12月の祖国回帰まで、マカオのカジノはすべて「カジノ王」の独占経営だった。ところが、回帰後のマカオ政府は、経済活性化のため、カジノに外資の参入させることを決定。かくして、「コロタイ地区」(コロアン島とタイパ島の間に造成された巨大な埋め立て地)には、ヨーロッパ資本の「サンズ・カジノ」がオープン。「カジノ王」の拠点、「リスボア・カジノ」の真向かいの南灣地区にも、米国資本の「ウィリー」(永利)が巨大なカジノホテルをオープンさせた。
この9月21日、その「ウィリー」を見物してきた。
入り口の回転ドア前には、数人のキャンペーン・ガールがミニスカートのコスチュームに身を包み、お客さんに愛想を振りまいていた。カメラマンのポーズの注文にも、はにかむことなく素直に応じるアメリカ流。
エントランス前庭には、一定時間ごとに噴水が上がる。
噴水はミュージカル音楽に合わせて、水しぶきが左右に揺れ、強弱をつけて踊る仕掛け。
吹き上がる水しぶき。観衆からあがる歓声。
ホテルのイルミネーションの光が反射し、夜空に七色の光彩が踊る。
ホテルの中に足を踏み入れると、ふかふかの絨毯。「プラダ」、「グッチ」など、世界の名だたるブランド・ショップがひしめくショッピング・モール。
ホテルの中からは、裏庭にも親水公園が見えた。宿泊料や飲食費はバカ高いが、ウィンドウ・ショッピングは、国籍、貧富の差を問わず、誰でもウェルカム。
週末だったこの日も、地元の家族連れ、老若男女が嬉々として入場。普段は絶対に踏むことも出来ない分厚い絨毯の上を闊歩し、行列までつくって、ちゃっかりトイレだけ拝借して帰っていく地元客たち。そんな「お客さま」でも、笑顔で迎えるアメリカ流。
これでは、「カジノ王」が脅威を感じるのも当然だ。
◆地元誌が報じた犯人像
香港で販売されている『多維月刊』は、何俊仁弁護士を襲撃した犯人像を、マカオに拠点を置く中国の特務機関「国安行動組」(国家安全アクションチーム)だと報じた。
事情通によれば、そもそもマカオのカジノは、香港・マカオの商人が、中国での商売を円滑にすすめるため、政府高官に賄賂をつかませる場所として発展してきた。カジノの貴賓室では、毎日莫大な資金が「合法的に」消費され、政府高官の懐を潤してきた。
「カジノ王」はこの場所を一手に提供することで、これまで莫大な利益を独占してきた。 このため政府高官たちは、「カジノ王」の一族にも、さまざまに手厚い利権を与えてきた。
「カジノ王」の半生を綴った、冷夏著『何鴻栄傳』(明報出版社。日本語で読めるものとしては、楊中美著、青木まさ子訳『ゴッド・ギャンブラー』日本僑報社もある)によれば、戦時中の「カジノ王」は、日本陸軍がつくった特殊商社、昭和通商傘下の聯昌公司で、日本の戦争遂行物資調達に関与していた名うての「漢奸」。マカオの夜学で日本語を学び、日本軍の特務たちに英語を教えていた経歴もある。だから、今でも日本語が少しだけ話せる。
それがいまでは、中国政府の「全国政治協商会議委員」なのだから、人間というものはわからない。その時その時の権力にとりいるたぐいまれな才能。凄惨な企業間抗争、黒社会との争いに勝ち抜いてきた才覚。香港、マカオ、そして中国に君臨する、陰の「天皇」。 現在の香港、マカオの行政長官(特首)も、「カジノ王」のお眼鏡にかからなければ、選ばれることはなかった。
10番目の妹、何婉琪女史は、澳門博彩娯楽公司の株式公開をまえに、「澳門博彩娯楽公司がこれまで違法な営業活動をしてきた」と、マスコミにその内幕を暴露した。その不正の解明が、何俊仁弁護士らに託されている。
「カジノ王」自身は、香港マスコミの質問に、「痛ましい事件だ。犯人が早く捕まることを願っている」と、事件との関係を否定した。それどころか、「私は香港の立法会議員60人を全員知っているが、何俊仁という議員の名前は聞いたことがないなー」などと、とぼけたことを言っている。
もっとも、最近は発言を微妙に修正。「何俊仁弁護士ともあろう聡明な人物が、ついた依頼人(何婉琪女史)が悪すぎたなー」などと話している。
何俊仁弁護士への危険は、当分消えそうもない。
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登録日:2006年 09月 28日 19:52:02
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- プロフィール
- 龍眼
- (男)
- 本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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