2006年 10月 30日

ラジオ

国民投票、コソボ自治州をめぐる新憲法の承認を問う - セルビア

【ベオグラード/セルビア 28日 AFP】セルビアで28日、コソボ(Kosovo)自治州をセルビアの一部とする新憲法承認への国民投票が始まった。コソボ自治州内の多数派であるアルバニア系住民は、独立を求めている。投票は2日間実施され、660万人の有権者らの半分が支持表明すれば、新憲法は承認される。有権者らは、「新憲法を承認しますか」という質問に、「はい」か「いいえ」で投票する。写真は同日、ベオグラード(Belgrade)から南へ330キロ、民族間対立で割れるコソボ自治州北部の街、ミトロビツァ(Mitrovica)で国民投票のために開設された投票所。(c)AFP/DIMITAR DILKOFF

AFPBB News


先日、国会放送をカーラジオで聴いた。
あえて言うまでも無く、運転中に。 いや、車は所持しているがラジオは持っていない人もいるであろうし、中にはそれが常識になっている恐れもある。 あえて言おう。 そういう自分も停車中の車内でかなり長い時間、ラジオを聴くことがある。 特別なオーディオ機器搭載のとてもカッコイイ車に乗っているため、わざわざ家から駐車場までラジオを聴きに行くわけでは決してなく、走行中に聴いていたラジオ番組のエンディングまでを、目的地に着いた後、エンジンを切った車内で聞き続ける。 よくある話といっても過言では無いのでは。 で、「ラジオの聴き方色々」は今日のテーマとなんら関係が無いので、そろそろ本題に移るとしよう。

おそらく、聞いた方、見た方も多いとは思うが、今回の国会での議題は憲法改正に向けた整備についてのことであった。 所謂、国民投票に向けたルールの制定。 改憲そのものの内容についてちらほらと耳にする機会が増えているので、それに向けたルール決めを急いで進めているように見えて仕方が無い。 あたかも、もう改憲を行うこと自体は決まっており、それに合わせるかのような後手後手の行動はどうかと思う。 それも話し合いの内容を聞いてさらにびっくり。 改憲に最低限必要な国民投票における全国民の3分の2の賛成、そして最低投票率の項目を都合の良いようにいじろうとしているではないか。 それを耳にする一国民からすると、「えー、憲法ってそんなに簡単に変えられるものなの」となる。 それというのも、全国民の3分の2の賛成を「有効投票数の3分の2」に変えるというのである、最低投票率を設けずに。 只でさえ慎重にならなくてはならない改憲に対して、あまりにもハードルを下げすぎなのでは。 例えば少し大げさかもしれないが、全国民の内、20人が投票して、そのうちの5票が白票なり無効票だったりするとしよう。 するとどうであろう、有効票は15票となり、賛成に投じた人間が10人居ればその時点で改憲となる。 もちろん、全国民の20人しか投票しないこと自体考えにくいが、最低投票数を設けない以上これはこれでアリなのである。 とてつもなく恐ろしい話ではないか。 

放送を聞いてはじめて解ったことではあるが、この改憲に向けた国民投票の実施まで2年の猶予をとるようであるが、それまでの間、賛成派、反対派ともに国民に対する呼びかけを行うこととなっている。 しかし、ここでも理解に苦しむ項目が盛り込まれていた。 改憲賛成派、反対派の議員数によって、国民への呼びかけの媒体であるメディアや広告、パンフレット内での枠が決定されるというのである。 これはどう考えてもおかしいのではないか。 投票するのは国民であるし、双方の意見をしっかりと聞き、考えて行動しなくてはいけないのに、はじめから片方の意見を押し込まれて、少しだけ逆の意見を聞くチャンスがあるだけであると、公平な判断が出来なくなるのでは。 こればかりは、議会を構成する議員の数は関係も無く、見方を変えると、民主主義の仮面をかぶった別のものと思われても仕方が無いのでは。 現在のところ、反対を表明しているのは共産党と社民党のみで、この2党による議会での議員数は微々たる物で、4パーセントにも満たないという。 100分枠の国民に向け呼びかけ番組が組まれたとしよう。 96分間は賛成派の意見が垂れ流され、残りの4分で反対派が時間に押されながら早口で多くのことを羅列する。 聞いているほうとしては、何が何だかわからないうちに反対派の時間がいっぱいとなってしまうだろう。 ここまでくると、何を基準に公平の定義を決めているのかも解らなくなってくる。 まあ、この件に関しては、これから少しずつ煮詰めて少しでも傍目から観ても公平になるように努力するとの事であったが、そんなもの努力も何も無く、はじめから50・50で臨まなければいけないのではと思う。 あくまでも決めるのは国民であるし、そのための国民投票ではないのか。

もう一度、憲法とはなんであるか、そして憲法と国民との関係性を考え、その定義をしっかりと踏まえた上での議論を進めてもらいたいものである。 国民投票を本当に行うことになるのであれば、その憲法の定義をしっかりと掲げ、改めて投票を促すようにしてもらいたい。 国が国として成り立っているのは国民の存在があるからとのボトムラインを忘れないで欲しい。

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登録日:2006年 10月 30日 14:11:27

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