カトリックと中国をつなぐキィ・パースン-陳日君枢機卿選出に注目-

15人の新枢機卿が叙任される - バチカン

【バチカン 25日 AFP】バチカンで24日、枢機卿教会会議が開催され法王選挙の有権者である枢機卿12人を含む15人が新枢機卿に任命された。香港のジョセフ・ゼン(Josdph Zen)新枢機卿は中国政府の辛口の批評家でこれまで民主化運動に頻繁に参加してきた。写真はサンピエトロ広場(St Peter Square)で他の枢機卿からの祝福を受けるゼン枢機卿。(c)AFP/PATRICK HERTZOG

AFPBB News


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(写真下)は数十万人を集めた香港の2004年七・一大遊行(大デモ)の集合地点となったビクトリア・パーク(維園)で、キリスト者が催した前段の祈祷集会で説教する陳日君カトリック香港教区主教(龍眼撮影)。


昨年4月2日にローマ法王ヨハネ・パウロ2世(ポーランド出身)が亡くなったとき、バチカンで行われた葬儀には、各地から200万人もの人々が集まり、世界平和に貢献した法王の遺徳を讃えた。その後継として、昨年4月19日世界117人の枢機卿のコンクラーベ(秘密選挙)でローマ法王に選出されたのがペネディクト16世(ドイツ出身)。そして新しい法王を迎え、にわかに注目の的となったのが、バチカンと中国の国交問題。世界170カ国との間に国交のあるバチカンだが、いまだ中国とは国交がない。
そして今年3月24日、バチカンで開かれた枢機卿会議で、新たに補任された15人の枢機卿のなかに、陳日君(チャン・ヤッグン、74歳。写真右)香港教区主教の名前があった。陳日君は上海生まれの中国人。香港700万人の全人口うち、23万6000人(キリスト教全体では53万6000人、『香港2001』による)のカトリック信者を導く頂点に立つ。その陳日君枢機卿が、11億人の信徒を抱える世界最大の宗教カトリック教会と中国との関係改善を探るうえで、にわかに「キィ・パースン」(關鍵人物)として、浮かび上がってきたのだ。
バチカンと中国との国交樹立はただちに台湾との断交を意味するばかりか、中国の民主的発展の可能性を占ううえでも、重要な意味を持つ。

