浮き輪を持って、温泉へ-台湾の温泉文化-
【台北/台湾 18日 AFP】日本の温泉文化が台湾の温泉産業の発展に大きな影響を与えている。スプリング・パーク・インターナショナル(Spring Park International)提供の写真は、台北(Taipei)郊外の人気の温泉スポット、烏来(Wulai)の浴場で湯船につかる女性。(撮影日時不明)(c)AFP

さきほど大地震に見舞われたインドネシアのジャワ島も、台湾、そして日本も、環太平洋火山帯に属する。台湾もまた過去にいくたびもの震災に見舞われ、多くの犠牲を払ってきた。だが、見方をかえれば、地震国は同時に温泉天国でもある。台湾は日本に負けない温泉資源の宝庫。写真の北投温泉は、日本でも有名な「北投石」が産することでも有名。良質の源泉がこんこんと湧き出ている。台北市街地から30分で湯けむりのたちのぼる温泉郷にたどりつけるのだから、これは感動ものだ。
台湾には北投温泉のほかにも、泥湯や冷泉など、ユニークな温泉があまたある。ところが、台湾人の温泉の楽しみ方は、日本人のそれとはかなり異なっている。そんな台湾の温泉事情を紹介したい。
◆北投温泉で植民地時代から続く公衆浴場を体験
台北からMRT淡水線で30分。北投駅で支線に乗り換えてわずか一駅。終点の新北投駅からひろがるなだらかな丘陵地帯に北投温泉(新北投温泉)はある。東京ならさしずめ箱根か熱海。大都市台北に近く、源泉量も豊かで、泉質もすばらしい。
北投温泉には、温泉以外の観光資源もある。新北投駅を出て中山路のすぐ左手に見えるのが凱達格蘭文化館。台湾原住民文化を紹介する博物館で、1階はホール。2階は地元パイワン族の通過儀礼を、つづく3階は、台湾各地に散在する原住民族の人口構成や、習俗文化、民族衣装などを展示している。シアターコーナーもあり、原住民文化のビデオを毎日上映している。
博物館を出て、中山路の坂道をさらに登ると、右手に北投温泉博物館もある。
1913年に建設された北投温泉公共浴場を博物館に転用したもので、外観は赤煉瓦造りの立派な洋館。かつては共同浴場として使われ、内部には当時の浴室が残されている。築後10年目の1923年には、台湾巡幸中の皇太子(昭和天皇)も入浴されたとか。
この巡幸のおり、皇太子は基隆に上陸したあと、台湾北部の金瓜石金山にも立ち寄っていた。このとき御座所となった建物は「太子亭」という名で今も残る。塀に囲まれた「太子邸」は、寄せ棟づくりでガラス張りのおしゃれな日本家屋。芝生を張りめくらせた庭園には亜熱帯植物も植栽されている。
台湾映画「悲情城市」の主要なロケ地ともなった金瓜石は、日本家屋が立ち並び、懐かしい田舎に来たような錯覚を覚える。だが、ここは間違いなく台湾なのだ。
戦後、金瓜石金山は国民党政権に引き継がれたが、いまは黄金をほとんど掘り尽くし、かつての賑わいはない。往時のトロッコ軌道が残るほか、鉱山の中腹に「黄金神社」という御利益あらたか(?)な神社の鳥居が残るのみ。
隣町の九份が観光地として成功したこともあり、金瓜石もここ数年急ピッチで整備事業をすすめられている。今年2006年には一段落し、一般に公開されるとか。
