2006年 06月

営みの再認識

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今年の初めから作業場として物件を一軒借りている。
この物件、元は大家さんが居酒屋として建てたそうだが、どうも集客状況が悪く、1年ちょっとで辞めてしまい、建てられてからそう時間が経っておらず、飲食業が営まれていた物件にありがちな、「ベトベト」、「ギトギト」感が殆どといって感じられない。「せっかく新築物件なのにもったいない」と、思われる方も居るとは思うが、客が来ないのでは仕方が無い。なぜ、そこまで集客状況が悪かったかと言うと、立てられている場所がとても居酒屋向きではないのである。都心部や郊外の住宅地、街道沿いなどの立地条件なら多少の「味」の良し悪しを差し引いたとしても、ある程度の集客は見込めるはずである。人間の往来がそれなりにある場所なら、新築の真新しい居酒屋を諦めるほどではないのではとお思いでしょう。しかし、この場所ではそうはいかなかったらしい。なぜならここは、山間の小さな集落であるから。まあ、ある程度の固定客を掴むことはそう難しいことではないのであろうが、新規の客を取り込むのがとても大変だったらしい。当然のことといえばそれまでなのだが。

山間に位置するこの作業場、実は僕が普段暮らしている場所からはそう時間をかけずに来ることが出来る。普段は、都内での仕事に差し支えの無い東京の郊外住まいで、そこから車で大体40分位でこの場所に辿り着く。ここまで緑の深い山間が都心からそう遠くは無い場所に存在していることが再認識できる作業場である。特に、普段は2勤2休のスケジュールで動いていて、2休の時には大抵作業場に入るので特にそれが実感できる。今まで色々な場所に作業場を構えてきたが、人の往来の多い場所や住宅地の中ばかりだったのでこの場所はとても新鮮である。特に都内に仕事で出かけ、その直後に山に入ると、人間にとっての必要なエレメントが充満していることに気付く事が出来る。時間の許す限り、僕には作業場に居る事が好ましく思えるし、それは作品製作をしていようがそうでないかに限らずである。ちなみに今もこの文章を作業場で書いている。

しかし、そんな作業場にもちょっとした難点もある。
僕は、小さいときからムシやカエルがとても苦手で、目の前にカエルなんかが現れた日にはその場でフリーズしてしまうし、毛虫などが服に付いているのに気付いたら、とたんにあさっての方向に向かって闇雲に走り出す。そして、一番初めに目に飛び込んできた人間にお願いして取って貰う。大袈裟では無く、実際にあった話である。本当は彼らのテリトリーに僕が入り込んでいる訳だから、向こうにとっては甚だ迷惑な話なのであるがこればかりは仕方が無い。
先日も恐ろしい出来事が起こった。今、思い出しても身の毛のよだつようなハプニングである。
それは、いつも通りに洗面所を使おうと思った時の事である。ふと見ると、なんとそこには本当なら居てはいけないものが居座っているではないか!僕は一瞬、いつもの通りフリーズしかけたが、何かしらのアクションを起こさなければ、後に恐ろしいことになると思い、全身の力を振り絞って遠のきつつあった意識を取り戻し、対決する決心をした。
勇気を出してよく見ると、そこに居たのは見たことも無いような長さと太さを備え持つ大きなムカデであった。いったいどのようにして僕の洗面所に侵入してきたのかは不明であるが、奴は確実にそこに居た。お尻と思われるサイドには、見るからに危険な、鋭角にとがったハサミ的な武器を兼ね備え、家賃を払っているこの僕にそれを向けているではないか!何とかして奴を窓の外に放り出さないと、いつ援軍を従えて寝込みを襲われるか解らない。僕は色々な方法を用いてこの偵察隊員の駆除に臨んでみたが、奴の武器に恐れをなす僕がそこにはしっかりと存在していた。運良く陶器製の洗面台に、いったい何本あるかも解らない奴の脚はうまくグリップ出来ないらしく、スバルの四駆以上の駆動性能を持ついつものポテンシャルを十分発揮出来ずにいたので、僕は何とか時間稼ぎをすることが出来た。しかし、どのように駆除して良いのかがさっぱり解らないし、ゴキブリと蚊以外の生き物を殺すことを拒み続けてきた僕ではあったが、とうとうそのポリシーを曲げざるを得ない時が来たようだ。数十分間(少なくとも僕にはそう感じられた)の死闘を繰り広げてはみたものの、一向に進展しないこのバトルに終止符を打たなくてはいけない時がとうとう訪れてしまった。僕の精神力もそろそろ限界に近づいているのが感じられたし、先に集中力を切らしたほうが負ける事は双方とも熟知していた。僕は残っていた力を振り絞って全力で台所に走り、給湯器の温度設定を最高にした。60度。この間、「奴が逃げ出しているのではないか」とか、「洗面台から何とか這い出して、潜伏するのではないか」などと、目を離した一瞬の隙を突く敵の攻撃を心配したが、やはり背に腹は変えられない。僕は大きすぎるリスクを背負うこととなったが、行動をとる意外に選択肢は他に無かった。果たして敵は正々堂々と戦うことを決心したのか、僕が戻った時にもまだそこに居座っていた。どうしてもこの最終兵器を使うことに罪悪感を覚え、なんとかして避けたかったがこればかりはどうしようもなかった。一瞬、躊躇ったものの僕は蛇口を捻った。数秒後、そこからは湯気をモクモクとさせながら熱湯が出てくる。異常に気付いた敵は異常に敏しょうな動きを見せたものの、次の瞬間には長きバトルの終わりを悟ったらしく、その大きく太い体を丸めて抵抗するのを止めた。
その後の数分間、60度の熱湯をむやみに流し続けた僕の姿を想像することは難しく無いであろう。