◆香港治安立法反対50万人デモの立役者

わが龍眼が陳日君主教に初めて目撃したのは、新型肺炎SARSが東アジアを席捲した2003年6月4日、香港で毎年行われている天安門事件犠牲者追悼キャンドル集会の「前座」として、ビクトリア公園の一角で開かれていた追悼祈祷会を取材したときだ。
凹地になった小さな広場。ベンチがバウムクーヘンのように同心円状にめぐる会場には、明るい時分から、家族連れ、市民たちが集まってきた。SARSで世界最大の被害を受けた香港。多くの人々の顔は、使い捨ての抗菌マスクで覆われていた。
陳主教が姿を見せたのは、日が落ちてあたりが暗くなったとき。にわかに、カメラマンたちの動きが騒々しくなった。陳主教は、ハンドマイクを手に、天安門事件に倒れた人々への祈りを捧げると共に、香港社会を未曾有の危機に陥れた新型肺炎SARSとの闘いに倒れた医師、看護師らを讃える言葉をのべた。
この夜、同じ公園のサッカー場6面をすべてつぶして開催された恒例の天安門事件犠牲者追悼集会も、例年にない参加者数を記録していた。参加者を前年に倍する8万3千人。この集会は1990年から毎年6月4日にビクトリア公園サッカー場で開かれているが、香港返還後、99年の十周年追悼集会を最後に参加者数が年々減少。2001~02年の参加者は主催者発表で4~5万人台、実勢では2万人強と見られていた。この日の参加者大幅増は、その後の香港民衆運動の活性化を予兆させるものとなった。
2002年に再選を果たし、二期目に入っていた董建華行政長官は、中国の全人代が1990年に制定した香港の憲法にあたる「香港基本法」23条の規定に則り、内乱や国家転覆を企画したり煽動したりすることを、恣意的に取り締まることができる治安立法、「国家安全条例」を準備していた。さしずめ、日本の法律に照らせば、戦前の「治安維持法」であり、現在、国会審議中の「共謀罪」にあたる。
ところが、他のいかなる人々よりも個人の尊厳、言論、思想、信教の自由を重んじる香港人のことだ。法案が具体化するや、広汎な反対運動がおこった。
1997年の香港返還以来、ながい景気の低迷、ますます開く所得格差、窒息しそうな言論状況。そこに出てきた危険な治安立法。
2003年夏に始まる香港民衆運動の高揚は、これまでにたまりにたまっていた鬱憤をマグマのように噴出させる動きだった。この大きなうねりのなかに、陳日君主教が指導するカトリック香港教区の人々の姿もあったのだ。
2003年7月1日、クィ-ンズ・ロード(皇后大道)を50万人の香港市民が埋めた。「伝説」のデモが起こった瞬間だ。真夏の盛りの炎天下、47人の熱射病患者が救急車で運ばれる最悪のコンディションだったが、この日の正午過ぎにも、集合地点となったビクトリア公園の一角で、キリスト者の祈祷会が開かれていた。
その中央に陳主教がいた。信徒が差し出す日傘のもとで、静かに説教する姿に、特別な派手さや、パフォーマンスがあるわけではない。だが、人々に語りかける陳主教の発言は、香港のカトリック信徒ばかりか、香港の言論界、ひいては世界11億のカトリック信徒に重大な影響を持つ。
翌2004年の7月1日にもほぼ同規模のデモが起こった。陳主教はこの日も直前に開かれた祈祷会で、人々に語りかけていた。舗装の照り返しで、空気が蜃気楼のように澱む。この日も驚異的な暑さだったが、日傘の山は微動だにしなかった。白人、黒人、そしてフィリピンから来たアマさん(家政婦)たち。聴衆のなかには、香港で暮らす多種多様な人々が含まれていた。
この日の目玉は、陳主教の説教ののち、祈祷会の壇上で紹介された人々の存在だろう。李柱銘(マーティン・リー)民主党前主席、李鴻飛(アレックス・リー)自由党元主席、司徒華(シトワ)香港市民支援愛国民主運動支援連合会主席、黎智英(ジミー・ライ)香港『蘋果日報』(りんご新聞)社主が揃い踏みした。
いっぽう、香港特区政府を率いる董建華行政長官は、2003年のデモが招いた香港の政治危機を収拾するなかで、すでに国家安全条例(治安立法)制定作業の撤回を表明していた。したがって、この段階での民衆運動の目標は、行政長官、全立法会議員の直接選挙実現に移っていた。
董行政長官が任期途中での辞任を表明したのは、2004年9月の立法会議員選挙が一段落し、民主派の勢いが止まってまもなくのこと。もっとも、本人は「健康上の理由」と説明しているが、事実上の更迭という見方が払拭できない。そして、後任の2代目行政長官に選出された曾蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官もまた、敬虔なカトリック信徒であった。
キリスト教が香港でいかに大きな影響力を持っているかは、これだけを見てもわかるだろう。