日本軍の台湾進駐、そして復員。国民党軍の台湾進駐と、幾多もの歴史を重ねてきた軍港都市基隆。「非情城市」の舞台となった九份、金瓜石。これらは地理的にも近く、新しい台湾観光のスポットとして、必ずや脚光を浴びるだろう。
さて、話題を北投温泉に戻そう。
写真の露天風呂は新北投公園の坂道を少し登ったところにある親水露天温泉浴池。朝8時30分から夜21時45分の営業で、平日20元(約70円)、週末や休日は40元(約140円)で本格的な天然温泉が楽しめる。もっとも、写真をご覧になればわかるように、混浴で水着着用が鉄則。左手の仕切りのある一角は洗い場で、トイレ、ロッカー、更衣室は完備している。露天風呂は屋根つきも含めて五つ。泉質も温度もちがううえ、レストランもあるから、混み合う土日を避け、のんびりすごしたい。
もっとも、裸で入らなければ温泉に入った気がしないという御仁には、この露天浴池を出て新北投公園を横断。光明路に面した滝の湯という共同浴場をお勧めしたい。入湯料は150元(約525円)と少し高くなるが、それでも日本の銭湯なみ。朝6時30分から夜21時まで、地元住民の管理で、年中無休。玄関を入り、番台で日本語が少し出来るオジさんに料金を払う。タオルはここでも売っている。
番台を抜けると、右手が女湯、左手が男湯。引き戸を開けると、もうそこは温泉の世界。真っ白な湯けむりが立ちのぼり、強い刺激臭がぷーんと鼻をつく。脱衣場と浴場に境目はなく、右手が脱衣所、左手はすぐ大浴場というシンプルな造り。右手壁面のオープン・ロッカーに荷物や衣服を次々と投げ込み、裸になって、いざっ、温泉にざぶーん。荷物管理は自己責任。浴槽につかりながら、ひたすらロッカーを凝視する…。
浴槽は石造りで二つ。龍眼は最初空いていた浴槽に浸かり、あまりもの熱さに飛び上がった。
「はっはっはっ、そっちは熱いんだ。こちらの方が入りやすいよ」。
地元のお爺さんが、日本語でもう一つの浴槽を指さした。
常連さんによると、滝の湯は白湯と青湯の二種類があり、いずれも源泉かけながし。薄めていないから、かなり熱い。青湯は温泉成分が強く、強い刺激臭がある。長く浸かっていると、肌がピリピリしてきた。
奥手にはカランのスペースがある。地元の男性が立ったままシャワーを浴び、石鹸で体を流していた。広くはないが、天井が高いため、手狭な感じはない。
ぬるい方のお湯で半身浴していた二人連れが日本語を話していた。一人は名古屋から来た出張さん。もう一方は同じ会社の地元スタッフ。日曜日を利用し、自家用車で烏来、北投など、近隣の温泉をひとまわりしてきたという羨ましい二人。
「いやぁ、台湾で温泉を楽しめるとは、思いもよりませんでした」と、上機嫌の出張さん。 地元スタッフは、この日訪ねた温泉について、「ああだ、こうだ」と盛んに講釈していた。
北投温泉は台北にほど近く、観光化が著しい。本格的な温泉ホテルの料金は、日本の観光旅館なみ。相応の出費を覚悟しなければならない。だが、台湾人の温泉好きも相当なもの。いまや北海道の温泉地や加賀温泉郷は、台湾人の団体観光客で潤っているではないか。李登輝前総統が訪日のおり宿泊した和倉温泉の加賀屋も、かねてから台湾人団体観光客の受け入れに実績のあった高級旅館。日本的なキメ細かなサービスが台湾人のハートをとらえた。その加賀屋がいよいよ北投温泉に進出。発展めざましい台湾の温泉文化が、日本の温泉旅館を迎えてどう変わるのか? これからが楽しみだ。
