2006年 06月 24日
営みの再認識
今年の初めから作業場として物件を一軒借りている。
この物件、元は大家さんが居酒屋として建てたそうだが、どうも集客状況が悪く、1年ちょっとで辞めてしまい、建てられてからそう時間が経っておらず、飲食業が営まれていた物件にありがちな、「ベトベト」、「ギトギト」感が殆どといって感じられない。「せっかく新築物件なのにもったいない」と、思われる方も居るとは思うが、客が来ないのでは仕方が無い。なぜ、そこまで集客状況が悪かったかと言うと、立てられている場所がとても居酒屋向きではないのである。都心部や郊外の住宅地、街道沿いなどの立地条件なら多少の「味」の良し悪しを差し引いたとしても、ある程度の集客は見込めるはずである。人間の往来がそれなりにある場所なら、新築の真新しい居酒屋を諦めるほどではないのではとお思いでしょう。しかし、この場所ではそうはいかなかったらしい。なぜならここは、山間の小さな集落であるから。まあ、ある程度の固定客を掴むことはそう難しいことではないのであろうが、新規の客を取り込むのがとても大変だったらしい。当然のことといえばそれまでなのだが。
山間に位置するこの作業場、実は僕が普段暮らしている場所からはそう時間をかけずに来ることが出来る。普段は、都内での仕事に差し支えの無い東京の郊外住まいで、そこから車で大体40分位でこの場所に辿り着く。ここまで緑の深い山間が都心からそう遠くは無い場所に存在していることが再認識できる作業場である。特に、普段は2勤2休のスケジュールで動いていて、2休の時には大抵作業場に入るので特にそれが実感できる。今まで色々な場所に作業場を構えてきたが、人の往来の多い場所や住宅地の中ばかりだったのでこの場所はとても新鮮である。特に都内に仕事で出かけ、その直後に山に入ると、人間にとっての必要なエレメントが充満していることに気付く事が出来る。時間の許す限り、僕には作業場に居る事が好ましく思えるし、それは作品製作をしていようがそうでないかに限らずである。ちなみに今もこの文章を作業場で書いている。
しかし、そんな作業場にもちょっとした難点もある。
僕は、小さいときからムシやカエルがとても苦手で、目の前にカエルなんかが現れた日にはその場でフリーズしてしまうし、毛虫などが服に付いているのに気付いたら、とたんにあさっての方向に向かって闇雲に走り出す。そして、一番初めに目に飛び込んできた人間にお願いして取って貰う。大袈裟では無く、実際にあった話である。本当は彼らのテリトリーに僕が入り込んでいる訳だから、向こうにとっては甚だ迷惑な話なのであるがこればかりは仕方が無い。
先日も恐ろしい出来事が起こった。今、思い出しても身の毛のよだつようなハプニングである。
それは、いつも通りに洗面所を使おうと思った時の事である。ふと見ると、なんとそこには本当なら居てはいけないものが居座っているではないか!僕は一瞬、いつもの通りフリーズしかけたが、何かしらのアクションを起こさなければ、後に恐ろしいことになると思い、全身の力を振り絞って遠のきつつあった意識を取り戻し、対決する決心をした。
勇気を出してよく見ると、そこに居たのは見たことも無いような長さと太さを備え持つ大きなムカデであった。いったいどのようにして僕の洗面所に侵入してきたのかは不明であるが、奴は確実にそこに居た。お尻と思われるサイドには、見るからに危険な、鋭角にとがったハサミ的な武器を兼ね備え、家賃を払っているこの僕にそれを向けているではないか!何とかして奴を窓の外に放り出さないと、いつ援軍を従えて寝込みを襲われるか解らない。僕は色々な方法を用いてこの偵察隊員の駆除に臨んでみたが、奴の武器に恐れをなす僕がそこにはしっかりと存在していた。運良く陶器製の洗面台に、いったい何本あるかも解らない奴の脚はうまくグリップ出来ないらしく、スバルの四駆以上の駆動性能を持ついつものポテンシャルを十分発揮出来ずにいたので、僕は何とか時間稼ぎをすることが出来た。しかし、どのように駆除して良いのかがさっぱり解らないし、ゴキブリと蚊以外の生き物を殺すことを拒み続けてきた僕ではあったが、とうとうそのポリシーを曲げざるを得ない時が来たようだ。数十分間(少なくとも僕にはそう感じられた)の死闘を繰り広げてはみたものの、一向に進展しないこのバトルに終止符を打たなくてはいけない時がとうとう訪れてしまった。僕の精神力もそろそろ限界に近づいているのが感じられたし、先に集中力を切らしたほうが負ける事は双方とも熟知していた。僕は残っていた力を振り絞って全力で台所に走り、給湯器の温度設定を最高にした。60度。この間、「奴が逃げ出しているのではないか」とか、「洗面台から何とか這い出して、潜伏するのではないか」などと、目を離した一瞬の隙を突く敵の攻撃を心配したが、やはり背に腹は変えられない。僕は大きすぎるリスクを背負うこととなったが、行動をとる意外に選択肢は他に無かった。果たして敵は正々堂々と戦うことを決心したのか、僕が戻った時にもまだそこに居座っていた。どうしてもこの最終兵器を使うことに罪悪感を覚え、なんとかして避けたかったがこればかりはどうしようもなかった。一瞬、躊躇ったものの僕は蛇口を捻った。数秒後、そこからは湯気をモクモクとさせながら熱湯が出てくる。異常に気付いた敵は異常に敏しょうな動きを見せたものの、次の瞬間には長きバトルの終わりを悟ったらしく、その大きく太い体を丸めて抵抗するのを止めた。
その後の数分間、60度の熱湯をむやみに流し続けた僕の姿を想像することは難しく無いであろう。
そんな起伏に富むこの山間の作業場なのですが、この春から夏に架けての時期はやはり素晴らしい。緑が数種類のトーンで山肌を覆い、たくさんの花が咲く。雑草であろうが、お店で売っているような立派な花であろうが綺麗に咲く。ドイツの作家、ヘルマン・ヘッセも晩年、緑に囲まれて過ごした様だが、彼も自分の息子宛にこんなことを書いている。
「今年はじめて庭に出て上着を脱ぐとき、わずかに生えた草の中に小さなクロッカスが生えて、ヤマキチョウがきらめきながら暖かい空気の中をひらひら飛ぶとき、それは何度見ても美しい奇跡です。」 (1945年2月 息子ブルーノ宛)
「庭しごとの楽しみ」より
本当にその通りである。
Art of 営みの再認識
山の作業場は人間にとって必要なエレメントの存在を再認識できる場所。
先日は敵と対峙するといった、人間が遠い昔から行ってきた営みの一つを再認識できた。
たとえそれがオオムカデでとの死闘であろうとも。
今となっては、良い思い出である。
けれどもオオムカデさん、本当にごめんなさい。
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登録日:2006年 06月 24日 14:36:59
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