そんな起伏に富むこの山間の作業場なのですが、この春から夏に架けての時期はやはり素晴らしい。緑が数種類のトーンで山肌を覆い、たくさんの花が咲く。雑草であろうが、お店で売っているような立派な花であろうが綺麗に咲く。ドイツの作家、ヘルマン・ヘッセも晩年、緑に囲まれて過ごした様だが、彼も自分の息子宛にこんなことを書いている。

「今年はじめて庭に出て上着を脱ぐとき、わずかに生えた草の中に小さなクロッカスが生えて、ヤマキチョウがきらめきながら暖かい空気の中をひらひら飛ぶとき、それは何度見ても美しい奇跡です。」 (1945年2月 息子ブルーノ宛)
「庭しごとの楽しみ」より

本当にその通りである。


Art of 営みの再認識
山の作業場は人間にとって必要なエレメントの存在を再認識できる場所。
先日は敵と対峙するといった、人間が遠い昔から行ってきた営みの一つを再認識できた。
たとえそれがオオムカデでとの死闘であろうとも。
今となっては、良い思い出である。

けれどもオオムカデさん、本当にごめんなさい。

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登録日:2006年 06月 24日 14:36:59

ブルックリンの工場と中国系の男性

<06トライベッカ映画祭>授賞式がニューヨークで開催 - 米国

【ニューヨーク/米国 8日 AFP/Getty Images】6日、ニューヨークの中華料理レストランのゴールデン・ブリッジ(Golden Bridge)で「第5回トライベッカ映画祭」(5th Annual Tribeca Film Festival)の授賞式が開催された。写真は、同授賞式に出席したトライベッカ映画祭の共同創立者のジェーン・ローザンタール(Jane Rosenthal)と俳優のロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro)。(c)AFP/Getty Images Scott Gries

AFPBB News


フォーチュン・クッキー。
ご存知の方も多いと思うが、アメリカで中華料理を食べに行くと最後に出てくるちょっとしたデザートのようなモノ。まあ、これ自体は大しておいしいものではないが(好きな人もいるでしょうけど)食後の楽しみの一つではある。
このへんてこな形のクッキーの両端を左右両方の手で持ち、てこの原理を利用して真ん中で割る。するとどうであろう、中から小さな一枚の紙きれが出てくる。この紙には、なにやらごちゃごちゃと書いてあるのだか、これが実は日本で言うおみくじのようなもの。正確には若干の違いはあるものの、そう考えて貰っても差し支えないと思う。書いてある内容には、製造している会社によるものか色々なものがあり、中国の古いことわざらしき物から、格言らしきものまである。中には、紙の裏面に宝くじ(ロト)の番号が書いてあるものも。所謂、ラッキーナンバーってやつである。ほとんどの場合、「ぱっと見」ですぐに興味を失ってしまう事の方が多いのだが、それでも開けるまでは「何が出るかな?何がでるかな?」的なイケイケ感が募るのも否めない事実。ごく稀にだが、本当のはずれを引いてしまうときもある。中に書いてあることが意味不明のときもそうだが、紙の入れ忘れだか何だか、何も入っていないクッキーを取ってしまった時。あの「ハズレ」感は何とも言えない寂しさが残る。紙幣などの印刷ミスは、収集家の間で高く取引されているらしいが、これはやはり別。悔し紛れでクッキーをボリボリと食べるだけである。