◆蘇澳冷泉で焼きモロコシ
台湾は全島を鉄道が一周しており、一昼夜で周遊できてしまう。とくに海岸まで山が迫っている東部幹線沿いは、温泉の宝庫でもある。北から南にたどれば、宜蘭県の蘇渓温泉、蘇澳冷泉、さらに台東県の知本(チベン)温泉など、温泉郷はあまたある。
なかでも異彩を放つのが、台湾三大漁港の南方澳にもほど近い、蘇澳冷泉。炭酸泉だが、その名のとおり、源泉は摂氏22度の「冷泉」。日本式にいえば「鉱泉」になるが、「なーんだ」と馬鹿にしてはいけない。台湾人は加熱せずにそのまま入るのだ。
蘇澳冷泉は石灰の岩盤を透過してできた天然の炭酸水。ひんやりと涼しく、皮膚に心地よい刺激を感じる。とても気持ちいいので、夏の盛りともなると、台北方面から家族連れや若者たちのグループが直通バスでどっと押し寄せてくる。
公営の蘇澳冷泉浴池に建立された顕彰碑によると、冷泉の発見は日清戦争直後の1895年にさかのぼる。蘇澳に入港した仙台丸に乗り込んでいた竹中信景は、部隊を率いてこの地を行軍中、蘇澳七星嶺のふもとで休憩した。こんこんと湧き出る湧水(冷泉)で喉を潤し、その水があまりにも爽快で美味しかったのが忘れがたく、退役後の1897年、家族とともに蘇澳に移住してしまった。
竹中は冷泉を利用してラムネ(納姆日)を製造。台湾各地で販売して人気を博したという。1916年には日本全国博覧会に出品して銀賞を受賞。ボトルにガラス玉の入った独特なフォーム。爽快な飲み心地は一躍人々を魅了した。
ラムネは日本の飲み物だと思っていたが、台湾が故郷だったのだ。
冷泉に薬効をみとめ、入浴に利用するようになったのはさらにあとの時代らしい。最初は地元の人々が利用する共同浴場程度の施設しかなかったが、宜蘭県政府が巨費を投じて冷泉公園と大型冷泉施設の建設に乗り出し、2002年に蘇澳冷泉浴池(冷泉プール)がオープンした。その効能書きによると、胃病、胃酸過多、下腹部のむくみ、慢性肺炎、腎結石、膀胱結石、痛風、糖尿病、慢性肥満、全身のむくみなど効能あらたかだとか…。
現在、公共の蘇澳冷泉浴池には、露天の大型の大衆戯水池(冷泉プール)1つと、個室になった個人浴池(家族冷泉風呂)15室がある。大衆戯水池は男女混浴、水着着用で、更衣室、トイレ、ロッカーも完備。午前8時から午後22時までの営業で、大衆戯水池は70元(245円)、個人浴池が100元(350円)で、ロッカーは無料。
いわば冷泉プールで、台湾の人々は、家族連れでカップルでやってきて、浮輪やボールで戯れている。ゆっくり「湯治」という向きには、個人浴池で過ごすか、冷泉を引き湯している地元の金華大旅社、自家園旅社などの、リーズナブルな「合法旅館」(簡易ホテル)で、部屋風呂を楽しんだほうがいいかもしれない。
蘇澳冷泉浴池を探検したおり、一番びっくりしたのは施設内の売店。浮輪やビート板、水着などかつるされていて、まるで海水浴場。隣の軽食スタンドでは、藍苺(ブルーベリー)や紅豆牛奶(あずきミルク)のかき氷と一緒に、海苔(のり)のアイスキャンデーなんてメニューもあった。 どんな味がするのだろう?
