またしても長毛登場!-香港行政長官選挙3月25日投開票

行政長官選挙で親中国派の現長官が再選の見通し - 香港

【香港 2日 AFP】行政長官選挙で現職の曾蔭権(Donald Tsang)長官が再選し2期目を務める可能性が強まった。曾長官は新行政長官を選出する選挙委員会の8割以上の支持を固めたとされる。曾長官は北京の中央政府が支援する人物で、選挙委員会では親中国派が圧倒的多数を占めるため、同長官の再選が確実視されている。写真は同日、香港で選挙討論会に出席した曾長官。(c)AFP/MIKE CLARKE

AFPBB News


 香港の大統領にあたる行政長官選挙がこの3月25日におこなわれた。親中国派が多数を占める選挙委員による制限選挙のため、現職の曾蔭権(ドナルド・ツァン)長官の再選は動かないところ。それでも今回は、民主派第二党の公民党から梁家傑(アラン・リョン)候補が名乗りをあげた。民主派第一党の民主党も梁候補を支持し、香港回帰後初めて対抗馬のいる行政長官選挙となった。普選にはほど遠いが、対抗馬のいないこれまでの選挙よりはまし。

 その二人の候補者がディベートしている会場に、「小圏子選挙はまやかしだ!」「基層民衆の声を聞け!」と乱入したのが、言わずと知れた「長毛」こと梁國雄(リョン・コックフン)立法会議員(衆議院議員に相当)。

 街頭運動家時代には、おきまりの「チェ・ゲバラ」のTシャツ姿一辺倒だったのだが、議員になって、衣装代にカネを使うようになった。衛視に囲まれ袋叩きになるのも覚悟のうえで、ご覧のとおりのタキシード姿で登場。曾長官のトレード・マークでもあるでっかい蝶ネクタイ姿で、長髪をたなびかせ衛視に揉みくちゃにされつまみ出されるところなんぞ、バッツグンの演出効果。
それにしても、長毛は太ったなぁー。そしてこのタキシード姿。もしも貸衣装だったりしたら、あとの損害賠償も大変そうだ。

◆返還後、民主が後退した香港

 1997年7月1日に祖国中国の主権下に回帰した香港だが、イギリス植民地時代に比べて明らかに民主の後退が認められる。

 まず「法の支配」の崩壊。香港最高法院の判決が、中国全人代の解釈権で覆されてしまった。香港の法治が、香港基本法を制定した中国全人代の下位に従属していることが、すでに既成事実化している。

 香港市民の多数が切望している行政長官、立法会議員の普選実現もほど遠い。

国会に相当する香港立法会は、定数60人の一院制。その立法会議員のうち、民意を直接に反映する普通選挙枠は定数の半分の30人議席。残り30議席は、職能団体別選挙といって、限られた有権者の制限選挙。

 だから、直接選挙枠で香港市民の60%余りの得票を得ている民主派(民主党、公民党、前線、社会民主連線など各派の総体。あわせて「汎民主派」)なのに、立法会では直接選挙枠でようやく20議席。職能団体別選挙で医療界、法律界、教育界などで健闘して5議席。あわせて25議席しかならない。6割の得票を得ながら、4割の議席しか取れないのだ。

 返還前のパッテン改革の集大成ともいうべき1995年の立法評議会選挙では、直接選挙枠と職能団体別選挙あわせて半数の30議席を獲得した汎民主派だが、回帰後の臨時立法会を経て、新たな立法会選挙では、民意の支持では民主派に劣る親中国派政党に有利な中選挙区比例代表制の導入や、職能団体別選挙の有権者を大幅に制限した新しい選挙制度で、どうあがいても過半数を取れない仕組みが出来あがってしまった。
 
 それでなくとも、香港立法会には法律制定権がない。香港の法律や政策は、広汎な権限を委ねられた香港行政長官の直属下にある行政会議(閣議)で策定され、立法会で審議される。これが中国中央政府の承認を得て、はじめて執行されるわけだから、立法会の役割は限定されている。

 では、香港の大統領ともいうべき行政長官はどのように選ばれるかというと、700万人の香港市民のうち、わずか800人の選挙委員の互選による間接選挙。この選挙委員の選任がじつにクセ者で、約22万人のかぎられた有権者(名望家)たちの互選できまる。

 より正確にいうと 工商界(財界)から200人、教師、弁護士、会計士等の専門職から200人、労働団体、社会福祉団体、宗教団体などから200人、これに立法会議員、区議会議員の一部と、香港の全人代代表、全国政協委員などから200人の選挙委員を選ぶ。これらを合わせた数字が800人。

つまり、700万人の香港市民の大部分は行政長官選挙には参加できない「二等市民」。
その一部に22万人の「一等市民」がおり、彼ら「一等市民」の選挙で800人の選挙委員が
選出される。そして、この一握りのエライさんの「選挙」で、香港の行政長官が決まるのだ。

◆梁家傑の参戦で分岐した民主派の対応

 初代の董建華行政長官は、香港回帰前に選出されたときも、2002年に再選された時も、対抗馬のいない信任投票だった。2002年の選挙で民主党は候補者を擁立しようとしたが、立候補に必要な100名の選挙委員を集めることすら出来なかった。

