2006年 12月

香港のブラック・クリスマス(黒色聖誕節)-今に残る65年前の記憶-

次世代ゲームの祭典「アジア・ゲーム・ショー」開幕 - 香港

【香港 16日 AFP】次世代ゲーム機とデジタル・エンタテイメントの祭典「アジア・ゲーム・ショー(Asia Game Show)」が15日、香港コンベンション&エキシビジョンセンターで開幕した。
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(c)AFP/MIKE CLARKE

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(写真下は、香港日本総領事館前で戦後紙屑となった香港軍票の兌換を求めて抗議する呉溢興(ン・ヤッヒン)香港索償協会主席=龍眼撮影。太平洋戦争で日本軍占領下におかれた香港では、軍票のみを唯一の法貨とする「軍票一色化政策」が推進された。このため、住民が持っていた香港ドルは回収され、隣接するポルトガル領マカオで、タングステン、麻縄などの戦争遂行物資の買いつけに利用された。戦後、「無効、無価値」となった軍票をつかまされた香港住民は、日本が国際社会に復帰した1950年代から、対日賠償請求運動を展開。68年に香港索償協会を結成。93年には日本政府を相手取り東京地裁に損害賠償請求訴訟を提訴した。01年に最高裁は上告を棄却。法廷闘争は終わったが、いまも戦争にまつわる記念日には、日本総領事館にデモ、陳情をくり返している)。

「アジア・ゲームショー」でサンタクロースに扮した香港の可憐な少女たちは、見るからに10代の中学生(中高生に相当)。半世紀以上前の戦争の時代はおろか、89年の第二次天安門事件も知らないかも知れない。彼女らは、このような平和な時代に育った幸せを、大切にすべきだろう。

 香港は65年前の1941年12月25日、日本軍が太平洋戦争で最初に占領した都市。大本営直隷下に香港占領地総督部がおかれ、日本の敗戦にいたる1945年8月まで、「三年八カ月」にわたって軍政下におかれた。65年目のクリスマスを機に、香港陥落と、その香港で敗戦を迎えた在留邦人の話題を拾ってみた。
 
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登録日:2006年 12月 25日 13:12:39

台湾民主政治の「想定外」と「情報公開」-呉淑珍総統夫人緊急入院によせて-

横領容疑の陳総統夫人の初公判、本人が倒れ中断 - 台湾

【台北/台湾 15日 AFP】汚職と文書偽造容疑で起訴された陳水扁(Chen Shui-bian)総統の呉淑珍(Wu Shu-chen)夫人の初公判が15日、台北地方法院(地裁)で開かれたが、休憩時間中に夫人が失神し、公判は中断された。呉夫人は、政府の公費から約1480万台湾ドル(約5300万円)を私的に不正流用したとして、横領罪に問われている。写真は同日、病院に搬送される呉夫人(地元テレビ局映像)。(c)AFP/TTV

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写真下は、2000年総統選挙で、半世紀あまり続いた国民党一党支配を破り、平和的な選挙で政権交代を果たし、緊張の面持ちで最初の記者会見に臨む民進党幹部の面々。前列左から林義雄民進党主席=当時、呉淑珍総統夫人、陳水扁総統、呂秀蓮副総統。中列左の女性がこのほど高雄市長に当選した陳菊、一人おいて台北市長選挙で善戦した謝長廷の姿も見える。

 12月15日台北地方法院で行われた総統府機密費流用疑惑の初公判で、出廷した呉淑珍総統夫人ら被告4人は、いずれも自身への疑惑を否定した。午前中の審理を終えたところで、呉夫人の体調が急激に悪化。急きょ台大病院に移送され、緊急入院する事態となった。したがって、午後の公判は夫人抜きで、残りの被告だけで行われた。夫人の容体は回復に向かっており、陳水扁総統は、「容体が回復しだい、出廷させる」と話している。

 とまれ、夫人の起訴にも驚かされたが、初公判途中での入院という事態にも驚かされた。しかも台湾ではこれらはすべて公開され、テレビ中継されていたのだ。

 だが、この程度で驚いていたら台湾政治のダイナミズムにはついていけない。龍眼の場合、2004年春の総統選挙では陳総統銃撃事件に驚かされ、翌日の陳総統再選で予想をすっかり裏切られた。ところが今度は、同年12月の立法委員選挙で民進党が大敗。再び
予想を裏切られている。

 周知のように、台北・高雄市長選挙は、台北市は国民党の郝龍斌候補が当選。高雄市は民進党の陳菊候補がわずか1,114票の僅差で辛勝し、「一勝一敗」の結果となった。高雄の民進党勝利、台北での謝長廷候補の予想以上の善戦は、ともに「想定外」の事態。地元マスコミ各社の世論調査や予測とも異なった結果であった。陳水扁ファミリー(第一家庭)の腐敗ぶりには愛想をつかしていた有権者も、民進党そのものは見捨てていなかったということか…。

 台湾政治を見る場合、ほとんど規制のない選挙運動、絶妙のタイミングで相手陣営のスキャンダルを流す情報工作。そして、「国家元首」であろうと財界の巨頭だろうと容赦しない徹底した裁判情報の公開など、日本では考えられないダイナミックな展開がある。

