世界一短いクルーズ-香港スターフェリー物語-
【香港 12日 AFP】48年の歴史を持つ香港のスターフェリー乗り場が、11日の深夜0時に閉鎖された。新しい乗り場は154万ドル(約1億8000万円)をかけて、現在の場所から西に360メートルの位置に建設された。跡地は6車線のバイパス道路とショッピングセンターに使用される予定。写真は、最後の客を乗せるスターフェリー(左)の1隻。(c)AFP/Samantha SIN
イギリス植民地時代から百数十年の歴史がある香港のスター・フェリー。
(AFPの写真は中環の天星埠頭で出航をまつスター・フェリー。写真下は香港島を背にゆったりと進むスターフェリー。龍眼撮影)
天然の良港、ビクトリアを擁する香港で、毎日休まず香港島と九龍半島を結んできた。
船賃は下層で1、7香港ドル(約27円)、上層でも2、2香港ドル(約35円)。
いまや香港島と九龍の間には、鉄道が3本、バスなど自動車が通るトンネルも3本ある。
だからスター・フェリーに乗るのは、時間にゆとりのある老人たちと、観光客が中心。
埋め立てで年々狭くなるビクトリア港で、束の間のショート・クルーズを楽しむのだ。
そのスター・フェリーから、思い出の場所が消えた。
◆天星埠頭(スター・ピア)の風景
スター・フェリーの九龍側の船着き場の代表格は、尖沙咀(チムサァチョイ)の南西外れ。大型客船が着岸する海洋埠頭(オーシャン・ピア)南隣の角にある。バス・ターミナルがあるが、MTR(地下鉄)の尖沙咀駅からは、ちょっと離れている。
香港観光発展局のカウンターがあり、各国語対応で地図や観光パンフなどの情報提供を行っている。スゥインドンという洋書専門店と、船の模型やTシャツなどのみやげ物屋、それにソフトクリームやスナックを扱う売店もある。
埠頭の外側には、内外の新聞を扱うスタンド。日本の『朝日新聞』、『読売新聞』(海外版)は高いので眺めるだけ。たまに意を決して、台湾の『中国時報』、『連合報』を買う。その近くでは、中国から「邪教」扱いされている法輪功の人々が、祖国での弾圧の実態を示すポスターを張り出し、機関誌やVCDを配布している。
その隣ではさまざまな募金活動やキャンペーンが行われている。ある時には、香港の普通選挙を求める署名活動。そしてつい最近では、尖閣諸島(中国名「釣魚台」)の中国領有を主張し、魚釣島上陸をめざしている保釣行動委員会の宣伝・募金活動を行うテーブルがならんでいた。10月のある日にここを通りがかった時、親しくしている活動家たちがそろって魚釣島に行ったと聞かされ、思わず100香港ドル(約1600円)をカンパした。
◆世界一短いクルーズ
波高き尖閣海域とは異なり、ビクトリア港の波はいたって静か。お碗のようなスター・フェリーの船旅はわずかに数分。世界一短いクルーズだ。
フェリーが出航すると、往時の九港鉄道駅舎の名残りを示す時計塔(クロック・タワー)が次第に遠ざかっていく。まもなく左手に帆立貝のようなコンベンション・センターが近づいてくる。1997年7月1日、ここで中英両国は香港返還式典を行った。
あれこれ想いをめぐらしているうちに、中環(セントラル)の天星埠頭はもう目の前だ。
天星埠頭の正面には、日本占領時代には香港占領地総督部も置かれていた香港上海匯豊銀行本店ビル。もっとも、総督部に使われた建物はとり壊され、いまは直立した「バルタン星人」のような、吹き抜けのあるモダンな建物になった。
その手前左手には丸い屋根を持つ香港立法局大樓(国会議事堂)。戦前は高等法院(裁判所)、日本占領時代には香港憲兵隊本部が置かれていた。戦後はイギリスが主催したBC級戦犯裁判である香港法廷(1946~48)の場となり、イギリス植民地下の立法評議会、香港返還直後の臨時立法会を経て、現在は立法会が置かれている。内部には議員専用のレストラン、パブもある豪華さ。イギリス植民地時代からの伝統で、議員たちのなかには、パブで一杯ひっかけてから審議に臨む豪傑も少なくないとか。もっともこの建物、老朽化が進み、移転、建て替えが検討課題にのぼっている。
◆日曜日のフィリピーナたち
中環の天星埠頭は、左手に観光用クルーザーの待ち合わせにも使われる大會堂前の皇后埠頭。右手には香港郵便局をのぞむセントラルの業務地区の中心に位置する。スターフェリーを降りると、タクシーやバス、そしてなぜか、人力車が並ぶ小さなロータリーに出る。中環のビル街に囲まれた一帯は、東京に例えれば丸の内にあたる業務地区。
それが日曜や休日ともなると、フィリピンから出稼ぎに来ている数千人の家政婦(アマ)さんたちであふれる。彼女らは祖国で大学を卒業したインテリ女性たちだが、高学歴者への就職機会が少ないフィリピンを離れ、家族に仕送りができるほど稼げる香港で、住み込みの家政婦として働いている。給料は日本円に直すと月6~7万円といったところ。
香港では、団地住まいの中流家庭でも家政婦を雇い、オーナー夫婦は共稼ぎという場合が多い。中華圏では女性も外に出で働くのが一般的。専業主婦だと肩身が狭いのだ。そこで家政婦(アマ)さんたちの出番。フィリピン、タイ、インドネシアなど、東南アジアから出稼ぎに来た彼女たちは、炊事、洗濯から子どもたちの学校への送り迎えまで、じつに良く働く。とくにフィリピン女性には敬虔なカトリックが多く、品行方正。英語が上手なため、子どもたちの教育にもいい。