そんなフォーチュン・クッキーを見るといつも思い出すことがあるので一つ書いてみたいと思う。

まだ、大学に通っていたころの事なので、かれこれ10年以上も前の話になる。当時、ニューヨークの大学に通っていた頃、校舎のすぐ近くの中華料理屋でクラスメートと一緒にお昼を食べた。いつも通り、食後にフォーチュン・クッキーが出てきたので何気なく割って食べていたところ、そのクラスメートがこんなことを言い始めた。
「このクッキー、俺がまだ小さい頃はいつでも好きなときに、好きなだけ食べれたんだぜ」、と。
その時点では全然喰らいつく程の話にも聞こえなかったし、何気にその理由を聞いてみた。するとどうだろう、最終的に腹を抱えて大笑いする事態となってしまった。

そのクラスメートは、所謂プエルトリコ系のアメリカ人で自分のことを「ニューヨリーカン(New Yorican)」と、位置づけていた。ニューヨークに住むプエルトリカンの事だそうである。彼は、今のようにプチ高級住宅地となってしまったブルックリンでは無い、スパイク・リーの"Do the right Thing"に出てくるようなブルックリンで育ち、どっちかと言えば余り「良い子」的な子供ではなかったらしい。
そんな彼の住んでいた界隈には、このフォーチュン・クッキーを作る工場があったらしく、彼を含めた少年たち数人でその工場の外で次のように叫ぶのだという。
Give us some cookie!! (クッキーちょうだーい!)」、と。
すると、少し経った頃、おもむろに上の窓から一人の中国系の男性が顔を出し「ちょっと待っていろ」的なジェスチャーと共にまたビルの内部へと消えて行く。
その間、このワルガキ、いや、この少年たちは「どきどき」、「わくわく」としながら「そわそわ」と外でじっと耐えているのだそうだ。
数分後、さっきの窓が大きく開け放たれ、フォーチュン・クッキーがぎっしりと詰まった、ホームセンターで買える一番大きなゴミ袋程もある大きなビニール袋を、先程と同じ男性がビルの上方から放り投げてくれるのだそうだ。中身が中身だけに、そう重い物ではないのだが、まだ小学校を出るか出ないかの少年たちにとってみたら途方も無い大きさであったであろう。
この場面、想像するだけで可笑しくなってしまう。ビルの上のほうの窓から、気のよさそうな男が子供たちに向かって大量のクッキーを放り投げるのである。それも頭の上に高く、その大きなビニールを持ち上げ、少年たちに向かって「エイッ」と。そのしぐさ、簡単に想像できてしまうのでなおさらに可笑しい。

無事にお宝にありつけた少年たちは、みんなでせっせとそのとてつもなく大きな袋を抱えて帰って行ったそうだ。あくまで予想の範囲を超えはしないが、少なくとも1000個程のクッキーが詰まっていただろうと思われる。4-5人居たとしても一人当たり200-250個の配当があったはずである。我々、大抵の日本人が100円を握り締め、駄菓子屋で大量のお菓子を買いこむのとはスケールが違うのである。

しかし、よくよく考えてみるとこれはすごいことである。
なんといってもこれはただのクッキーではなく「フォーチュン・クッキー」なのだ。
1000個のクッキーのひとつひとつに意味が詰め込まれている。少年たちにとって、メインとなるのは食べ物であるクッキーであって、中の意味不明の紙切れではない。大して上手に訳されてもいない中国の格言やことわざなどは少年たちにとってゴミのようなものだったらしい。しかし、もしかするとこのクッキーがレストランで出され、中身の格言で人生を180度回転させる人間が1人でも居たのかもしれない。1000個もあるのでそのうちの1つくらいは何かの役に立っていた可能性も否定はできない。少し大げさかもしれないが、この少年たちによって世界が辿っていた筈の破滅への道から、今の地球は外れているのかもしれない。ましてや、彼らは数回に亘ってこの意味の詰まったお菓子を大量に入手していたらしいから、なおさらの事である。

何だか、話が「やや大きくなってしまった感」もあるような気がしないでもないが、実際のところは誰にも解らないし、解ったところで別にどうってことも無いであろう。只、今となってクラスメートのこの話が自分の中で意外な展開を見せたことに感謝しているのと、自分の少年時代にも同じような素敵な出来事があったら良かったのになと、少し羨ましく思っているのだけは事実である。