龍眼のたび重なる予想の狂いは、日本の感覚で台湾政治を分析したことだ。台湾では投票日の前日や当日になっても、思いがけない事件や情報操作によって投票に迷っていた有権者の票(中間選票)が怒濤をうって一方から他方へと動くことがある。こうした「作為」を、「ずるい」とか「卑怯」と言ってみても、勝てば官軍であろう。

 各陣営はありとあらゆる権謀術策を使い、相手候補から容赦なく票を奪う。醜聞、事件、なんでもあり。土曜日の夕方4時に投票箱が封印されるまで、いやそれ以後も、熾烈な戦いがくりひろげられる。今回の当落も、日本語媒体が報じなかった舞台裏を知ってしまうと、後味の悪さだけが残るのだが…。
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登録日:2006年 12月 20日 20:55:48

香港政界の再編と整合-民主派も行政長官選挙に参戦-

香港行政長官選挙第1段階、選挙人団選出で公民党圧勝 - 中国

【香港/中国 11日 AFP】2007年の香港行政長官選挙の選挙人団の選出で、前週末に住民20万人による投票が実施され、民主化を推進する公民党候補への投票を誓約している選挙人が多数選出された。公民党は11日の記者会見で、選挙人団選挙での圧倒的な支持獲得は、民主化へ向けて香港が踏み出している兆候だと祝福する声明を発表した。香港特別行政区の行政長官は、住民による直接選挙ではなく、800人の選挙人団による公選制。前週末に選出されたのはこの選挙人団で、選挙人への立候補は困難ではない。写真は11日、記者会見する公民党のメンバーら。(c)AFP/Samantha SIN

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(写真下は「鳥籠民主主義」を諷刺する鳥籠と、「温家宝総理は香港を支持するというが、董長官はとんでもない低能。とっとと辞任せよ!」と罵倒するプラカードを持ち、七・一50万人デモに参加したタクシーの運転手=2003年7月1日、龍眼撮影)

まもなく祖国回帰10周年を迎える香港。

返還後の香港は、一国家二制度(社会主義国家のもとでの資本主義)とはいうものの、中国中央政府が制定した「香港基本法」により、さまざまな制約がある。たとえば、大統領にあたる行政長官はわずか800人の選挙人でおこなわれる間接選挙で選出。国会にあたる立法会の議員も、直接選挙で選ばれるのは半数。のこりの半分は間接選挙で選ばれている。

このような、がんじがらめの制限付き「民主」を、香港市民は「鳥籠民主主義」(ウーロン・デモクラシー)と自嘲してきた。それでも植民地から祖国に還るのが先決と、このような不条理な仕組みを、甘んじて受け入れたのだ。

だが、それだけで終わらないのが香港人のえらいところ。初代董建華行政長官の相次ぐ失政に、我慢に我慢を重ねてきた香港市民は、SARSが大流行した2003年の7月1日(香港回帰記念日)、ついに総決起した。香港全人口680万人のおよそ14分の1に相当する50万人が、ビクトリア公園から香港政府ビルまで歩きとおす「七・一大遊行」(デモ)に参加したのだ。

そこで主張されたのが、董建華行政長官の辞任要求と、行政長官、立法会議員を完全な普通選挙、直接選挙で選ぶという、あたりまえの要求だった。だが、そのあたりまえのことが簡単ではないのが香港。そして、簡単には諦めないのが香港人だ。

「七・一大遊行」の取り組みを通じて、1989年の第二次天安門事件以後に生まれた10代から20代前半の若者たちのなかに、政治的な覚醒がおこった。香港中学生連盟(中高生の全学連)、公民起動(キリスト教を背景に持つ青年グループ)、七一人民批など、新しい政治グループが次々と生まれている。

さらに翌2004年の7月1日にもほぼ同規模の大デモが行われ、香港市民が依然として民主的な選挙制度を希求していることを内外に示した。これら香港市民の大衆示威行動のもう一つの特徴は、警官隊との衝突など、暴力沙汰がいっさい発生していないことだ。

香港は高度に発達した文明社会であり、世界有数の都市社会である。香港市民は条理をつくし、穏和な手段で自らの政治的意見を表明し、実現する術を身につけている。

そしてこのほど、次期行政長官を選ぶ選挙人800人を選出する選挙がおこなわれた。七・一大遊行を契機に生まれた政治集団、「45条関注組」が母体になって組織された穏健民主派政党「公民党」の候補者が、他の候補者を圧して、全800人中、最高位の137人の選挙人を獲得した。これには民主派の老舗、民主党などの協力もあり、急進民主派以外の「汎民主派」(オール民主派)がほぼ結束しての賜物だった。これにより、香港の民主派は2007年に行われる香港行政長官選挙に、自前の候補者を擁して参戦できる。

1997年7月1日の香港回帰からまもなく10年。回帰後の香港政治を通観したい。
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登録日:2006年 12月 13日 00:09:27

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プロフィール
龍眼
(男)
本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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