日曜日のフィリビーナたちは、天星埠頭から中環(セントラル)のビル街一帯まであふれる巨大な人々の群れ。日本国総領事館のある交易広場(エクスチェンジ・スクェアー)近くの地球大廈には、彼女らをあてこんだ両替店、お国の有名歌手や民族音楽が並ぶCDショップ、東南アジアの食品を扱う店舗などがところ狭しと並ぶ。「ジョルダーノ」など、中環周辺のアパレル・ショップも、この日はフィリピン女性の御用達。一帯はタガログ語が飛び交っている。
天星埠頭周辺や、お隣の渣打花園(チャーター公園)、それに山側の香港動植物公園(旧香港神社)では、郷里を同じくする仲間が集い、手作りのお惣菜を持ち寄り、青空の下でのお弁当タイム。ギターを掻き鳴らして歌いだす人々。音楽に合わせて踊りだすグループがあるかと思いきや、近くには臨時の青空美容室も開店。その間を縫って、休日返上で活躍する労働組合や人権団体のオルグたち。
フィリピーナたちをはじめ、タイ、インドネシアなどから出稼ぎに来ている「外傭」の人々は、香港の公民権こそないが、香港社会に不可欠な人々である。そのアジアを体感できる場所が、日曜日の天星埠頭なのだ。
◆夕刊紙を読む時間
スターフェリーにまつわる一枚の忘れ得ぬ写真がある。 今世紀にはいり、尖沙咀(チムサァチョイ)にリニューアル・オープンした香港歴史博物館に展示されている日本占領時代の船内の一コマだ。
黒い便衣服を来た中国人の大群のなかで、一人ポツンと坐る軍服姿の日本兵。周りはすべて中国人という船内で、肩身がせまそうに小太りの体躯を丸くしてちぢこまっている。太平洋戦争の時代、「三年八カ月」にわたって香港を支配してきた日本。だが、当時の日本人が置かれていた立場は、まさしくこの兵隊さんの置かれた境遇だった。圧倒的多数を占める中国人社会のなかで、武力をちらつかせて支配していただけ。圧倒的な人民の海のなかで、いざひとりにされれば、たちまち弱さをさらけだす。
実際、日本軍政下にもスター・フェリーは働き続けていた。燃料が乏しくなり、欠航しがちだったとはいえ、スター・フェリーは香港-九龍間を結ぶ唯一の公共交通手段だった。そして戦後、海底トンネルが開通し、交通手段の主役ををMTR(地下鉄)や乗合バスに奪われてからも、廉価なスター・フェリーは、香港人の足でありつづけた。
中環の天星埠頭前のマキシムで、慌ただしくマカロニ・スープとトースト、コーヒーの朝食セットを食べた日々がなつかしい。ガラス窓の外を見やると、暇そうに通行人を睨む人力車のおやじさんたちが佇んでいた。内外の新聞、雜誌を手広く扱う露天商。かれらは天星埠頭が移動したら、どこに行くのだろう。
龍眼が香港に通いつめるようになった1990年代前半、香港には『新晩報』(左派系)、『星島晩報』(中立系)という二つの夕刊紙があった。仕事を終えた勤め人たちが、天星埠頭のスタンドで買い求める夕刊紙。スターフェリーの搭乗待ち、出航、そして対岸での下船というわずか十数分間のくつろぎは、夕刊紙を読み終えるのにちょうどいい時間だった。
ところが現在の交通手段の主役はMTR(地下鉄)。スターフェリーの客層は、仕事を持たない老人たちや観光客が中心となった。リアルタイムのニュースは衛星放送で毎時4回もニュースを更新する「有線新聞台」にかなわない。いまやMTR各駅では、無料のタブロイド紙が3紙も競合してしのぎを削っているのだ。日本の『メトロニュース』とは異なり、政治、社会、国際記事から、エンターティメントまである本格派。日本の『夕刊フジ』や『日刊ゲンダイ』が、無料で配られている状態といえば、わかりやすい。
かくしてまず『新晩報』が消え、『星島晩報』も停刊に追い込まれた。
台湾ではひとり『連合晩報』が夕刊を残している。中国の上海では、「朝刊」(日報、早報)、「夕刊」(晩報)のほかに、お昼に発行される「中午報」まであると聞く。すでに有線テレビが普及している上海で、平面媒体が一日に三回も更新されているのは驚きだが、忙しい香港では、もはや夕刊紙の市場空間は成立しにくくなった。
悠久の時間を刻むスター・フェリー。いまその主役は中国大陸から大挙してやってくる観光客が占めるようになった。いま船内では、普通話(中国標準語)が大手を振って飛び交っている。
余計な心配かもしれないが、あのフィリピーナーたち。天星埠頭が移動したら、こんどの日曜日には、どこに集まるのだろう。
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登録日:2006年 11月 22日 07:15:39
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- プロフィール
- 龍眼
- (男)
- 本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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