ところが、再選された董建華行政長官が、国家安全条例(治安維持法)制定をめぐる民意の反発から、二たびの50万人デモに直面。返還後最大の政治危機のなか、表向きは「健康上の問題」を理由にしながらも、董建華は任期途中での辞任に追い込まれた。

 七・一50万人デモで勢いづいた汎民主派は、2007年の行政長官選挙と、2008年の立法会選挙での普通選挙実現を要求。あとを引き継いだ曾蔭權行政長官が提案した妥協的な選挙改革案を、「普選にはほど遠い」と拒否。結局、時間切れで今回の行政長官選挙と、
来年の立法会選挙は、現行制度のまま行われることとなった。

 今回の行政長官選挙では、民主派第二党の公民党から、梁家傑候補が出馬。民主派第一党の民主党の支持も取り付け、民主派共同候補として、130名余りの選挙委員の獲得に成功した。100人以上の選挙委員を集めたことで、香港回帰以来はじめてとなる対抗馬のいる行政長官選挙が実現した。

 だか、立法会第一党の民建連(親中国左派)や、第二党の自由党(財界派)は、公務員出身で、施政にこれといった失点のない現職の曾蔭權行政長官支持でまとまった。現状では民主派はどうあがいてみても勝ち目はない。

 それでも選挙戦を通じて公開の政策論争ができるところに、梁家傑立候補の意義は見いだせた。長毛が乱入したヒアリングもその一つ。民意の多数を背景もつ民主派が実際に候補者を出し、現職候補を相手に堂々と政策論争を挑んだ。

 3月15日に行われたテレビ討論会では、直接選挙の早期実現や、社会的弱者に対する福祉を主張した梁家傑候補が36%の支持を獲得。香港の自由市場としての経済発展を重視する曾蔭權候補に10%近い差をつけた。実際の選挙戦の帰趨とは別なところで、民意とは異なる結果の制限選挙制の矛盾を突くという、所期の政治目的は果たされた。

◆問われる民主党の舵取り

 もっとも、公民党の梁家傑が行政長官選挙に参戦したことに、民主派の対応は割れた。民主派第一党の民主党が自前の候補者を出せず、公民党との間で選挙協力をする苦渋の決断をしたのに対し、写真の長毛こと梁國雄(リョン・コックフン)議員らが組織する社会民主連戦や、劉慧卿(エミリー・ラウ)議員らの小党「前線」は、「小圏子選挙反対!」を唱え、行政長官選挙のボイコットを決定。

 他党候補を応援する形で行政長官選挙に参加した民主党も事情は複雑。昨年12月18日に選出されたばかりの何俊仁民主党主席は、対日歴史問題や保釣運動(尖閣諸島領有権主張運動)では、行政長官選挙をボイコットしたむしろ急進民主派系の活動家と行動を共にすることが多かった。2003年と04年と2年連続で七・一50万人デモの先頭に立ってきた急進民主派との関係を、切り離すことは不可能だ。

 このように、民主派の対応の分岐は、民主党に最も深刻な影響を与えた。最短でも2012年まで延びた普選実現に向けて、これから民主派はどう結束していくのか? 六・四天安門事件(第二次天安門事件)の記憶が風化するなかで、民主、人権の主張を若い世代にどう継承させていくのだろう?

  現実の中国政治の趨勢をみる限り、香港の民主派が単独で新しい地平を作り出す力は乏しい。中国国内のさまざまな変化、変動のなかで、香港の存在事態が役割を期待されるような場面で、あらためて民主派が真価を発揮するということだろう。

 このように香港問題は、中国内地の動向と密接に結びついている。中華世界のなかで、「鳥籠民主主義」と自嘲しながらも、香港にはまがりなりにも自由な空間が存在し続けている。グローバル化が進むなか、普選、民主を香港だけで捉えるには、どだい無理がある。

同じく一国二制度下にあるマカオ、変化の激しい台湾問題。さらには発展めざましい珠江デルタの各都市など、中国本土、各地のさまざまな動きと合わせ、香港問題は多角的、多面的に見ていく必要がある。


★追記 3月25日に投開票された香港の行政長官選挙で、現職の曾蔭權(ドナルド・ツァン)行政長官は有効投票の728票のうち、649票を得て再選。民主派の梁家傑氏は123票と大差をつけられた。梁家傑氏の得票は予備選挙で支持者として確保した選挙委員数をいくぶん下回っている。初代董建華行政長官とは異なり、大きな失政のない曾長官に対して、攻めあぐねている民主派の現状をまざまざと見せつけた選挙だった。

カテゴリー[ 香港 ], コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2007年 03月 11日 06:14:42

コメント

特別行政区がどの程度「特別」なのかがよくわかりました。中国全体を民主化すれば香港の民主は実現できそうですが、中国が民主化したら日本の対中外交はより困難になるでしょうね。わたくしくの澳門・広州・香港研究室にリンクを張って下さりありがとうございます。最近更新していませんが、近いうちブログを開く予定です。

塩出浩和 @ 2007年 05月 06日 02:20:14

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プロフィール
龍眼
(男)
本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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