2007年 01月

懐かしい光景

重さ2.5キログラムの特大レモンを有機栽培 - キプロス

【ニコシア/キプロス 7日 AFP】キプロス共和国の首都ニコシア(Nicosia)から30キロメートル南東にあるPsevdas村では、化学肥料を一切使わずに特大レモンが有機栽培されている。これらのレモンは、直径が10~20センチメートル、重さは1.5~2.5キログラムもある。写真は6日、祖母の庭の木になった特大レモン(右)と普通のレモンを手にするEvangelia Stavrinouちゃん。(c)AFP/LAURA BOUSHNAK

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久しぶりに実家に戻ってゆっくりとした。
久しぶりといっても、お正月に一度、戻っているのでそんなにも久しぶりではないか。 まあ、ゆっくりとした時間を実家で過ごすのが久しぶりと言った方が正確なところ。 実家から離れて暮らしている人、もしくはその経験がある人なら解って貰えると思うが、久しぶりに「戻ってきた」と実感する瞬間というのは、一歩家に足を踏み入れた瞬間の「実家のニオイ」ではないかと思う。 どの家にもその家独特の「ニオイ」があるとは思うが、面白いことにこの「実家のニオイ」には人間、瞬時に反応を示すようだ。 普段なら、慣れ親しんだものにはあまり気付かないものである。 しかし、この「実家のニオイ」に対しては、ピンッと来るものがある。 他の人の家にお邪魔する際にもその家のニオイには気付くものの、それは次の瞬間には当たり前のものとして自分の感覚を刺激することは無い。 もちろん、あまりにもひどい悪臭がたちこめる状況なら、話は変わってくるであろうが、幸運にも、自分はまだそのような状況に出くわしたことはない。 正直な話、そんな状況にはこれからも陥りたくは無いものである。

ちょっとしたことが、五感の深いところを刺激してくるのが実家の恐ろしいところであり、そしてまたすばらしい部分でもある。 今回の実家凱旋では、何もせずに本当にゆっくりとして無防備になっていたことも関係しているとは思うが、色々な小さなことが自分の感覚をストレートに刺激してきた。 

ひかり
家の中に差し込んでくる光の感じがとても懐かしく感じた。 自分が起きてきて、歯を磨き、顔を洗ってコーヒーを入れているときにそれを実感した。 懐かしく思うと同時に、自分が小さい頃の家の中の様子が、ぼんやりとではあるが、フラッシュバックした。 内装工事や、模様替えを繰り返し、家の中は結構変わっているにもかかわらず、本当に小さい頃の家の様子が記憶の中から蘇ってきたのである。 おかしなものだと、少し考え込んでいたら、あることに気がついた。 家は同じ場所に立っており、太陽は同じ方向から昇り、そして沈むこと。 そう、いくら色々なことが変わろうとも、窓の位置が同じなら、差し込んでくる太陽の光もこれまた同じなのである。 しかし、仮に、実家とまったく同じ条件で家を建て、まったく同じ条件の下、コーヒーを入れたとしてもこのようなフラッシュバックはおそらく起きないであろう。 長年の間に染み付いたニオイや床のある特定の場所から聞こえる「ガタピシ」音。 このような色々なエレメントが重なり、そこで初めて記憶の蘇りは起きるのではないか。 自分の感覚の中で、様々な慣れ親しんだエレメントが蓄積され、表面張力的にバランスを保っていたものが、太陽の光で一気にあふれ出たのではないのであろうか。


寝ていると、外から聞こえてくる音の方角が違う。 当たり前の話ではあるが、かなりの違和感を感じるものである。 その慣れ親しんだ音の流れが深い眠りへと誘ってくれるのも、これまた事実である。 しかし、家族の誰かが階段を上ってくる音が、寝ている自分の耳に聞こえてくるあれは勘弁して貰いたい。 今にも「学校に遅刻するよ」と、少しイライラ気味の母の声が聞こえてきそうである。 ゆっくりと寝ていたのに、体に染み付いた実家のリズムが素直に反応する。 

やはり、長年住んでいたせいであろう、色々なものが体に染み付いている。 実家ではそれら全てが一度に襲ってくるわけであるから、おかしなことが起きても不思議ではない。 唯一、起こらなかったことといえば、生前、良くしてくれたおばあちゃんが会いに来てくれなかったことくらいである。

