赤シャツ軍団は陳水扁総統を引きずりおろせるか?-風雲編-

陳総統夫人、公費横領容疑で起訴 - 台湾

【台北/台湾 3日 AFP】台湾検察当局は3日、陳水扁(Chen Shui-bian)総統の夫人、呉淑珍(Wu Shu-chen)容疑者を汚職および文書偽造容疑で、陳総統の元側近3人とともに起訴したと発表した。呉夫人は公費横領の罪に問われ、有罪となれば最低でも禁固7年の刑が科せられる。一方、検察は陳総統については、総統として刑事訴追免除の特権があるため現時点では起訴しないと述べた。写真は台北(Taipei)で、1月15日に実施された与党民進党(Democratic Progressive Party、DPP)の党首選挙で投票する陳総統夫妻。(c)AFP

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陳総統の家族が揃って写っている写真は、6年前の2000年3月の総統選挙で、民進党の陳水扁が宋楚瑜(無所属)連戦(国民党)を退けて、中華民国台湾の総統に選ばれた夜のステージ(2000年3月龍眼撮影)。

 呉淑珍夫人は最近のそれ(AFPの写真は2004年3月再選時のもの)とはうってかわり、晴れやかな顔をしている。長男の致中はニキビ面。兵役も、米国留学も、結婚も、まだまだ先のことだった。長女の幸妤も歯科大学生。のちに歯科医の趙建銘氏と結ばれたが、その趙建銘氏がインサイダー取引で逮捕された。

 2000年の総統当選当時は、微笑ましく、祝福された家族だった。ところが「第一家庭」(ファースト・ファミリー)になってから、どこか狂い始めた。いまや台湾の民心はこの一家を、「金権腐敗」「諸悪の根源」とみなしている。そしてついに11月3日、呉淑珍夫人が総統府の機密費を私的に流用した容疑で起訴された。

  現職の「国家元首」夫人が犯罪者として刑事裁判にかけられるという、前代未聞の事態に突入した台湾。波乱の顛末をふりかえって見よう。       

◆台湾を揺さぶった11月3日

11月3日、台湾の呉淑珍総統夫人が総統府機密費流用の容疑で起訴された。起訴状によれば、呉夫人は友人たちから買い集めた領收書で機密費を着服。2002年3月から2006年7月までに総額1480万新台湾ドル(5000万円強)もの血税を着服した容疑がある。呉夫人には、太平洋そごうデパート経営陣の社内抗争にからみ、不正に株式や商品券を取得したという疑惑もあった。台北高検は呉淑珍夫人を不起訴としたため、市民たちの間から不満の声が出ていた。

今年になって陳水扁総統周辺では、家族の金権スキャンダルが噴出していた。娘婿の趙建銘台湾大学医師は、株式インサイダー取引疑惑で逮捕され、のちに釈放されたものの、現在も懲役9年の求刑で裁判中。解雇された台湾大学医学部病院への復職のメドは立っていない。

それに追い打ちをかけるような呉淑珍夫人の起訴。今回の事態がさらに深刻なのは、疑惑が陳総統自身にも及んだことだ。台北高検は、機密費流用には、陳水扁総統も深く関与していたと説明している。通常なら陳水扁総統も逮捕されるところだが、台湾では「中華民国憲法52条」の規定により、内乱などを除き、現職の総統には不逮捕特権がある。だが、総統自身にも違法な資金流用に直接関与している疑惑が深まったことで、いったん下火になっていた辞任要求の動きが再び強まるのは必至の情勢となった。              

                           
◆勢いづく辞任要求運動

 11月3日、台北高検の発表によると、起訴されたのは呉淑珍総統夫人(54)、馬永成元副秘書長(41)、林德訓総統弁公室主任(39)、陳鎭慧総統府会計長(45)の4人。
起訴状によると、四人には公費の私的流用ならびに文書偽造罪、偽証罪の容疑がある。
また高検は、陳総統も共同正犯で起訴に価するが、憲法上の規定により在職中は不起訴特権があるため、辞職後に起訴すると説明した。

