島を見つけた

画像

島を見つけた。

スタジオの窓から差し込む光が傾いているのに気がついた。
9月上旬、夕方でもまだ暑い。
大きめの扇風機が部屋の反対側で轟音をたてている。
今年の猛暑では、この扇風機が必需品となった。

自分が座っている作業テーブルと、荒々しい風を送ってくる扇風機との間に島を見つけた。
正確にはたくさんの島々、諸島である。
斜めになってさらに眩しい日差しを受け、まだ発見間もない島々はきらきらと輝いて見えた。

「強」に設定された大型扇風機の風がこれら島々をあおり、そして形成する。
コンクリートの床に出来た凹凸が、散らばったおがくずにあるパターンを与える。
まるで砂浜の文様のごとく、それはどこからともなく現れる。

偶発的に出現したこれら島々。
そのメカニズムは単純明快である。

―凹凸のある床とおがくず、そして扇風機

このエレメントさえ分かっていれば、偶発的状況を「意図的に、しかし見た目はあくまで偶発的」に作り出すことが可能なのではなかろうか。
もちろん想定不可能な様々なエレメントにより、完全な「再現」は絶対に不可能だ。
しかし「意図」と「偶発」という2つの相反するものが共存するとなると、それはとても興味深い。

日本の文化には「借景」だとか「一期一会」といった概念が存在している。
もしかすると、それらは「意図」と「偶発」との共存について肯定するものではないだろうか。
ただこれらは偶発を意図するものであり、最終的には人(意図)の手を離れる運命にある。
あえて言うなら、「非偶発を否定する概念」か。


…まあ要するになんでもいいのだ(笑)

普段、なにげなく目にしている身の回りのものが、「だれか」によって意図的に配置されていたとしたらどうだろう。
例えば、電化製品とコンセントとを繋ぐコードの曲がり具合。
いたって普通にしなやかなカーブを描くコード。
何も変わったところなどない。
普通は「だれかがいじった?」とは考えないし、考える方がかえっておかしい。
それでも「だれかがいじった」可能性を否めないこともまた事実。
なんとも気味の悪い感じがしなくもない。

今回、自分がスタジオで発見した島は偶発的に出現したものである。
全く同じものを意図的に、しかし見た目はあくまで偶発的に作ることも出来るはずだ。
少しだけ意図的の証である「手」というヒントを加えることも面白そうだ。


ギター製作をはじめ、あれもやりこれもやりと色々なところに気が散って仕方がない。
おがくずの島々を発見したこともその一つ。
たとえそれがゴミ同然のおがくずであっても、自分にとっては大切な「リアリティ」である。

『Wood Islands ―おがくずの島々(仮)』


上記写真はスタジオの床に出来たおがくずの島々。
半島にも見えるかな。


http://photos.yahoo.co.jp/g3kagamit88
作業工程の写真他など上記URLにてアップしております。

カテゴリー[ アート ], コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2010年 09月 29日 04:46:30

コメント

10月5日のブログを見て書き込み押します。
尖閣列島にも見えますね。
情報を公平に伝える事が、民主主義の基本と考えます。
民主主義の行く末が心配です。

心配マン  @ 2010年 10月 17日 17:31:46

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