Art of 実家
履いてきた靴下をついでに洗濯してもらった
あると思った代えの靴下が見当たらない
帰りは石田純一ばりにノーソックス

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登録日:2007年 01月 27日 22:35:50

圧力鍋

国際ロマ民族デー - ルーマニア

【ブカレスト/ルーマニア 8日 AFP】ロマ民族(Roma)の人々が8日、International Roma Dayを祝った。写真はブカレスト(Bucharest)で開かれた手工芸品フェアで商品の銅製アルコール蒸留器の近くに座るロマ民族の人。(c)AFP/DANIEL MIHAILESCU

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実家に住んでいた頃は、「一般的に便利な調理器具と言われている」位の認識しかもっていなかった圧力鍋。 母は結構な頻度で使っていたものの、自分では一度も使ったことが無かったし、ピーピーとやけにやかましいこともあり、あまり良い印象は受けていなかった。 しかし、前々から好んで食していた南米系やら東南アジア系のマメ料理を家で果敢に挑戦するようになってから、少しずつではあるが、自分の中での圧力鍋の評価が変わってきていた。 料理をすることの多い人なら、一度は経験したこともあるであろう、あのグツグツと煮込む行程。 やり始めは、なぜだかとてもウキウキとした楽しい気分で迎えるものが、時間が経つにつれ、その行程がやけに面倒臭いものと化し、途中で投げ出したくもなる。 圧力鍋とは関係ないが、カレーを作る前にタマネギをペチャペチャになるまで、茶色くなるまで根気よく、なおかつ焦がさないよう炒め続けるあの感覚にも似ている。 おいしいものを食べるためとはいえ、その代償はあまりにも大きい気がするのは自分だけなのか。 

そんな理由から先日、圧力鍋を思い切って購入してみた。 購入といっても、あまりデパートなどのお世話になることが少ない自分のもとに、たまたま以前貰った商品券が余っていたので、ここぞとばかりに、その威力を発揮して貰っただけの話ではあるのだが。 

いざ調理を始めてみると、この圧力鍋というものは物凄い力で人を遠ざける。 あの数リットルの空間の中に、不自然なくらい蒸気を溜め込むので、「破裂したらどうしよう」「もしこれが欠陥商品だったら、大ヤケドだ」などと考えてしまい、実際に近くで調理していてあまり気持ちのいいものではない。 しかしそんな心配もよそに、拍子抜けするほどの短い時間でその調理は終わった。 後は、鍋の中に溜まった圧力を抜くだけなのであるが、ここでまた小心者の自分は尻込みをした。 鍋蓋天辺についているポッチを押して圧力抜きを行うのであるが、この行程、かなりの勇気を有する。 はっきり言って、怖い。 この言いようの無い恐怖心と向き合うことが最大の難関とも思えるほど、この調理法はスリル満点である。 

ドキドキとしながら、そして、半信半疑のまま鍋の蓋を取ってみる。 やはり、しっかりと肉や野菜、そしてメインのマメたちが柔らかくなっているではないか。 実際に目の当たりにするとかなりの驚きである。 もちろん、セオリー通りの結果であり、頭では分かっている。 そうなることを期待して、この圧力鍋を購入したのであるから、本当はここで驚いてはいけない。 しかし、人間は正直である。 びっくりした。 

この神秘的な力が潜む圧力鍋のおかげで、正直、自分の世界が広がった。 大げさに聞こえるかもしれないが、そう思えて仕方が無い。 自分の家で、「鮭の水煮」の缶詰に入っている、あのホロホロとした食感を持つ中骨を作り出すことが可能となったのである。 骨付き肉でしっかりとしたダシをとり、一段とおいしいマメ料理を食べることが出来るようになり、そしてその骨も口の中でホロホロと溶けるように崩れるのである(そのはず)。 おいしいもののレパートリーが増えることもそうだし、何よりも料理をする楽しみが増したことが一番大きい。 楽しく料理に臨めれば、自然とおいしいものが出来るのでは、と思う。 楽しくて、おいしい、そしてまた楽しい。 これこそ、最強ではなかろうか。

余談ではあるが、ブラジルでは昔、いわゆる下層階級の人々がマメ料理をよく食べたとの話を聞いたことがある。 余った肉の部材、モツやら、耳、シッポなど、ありとあらゆるものをマメと一緒に煮込んで食べると、腹持ちが良く、そして底知れぬパワーを発揮できたという。 なんとなく解る気がする。