Art of ブルックリンの工場と中国系の男性。

クラスメートの10年来の思い出が自分の中でまた10年寝かされ、自分なりのこの中国系男性の人間像と顔の表情が形成された。
彼のしぐさと表情は、今、自分の中で生き生きとしている。

そして、やはり今でも「くすっ」と、してしまう。

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登録日:2006年 06月 15日 12:02:58

「メガネノカケカエ」

ダシルバ大統領、国会乱闘を非難 - ブラジル

【ブラジリア/ブラジル 8日 AFP】ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ(Luiz Inacio Lula da Silva)大統領は7日、ブラジリア(Brasilia)の大統領官邸(Planalto Palace)で国家映画プログラム(National Program for Cinema)の開催を祝う式典に出席した。ダシルバ大統領はこの席で6日に発生した国会での乱闘について「国会を侮辱する重大な妨害行為だ」と非難した。写真は式典で眼鏡をかけるダシルバ大統領。(c)AFP/Evaristo SA

AFPBB News


こんなところを想像してもらいたい。

まず、ギターを用意する。どんなものでも良い。
自分の好きな色や形のもので、アコースティックでもエレキでも構わない。
もし、お望みならベースギターでもまた、ウクレレでも一向にかまわない。
ご用意できましたか?
では、出発します、ロケットに乗って。

さあ、着きました。ここは、もうすでに大気圏を越えた宇宙空間です。
皆様、宇宙服は装着しておられますか?
これからロケットの外に出ますので、しっかりと用意をしてくださいね。
そうそう、お気に入りの楽器も忘れずに。
それでは、ハッチを開けます。
ギィィィィィィ…

いかがですか、宇宙遊泳の感覚は?
とにかく力を抜いてくださいね。すぐに不安感はなくなるはずですから。
どこを見ても真っ暗な空間で不安になるのは当たり前ですが、怖いことはありません。
遠くに見える無数の星を見てください。とてもきれいに見えるでしょう?
地球上では汚染された大気のフィルターなどで、ここまではきれいに見えることは決してないはずです。
どうです?少しはリラックスしてきましたか?

さて、ここで皆さんの手に持っている楽器を用意してください。
いいですか?
では、好きに鳴らしてみてください。

どうですか?
んっ?そうですか。何も聞こえてきませんか。
微かに振動が腕を伝わって来るだけですって?
そうですよね。真空状態で楽器を奏でても音の振動を伝える物質が皆無ですからね。
当たり前ですよね。楽器そのものや私たちの体に振動が吸収されてしまいますからね。

けれど、もう一度鳴らしてみてください。
今度は、音の振動の行方に細心の注意を払って。

どうですか?
何かの広がりを感じることはできましたか?
だめですか?
そうですか。

では、もう一度。今度は目をつぶって。


弦の振動がオープンコードの音程のままエネルギーとなって、媒体となりえない真空の中に溶けていくのが解る。それと同時に、個人は音と共に溶解し、この宇宙空間を時間の概念とはかけ離れたかのように隅々までを、瞬時に、そしていつでも感じ取ることができる。このとてつもない宇宙の全てを。自分の体という感覚は消え去ってしまったが、感覚は、感覚そのものはしっかりと残っている。不思議な感覚です。全ての感覚そのものが固体となっているような、そしてその固体は無数に存在していて、なおかつ固体としてのエンティティーとしては存在してはいない。まさしく宇宙そのものが自分自身になったという表現が一番しっくりとくるのかも知れません。

お帰りなさい。


んっ?
果たして、今のは「旅」だったのしょうか?
「脳内旅行」だったとしても、はたして私たちは「どこか」に行って、「ここ」に帰ってきたのでしょうか?あの体験、感覚は特別な時にだけ起こりうるものなのでしょうか?

もしかすると、普段は近くばかりを見ていて、「遠視用眼鏡」をかけている、という事実を忘れていたのかもしれません。そして、いつもは遠くの景色がぼやけて、「何も見えない」ので、それに対し無感動、無感覚だったのかもしれません。
そして、今回は、たまたま顔を上げて遠くを見たときに、「あ、近視用眼鏡にかけかえなくては」と、思い出したのかもしれませんね。

結局、いつもの場所、いつもと何もかわらない自分。

んっ?
いったい、どこからが「周り」で、どこまでが「自分」なのでしょうか?


Art of 「メガネノカケカエ」

ちょっとした焦点の切り替えでガラリと変わる普段の景色。
どこまでも広がっていく感覚。

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登録日:2006年 06月 10日 01:09:34

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