◆中国とバチカン

陳日君枢機卿は1932年、中国の上海で生まれた。上海の教会学校に学び、イタリアの大学を卒業。1996年10月20日から香港教区の主教補佐をつとめ、2002年9月23日、胡振中主教の逝去後、香港教区主教に選出された。そして、今年3月24日、新法王ベネディクト16世のもとで、枢機卿に選出されたのだ。
枢機卿はカトリック教会で法王に次ぐ地位にあたり、教会の重要事項をとりしきる。枢機卿は今回選ばれた15人を含め、世界全体で193人いる。
就任儀式が行われた日、サン・ピエトロ広場には、香港はもとより、カナダのトロントなど海外在住の華僑からも、陳枢機卿の就任を祝福する人々が集まった。
就任後、陳枢機卿は「今回は、たくさんの信徒を抱えている教区で枢機卿が選出されなかったところもたくさんある。私が選ばれたのは、教会がいかに中国を重視しているかを示しています」とのべた。
ヨハネ・パウロ前法王の逝去、弔問外交以来、バチカンと中国との間に、歴史的和解の機運がおこっている。両者はともに国交樹立に強い意欲をもっていると伝えられるが、これまでの歴史的経緯から、いくつかの障害がある。
中国は革命後、「宗教の自由」をうたいつつも、実際には宗教勢力を国家の管理統制下においた。カトリックの場合、あらたに政府公認の天主教愛国会が組織され、これに従わないカトリック信徒たちは、家庭などを拠点に礼拝する地下教会となり、当局の弾圧の対象とされた。このため、バチカンの法王庁と中国との間は、1951年以来断交されたままだ。また、バチカンは現在台湾と外交関係があるが、中国との国交樹立は、台湾との断交が前提となる。
中国政府は、バチカンとの外交関係樹立について、内政不干渉も条件にしている。カトリックの持つ国際的影響力が、中国の国内政治に波及するのを強く警戒しているのだ。
実際、過去に天安門事件追悼集会や、国家安全条例反対の祈祷会など、さまざまな政治的場面に姿をあらわしてきた陳主教は、中国にとって好ましくない人物。陳主教が枢機卿に選任されてまもない4月30日。中国の天主教愛国会は、雲南省昆明教区の新司教に馬英林神父、さらに5月3日には安徽省蕪湖教区の新司教に劉新紅神父を任命した。これらはローマ法王の人事権を無視した動きであり、陳枢機卿は「(愛国会による新たな司教任命は)復交交渉の誠意を破壊するものだ。(バチカンは)復交交渉を続けることが出来ない」(5月3日、香港TVBニュース)と非難した。これに対して、中国外交部の劉建超報道官は、「バチカンは中国の天主教の歴史と現実を無視している。非難にはなんの道理もない」と非難する談話を発表した。マスコミは一様にバチカンと中国の復交は遠のいたと報じている。

◆中国・バチカンの復交は双方に利益

だが、事態はそんなに単純ではないのではないか?
なぜなら、中国の天主教愛国会にしてみれば、新主教の任命はこれまでどおりのことをしたまでのこと。また、もう一つの障害である台湾との関係について、陳枢機卿は「台湾の司教らも了承済みのこと」と、台湾との断交を示唆し、この問題ではバチカン側が譲歩する姿勢を示している。
香港の陳日君枢機卿はもとより、マカオの呉国昌立法会議員(民主新マカオ、マカオ民主派のリーダー、カリタスマカオの聖職者だった)、台湾の李登輝前総統(キリスト教長老教会の信徒)、林義雄元民主進歩党主席(美麗島事件、林義雄一家虐殺事件など国民党の白色テロの犠牲者。最近、民主進歩党を離党)など、中華圏の信徒には、中国政府にとって、「まつろわぬ」(従わない)政治的人物が多い。
カトリックとの関係改善、和解は、これら「まつろわぬ」人々の傘下にいる多くの人々との間に、新たな糸口を見いだすことを意味する。他方、バチカンにしてみれば、中国との復交は、これまで長く迫害されてきた中国国内の地下教会信徒たちに光明を与えるものだ。
中国・バチカン間の復交は二国間の関係改善にとどまらず、13億人を超える中国人民と、11億人といわれる世界のカトリックの歴史的和解をも意味する。
考えてもみよ。じつに世界人口のほぼ半分の人々が握手するのだ。これは画期的なことではないか?
今年は、キリスト教東洋布教の立役者、フランシスコ・ザヴィエル生誕500年。そのザヴィエルは、中国広東省南部の上川島で死去している。いっぽう、中国が国威発揚の区切りとして強く意識している北京オリンピックまであと2年。バチカンと中国の復交は、双方に利益が大きい。しかも、交渉はまだ緒についたばかりだ。

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登録日:2006年 05月 07日 10:01:19

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プロフィール
龍眼
(男)
本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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