そしてこれまた余談ではあるが、余ったマメ料理にガラムマサラで味付けをすると、かなり本格的なカレーに早変わりする。 自分にとっては、とても不思議な発見であった。

Art of 圧力鍋
はじめは「おっかなびっくり」だったけど
本当はとても気の利く良い奴
これからも、よろしくお願いします

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登録日:2007年 01月 19日 18:10:42

お買い物

香取市の水生植物園で「あやめ祭」開催 - 千葉

【千葉 11日 AFP】10日、千葉県香取市の水生植物園で開催されている「あやめ祭(Iris festival)」の名物のひとつである「嫁入り舟」が行われた。6月になると、水生植物園の周辺には400種ものあやめが150万本も咲き誇る。写真は、「嫁入り舟」の再現で、小舟に乗り園内の水路をめぐりながら結婚式場に向かう新婚さん。(c)AFP/Kazuhiro NOGI

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今年初の買い物をした

昨年、この家に引越しをしてから、これ以上考えられない位の、のろのろとした速度で進めている家のリフォーム。 まだまだやることはたんまりと残っているものの、それでも少しずつではあるが順調に進んでいる(と思う)。 素人仕事ながらに、そう悪い仕上がりでもないようにも見えるし、良く言えば、素人ならではの「味」があるとも言える。
「味」
このようなどっちつかずの表現を用いる時、日本語とは本当に良く出来た言語だとつくづく思えてくる。 自分に優しくしたい時などには、その威力は最大限に発揮され、どんよりとかげりを見せる気分もしっかりと晴らしてくれる。 
「言い得て妙」
なんて素敵な響きではないか。

かなり話が脱線してしまったので、ここでしっかりと戻そう。 そう、リフォームの話。 昨年の10月にこの家に引っ越してきてから、少しずつではあるが進めてきたものを再開するため、先日もホームセンターに行ってきた。 買い物リストにあったものは、ベニヤ板、垂木、2X4、ニス、アンカーなどの建築資材ばかり。 久しぶりに頭をもたげた「やる気」を象徴するかのようなラインナップだった。 これらの材料は、最上階のスタジオスペースを仕上げるためのもので、このスペースが完成すれば、とても気持ちよく、春の日差しの中で作業が可能となる。 今回のリフォームの中でも大注目の段階であり、自ずとモチベーションも上がる。 

このルンルン気分での買い物を続ける中、うかつにも別のモノに気を捕られてしまった。 もともと、ホームセンターとはそのような性質を持ち合わせており、しっかりとした決意で臨まないといけないお店である。 楽しいものが整然と陳列され、余分なお金を持ち合わせていたりしたら最後、かなり危険な場所へと急変する。 

今回もやられた。 
小さくて、可憐な花を咲かせるラベンダーの鉢植えと丸い実を付けたキンカンの苗木、そしてラムチョップには欠かせない、ローズマリーの苗木2本。 前にも書いたとおり、この家の最上階は半分が部屋で半分が屋上となっており、その屋上を緑で一杯にするのがこのリフォームにおける最終目標。 しかし文字通り最終目標であり、この時点で手を付ける部分ではない。 そんなことは百も承知している。 しかし、どうしても欲しくなってしまい、そしてどうしてもその部分を始めたかった。 かなりのフライングである。 一旦、「屋上緑化」計画に手を染める決心が出来てしまうと、後は雪崩式に事は進む。 風除け対策の小さなハウスを買って、気に入った鉢に植え替えて、植え替えに必要な土とシャベルを買って、はさみを新調してなどと、とりとめも無い。 とても満足でもある。 普段、これといった物欲は無いと自負しているものの、上の階で作業をする際の気持ち良さだけはどうしても欲しい。 完全屋内飼育となっているネコのためにも、気持ちの良いスペースはどうしても必要。 春の暖かい時期が来る前に、何とか作業を終わらせて、皆でのんびりとした時間を過ごしたいものだ。

ホームセンターを後にし、思いもよらぬ浮気心から購入した緑化セットではあったが、色々な意味でモチベーションが数倍に膨らみ、普段なら感じるところの罪悪感が、今回ばかりはその影を潜めていた。 心が満たされる買い物。 あまりお目にかかることは出来ないが、今回はその数少ないケースであったようだ。

Art of お買い物
罪悪感の無いお買い物
心の豊かさを購入する時
自分の価値観を体現する時

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登録日:2007年 01月 12日 16:42:18

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ビジュアルアート修士課程修了(米国)
帰国後、人生の荒波にもまれながらも作品制作継続中。

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