 総統府機密費とは、総統の自由裁量に任されている予算のこと。外交機密などに使われてきたいう事情もあり、その詳細な内容がいっぱんに明らかにされることはなかった。ところが今年6月、呉夫人の関係筋から領收書の提供を求められた財界人がこれを告発。検察は4カ月あまりもの間に、のべ276人から事情聴取をおこなった。聴取された人々のなかには、今回起訴された呉夫人らはもとより、陳総統や李登輝前総統まで含まれていたという。

 憲法上の規定で起訴を免れた陳総統だが、これまでにも娘婿の趙建銘医師が背任疑惑(台開案)で求刑9年(当初8年で求刑、のち求刑1年を追加)で起訴されていたことや、呉夫人の太平洋そごう株取得をめぐるインサイダー取引疑惑が噴出していた事情もあり、台湾民衆のあいだでは、腐りきった「ファースト・ファミリー」(第一家庭)のイメージが、もはや払拭しがたいところまできている。

 呉夫人が起訴され、陳総統も有罪とみなされたことで、これまでの野党による辞任要求や、市民たちによる「倒扁運動」だけでなく、与党内からも陳総統辞任要求が噴出するのは必至の情勢となった。実際、民進党政権の連立与党ともいうべき台湾団結連盟は、その黒幕である李登輝前総統の意をうけ、「3度目の陳総統辞任決議が提出されれば、今度は賛成する」と発表して、台湾政界に衝撃が走った。

 10月10日双十節に行われた「天下圍攻」(総統府包囲行動)で動員力の低下が明らかになっていた倒扁運動(陳総統辞任要求運動)だが、検察のこの日の決定を受け、再び勢いを盛り返した。ニュースを聞きつけた市民たちが再び台北駅前に集まってきている。台北駅前はまるで広島カープが優勝したかのようなお祭り騒ぎ。赤シャツの老若男女がシャンペンをかけ合っている。

倒扁運動と距離をおいてきた野党国民党の馬英九主席も急きょ会見を開き、「陳総統は48時間以内に辞職すべきだ!」と陳総統に決断を迫った。翌日には高雄市長選挙の応援に現れ、国民党の黄俊英候補(註:前回2002年の選挙で民進党の謝長廷に僅差で惜敗している)といっしょに、陳総統辞任要求デモの先頭に立った。

台北市長選挙に立候補している宋楚瑜親民党主席も、陳総統辞任を要求している。国民党が圧倒的に有利な闘いをしているため、盛り上がりに欠ける台北・高雄市長選挙だが、その真っただ中での検察の動き。影響ははかりしれない。

◆与野党から辞任を迫る動き

陳総統は11月6日、「私にはまったく思い当たることがない」と釈明会見。原稿もなしに2時間もテレビに向かって語り続けた。そして、「私は潔白だ。もし妻(呉淑珍)が有罪になるようなことがあったら、私は総統を辞任する」と明言。事態の鎮静化をはかった。

この釈明で、一部に辞任要求が出ていた民進党はまとまったかに見えた。一時は野党の辞任要求に同調する構えを見せていた台湾団結連盟も、当初の方針を撤回。当面は陳総統を見守る姿勢に転じた。かくして野党国民党が提出した陳総統辞任の国民投票を求める決議は、11月24日に行われた採決で、またしても賛成118票。規定の(全立法委員の)3分の2には届かず、三たび葬り去られた。

しかし検察は、「総統府機密費にかかわる七つの疑惑のうち、陳総統が潔白なのはわずかに二つにすぎない。残りの五つはクロだ」とコメント。あくまでも追及を続ける方針だ。

もはや「レームダック」(死に体)と化した陳政権の危機は、ますます深刻さを増している。

11月18日、これまで陳総統を支え続けてきた林濁水、李文忠の二人の民進党立法委員が、陳総統の辞任を要求。民進党の現状をも批判して立法委員(国会議員)を辞任した。林濁水は台湾が戒厳体制の時代からの陳総統の同志。こんにちまで陳総統を支えてきた民進党最大派閥、新潮流派の長老でもある。いまや台湾の大手四大紙のひとつとして定着した『台湾蘋果日報』に専欄(コラム)を持つ言論人でもあり、影響力は小さくない。二人の辞任が与党民進党に与えた衝撃は大きかった。