さらにびっくりしたのが、冷泉プール近くの屋台で、オジさんが美味しそうにトウモロコシを焼いていたこと。温泉で焼きモロコシとは……。 箱根のユネッサンが香港人、台湾人にバカ受けだと聞いているが、はたして同じことをやっているかどうか…。
蘇澳には冷泉以外にこれといった観光地はない。だが、少し足を伸ばすと、台湾三大漁港のひとつ、南方澳がある。毎日新鮮な魚介類があがる台湾有数の海鮮料理の名所。海の守り神として、台湾海峡の両岸で信仰のあつい媽祖を祀った霊廟や、キリスト教の教会もあった。
じつは蘇澳港、南方澳港は、日中台間で領有権を争う尖閣諸島(中国名釣魚台)に最も近い港でもある。尖閣海域はカツオの産地として知られるが、南方澳港の外れの豆腐岬には、地元蘇澳ライオンズクラブと、北九州ライオンズクラブが友好姉妹協定を結んだ1995年に建立された、カツオをモチーフしたブロンズ像もあった。
その翌年の1996年。日本の右翼団体が魚釣島に灯台を立てたことに抗議し、香港で釣魚台の中国(台湾)領有を主張する運動が起こった(第二次保釣運動)。活動家たちは南方澳で200隻あまりの漁船をチャーター。台湾、マカオの有志も加わり、一路尖閣諸島に向かった。
尖閣海域では、海上保安庁の巡視艇と激しい肉弾戦。卵投げ合戦で陽動した末、一部活動家が魚釣島上陸を果たした。ほんのいっときとはいえ、中国の五星紅旗と、台湾の青天白日旗がはためいたのは、この時のことだ。彼らは帰国後、「烈士」(英雄)として迎えられた。
南方澳で豆腐岬の橋上を歩いていたおり、思いがけないものも目撃した。台湾漁船に雇用される、福建などの中国人漁民が暮らす海上旅館だ。老朽船を利用したそれは、トイレも無く、一人当たりの面積は狭い。通常は公海上を浮遊し、台湾漁船から、「今から2人おくれっ!」「今日は5人だ!」と、お声掛かりを待つ。そもそも台湾では「3K」労働の漁業が嫌われ、漁民の跡継ぎが不足し、高齢化も進んでいる。そこで、必要に応じて洋上でブローカーが手配する中国漁民を雇用するケースが増えている。いまや台湾漁業は、中国人乗組員なくしては成立しないのだ。これら中国人漁民の雇用は法の網をかいくぐり、あくまでも公海上でおこなわれてきたが、公海上で暮らす中国人漁民は、台風や嵐が来るたびに船が難破し、命をおとした。常に危険と隣り合わせのため、かねてから人道上の問題になってきた。そこで台湾当局は一部港湾に海上旅館(老朽漁船)を着岸することを認める方針に転じたが、陸上での台湾人との交流は厳しく禁じられ、いまも有刺鉄線に囲まれた範囲でしか上陸を赦されていない。
蘇澳で見かけた海上旅館の近くにも警察の番所がおかれ、有刺鉄線の向こうには、せわしなく行き来する中国人漁民の姿が見えた。海上旅館の暮らしは、海水で歯を磨き、船べりにぶら下がってトイレ代わりに用足しするという厳しい暮らし。それでも船の中で暮らすぶん、遊興で余分な出費をしないから、3カ月の年季があけるとかなりの大金を手にするという。
政治、軍事では対立する中台両岸だが、実生活ではさまざまに助け合っているのだ。
◆知本温泉で出会った老台北
タクシーで蘇澳新駅に乗り継ぎ、東部幹線を台東まで南下すると、台湾南部最大の温泉地、知本温泉がある。マグロの水揚げ港として有名な台東からバスで約30分。高雄から台東行きのバスも、高雄空港、知本温泉を経由しているから、アプローチの仕方はいろいろあるようだ。
日本植民地時代から開発された温泉郷で、温泉地としてのインフラも台湾屈指。日本で言えば、さしずめ別府温泉にあたろうか。泉質は無色透明な炭酸泉で、すべすべとしており、癖のない、入りやすいお湯だ。
龍眼が泊まったのは、2004年の3月。総統選挙の取材で台湾を鉄道で一周したときの立ち寄り湯。初めての土地だったことと、日本に急きょ校正稿を送る仕事があったため、設備の整った高級ホテルを選び、知本富野渡暇村というリゾートホテルに泊まった。予約なしでいきなりフロントでの交渉だったが、平日だったこともあり、通常価格の4割引きですんなりOK。キングサイズのベッドと、明るい調度家具に囲まれた広い部屋に案内された。
宿泊者には朝食のクーポンと、スパ、露天風呂それぞれ一枚のクーポン券が付く。
たとえば、夜はスパで入浴し、朝は露天風呂でゆったり浸かるなんてことも可能。もっとも、日本の温泉旅館のように、くりかえし入浴するにはどうしたらいいのかはついに聞きそびれた。夕食は別料金になるが、カフェテリア形式で、海鮮や刺身が食べ放題。品数も豊富で、家族連れで賑わっていた。