 前後するが、台湾唯一のノーベル化学賞受賞者で、2000年総統選挙の終盤に陳総統支持を明らかにして「台湾変天」を演出した李遠哲前台湾中央研究員総裁も、11月9日に陳総統への公開書簡を送った。李前総裁は、与野党候補の力が伯仲していた2004年の台湾総統選挙でも終盤で陳総統支持を表明。二たびの陳総統当選に大きく貢献してきた人物。

その李遠哲は言う。
「2000年総統選挙の教訓は、政権が腐敗したとき、悔い改めないと人民から見捨てられるということだ。だから、勇気を持って悔い改めれば、必ず人民に支持される。陳総統は自身の出処進退を慎重に検討すべきだ」。

野党からも追い打ちが続く。11月27日、国民党の邱毅議員は、「陳総統の長男、陳致中夫妻は昨年11月30日に米国の公民身分&移民局(USCIS9 にグリーンカード(米国永住権)の申請をしたという証拠がある。身重の黄睿観夫人といつまでも米国に留まって帰国しないのは、子どもを米国で生むため。陳総統は米国人のおじいさんになり、(いざとなれば)アメリカに亡命するつもりなのだ」とぶち上げ、人々を驚かせた。

粘り腰の陳総統。気がついたら「米国にドローン」なんて展開。本当にあるのだろうか?

これにはさすがの陳致中夫妻も反駁した。「ボクらは米国に留学しているだけだ。根も葉もない噂で中傷したら、断固法的手段をとる」。

おりしも台北、高雄市長選挙の終盤。陳致中は身重の黄睿観夫人を連れて急遽帰国。12月3日の日曜日には陳総統とともに高雄市長選挙の総決起集会のステージに立ち、民進党支持者たちを前に、「亡命」疑惑を払拭してみせた。

今年1月24日に民進党を離党し、一切の政治活動から遠ざかり、倒扁運動にも与しなかった林義雄元民進党主席(註:2000年総統選挙で陳総統が当選した時の民進党主席)も、慎重な言い回しながら、ついに口を開いた。

「出所進退は私が言うべきことではない。陳総統自身がよくよく考えて決めることだ。だが、かりに総統がグリーンカードを手にしたとしても、絶対に行ってはならない。それが息子のことだとしても、同じことだ」と発言して、注目を浴びた。

たしかに、『台湾の子』の総統自身が「米国にドローン」では、政権獲得以来これまで煽るだけ煽ってきた「台湾人意識」って、いったい何だったのかということになる。支持者たちは、踊らされただけだったのか?

ところで、起訴状を見てもわかるとおり、裁判で呉淑珍夫人らの判決が出るまでにはかなりの時日がかかりそうだ。台湾メディアの間では、夫人の)裁判に時間がかかり、陳総統が任期を全うされてしまうのではないかという危惧が、囁かれ始めている。

もはや台湾の民意は、陳総統がいつまでもその地位に居座り続けることに耐えられなくなっている。いまや持久戦モードに突入している市民たちの「倒扁運動」だが、彼らの取り組みに理があるのは、こうした台湾世論の風向きをよくとらえているからだ。

12月9日に投開票される台北・高雄市長選挙は、野党国民党の圧勝に終わるだろう。これが一段落すると、まもなく新暦の正月。そして旧正月の長期休暇を前に、人々はそわそわして、落ち着かなくなる。2月ともなると、中国大陸に赴任している台湾人家族たちの帰省ラッシュが始まる。近代以降、日本人は新暦の正月に重きをおくが、台湾人がいくら「親日」で日本人に近い情緒を共有していたとしても、先祖代々昔から続く冠婚葬祭などの習慣は、中華世界そのものだ。彼らの世界では、あくまでも旧正月に軸に、時間が動く。

その旧正月が終わると、台湾人にとっては忘れがたい「二・二八記念日」。
毎年政府主催の盛大な追悼式典が行われる。そして、陳総統も否応なく公の場に出て来ざるおえなくなる。それまでには、何らかの動きが出て来るだろう。       

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登録日:2006年 11月 04日 11:37:42

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プロフィール
龍眼
(男)
本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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