館内のスパは広く、小さな温泉プールの趣がある。黒い海パンのお父さんや、レトロなワンピースの水着を着用した女性たちが、打たせ湯やジェットバスで大はしゃぎ。プールで遊泳というほど徹底していないが、かといって、日本の温泉地のようにお湯につかってじっとしている人は少なく、せわしない。
「これが台湾の人々の温泉の楽しみ方なんだなぁ」と、人々の動き方を見ているとたいへん興味深く、いつまでも飽きなかった。
校正の仕事を終えた翌朝、台湾式に海パンを着用してひとり露天風呂に浸かっていると、台東から来たという老夫婦に声をかけられた。最初は台湾語(ミンナン語)だったため戸惑っていると、お爺さんはすぐに日本語に切り換えてきた。お婆さんも少しだけ日本語が出来る。お爺さんは日本から来た遠来の客を懐かしがり、お婆さんを先に上げてからも、とめどもなく日本語で話し続けた。
この老人を仮に「老台東」と命名しよう。
老台東は公学校で日本語を学んだ。日本植民地下の台湾は、戦時下の1930~40年代に急激に日本語が普及している。日本の戦争に、兵士、軍属として台湾人を動員するため、公学校をはじめとする日本語教育が急速に普及したのだ。台湾ではこの世代を「日本語人」とか、「日本語世代」いう。
老台東は、日本語、中国語、台湾語(ミンナン語)、客家語、英語、全部できるんだとさかんに自慢していた。なにしろ老台東はこの世代では珍しい師範学校出身。戦時下の日本語教育から、戦後の国民党政府に変わり、高等教育では中国語、英語と、言語の面では筆舌に尽くしがたい苦労をしてきた。師範学校を出て、台東の小学校の教師になり、校長で定年を迎えた。いまは年金暮らしの、悠々自適の身。
国民党政権は教師を優遇したから、生活にはゆとりがある。台東の住まいとは別に、知本温泉に別荘を持つ。近隣の五つのリゾートホテルの会員権があり、毎日日替わりでちがう温泉ホテルの露天風呂を楽しんでいるというから、実に羨ましい身分だ。
その老台東は、「日本人の先生は、みないい先生ばかりだった」、「日本統治時代の学校教育は良かった」と、さかんに懐かしがる。
ついには、公学校の先生に教わった歌まで飛び出した。
「海ゆーかーばー、みぃーずく屍。やーまーゆーかば、…」
軍歌だった。知本温泉の誰もいない露天風呂に、荘厳な日本軍歌が響きわたった。
聞いているのは、龍眼ひとり。こんなところで、日本の軍歌を聞くことになるとは、思いもよらなかった。
話題を変えて、その老台東に、総統選挙の考えを訊ねてみた。
「今度の総統選挙、どうするおつもりですか?」
老台東は日本語世代の本省人。てっきり阿扁(民主進歩党)支持かと思っていた。
その老台東。しばらく言葉を濁していたが、ついに口を割った。
「連戦(国民党)にする」という。
理由を訊ねたところ、「政権は時々代わった方がいい」と話して、べろっと舌を出した。
各種世論調査は、僅差での連戦勝利を予想していた。それがそうならなかったことは、「迷走する陳水扁政権」(本blog6月17日付)に書いたとおりだ。思いがけないハプニングで何が起こるかわからないところが、台湾の台湾たるゆえんかもしれない。
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登録日:2006年 06月 20日 07:53:45
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- プロフィール
- 龍眼
- (男)
- 本名和仁廉夫。 ジャーナリスト。高校、予備校の教壇生活を経て現職。1990年代から香港問題に関わり、マカオ、台湾、中国、華僑華人世界の持つ多様な観点を紹介してきた。著書に、『旅行ガイドにないアジアを歩く・香港』(梨の木舎)、『香港返還狂騒曲』、『歴史教科書とアジア』、『東アジア・交錯するナショナリズム』(社会評論社)など。自称の「龍眼」とは、中国南部で広く食されるライチに似た果物。淡い茶褐色で、食味はジューシィ。そもそも「龍」とは、中華世界の幻の神獣。「龍眼」はその「龍の眼」に由来している。
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